第25話 魔法少女という癌を取り除きたいだけだ

 ガチャガチャ、と金属が擦れ合う音が響き渡る。

 重々しい鎧を身に纏い、右手に巨大な槍を持つ金髪碧眼の少女────フロックが振り向きざまに口を開いた。


「なんつーか、パッとしない連中が集まっていたッスねー」


「フロック、失礼。皆、強い」


 隣で歩く緑色のワンピースを着た少女、ユグドラシルが無表情に答える。

 外見年齢は十歳ほどか。青緑色の髪に。トネリコの木で出来た杖を持ち歩き、裸足で歩いている。路面が悪い地帯であるが不思議と足に傷は一つもなかった。


「『青天』、『赤天』、彼女らから強大な魔力を計測。推測、実力はフィヨルギュンと拮抗」


「へぇ、ゆーちゃんがそこまで言うほどなんスね」


「フロック、その呼び名、大変不愉快。魔力回路の断線も懸念」


「辛辣!? フィヨちゃん、本当にこいつ感情ないんスよね!?」


 慌てながら前方を歩く少女にフロックが問いかける。

 紫色の甲冑を全身に身に纏い顔まで兜に覆われたこの少女の名はフィヨルギュンである。雷属性魔法の使い手で、右手には機械的な構造の槍を構えていた。


「うむ! その通りである!! 高い人工知能を備えているから人間らしく振る舞えるだけで彼女に感情そのものはないぞ!!!」


 大声で張り上げながら答える。

 彼女は非常に熱血である。雷属性なのに。しかも一言話す度に徐々に声量が大きくなっていく。


「新入りであるフロック殿には馴染みのない概念であろうが彼女は人形である! 人工生命体という観念から人造人間ホムンクルスと勘違いされがちだが、彼女は人間のクローンではなく人間を催して作った泥人形ゴーレムである!! いわば魔力で動くアンドロイドのような物だな!!!」


「へぇー。何でこいつが重要視されてるんスか? ただのゴーレムって訳じゃないッスよね」


「いい質問だ! だがオーディン殿から説明を受けていなかったのか!!?」


「いんや、頭の悪いあーしにはよく分からないもので……」


 と頭に手を置きながらバツが悪そうに笑う。

 ふむ、とフィヨルギュンは顎に手を置いて、


「まあオーディン殿は難しい言葉を多用するからな! あまり大きな声では言えないが!! 彼女には『完全魔法支配術』というが組み込まれている!!! この技術はオーディン殿だけが発明したもので現在特許出願中なので秘密にしておくんだぞ!!!!」


「待って待って声でかいッス全然秘密に出来てないッス!」


 慌てて口元を押さえるフロック。

 背後のユグドラシルに「お前が説明しろ」と切実に目で訴える。

 思いが通じたのか、相変わらず無表情の彼女はこくりと頷くとフィヨルギュンの言葉を引き継いだ。


「『完全魔法支配術』、すなわち魔術の一種。魔女以外での唯一の魔術。魔法支配術とは文字通り魔法を自在に操る術式。他者の魔法をコピーし自身の魔法を他者にも使用させることを可能とする術式」


「なにそれこわい」


「そして『完全魔法支配術』とは上記の魔法支配術を永続に稼働させ、魔法少女の戦闘力を底上げさせる術式。つまり、永久機関の実現を可能とさせる術式」


「は!? じゃあゆーちゃんは無限の魔力を持ってるってことッスか!?」


「その通りである! 我々は彼女から魔力の供給を受け、同時に魔術回路の強化も行っている!! 彼女は我々を支援し強化させる魔力循環装置であるのだ!!! 現にフロック殿も最近ここに入ったばかりであるのに力が強まっているのを感じているであろう!!!!?」


「そ、そうッスね。言われてみれば確かに……」


『エインヘリヤル』に所属してからというものの、特に訓練を厳しくしたわけではないのにも関わらず急激な力の変化にフロックは内心困惑していた。

 その要因が隣に立つ幼い外見の少女、ユグドラシルであるというのだ。にわかには信じ難い話ではあったが現に力が以前よりもまして増幅している。ドラゴン討伐の一員に任命されたのも納得は出来ていた。

 とユグドラシルの秘密を聞いて微妙に複雑な心境に陥っていたフロックだったが、そこでフィヨルギュンが唐突に明後日の方向を向く。


「ん!? おい、そこの女の子!! こんな所を歩いていては危ないではないか!!!」


「うわあ、びっくりしたあ!?」


 と、フィヨルギュンに声を掛けられた幼い女の子が驚きに満ちた声を上げる。まあ、あの大声量で近付かれたら無理もない。

 少女は毛先に掛けて紫のグラデーションが掛かった水色の髪をツインのハーフアップに束ね、紫色の右目に水色の左目のオッドアイという非常に特徴的な容姿を持っていた。

 子供扱いし頭を撫でてくるフィヨルギュンに抵抗しながら少女は不満げな顔で返す。


「僕も立派な魔法少女ですぅ! だから子供扱いするのやめて!」


「? 魔法少女なら何で魔獣狩りに行かないんスか? 明らか帰り道の方に向かっているように見えたんスけど」


「僕は咲良さんからの許可が降りない限り戦えないのっ。だから普段は自宅待機でサポートしてるのっ! なのに皆とっとこ行っちゃうしセナちゃんはどうせ使い物にならないしさあ! もう分かったでしょ、いい加減帰してくれる!?」


「ふむ、しかしそう言われても心配ではあるな! お姉さんが身を守ってやろう!!」


「声でっか!?」


 至近距離で大声を張り上げるフィヨルギュンに少女は耳を押さえて叫ぶ。

 しかし、他のメンバーが早々に去ってしまい一人で帰らせるとはあまりに酷ではないか。同情したフロックは思わず声を掛ける。


「今の話聞いたら余計に心配するッス。良かったらあーしらが護衛するッスよ?」


「!? それは普通に助かる! 襲いかかってこないのは分かってても魔獣の側を通り抜けるのは怖かったんだよぉ!」


「あー、よしよし! 怖かったな!! だが我々がいれば大丈夫だぞ!!!」


「声でっか!?」


 やはり一人で心細かったのか、ぶわりと目に涙を浮かべ縋り付く少女。しかし、その涙もフィヨルギュンの大声の前には引っ込んでしまう。

 そしてユグドラシルの存在に気が付いた彼女は、同年代の少女がいることに安心したのか近付いて声を掛ける。


「君は?」


「自律型人工生命体、ユグドラシル。この『エインヘリヤル』の中枢機関」


「あ、あはは、そう……。僕は古神ヒメコ、皆さんよろしくね」


 ユグドラシルの無機質な声質と理知的な言葉に若干引きながらヒメコも名乗る。

 一同に和やかな雰囲気が流れる。ヒメコもようやく一安心だと気が緩んだ束の間のことだった。


「────ッ!? フロック、その子を庇って伏せろ!!」


「え!? 了解ッス!」


「きゃあ!?」


 突然の命令にフロックは一瞬困惑するも了承し、ヒメコを抱きかかえて後方に伏せる。

 直後。



 眩い閃光、そして轟音と共に隣の壁が吹き飛んだ。

 辺りに煙が立ち込める。



「フィヨちゃん!? 大丈夫ッスか!?」


「な、何!? 何が起きたの!?」


 突然の出来事に困惑する二人。ユグドラシルは表情を変えず無言で目の前の様子を見つめ続ける。

 やがて煙が晴れて、無傷のフィヨルギュンが姿を現した。


「私は大丈夫だ! しかしお前は……!!」


「へぇー。咄嗟の状況判断。おまけに吹き飛んできた瓦礫に魔法を放ち相殺。キミ、中々戦いに慣れてそうだね」


 別の知らない少女の声がする。

 奥から現れたのは襟詰めの黒い学生服、俗に言う学ランを着用し銀髪にオレンジ色の瞳を持つ東洋人の少女。にかっ、と歯を見せて挑戦的に微笑む。


「うっす、私は銀星インシン。『ガンドライド』の一人だよ」


「ッ!? 嘘、何でここに!?」


 ヒメコが彼女の名乗りに驚く。

『ガンドライド』の活動は現在『HALF』と『薔薇十字団』しか把握されていない。突然の彼女の襲来にヒメコは絶望したような声を上げるが、対してフィヨルギュンたちの反応は薄かった。


「何だそれは! 私は聞いたことないぞ!!」


「あーしもッス。見た感じ普通の魔法少女じゃあなさそうッスけどね」


「だって、こいつらはテロリストなんだもん! 僕たち魔法少女を殺そうとしているんだ!」


「その通り。あと魔女の復活もね。で、その計画のためにもそこの子が欲しいんだけど」


 そういってインシンはユグドラシルを指差す。

 その言葉と仕草でフィヨルギュンは咄嗟に把握した。インシンはユグドラシルが『完全魔法支配術』を所持していることを知っている。

 彼女を睨みつけ、フィヨルギュンは槍をぐっと握りしめて答える。


「断ると言ったら!?」


「殺す」


 一言。

 笑顔でインシンはそう答える。

 もうその言葉でフィヨルギュンは確信した。彼女は間違いなく敵だ。


「フロック! 最初の任務で重責を押し付けてすまないが、ユグドラシルとヒメコを守って逃げてくれないか!! こいつは私が退かせる!」


「了解ッス!」


 フィヨルギュンの言葉に快くフロックは頷く。彼女はまだ新参なのだが非常に勇敢で精神的にタフな人物だった。

 彼女の言葉にフィヨルギュンは満足げに頷く。対してインシンは「おっと」と眉を顰めた。


「行かせると思う?」


「それはこちらのセリフだな! 私を誰と心得ている!!?」


 インシンの言葉に挑発的な笑みをフィヨルギュンは浮かべる。

 バチバチ、とその右手に構えている槍から電撃を迸らせる。

 そして、それまでの声量を格段に落としドスの利いた声で彼女は言った。



「────私は『紫天』だぞ」



 直後、彼女の槍が投擲された。






※※※※






 ────ここは東京、新宿区。

 イギリスから時刻が八時間もずれている日本では現在夜ですっかり街中は人工的な光に包まれていた。

 その夜景をビルの屋上から眺めるのは白い髪に赤色の瞳を持つ少女、アヤメだ。


「おー、ここからだといい景色が見れるねえ」


 隣から少女の声が聞こえてくる。

 鬱陶しそうにアヤメがちらと横目で見るといつの間にか銀色の靴を履いた金髪に金色の瞳の少女、ドロシーが隣に座っていた。


「何の用」


「いやあ、ちょっとした中間報告に。というか君は行かないんだね」


「必要なメンバーは送った。不満か?」


「全然。大体成功するかどうか元々怪しいし」


「……失敗したら『あの方』とか言う人に首飛ばされるんだろ?」


「そうだね。でも私を殺しても無駄なのは知ってるでしょ?」


「…………」


 ドロシーの言葉に無言で顔をしかめるアヤメ。

 はっきりと嫌な顔をするアヤメにドロシーはやれやれと肩を竦める。


「大体、君たちは『生命の魔女』ティアマトを手に入れたんでしょう? 彼女一人で十分魔法少女を絶滅させられると思うけど」


「あれは脅迫材料だ。あいつの力に頼ったら世界ごと終わってしまう」


「世界を終わらせたいんじゃないの?」


 意外な顔を浮かべてドロシーはアヤメの顔を覗き込む。

 対してアヤメは「はあ」とため息をついて呆れた顔でドロシーを見返した。


「俺は世界を滅ぼすつもりはない。ただ、魔法少女というこの世界の癌を取り除きたいだけだ」


「あら、ただのナチュラルサイコパスかと思ってたけど意外と理性的なんだね」


「あのな、その言葉はお前にだけは言われたくないしお前がそうやって失礼な言葉ばっか言うから嫌われるんだぞ」


「きら……!?」


 思いがけない言葉だったのかショックを受けるドロシー。そんな彼女を虫を見るかのような冷めた瞳でアヤメは見つめる。

 だが、先ほどまでの様子が嘘のようにドロシーはパッと笑顔を浮かべた。


「でもさ、いい言葉を聞けたよ。気に入った。君たちの行末が見たくなった。君たちの願いが上手く叶えられるように『あの方』と交渉してみるよ」


「余計なお世話だ」


「ふふん」


 鬱陶しそうに返すアヤメに対しドロシーは満足気に鼻を鳴らすだけだ。背を向けてその場を去ろうとする。

 その寸前で、アヤメが振り返もせずに口を開いた。


「ユグドラシルを手に入れたらどうなるんだ?」


「さあねえ。『あの方』の考えていることはよく分からないし、私達はただお互いの利害のために動いているだけ。たぶん、君たちでも使い物にはならないんじゃないかなぁ」


「そう。お前の目的は?」


「内緒」


 一言だけ返し、彼女の気配が完全に消えた。

 残されたアヤメはぼーっと目の前の夜景を見つめ。

 それから自嘲気味に笑って独り言を呟いたのであった。


「……やっぱ、隣にあの馬鹿がいないと物足りないな」



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