第29話 言ってるでしょ、全部君のせいだって

「…………セナが、魔獣!?」


 パンドラは目を見開き仮面の女に問う。

 セナの人間性が0であることは知っている。だが、それは強大な魔力を持つパンドラが宿っていることによる誤測ではなかったのか。


「そんなわけない……セナから魔獣なんて気配は感じなかった!」


「まあセナは特殊な出自の魔獣だからねー。見なさい。胸の傷と折れた鼻もう治ってるじゃない」


「へ……?」


 仮面の女に指摘されてパンドラは思わず胸に目を向ける。

 発育の良い膨らんだ胸からとめどなく溢れていた血がいつの間にか止まっていた。

 出血多量で不明瞭になっていた意識もいつの間にかはっきりとしている。折れていた鼻の痛みも消えていた。視界もはっきりとしている。仮面の女の言う通り、確かに傷が塞がって痕がなくなっている。

 

「魔獣の母と普通の人間の父の間に生まれた子供、それが今あなたが憑依している春見彗那よ。人間と何一つ変わらない体組織を持ちながら純粋な魔獣である特異な生命体。さながら『とも呼べる存在ね」


「なんであんたがそれを知って……」


「別になんだっていいじゃない。春見彗那は特殊な魔獣だけれど、よ。そんなことより! エリスの方が気になるでしょう?」


「っ! そうだ、エリス……。どうしてエリスがあんたたちの側にいるの!? 何であたしを殺そうとしてるの!?」


「そりゃあ、そもそもこの事態は全部君が招いたことだからでしょ☆ いい加減、気付いたらどう?」


「あたしが……?」


 言われた意味が分からず、パンドラは呆けた顔でエリスを見つめる。

 金色に染まった瞳は生気がないように虚ろ気で、少女らしいあどけない笑顔は浮かんでおらず常に無表情だった。

 エリスの様子が先ほどからおかしい。まるで自分の意思がないように見える。


「あんたたち……エリスに何をしたの!?」


「なになに? ひょっとしてエリスを洗脳したとでも思ってるのカナ? 残念、ワタシたちは何もしてないよん☆ 言ってるでしょ、全部君のせいだって」


「あたしのせい……? 違う、あたしとエリスは望んでこの肉体を捨てたんだ! それから千年ずっと離れ離れだった。どう考えてもあんたたちがおかしくしたとしか考えられないじゃない!」


「そう、肉体を捨てて千年も離れた。ほぼ答えを言っているようなものじゃないの」


 と、仮面の女ではなくムネモシュネが引き継いで答える。

 しかし、彼女の指摘にパンドラは余計に混乱した。肉体を捨てたのはお互いに望んだことだ。お互いに見つけるまで探し続けると約束もした。実際、パンドラは死生観を狂わせながらも、精神を保ってその約束を果たして再会できている。それに、エリスはパンドラよりは幾分か落ち着いていたが強い意思を持つ子だった。彼女がこの女達に黙って従うような理由が見当たらないのだ。


「どういうこと……? さっきから意味が分からないんだけど!?」


「はぁ……。じゃあ、順を追って説明しますわね。まずは千年前、あなたが肉体を捨てた時の話から」


 ため息をつき、額に手を当てながらムネモシュネは説明を始める。


「わたしは記憶を操る魔術を持っているのはご存知でして?」


「そんなの、知らない。修行で魔術を取得できたのはあたしとエリスだけだった」


「あら、そうなの。『大災厄』を引き起こしてからあなたたちの姿を見かけなかったのだけれど、やっぱりずっと逃げていたのね。わたしたちに合わせる顔でもなかったのかしら」


「……うるさい。いいから続きを話して」


 千年前の出来事を思い出され、パンドラはムネモシュネを睨みつける。対して睨まれたムネモシュネは何故か機嫌を良くしながら口を開いた。


「記憶を操る魔術のおかげでわたしはエリスの記憶を覗き、真相を知ったわ。あなたは転生の魔術を、エリスに教え、共に崖から飛び降りた」


「……人の記憶を覗くなんて趣味が悪いわね」


 一瞬、ムネモシュネの『会得した』という言葉に引っかかりを覚えるパンドラだったが、皮肉を返し続きを催促させる。

 会得した、まるでその表現はパンドラが開発する以前に誰かが既に開発していたかのような口振りだ。だがそれよりも今はエリスのことが気になる。


「それで、あなたの様子を見るに転生の魔術は大成功。無事新しい肉体を見つけられたようだけど……。エリスはそうもいかなかった」


「────なんですって?」


 サーっと血の気が引いていく。

 転生の魔術の失敗。それがどのような結果をもたらすのかパンドラは知らない。だが、現に目の前に肉体が変わったエリスがいる。どう見ても成功しているのではないか。

 話の前後が掴めず、パンドラは息を詰まらせたままムネモシュネの話を聞くことしか出来ない。


「エリスは飛び降り、運悪く即死しなかった。ええ、本当に奇跡的に。明らかに助からないような高さから飛び降りて、まるでエリスは死ななかったの」


「そん、な……ありえない! だって、だって……!」


「本当に、ありえない話よねえ。でもエリスの記憶を覗いた時、確かに彼女は生きていた」


 そんな、そんな話があってたまるか。

 あの崖の高さは五十メートルを超えていた。地面も硬い岩だった。どう考えてもあそこから落ちて人が助かる高さではない。それこそ、誰かが介入しない限り生き延びるのは不可能なはずだ。そしてあの場には誰もいなかった。


エリスは生き延び、そして即死したあなたを見ながらずっと悲しんでいたわよ。まあ、目の前で親友が無惨な姿になっていたら当然よねぇ」


「……っ」


 パンドラはあの時頭から落ちていった。目の前に潰れた頭の親友が転がっているのを眺めている様はさぞかし辛いだろう。エリスの心中を想像して思わずパンドラは涙が溢れる。

 だが、そこで話は終わらない。さらなる残酷な事実をムネモシュネは告げる。


「でもね、いくら生きていたとはいえ、エリスは体の節々は骨折していたし持って数秒の命の。だけど、あなたが掛けた転生の魔術がそれを許さなかった」


「……?」


「あなたは転生の魔術について少し誤解していたようね。肉体が死亡した時、あるいは死期が近い時に自らの魂を肉体から切り離し、一時的に魂のみが生存させ別の肉体に憑依できる魔術。そう捉えていたわね」


「捉えていたって……何、どういうこと?」


 意味が分からず、思わずパンドラは聞き返す。

 その口振りではまるでムネモシュネが転生の魔術の真実に気付いているようで、やはりパンドラが第一開発者ではないことを思わせている。

 そしてムネモシュネはパンドラに告げる。転生の魔術の本質を。


「転生の魔術はね、厳密に言うと魂の寿命を半永久的にするもの。ここで言う半永久的とは肉体が存在する限り、ね。もちろん肉体を入れ替える効果もあるのだけれど、エリスはそこの部分が失敗してしまった」


「…………まさか」


 パンドラは嫌な想像を働かせてしまう。

 もし、その想像が当たってしまったら。エリスは、パンドラのせいで────。


「中途半端に死ぬことが出来ず、肉体を離れることができなくなったエリスは。心の中の悲鳴は凄まじいものだったわよ。隣で即死したあなたを眺めながら、泣き叫び続け、あなたを心から憎悪し、やがて感情が死んでいき、思考すら保てなくなった。そうして、エリスの心は死んだ」


「あ、ああ……。嘘だ、そんな…………ぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 ムネモシュネの想像を絶する真実を告げられ、パンドラは慟哭をあげた。

 転生の魔術の失敗。そんなの、気付けなかった。だが結果を招いたのは確かにパンドラだ。心中し生まれ変わろうという計画を立てたのもパンドラで、合意こそしてくれたが半ば無理やり連れて行ったのもパンドラだった。

 全て自分のせいだ。己の行為に後悔する。だが今更となっては遅すぎるだろう。


「そして、あわや白骨化する寸前でワタシがこの子を拾い、魂を別の肉体に移して今日まで生き延びさせたわけ。ま、とっくに人格なんて消えて都合の良い傀儡として利用させてもらってるんだけどね☆」


「…………」


 その言葉に、パンドラは最早怒りを感じなかった。

 今日まで、エリスと約束して頑張ってきたのだ。だが、その約束自体がエリスを殺す結果になってしまった。今までの努力が水の泡、でもう済む話ではない。ただ無意味に肉体を乗っ取って少女たちを殺していき罪を重ねて生き延びてきただけだ。


「ごめんなさい……エリス、本当にごめん……」


「謝って許される問題でも? 君は確かに才能に恵まれたけど、おかげで他の少女たちが魔女になる可能性を潰し、親友も殺し、あまつさえ何も関係ない少女たちまで殺していった。はっきり言って生きる価値あるの?」


「────っ」


 仮面の女の言葉が、胸に刺さる。

 修行していた少女たちの可能性を潰した、それは言い掛かりに近いかもしれない。だがパンドラはそんなことに気が付けないほど追い詰められていた。

 そんな彼女に、救いの手を差し伸べるように仮面の女は告げる。


「ねえ、そんなゴミみたいな君にも一つだけ道があるんだけど」


「なに…………」


「もう一度、『災厄の魔女』に戻らない?」


 その表情は仮面に覆われて見えない。

 だが、パンドラには分かっていた。彼女は嘲り笑っていた。


「どうせ、もう君は数え切れないくらいの罪を犯している。だからさ、いっそのこと堕ちるとこまで堕ちてみようよ」


 その問いにパンドラは。

 俯き、長い沈黙を掛けて。

 ゆっくりと顔を上げて答えた。



「────ふざけるな」



 その瞳にはまだ、光は潰えていなかった。

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