第28話 それが、春見彗那の正体

 カチリ、とライターに火が灯る。

 そのまま口元に近付け、咥えた葉巻に点火させる。そして名一杯に苦い煙を吸い込み肺を満たした後、名残惜しそうにゆっくりと吐き出した。


「それ、美味しいの?」


「いんや、苦いっすよ。拙者ただのニコチン中毒者なのでタバコの美味しさは正直分かんないっす」


「吸い方が違うんだよ。肺喫煙じゃタバコ本来の味は楽しめないし、ニコチンの摂取量もかなり多くなる。そもそも葉巻はふかして吸うもんだよ」


 と、煙管から紫煙を燻らせ微笑む浴衣の女。ミズキは見せつけるように煙管を咥え、ふう、と時間を掛けてゆっくり煙を吐き出す。

 その様子をローゼンは白い目で見つめる。


「そう言われても拙者は楽しむためじゃなくてストレス解消のために吸ってますし。大体ムカつくんすよね、口腔喫煙勢の『お前ら正しい吸い方知らないの、ダッサ(笑)』みたいな上から目線の指摘」


「幻術掛けてやろうか?」


「はいすぐそう言う! 貴女引退してからだいぶ面倒くさい性格になってないっすか!?」


「そう? 変わってないと思うけど」


「こんな奴とコンビ組んでた咲良さんが気の毒っすね……」


 辟易とした顔をしながら葉巻を吸うローゼンと煙管を咥えるミズキ。

 しばらく二人は無言で煙を食んでいたが、やがてローゼンが口を開く。


「体、もう平気なんすか?」


「幻術掛け────」


「真面目に話聞けねえのかオイ」


 二言はないとミズキの言葉を遮らせる。

 彼女は「はあ」と落胆したような声を上げた。まさか先ほどの言葉は半分本気だったのだろうか。

 心底嫌そうな顔をしてミズキは答える。


「日常生活で困らない程度にはね。今のゴーレム技術って凄いよね。外見上じゃ傷跡は一切目立たないし」


「へぇー。だって? と聞いたんすけど」


。幸いにも頭だけは無事だったから、おかげで完全に元通り。まあ戦える体じゃなくなったけどね」


 と、あっけらかんと答えるミズキ。その様子にローゼンは表情を変えず「そうっすか」とだけ呟く。

 ミズキのように壮絶な幕切れで魔法少女を引退する者は少なくはない。むしろ生き残ったのなら僥倖だ。ほとんど魔法少女の最後は殉職である。しかし、魔法少女とは『連盟』が運用する兵器である。彼女らに私情を挟んでいては指揮官など務まらないのだ。

 

「で、貴女の事情は分かったにしても咲良さんはどうしたんです? サボりですか?」


「いや、とか言ってどっか言ってしまったよ。今頃研究してるんじゃない?」


「ほーんと研究好きっすねぇ。『HALF』放って置いていいんすか?」


「そのために私が来たんだろうが。あいつと約束しているんだよ、席を外している時は私が代わりに面倒見るって」


 ミズキは小さく笑ってそう答える。

 そういえば、とローゼンはかつて聞いた噂を思い出す。ミズキと咲良は幼馴染であり、共に魔法少女として活動していたらしい。しかもミズキは『青天』、咲良は『赤天』だ。最強のタッグと周囲の魔法少女たちは畏怖していたんだとか。

 そんな彼女が面倒を頼まれるぐらいには咲良との信頼は厚いのだろう。素晴らしい交流関係で羨ましいものだ、とローゼンは心の中で褒める。


「まあそれにしても、他の国の魔法少女たちもすごいもんだね。特に『エインヘリヤル』と『プロメテウス』。あの子達から感じる魔力が伊達じゃない」


「確かに。『エインヘリヤル』の指揮官は『連盟』で指折りの魔法の達者。彼が開発した技術は数知れず。そりゃ魔術の神の名である『オーディン』の名を貰っても納得が行くっすよ」


「ああ、ユグドラシルだっけ? あのロボットみたいな魔法少女。無尽蔵の魔力を持ち、ほぼ全種類の魔法を網羅させて適応した魔法少女を強化させるとか規格外すぎるだろ。しかし、『プロメテウス』の方も彼女らに負けないぐらいの魔力を持っていた気がしたな。あいつら、一体いつ頃から活動しているんだろ? 名前聞いたことないぞ」


「ユグドラシルはロボットみたいというよりロボットそのものなんすけどね。しかし、『プロメテウス』の方。実は拙者、ずっと彼女らに対して疑問を抱いておりましてね」


「? どうした」


「いや」


 ローゼンはバツが悪そうに頭を掻いて苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 それから、聞かれるとまずいのか声量を落として彼は続けて言った。


「……どうも、『連盟』公認の組織じゃないっぽいんすよね。拙者はこの目で見ていないんで、不確かなんですが


「はぁ!? それまずくないのか!?」


「しっ、声が大きいっすよ。そういう訳で拙者の『薔薇十字団』が秘密裏に調査してるっす。頼むから黙って欲しいっすよ?」


「あ、ああ。了解だ」


 念を押すように言うローゼンの言葉にミズキは尻込みながらも返事をする。

 非公認組織は相応の理由があって結成されているが、中でも犯罪を目的に結成されることが多い。実際、魔法少女が罪を犯している魔法少女と激突することも多数報告が上がっており、その母数は決して少なくないようだ。

 嫌でも胸騒ぎを覚えてしまう。誤魔化すようにミズキは煙を多めに吸い込み、さらに長い時間を掛けて吐き出した。


「それ、ただの杞憂だといいな」


「そっすねぇ。ただまぁ、あんまり期待しない方がいいっす。ほら、仕事に戻るっすよ」


「ああ」


 二人はそれぞれのタバコを口から離し、灰皿に灰を落としていく。

『連盟』本部内での喫煙は禁止だ。これから指揮官同士で作戦会議を行い、彼女らを最大限サポートできるよう魔道具などの準備を整える。内心、変人だらけの『連盟』の人間が会議など出来るのかとミズキは疑っていたが。

 先ほど聞いた『プロメテウス』の噂。嫌な予感に駆られてもミズキにはどうすることもできない。少なくとも今は問題を起こさないで欲しいと願いながら本部へと足を踏み入れていった。





※※※※






「ぁ…………ぇ?」


 理解できず呆けた声を上げるパンドラ。

 目の前には表情が消えたままのエリスがナイフを左胸に突き立てていた。

 どうして、こんなことをするのか。親友なのに。千年間、一緒にお互いを探し回っていたはずなのに。

 考えても考えても答えが辿り着かず、パンドラは震える声で問う。


「え、えりす…………?」


「────」


 だが、エリスは無言を貫いたまま。

 勢いよくナイフを引き抜いた。


「がはっ…………!?」


 胸から血がとめどなく溢れ出る。

 明らかに致死量を超えるほどの出血だ。寒気に襲われ、視界が曖昧になってくる。

 それでもパンドラは顔を上げ、エリスに真意を問おうとしていた。


「エリス、何でこんなことっ────」


「死んで」


 だがエリスは一言冷たく返すのみ。

 再びナイフを振り上げ、縛られたままのパンドラは見つめることしか出来ず。

 左目にナイフが沈んでいった。


「あっ…………ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!!!!!」


 視界が半分消失すると同時に襲ってきた激痛に身悶えしようとする。

 だが体は縛られており、首を振って絶叫を上げることしか出来ない。

 ────そしてパンドラは気が付いていなかったが、彼女を縛り付けている縄はどう見ても必要以上にきつく結ばれており、皮膚に食い込んで止血させていた。


「あああああああっ、いやあああああああああ!!!!! どうしてっ、どうしてこんなことするの!?」


「んふふ、それはね。全部君のせいだからだよ、パンドラちゃん☆」


 別の女の声。

 その聞き覚えのある声にパンドラがはっとする。

 エリスの後ろ。いつの間にか女が現れていた。

 白いローブを身に纏い、何も描かれていない真っ白な仮面で顔を隠した女。素顔こそはっきりしていないが、間違いない。この声と口調は────。


「あん、た……■■■■!?」


「んふふ♪ それはどうカナ? まあ名前はどうでもいいしょ、ワタシとしてはあの時のように呼んで欲しいんだけどなぁ、『魔女様』って」


「誰がそんな呼び名を! あんたのせいで、あたしは!」


「まぁまぁ落ち着きなさいって。冷静になりなさいよ。まず自分の体がおかしくなってることに気が付きなさい」


「あたしの体がどうしたって────あれ?」


 仮面の女から指摘され、パンドラは逆上しそうになるも真意を理解し、顔が青ざめていく。

 今パンドラを縛り付けている縄は魔力を無効化するものだと教えられた。だとしたら何故、今パンドラは生きている。鼻を折られ脳震盪を引き起こしそうになるほど殴られ、心臓と左目を刺され、明らかに出血多量死してもおかしくないほど血を流しているというのに。


「なんで……あたし……」


「ふふ、やっぱり知らなかったみたいだね。君は春見彗那というを誤解している」


「まっ、待って……今なんて!?」


 セナが魔獣。その聞き捨てならない言葉にパンドラは目を見開いて問いかける。

 仮面の女はくすくすと笑って、衝撃的な答えを口にした。


「そうよ、春見彗那は魔獣と人間の間に生まれた子供。ほぼ不死身に近い再生能力を持つ魔獣。それが、春見彗那の正体。ドロシーに心臓を刺されて発現した人格はあなたの一部ではなく、セナでもなく、魔獣としての『彗那』の姿なの」


 

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