第2.5章 Calm

お友達

 7月17日。土曜日。

 セナは正式に『HALF』のアジトで居住することになり、以前彼女が住んでいた(と思われる)アパートを訪れ、荷物を運ぶことになった。

 先日に向かった時は魔獣とドロシーに襲われたため、今回は朝方から出発した。セナ、ユウ、ヒスイの三人である。

 ちなみに解約の手続きは咲良が済ませた模様。どこまで彼女は用意周到なのだろうか。


「流石咲良さんだぜ、めちゃくちゃ有能だな」


「準備が良すぎてむしろ恐怖すら覚えるんですけど……」


「まあ顔が広いからね。どっかの国の大統領と食事したこともあるって噂があるし」


「本当に何者なんですかあの人!?」


 と他愛もない会話を広げながら三人は件のアパートの前にたどり着く。

 今回も襲われるのでは、と身構えキョロキョロと辺りを見回すセナだったが気配は何も感じられなかった。


「そこまで疑心暗鬼にならなくても大丈夫だろ。流石に三日連続で襲ってくるほど馬鹿な連中じゃねえって」


「で、でも昨日は真昼間から大胆に誘拐されたんですよ!? こ、今度は公然の目でも襲われるのでは!?」


「確かに昨日の出来事体験しちゃったら外怖くなっちゃうよね」


「ん、それもそうか」


「他人事みたいに言わないで!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぎながらセナたちは咲良から教えて貰った番号がある部屋の前まで歩いていく。

 そしてセナの部屋と思われる扉の前で何やら一人の少女がオロオロと佇んでいた。


「誰だあいつ?」


「わたしの知り合いなのかな……? 記憶はないんですけど」


 少女は指をぎこちなく組み、ぶつぶつと独り言を呟きながら扉の前をグルグル回っていた。が、それを遠巻きに見つめるセナの姿が目に入ったのか大きく驚いた表情を浮かべる。

 そして。


「あ、あの…………?」


「────ふぇ」


「ふぇ?」


「ふえええええええええええええんんんんんんんん!!!!!! セナちゃんどこ行ってたのおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!??」


「うわっ!? 何、なになになになに!!!???」


 突然、少女が大声で泣き喚きながらセナに向かって飛びかかってきた。

 これにはセナも大きく驚き受け身を取れずに押し倒されてしまう。

 そのまま少女はセナに抱きつき頬ずりをしながら喚き立てる。


「もおおおおおおおおおおずっとメッセ送ってたのにぜんっぜん帰ってこないんだもおおおおおん!!!! 心配したよぉぉぉおおおおおおお!!!!」


「ちょっ、おま、うるさいぞ! 近所迷惑だから!」


「そ、そうです! 一旦、一旦落ち着きましょ!?」


「だってぇ、だってえええええええええええ!!!! セナちゃん急に学校休んじゃうからああああああああああああ!!!! 私ずっと不安だったんだよおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


「分かりました、分かりましたから! 静かになりましょう!」


「んぐっ!?」


 なおも泣き喚く少女にセナが業を煮やし両手で彼女の口を抑える。

 暴れようとする体をユウに抑えてもらい、ヒスイに扉を開けさせてもらって四人は何とか部屋に入った。

 とりあえず居間まで運び、少女の口を解放してやる。


「ぷぁっ……! はぁ……はぁ……取り乱してごめんなさい……」


「分かればよろしい。で、お前誰なんだ?」


「ええーっ!? 私だよぅ、雨宮あまみや千歳ちさと! 四十澤さんの隣のクラス!」


「ごめん、知らない」


「ひどい!」


「ごめんね、こいつ人の顔覚えるの苦手だから」


「チサト……?」


 どうやらユウとチサトと名乗った少女が同じ学校に通っていることに驚きを受けたのだが、それよりもセナは彼女の名前に聞き覚えがあったことに気を取られていた。

 チサト、そう、記憶が正しければセナの連絡帳に乗っていた名前だ。つまり、記憶を失う前のセナを詳しく知っている可能性が高い。


「それより! 何でセナちゃん学校に来なかったの!? 連絡も返さないし、何故か四十澤さんたちと一緒にいるし! それにさっきから態度も余所余所しいし!」


「こ、これには複雑な事情がありまして……」


 とセナはチサトにこれまでのいきさつを説明する。

 二日前から突然記憶を失ったこと、その時にユウに助けてもらったこと、セナの精神が落ち着くまで学校を休んでいたこと。『HALF』の存在を公言することは禁止されているらしく、魔獣絡みの説明は省くことにした。

 一通り説明を聞いたチサトは瞳に涙をためて一言。


「きっ、ききききききき記憶喪失!? 私のことを覚えてない!?」


「はい、ごめんなさい……」


「あうわ、うわわわぁ、つら……え、待って、しんどい、無理。え、死ぬ。これ死ぬわ」


 突如チサトの瞳から光が消え、ぶつぶつと暗い独り言を呟き始める。

 何やら危うい雰囲気を醸し出してきたので慌ててフォローに入る。


「わあああ、ごめん、本当にごめんなさい! でも、チサトさんなら! わたしの記憶の手掛かりが分かるはずですよね!」


「…………えへへ」


「分かりやす」


「こわ」


 それまで放心状態だったチサトが急に笑顔を浮かべ始める。

 その様子にヒスイとユウは思わず顔を引き攣らせていた。記憶を失う前のセナはさぞかし手を焼いていたのだろうか。性根が変わらないというのなら相当なお人好しだったことになってしまうが。

 しかし、ここから先はセナ個人に関わる話であり、正直ユウたちにとってはあまり関係がない。確かに記憶を失う前のセナがどういった人物だったか気にはなるが恐らく二人きりの状況のほうがチサトにとって話しやすいだろうし、記憶がないとはいえ友達との再会なのだ。少しぐらい好きにさせてやってもいいだろう。

 それに。


「(……セナ、心なしか楽しそうだよね)」


 ヒスイがユウに耳打ちをする。

 確かに、チサトと顔を合わせるセナの表情には笑顔が浮かんでいる。愛想笑いなどではなく、純粋に心から楽しんでいるような笑顔。やはり、チサトとの繋がりはかなり深いものだったのだろう。


(……何ていうか、羨ましいな)


 その光景を見ていたユウは思わず心の中でそう呟いていた。

 幼い頃から孤立していた彼女にとって『友達』とはまさしく雲の上のような存在だ。だから、友達がいるという『当たり前』がユウにとって眩しく見えていた。

 居心地の悪さを覚え、とりあえずセナを好きにしてやろうという名目でユウたちは立ち去ることにする。


「それではチサトさん。よければわたしがどんな人物だったか教えてください」


「チサトちゃんでいいよ」


「えっ? でも……」


「だっていつものセナちゃんなら私のことをそう呼ぶし。だからチサトちゃんって呼んでくれていいよ。あと敬語もいらなくて大丈夫。同い年だし」


「そ、そうですか、いやそうな、の。では…………チサトちゃん」


 想像以上に恥ずかしかった。

 セナにとっては実質チサトは初対面である。なのにいきなり「ちゃん」付け呼びをするのは中々恥ずかしさやむず痒さすら覚えていた。

 だが赤面し「ちゃん」付け呼びをするセナを見たチサトはふるふると震えながら叫び、セナに抱擁する。


「かわいいいいい! 全然違う! こっちのセナちゃん好きいいいいいいい!!!!」


「ちょっ、ちょちょちょちょっと待って下さい!? 落ち着いて、落ち着いてチサトちゃん!」


 何とかチサトを引き剥がし、彼女を落ち着かせてからチサトに再び聞き出すことにした。


「……それで、前のわたしはどういう人だったの?」


「あっさり順応しやがった……」


 何故か悔しそうな顔をするチサト。どうやら照れるセナの姿はレアなものだったらしい。

 ますます記憶を失う前のセナのことが気になってくるが、そこでチサトは予想外の答えを口にしてきた。


「うーん、何ていうか変わり者だったかな。私以外友達はいない、というかほとんど話しかけてなかったし、一方的に私が喋っている状態だったし」


「……嫌われていたの?」


「ううん、私達のクラスはいじめとか全然起きなかったし、特別セナちゃんを嫌っているような人もいなかった。なんだろう、目立たないのは多少なりともあったのかもしれないけど」


「やっぱり地味なんですねわたし……」


「いやいや! というか重要なのはそこじゃなくて!」


「いや否定ぐらいして!」


 割とファッションセンスに疎いことは気にしているので改めて目立たないという印象がセナにとっては地味にショックを受けていた。地味子だけに。


「いや上手くない!」


「急に一人でどうしたの?」


「こっちの話! それより、わたしが変わり者って結局どういう意味?」


「あ、そう。別に嫌われているってわけでもなく、でも一人でいることが多くて。何というか前のセナちゃんは」


 そこで一区切りし、呼吸を整えてからチサトは口に出す。

 耳を疑うような、まったくもって人物像が理解できない『彗那』のことを。


「他人に興味がない……というより、そもそもような、人間味が薄い女の子だったよ」


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