第30話 あんただけはっ、絶対に殺してやる!

「────ふざけるな」


 顔を見上げてパンドラは仮面の女を睨みつける。

 その瞳からは光が消えていない。彼女はまだ折れていなかった。


「冗談じゃない。誰があんたの仲間なんかになるっていうの」


「……あら、意外な反応」


 パンドラの返しがあまりにも予想外だったのか、仮面の女は拍子抜けした声を上げる。


「大体、今の発言で全部察したわ。転生の魔術は元々アンタがとっくに開発していて、あたしが自力でそれを使えるように魔術を教えていた。エリスに掛かった魔術は失敗したんじゃない。あんたがエリスを生き残らせ苦しめたんだ。最祖からあたしを苦しめて仲間にする算段だったんでしょ」


「ご明察。流石アタシの愛弟子ね、成長っぷりに思わず涙しちゃうわ」


 およよ、とわざとらしく目元に手を当ててすすり泣く仮面の女。

 その悪びれもしない態度にパンドラは苛立ちを覚えるが、奥歯を強く噛んで懸命に堪える。

 隙を伺わなくてはいけない。エリスの心は壊れてしまったが、まだ折れてはいけない。手はある。ムネモシュネがエリスの記憶を覗いたと言っていた。エリスにはまだ記憶が残っている。彼女の力を使えばエリスを元に戻せるかもしれない。だからここは耐える時なのだ。

 ……だが。だがそれでもパンドラには納得できない部分が一つだけあった。


「どうして……どうしてそこまであたしに固執するの。あたしを仲間にするためだけに千年も掛けて苦しめる意味が分からない」


「言ったでしょう、君は優れた弟子だって。魔術の素質は高く、アタシの思惑を看破し、何より箱を開けられたじゃない。あの箱はアタシにすら開けられなかったものよ」


「……でもそのせいであたしの人生は狂わされた! エリスすら巻き込んで! 多くの人を犠牲にして! そんなあんたのもとに誰が加わるかって言うの!?」


「ふぅーん……。じゃ、アタシたちの仲間になる気はないの?」


「当たり前じゃない! 冗談も程々にしなさい!」


「そっか」


 その言葉に仮面の女は軽々しく返し。

 





 直後、ゴトリとエリスの生首が落ちた。






「────ぁ?」


 何が起きたのか理解できず、小さな声を上げるパンドラ。

 不自然なほどに綺麗に切断されたエリスの首の断面からおびただしい量の血が流れてくる。

 ようやくそこまで目にして。

 パンドラは理解した。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────!!!!!!!!」


「ほらぁ、君がまーた選択肢間違えたらこうなったじゃん。いい加減気付きなさいよ? 全部君の自業自得だって」


「うあああああ、なんでっ!? なんでエリスを殺したの!?」


「逆に何でエリスを生かすと思ったの? 目の色が変わってからワンチャンあると思った? こんな自我もない人形当然のゴミなんかに利用価値ないでしょ(笑)。まぁ、君が? 仲間になるって言うなら生かしてあげたかもしれないけど? もう遅すぎたよね☆」


「っ!? ヘカーテぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええ!!!!!!!」


 仮面の女────ヘカーテの言葉についにパンドラが激昂する。

 憎悪を強く顕にしながら彼女は呪怨の言葉を叫び続ける。


「あんたのっ、あんたのせいでぇぇぇぇええええ!!!! 死ねっ、死ねよっ、今すぐ死ね!! ふざけるな、殺す、あんたは、あんただけはっ、絶対に殺してやる!!!!」」


「あははっ! ねえみんな、今の聞いた? 殺してやるだって。きゃー、こわあい」


 怒り、呪うパンドラをヘカーテは嘲り笑う。

 憎くて悔しくて、涙が出た。

 こうしている今も体は縛られ魔力は封じられ、ただ泣き喚くことしかできない。


「じゃ、収穫は特に得られなかったしそろそろ帰りますかー。ネメシスたん、後はよろしく☆」


「畏まりました、魔女様」


「待て、待って! どこへ行くの!?」


「あっ、もうこの子は用済みだから遠慮なく殺しちゃってもいいよー。セナちゃんの体質も特に興味はないし。仲良くエリスの所へ連れていてあげて」


「逃げるな! 今すぐ殺してやる、だからさっさとこれを解きなさい!!」


「じゃ、皆さんご機嫌よう~」


「ヘカーテぇぇぇぇええええええええええ!!!!」


 話を聞かず立ち去ろうとするヘカーテ。

 彼女に怒りの言葉を投げ続けるパンドラだったが、そこへムネモシュネが近付きパンドラの目の前に立った。


「ふふっ、今日は会えて嬉しかったわ、パンドラ」


「邪魔よ、どきなさい!」


「ねえ、パンドラ。わたしたちがいなくなったらネメシスが本気で殺しにかかるだろうけど……。もし生き残れたら『ご褒美』をあげる」


「は?」


 言葉の意味が分からず、パンドラは思わずムネモシュネの方へ顔を向ける。

 直後、ムネモシュネの両手がパンドラの頬を包みゆっくりと顔を近付かれて────。


「ん」


「っ!?」


 そのまま唇が重なった。

 舌を差し込まれ口内を舐られる。その不快な感触にパンドラは大きく首を振って、無理やり顔を離した。


「はっ、はぁ……何するのよ!?」


「んふふ、だぁいすきよ、パンドラ」


 頬を染め恍惚とした表情で呟くムネモシュネ。

 その顔は恋する乙女そのもので、歪な好意を向けられたパンドラはゾッと背筋が凍るのを感じた。


「あ、あんた……何なの……?」


「ふふっ、それは今度会えたらにしましょう? 頑張って生き残ってね、パンドラ」


 明確に質問には答えず、ムネモシュネはスキップをしながらヘカーテの手を取る。

 そのまま二人は忽然と姿を消した。

 さて、とネメシスがパンドラの元へ歩み寄る。


「私はお前を許容することができない」


「…………」


 ネメシスを無言で睨み付けるパンドラ。

 そもそも何故、彼女がこんなにも自分を憎んでいるのか、思い当たる節がない。


「あたしをそこまで憎む理由は」


「お前が私たちの未来を奪ったからだ。本来、魔女様の弟子であった私たち全員には資格があった。だがいち早く素質を開花させたお前が勝手な真似をし大災厄を引き起こした」


「…………」


 確かにネメシスの言葉に間違いはない。

 初めからヘカーテが機会を窺ってたとはいえ、大災厄を起こすきっかけを作ったのは他ならぬパンドラ自身だ。

 だが。


「…………それだけ?」


「それだけだと? ふざけるな! お前のせいで多くの人間が犠牲になったのだ! 私も、私の家族も! なのにお前は私たちの前に姿を見せず逃げたではないか!」


「っ、それはそうだけど……」


 ネメシスの言葉にパンドラは思わず言い淀む。

 大災厄を引き起こした責任はもちろん感じている。エリスと共に村人から逃げる時も様々な怨みの言葉を投げられた。そんな状況で弟子たちに合わせる顔などなかったのだ。

 だがネメシスたちからすれば、パンドラは世界を滅ぼしかけ一人で幸福の道を歩もうとした裏切り者だ。

 

「安心しろ、すぐにお前を殺してやる。エリスと共に地獄に堕ちろ」


「っ、エリスは何も悪くない!」


「いい加減にしろ!」


「があっ!?」


 怒号と共にパンドラは鳩尾を殴られた。

 息が詰まり、意識が飛びそうになる。そしてネメシスは右手でパンドラの首を絞め上げながら左手で顔を殴り始めた。


「そうやって! エリスのことばかり考えてっ! 私たちの意思は無視されて! 挙句に私たちの未来を奪っておきながら自分だけ逃げようとして! そんなお前についていったエリスも同罪だろうが!」


「がっ、あふ、ごめん、なっ、さ……いっ……!?」


「今更謝って許されるとでも?」


 ネメシスの言葉がパンドラの胸に深く突き刺さる。

 本当に自分は愚かだ。パンドラは心の底から己を呪う。

 好奇心から世界を滅ぼしかけ、多くの命を奪い、未来すら爪痕を残して大切な親友も失った。

 もう、いいだろう。ここで死んだ方がマシだ。これ以上生きても誰かを犠牲にするだけだ。

 パンドラの心の奥でそう負の感情が囁いている。

 …………だが。


「ま、だ…………ダメ」


「何が?」


「まだ、ダメだ……あたしにはやることがある」


 例え自分がどうしようもない愚か者だとしても。『災厄の魔女』、いいや、最早ただの人殺しだったとしても。

 それでも、ヘカーテは許容できない。彼女だけは絶対に生かしておけない。

 世界平和のためなんかじゃない。結果的にそうなるとしても、少なくともパンドラにその気は無い。

 これは、ただの自己満足。ただの復讐心だ。


「あたしは、あいつを絶対に殺す。それまでは死ねない!」


「もういい、しゃべ────」


 言葉は続かなかった。

 直後、壁が破壊されてネメシスが吹き飛んだからだ。

 突然の出来事にパンドラは目をぱちくりとさせる。もくもくと漂う煙幕から二人の人影が姿を現す。


「やっと見つけました。久しぶりですね、春見さん」


「うふふ、ようやくハルミ=サンとゆーっくりお話できる機会が窺えましたわ」


 修道服に身を包んだ二人の少女。

 片方は黒い髪に眼鏡を掛けた真面目そうな風貌。もう片方は青緑色のふわふわした髪に青い瞳のおっとりとした少女。

 セナの名前で呼ばれたパンドラは思わず首を傾げ、尋ねていた。


「…………いや、あんたら誰?」


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