回想、或はある少女の観測

『大災厄』を引き起こしてから、あたしは多くの人に恨まれた。真相は『新月の魔女』が用意した罠に嵌められただけなのだが、民衆には知る由もない。実の親からも殺されそうになり、エリスが誤解を解こうと弁明している内に彼女も迫害されるようになった。

『大災厄』の影響で疫病は蔓延し、食料は不足し、生きるのも困難になっていった。くらい絶望に覆われた未来に生きる価値を見出だせなかったあたしたちは、生まれ変わることを決意した。

 そして転生の魔術を開発し、いつか『大災厄』が引いた遠い未来で必ず再開しようと誓い、エリスと共に崖から飛び降りたのだ。



 ────それから千年の月日が流れ。



 気が付いたらあたしは新宿を彷徨っていた。

 今回憑依した人間は運が悪かった。体が病弱でほとんど動かせず、余命宣告されて残りもう一ヶ月しかない。一応、肉体は死亡しても転生の魔術のおかげで魂は生きられる。だが魂だけの状態は非常に不安定で三日以内に相性の合う肉体に憑依しなければ消滅してしまう。もし適正してない肉体に憑依すれば拒絶反応で両者ともに即死。千年も繰り返しながらもどのような肉体が相性が良いのか法則性は判明しておらず、あまり信じていないがこればっかりは運命に導かれるとしか言いようがない。

 憑依された肉体の元の魂は上書きされる。つまり、宿主の人格は消滅してしまう。あたしだって最初は少女の体を奪うことに抵抗があったし、良心も痛んだが数回繰り返して麻痺してしまった。そこであたしは狂ってしまったのかもしれない。だが自分を生き永らえさせるための犠牲に心を痛めるようでは、千年も生きる精神など得られないのも事実だ。

 そんな訳で、あたしは焦っていた。正直に言ってこんなまともに動かせない体で死を待つぐらいならさっさと乗り換えたほうが楽だ。魔法で体をドーピングしても限界はある。二時間外を歩いただけで意識が朦朧とするのだ。

 そんな理由であたしが彷徨っていた時、ふと遠目に映る土手に一人の少女が居座っているのを見つけた。

 黒いおさげの髪にメガネを掛けた制服姿の少女。膝を抱えて座り、ぼーっと川を見つめている。

 


 ────あの子だ。


 

 あたしは、そう確信した。どうしてそう思ったのかは分からない。やはり、運命なのだろう。

 あたしは少女の隣に並んで座り話しかける。


「こんにちは。こんな所で何してるの?」


「……いえ、ただ考え事をしていただけです」


「ふぅん。どんな?」


 少女は表情を変えることなく、川を見つめたままぼそりと返す。


「別に。あなたには関係ないでしょう」


「そうかな。ま、確かにあたしたち初対面だもんね。あたし、パンドラ。君、名前は?」


「……随分と変わった名前ですね。わたしは春見彗那です」


 こいつ随分と失礼な物言いだな、と一瞬あたしはむっとするがここが日本であることを思い出し冷静さを取り戻す。

 こほん、と咳払いをしてあたしは彗那に話しかける。


「初対面でいきなり悪いんだけどさ。良かったら助けてくれない?」


「本当にいきなりですね。どういう理由で」


「…………あたし、もうすぐ死ぬんだ」


 声のトーンを落とし、あたしは重々しく告げる。

 その言葉に彗那はぴくり、と体を震わせあたしの方へ向いた。


「病気、ですか?」


「うん。生まれつきの不治の病でね。もう一ヶ月しかないの」


「そうなんですね……」


「やっぱり、死ぬのは怖くてさ」


 声を震わせ、ぎゅっとあたしは裾を握り締める。

 もちろん、怖いのは嘘だ。肉体の死は数え切れないほど経験している。病死は数ある病気の種類によるが、数ある死の中では比較的楽な方だ。……こんな感想が出てくるあたり、やっぱりあたしは狂っている。

 だが、あたしの言葉に彗那は予想外の反応を示してきた。


「怖いんですか……? 死ねるのに……?」


「え?」


「不謹慎なのは分かっていますけど……正直、羨ましいです。わたし、ずっと死を夢見てるんです。病死なのであなたとは状況が違うんでしょうけど……誰にも見られず、知られずひっそりとこの世界からいなくなれたらいいな、ってずっと思ってるんです」


 そう言って瞳に昏い光を灯しながら彗那はどこか嬉しそうに語る。

 その異常な夢を聞いたあたしはゾッと背筋に悪寒が走るのを感じた。狂ってる。この子の抱えてる狂気は異常だ。だって、。淡々と、それこそ幼い子供が持つ憧憬のように死にたがっている。

 ……だが、同時にこれはチャンスでもある。どのみち彼女が生きる気がないなら簡単に体を明け渡してくれるのかもしれない。

 あたしは、正直に話した。転生の魔術のこと、あたしが千年前から体を変えてきたこと、あたしが『災厄の魔女』であること、体を奪えば彗那の意識は消失するということ。

 耳を傾ける彗那の表情に疑っている様子はない。それどころか、目を見開いて身を乗り出しこう言ってきたのだ。


「今の話……本当ならわたしの体を使ってもいいです。ふふ、あはは、わたし、死ねるんだ……」


「う、うん……。じゃあ、早速いいかな?」


 やっぱりこの子は狂ってる。気味の悪い目で見ながらあたしはついそう思ってしまった。

 やっと。その意味が分からず引っかかりを覚えながらも、関係ないかと無視して彗那の頬に手をそっと伸ばす。


「じゃあ、今からあんたの体を奪う。じっとしててね」


「はい」


 覚悟を決めて彗那はあたしをじっと見つめて。

 あたしも覚悟を決めて彗那の瞳を見つめ返し。

 


 ────彼女と唇を重ねた。



 ふっ、と意識が抜け落ちていく。

 ふわふわとした感覚に現実感が曖昧になっていく。あたしが無限に引き伸ばされるような錯覚すら覚えて。

 直後に収束し、曖昧になっていた現実感が取り戻されていく。

 同時に意識はより一層沈んでいって。


(────!? 待って、何が────)


 唐突に生じた違和感。

 その正体を確かめるよりも早くあたしの意識は落ちてしまった。






※※※※






 そしてわたしはに────。






※※※※※



「……んっ、うぅ…………」


 時刻は夜。

 意識を失っていた彗那が呻き声を上げながら目を覚ます。

 しばらくぼーっとし、「かえろう」と一言呟いた所で。


「……あ、れ?」


 彼女は気が付いた。

 ────春見彗那は全ての記憶を失っていた。

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