第23話 あんたなんか、一人でもやっていけるくせに
セナたちがオグウェン湖に到着すると既に他の魔法少女たちも集まっていた。セナたちに気が付いた雪葉が軽く手を振り、こちらの方へ近付いてくる。
「おはよう、みんな」
「おはようございます雪葉さん」
軽くヒスイが会釈し、セナたちもそれに続ける。
そして雪葉たちの隣にグレイたち『薔薇十字団』が集まってくる。グレイはセナと顔を合わせるなり突然頭を下げ謝りだした。
「昨夜は取り乱してしまい、大変申し訳ございませんでした」
「やっ、いえ、そんな! 別に謝らなくても」
「いえ、無礼を働いたのは事実ですし、何より貴女も魔法少女として戦う道を選んだ事実に目を背けていたことに気が付いたので」
「グレイさん……」
「ただ、貴女の中にパンドラがいるのも事実。もし私達の脅威になるような行為を働いたのならばその場合は即座に攻撃します。そこだけは留意してください」
「は、はい!」
そこまで言って堅い表情を浮かべていたグレイは笑顔を浮かべる。
「ともあれ、こうしてゆっくり会話ができるのは初めてですね。改めてよろしくお願いします、春見彗那さん」
「はい、こちらこそよろしくお願いしますグレイさん!」
二人は握手を交わす。
その様子を周囲は微笑ましく見ていたのだが、そこで背後から女の声が掛かった。
「皆さん、ごきげんよう」
その声に全員がさっと向きを変える。
思考するよりも早く体が動く。本能が、彼女の声を聞かなかればならないと察知する。
視線の先には黒いドレスを纏い、黒いベールで顔を覆った女性、シャーロット総司令官が立っていた。
「まずはお集まりいただきありがとうございます。皆さんご無事なようでひとまずは安心しています。では、これより作戦の詳しいお話をいたします」
そう言ってシャーロットはパチンと指を鳴らす。
直後、彼女の背景が揺らめき────『奴』が姿を現した。
赤い鱗に覆われた巨大なトカゲ。概ね、外見はその一言で言い表せる姿だった。
しかし背中からは二対の被膜に覆われた巨大な翼が広がっており、尻尾は自身の体を一巻きするほどに長かった。
正に西洋ファンタジーで見るような典型的なドラゴンの姿をしていた。
突如現れたドラゴンの姿に一同は息を呑む。
「ご安心を。彼は結界の中に閉ざされており、ご覧の通りまだ眠っています。明日、我々はこの結界の中へ侵入し討伐戦を始めます」
(こんなのと戦うの……!?)
改めてこの巨大な生物と戦うことにセナは恐怖を覚えていた。
攻撃なんて食らえばひとたまりもない。何せ全長三十メートルを超える巨体なのだ。二十人近い魔法少女が集まっているが彼女らが集まっても太刀打ちできる想像など思い浮かばなかった。
「昨夜お伝えした通りチームは陽動と特攻で行います。陽動はなるべくドラゴンの注意を引きつけ結界の外へ出ないように誘導して下さい。過去の文献ではドラゴンは顔に神経が多く張り巡らせており、顔へ刺激したものを執拗に追いかける習性を持つと言われています。その習性を上手く利用して下さい。また、現在こちらの地へ多くの魔獣たちが集まっており、当日は戦場の混乱も予想されます。ですので魔獣を発見次第駆除をお願いします。特攻は文字通りドラゴンへの特攻です。とにかく彼に攻撃を加え、確実に息の根を止めて下さい。よろしいですね?」
つらつらとシャーロットは作戦を説明するが、ここまで言われてもセナにはやはりどうにかできるのか不安で仕方がなかった。
幸いにもセナは陽動のチーム。ひとまずドラゴンへ近付く必要はないのだがそもそも周囲の魔獣ですら対処できるかどうか確証が持てないのだ。
セナの主な攻撃手段はパンドラへ変身し、彼女に身を任せることである。しかし今は彼女の意識が戻っているかどうかあやふやで変身できるかどうかすら怪しい。
そうこう悩んでいるうちにシャーロットは次の言葉を告げてしまう。
「作戦は以上です。しかし、本日皆さんにお集まりいただいたのはこれだけではありません。先ほどもお伝えしましたが、現在こちらには無数の魔獣が集まっています。人を襲う報告は不思議と出ていませんが、かといって襲わない保証はありません。ですので、皆さんには大変申し訳ございませんが周囲の魔獣の駆逐をお願いします。では以上、解散」
シャーロットの言葉を合図に一同は散らばっていく。
セナもユウに引っ張られる形で咲良たちの元へ集まった。
「私は『連盟』の会議でしばらくいなくなってしまうから。代わりにミズキが来てくれるから彼女の指示に従いなさい。じゃあ頑張ってきてね、皆」
「はい!」
「えっ、えっ?」
行動の早いユウたちについて行けず混乱するセナ。
ユウが振り返りセナに尋ねる。
「変身できそうか?」
「えっ? たぶん、無理です……」
「よし、じゃあヒメコと一緒に待機しろ」
「じゃあ僕はホテルに戻るねー」
「えっ、ちょっ、みなさん!?」
せっせと去っていくユウたちにセナはぽかんと立ち尽くしてしまう。
恐るべきことにヒメコまで矢継ぎ早に去っていった。魔法少女とは行動力の高さも求められるのか。
呆然と立ち尽くしていたところにポン、と背後からセナの肩に手が置かれる。
「大丈夫ですかぁ? あなたもひょっとしてひとりぼっち?」
「あはは……そんな所です……」
振り返ると一人の少女が立っていた。
アイボリーのくるくるした髪に、深緑色の瞳を持つ柔らかな雰囲気の色白の少女であった。
こちらの顔を覗き込むように見つめながら少女は口を開く。
「わたし、ムネモシュネ。『プロメテウス』っていう魔法少女組織の一員です。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします。わたしは────」
「
言語が、二十に重なった。
ムネモシュネと名乗った少女の声が確かに同時に発せられるのをセナは聞いた。
握手しようと伸ばしたてが空を切ってしまう。
心臓がドクドクと鳴っている。額から汗が滴り落ちている。極度の緊張で息が詰まる。
────どうして緊張なんてしているのだろう。
「ふふっ、知ってるよ。あなたはわたしたちを求めてずっと今日まで乗り移ってきたんだもの。ねえ、これで何人目?」
くるくるとセナの周囲を回りながらムネモシュネは楽しげに問う。
だが当のセナには質問の意味などわからない。彼女の言っている言葉の意味が分からない。
「なんの、話ですか……?」
「……んー? ふんふんふん、なるほど。まだパンドラが眠っているんだね。ごめんごめん、さっきの質問は忘れて」
「で、でもあなたはまるでパンドラのことを知っているかのような口振りで────!」
「ストップ」
ムネモシュネの人差し指がセナの唇に触れる。
直後、身を乗り出して訊き出そうとしていたセナの口が止まってしまった。否、言葉を発する方法を忘れてしまった。
(!!!???)
混乱。
人は言葉を喋る。喋るには口を開く方法が必要だ。そんなの当たり前のことだ。なのに、思い出せない。口とはどうやって開くものだったのか今のセナには思い出すことができない。
故に困惑する。意識する必要すらなかった言語を取り上げられ、セナの心は言葉にならない悲鳴を上げる。
「わたしはすごーく弱い魔法少女。せいぜい出来るのは暗示ぐらい。でもあなたみたいに極端に魔力に弱いものなら簡単に暗示をかけることが出来るの。特にわたしが得意とする暗示は記憶の操作よ」
(!?)
記憶の操作。その言葉にセナは思わず目を見開く。
まさか。まさか、目の前の少女が自分の記憶を消した人物の正体なのか。
言葉を発せず目で訴える。奇跡的に伝わったのか、その表情を見たムネモシュネは愉快げに口を三日月状に広げる。
「違うよ。あなたの記憶を消したのはわたしじゃない。わたしが言えるのはここまで。それ以上喋ったら殺されちゃうからね」
そう言うとムネモシュネはセナの額に手をかざす。
何をされるのか分からず、言葉を発せないままにセナは抵抗しようとする。
「はい、暴れなーい。しばらくあなたは眠りなさい」
(っ!? また……)
ムネモシュネが何か働かせた形跡はない。しかし彼女の言葉と共にセナの意識は遠ざかっていく。
気絶とは違う。これは微睡み。安息へ導く優しい眠気だ。
抗う欲求すら奪われセナの視界は閉ざされていく。ついに意識を手放す寸前、セナの耳にたしかにその言葉が入っていくのを聞いていた。
「だいじょうぶ。すぐエリスの所へ連れて行くから」
その名を聴いた途端。
セナの心の奥底で彼女の意思とは違う、何かが歓喜に打ち震えるのを感じていた。
その感情を最後に、セナの意識はぷつんと切れてしまった。
※※※※
「こうして二人で戦うのも久しぶりだよな、ヒスイ」
「…………」
ユウとヒスイの二人は並んで外路地を歩いていた。
昼間だというのに人の姿は一切見当たらない。それもそのはず、二人は魔獣の住処である異界に侵入したからだ。
現在ユウは漆黒のドレスを身に纏い右手に刀を持ち、そしてヒスイはエメラルドグリーンのサイバースーツを纏って両手に拳銃を握りしめている。
ユウとヒスイ。共に『HALF』の双璧とまで言われるほどの実力者でありながら二人が揃って戦う機会は少なく、久々に彼女と行動できることにユウは喜んでいたのだが……。
「あたしここ最近ずっと一人だったしさ。それにヒスイともあんまり話してなかったし、割とテンション上がっちゃってるわ」
「…………」
「そうそう、久しぶりといったらヒメコの奴もすっごい喜んでたよな。可愛いところあるんだからさ、あたしらにも懐いてくれたって良いのに」
「…………」
「そ、それにセナ! あいつもヒスイのこと気になってるみたいでさ! まだゆっくり話したことないんだろ? 今日の夜に全員で飯でも食いに────」
「ユウ」
一言。
ヒスイの言葉に思わずユウも口を噤んでしまう。
そしてヒスイは振り返り、真顔で彼女を見つめ返す。
「……ユウは一人で行ってくれない? 私も一人で戦うからさ」
「え、でも……」
「お願い」
ヒスイの真剣な眼差しにユウも「うっ」とたじろぎ、頭を掻きながら答える。
「し、仕方ねえな。そんな真剣に言われちゃったら。分かったよ、あとで誰かと合流する」
「うん、ありがとう」
そう言ってヒスイは笑顔を返す。
ユウはその表情がどこかぎこちなく堅いように見えて気が気でなかったが、無視して振り返ることにした。
そして背中を向けたまま、ユウはヒスイへ言葉を投げかける。
「気を付けろよ」
「うん」
彼女の返事を聞いてユウは頷きながらヒスイの元を離れた。
「…………あんたなんか、一人でもやっていけるくせに」
ぽつり、と。
ヒスイはそう零していた。
ささくれ立ったような感情を覚えながらヒスイは歩みを進める。一人になったのはユウが鬱陶しかったからではない。咲良から秘密裏に託された力、魔術を最大限発揮させるためだ。そう心に言い聞かせる。
なのに。
「どうして、そんなに浮かない顔をしちゃっているんでしょうねぇ」
前方から、声。
はっ、とヒスイは顔を上げる。
カツカツ、と足音が響き渡ってくる。何者かが近付いてくる。
果たして、その正体は一人の長身の女性であった。黒いリクルートスーツを着用し、眼鏡を掛けたピンク色のミディアムヘアに金色の瞳。
女は妖しげな笑みを浮かべながらヒスイの元へ近付いてくる。
「いけませんねぇ。いけませんねぇ。なんて不幸な表情、悲しいです、辛いです、あんまりです。ええ、ええ、お気持ちは大変わかりますとも」
「あ、あんた……何……?」
ヒスイの声が上擦る。
目の前の人物から並々ならぬ雰囲気を感じる。蛇に睨まれた蛙のような、そんな危機意識を覚える。
ヒスイの声に女はご機嫌に答えてみせる。
「よくぞ聞いてくれました。私、世界幸福提供サービスのマネージャー兼『あの方』のビジネスパートナーを努めていますリリスと申します。ま、世界幸福提供サービスの社員は私だけですが(笑)」
「は……?」
ふざけたような肩書で答えるリリスと名乗った女にヒスイは思わず呆けた声を上げる。
しかし、首を傾げてリリスは更に答えて続ける。
────その言葉は、ヒスイを戦慄させるにはあまりに十分すぎた。
「あら、分かりやすくお答えしたほうがよくて? いいでしょう。私の名前はリリス、又の名を『堕落の魔女』です。全人類の幸福、その願いを叶えるべく参上致しました☆」
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