第16話 終わりよければすべてよし
ドロシーの手によってアヤメたちはどこかの研究室に飛ばされていた。
どこもかしこも英語で書かれた張り紙が貼っており、度々英語のアナウンスが聞こえてくることから、少なくとも日本ではないことは把握できるがそこまでだ。いずれにせよ彼女たちには些細な問題でしかなかった。
現在彼女たちは薄暗く長い廊下を歩いていた。この先に彼女たちが求める『モノ』がある。
「随分歩いたけどさー……この先に一体何があるのー?」
頭の後ろで手を組み退屈そうにクリオネが呟く。
アヤメも白い髪を指先で弄りながら答えた。
「さあね、俺達の欲しいモンがここにあるとしか知られてないし」
「それは……私達は騙されているのではないんでしょうか?」
隣に立つジュリアが心配そうにアヤメの顔を覗き込んで問いかける。
だが彼女の問いに答えたのはアヤメではなく、突然その場からユイハを連れて出現したドロシーであった。
「騙してなんかないよ」
「うわっ!? びっくりしたー」
「あれ、アヤメ様!? さっきまであたし
唐突に現れた二人にクリオネとジュリアが驚き、連れてこられたユイハも突然の出来事だったのかひどく驚いている。
対してアヤメは平然としたまま、ドロシーに尋ねた。
「で、この先に何があるんだよ?」
「それは見てからのお楽しみ。ほら、もうすぐ着くよ」
「ああ────?」
アヤメが不満を口に出そうとした所で状況が一変した。
ぐじゅり、と足元から響く音。そして柔らかいものを踏んだ感触。
わずかに粘り気を帯びていて、不快感を催す何か。
アヤメは『それ』に疑問を抱きながらも足を進めていく。
後ろのジュリアたちも、『それ』に気付いたようだ。
「うえぇー……何これ、キモっ」
クリオネが不快感を顕に『それ』をかわすように歩いていく。
始めは地面に点々と落ちていたのだが進むごとに数が増えていき、やがて地面が見えなくなるほどに覆われていき、壁や天井にまで付着していった。
やや黒く変色した紫色の『何か』。
恐らく、最奥まで進んだのだろうか。
突如、『それ』が天井にまで積み上がった壁が現れた。
「……で、これは?」
「扉だよ。奥から溢れ出た『これ』に覆われちゃってるんだね」
「壊すか。どうせ警報とか鳴ってもすぐに逃してくれるだろ?」
「もちろん。この奥にいる『彼女』を連れて帰るまでが私の借りだからね。ほら、存分に壊して吟味してみなよ」
「彼女……!? 奥にいるのは人間だっていうの!?」
ドロシーの言葉に信じられないような声を上げるクリオネ。
彼女の方を見れば顔は青く、体も小刻みに震えている。人命に疎い彼女でもやはり年相応の精神の持ち主のようで、この奥にあるであろう未知の『人間』に恐怖を覚えていた。
アヤメとユイハ、ジュリアの三人の攻撃が加わり、いとも簡単に扉が破壊される。無論、警備は厳重であり壊すのは容易ではない。破壊を可能とするほどの実力が彼女たちにあるというだけの話だ。
破壊された瞬間、奥から淡い紫色の光が覗いてきた。そのまま周辺の『何か』を焼き払い、奥へと進んでいく。当然ながら警報が鳴り始めるが彼女たちは臆することもない。
そして、部屋の中央で。
彼女たちは『それ』を見た。
「おやおや……これは……」
「あれは、何です……っ!?」
「うっ、ごめっ、ウチ無理……!」
「おいおい悪趣味だなぁ」
アヤメとユイハは感心したように呟き、ジュリアは大きく動揺し、クリオネは込み上げる嘔吐感に耐えきれずにいた。
奥にいたのは、ベッドに拘束された一人の少女。外見は十代前半といった所か。
紫黒い肉塊に四肢を覆われ、薄紫色の髪を掻き分けるように額から二本の角が伸び、金色の瞳には生気がないように曇っていた。
何より彼女の異質さを際だているのは大きく膨らんだ腹部。時折不規則に蠢いている。
まるで胎児が彼女の中に入っているように。彼女が妊婦そのものであるかのように。
「あれこそが、元凶。この世界の脅威、その全ての生みの親」
上機嫌な口振りで、ドロシーは『彼女』の名前を語る。
「────『生命の魔女』、ティアマトよ」
※※※※
「んっ、んぅ……」
呻き声を上げながらセナが目を覚ます。
視界を開ければそこにいたのはアヤメたちではなく、見慣れた『HALF』のアジトであった。
……何やらユウたちが不審な目でセナを見つめている。
「へっ!? 何!? わたし助かったんですか!?」
「ええ、とりあえず助かったわ」
答えたのは温かいお茶を淹れてきた咲良だ。
差し出されたセナは「どうも」ととりあえず一口頂く。
セナが落ち着いたのを見計らい、開口一番に咲良が切り出してきた。
「で、どういうことなの?」
「何がです?」
「パンドラ」
「………………………………………………………………………………あー」
セナは頬を掻きながら目を逸らす。
実際、記憶を失っているセナにとってパンドラとの関係性はまったく知らないのだが。少なくとも彼女が魔女である以上、どう考えても存在してるのは非常にまずいことになる。
しかしどう説明すればいいか困ってしまい、思わずバツが悪そうな反応を返してしまった。
ユウたちが顔を詰め寄り更に怪しむ。
「いやいや待ってください!? わたし何も知りません! 知らないうちに入っていたんですよ!」
「そんな言い訳が通用するとでも?」
そう答えたのは眼鏡をくいっと上げたグレイだ。
彼女を視界に捉えた途端、思わずセナは首を傾げる。状況が状況だっただけに実質今が初対面のようなものだ。
「えっと、あなたは?」
「……イギリスの魔法少女部隊、『薔薇十字団』のグレイと言います。で、何故あなたの中にパンドラがいるんですか?」
「ごめんなさい、本当に知らないんです。わたし、記憶を失ってて……」
「だから言っただろ。こいつに聞いた所で何も分かりゃしねえんだよ、やっぱこういう時は本人呼び出さねえと」
「ユウちゃん、それはあまりにも危険よ」
と大胆なユウの言葉に対して咲良が冷静にツッコむ。
それから相変わらず表情の読めない瞳でセナを覗き込み、静かに尋ねてきた。
「貴方の中にいるパンドラとは直接会話できないの?」
「……無理、みたいです。話し方もよく分かりません…………」
「どうして変身することが出来たの?」
「あれは……言葉がいきなりパッと思い浮かんで、反射的に叫んでしまって……」
「ドロシーが言っていた『鍵』のことは?」
「何も分かりません…………」
「お手上げね」
咲良は「はあ」と肩をすくめてため息をつく。
何かまずいことが起きてしまったか、と思わず身構えるセナであったが咲良は意外な結論をグレイに述べた。
「そういうことよ。現状、セナちゃんに脅威は見受けられない。私達『HALF』が続けて彼女を保護することにするわ」
「は!? 待ってください、彼女の中に魔女が入っているんですよ!? あの『大災厄』を起こした魔女そのものが!」
「だとしても、よ。そもそも『HALF』ってそういうワケありな子たちを保護しているし」
「だからっておかしいじゃないですか!? そんな報告を上げて『連盟』が許すとでも!?」
「ええ、許すわ」
きっぱりと咲良は断言する。
根拠などある訳もないだろうに、そう言い切る咲良を前に思わずグレイは思考が固まってしまっていた。
それから呆れたようにため息をつき、荷物を持って出口の方へ振り返る。
「……そこまで言うなら分かりました。報告は正直に上げていただきます。『連盟』が黙って見過ごせると思わないでください」
「そうね、楽しみに待っているわ」
「────っ」
挑戦的に返す咲良にグレイは苛立ったような表情を浮かべ、「お世話になりました」と一言だけ告げてアジトを出ていってしまった。
彼女らのやり取りに恐怖したのはセナだ。
「ま、まさかわたし消される……!?」
「大丈夫よ。さっき言った通り『連盟』は許すわ。それにグレイが真面目に報告を上げることはないでしょう」
「何でですか? どう見ても真面目そうなのに」
「さっき貴方にお茶を上げたでしょう? 実はグレイにだけこれを仕込んであるの」
そう言って咲良はいたずらっぽく笑い、小さな丸薬を取り出す。
その丸薬には見覚えがある。昨夜ユウが見せた都合良く記憶を消す薬、『忘却剤』だ。
「いやそれ結構ヤバいことしてません!?」
「バレなきゃ犯罪よ」
「ドヤ顔で言えたことですか!!」
凶悪な笑みを浮かべ、咲良はしらを切る。
何故かユウとヒメコも同じような笑みを浮かべていた。
「へへっ、まあセナの中にいるパンドラがあのパンドラと同じっていう証拠はないし~」
「仮に本物だったとしても魔女様を味方にするとか心強すぎるしな」
「あなたたちねぇ……」
背後のヒスイが呆れたように言う。
だが彼女もセナを疎んではいないようでセナに笑顔を向けた後、咲良に尋ねてきた。
「でもセナはどうするの? もう前線に出させる?」
「いえ、最初の方針通りしばらく彼女はサポートに回ってもらうわ。恐らくパンドラに変身するには条件があるそうだし」
「は、はぁ……」
目が覚めた直後に受けた情報量が多すぎるあまり、セナはイマイチ釈然としていない様子だった。
しかし、空気が和んできてるあたり、今日のところはひとまずこれでいいのだろう。
だから、咲良はこう締めくくるのであった。
「ま、過程はどうあれ終わりよければすべてよし、よ」
「それでいいんですか……?」
「いいのよ」
顔色一つ変えずに咲良は言い切ってみせる。
「詳しい話は後にしましょう。だから、今はゆっくり休みなさい」
「…………そう、ですね」
咲良の言葉にセナは釈然としないながらも頷く。
『ガンドライド』。パンドラ、エリス。記憶を失う前の自分。
聞きたいこと知りたいことは山々だがこの二日間だけでも色々なことが起こりすぎて疲弊しているのは確かだった。
だから、彼女はお言葉に甘えることにしたのだ。
今は、平穏が欲しかったから。
※※※※
「────ということよ」
深夜。
『HALF』のメンバーが全員寝静まり、咲良はローゼンと通話をしていた。
『いやあ、驚いたっす。まさか本物の魔女が復活するだなんてね。しかも上の方たちはあっさりと許してくれるとは』
「だから言ったでしょう? 私は彼女たちを信じていると。案外それだけでイケるものなのよ」
勝ち誇ったような笑みを浮かべて咲良が答える。
その笑みに若干苛立ちを覚えながらローゼンも笑みを浮かべた。
『うっわあ、相変わらずムカつく笑顔。まあ、あなたがグレイさんに「忘却剤」を飲ませたおかげでセナへの悪印象は払拭できたっすね。結局彼女が魔女だったことまでは思い出せたようっすけど』
「そこに関しては問題ないわ。大事なのは印象、ムードよ。これから交流を続けていくのに嫌われちゃ溜まったもんじゃないわ」
『ま、それについては同意見っすね。ただセナの扱いに関しては処分が保留になっただけで行動次第では────』
「それは充分に承知しているわ。そこは私がしっかりと目を光らせているから安心しなさいな」
『はいはいっと。じゃ、報告はこれぐらいっすかね』
「そうね。明日も朝早いからわたしはもう寝るわ」
『そっすか。おやすみなさい』
咲良との通話が切れた所で、ローゼンは静かに思考を始めた。
(……しかし、妙っすね。確かに『連盟』の中では上の立場にいる咲良の意見とはいえ、こうもあっさりとお偉いさんたちが許可を出すとは)
そう。
結論から言えば春見彗那はかつて『大災厄』を引き起こした『災厄の魔女』パンドラと同一人物である。それは既に咲良から送られてきた彼女の魔力と属性、『人間性』が証明してしまっている。
ならば彼女を保護するという方針については反対意見が圧倒的に出るはずだ。にも関わらずトップである『総司令官』が早々に許可を出し、それに反対する者は一人もいなかった。
さらには『HALF』のメンバーや『忘却剤』を飲まされたグレイも同様に魔女を保護することに危機感を覚えずあっさりと受け入れてしまった。
まるで魔女に対する認識が歪められているかのようだ。流石にそれは考えすぎかもしれないが、違和感が拭えない。
そしてもう一つ気になるのは咲良が用意した『忘却剤』。
(都合よく消したい部分だけを消せる薬。……はて、一体誰がいつ開発したんすかねぇ)
少なくとも『連盟』本部で働いていた時はそんな薬の存在など聞いたこともなかった。
確かに『連盟』では私利私欲で研究している者は多くいるが、それにしたってこんな使い方次第で犯罪にもなりうる薬が開発されれば大きく公表されるはずだろう。
(ま、所詮下っ端の私には考えても仕方ない話っすか)
そこで思考を止め、ローゼンは命令を出すべく
────きっと、今の思考も読まれているのだろうか。
見えない脅威に向かって、ローゼンは心の中で呟いたのであった。
そう。
見えない脅威は、すぐそこにまで迫ってきている。
────第2章『True Name』 完。
────第2.5章『Calm』へと続く。
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