第15話 『災厄の魔女』・パンドラ

 髪が白く染まり、瞳の色が金色に変化したセナ。

 純白のドレスを身にまとい、右手には大きなスケルトンキーを握っている。

 そしてこの姿に変化した自らの名を、彼女はこう言った。

 ────『災厄の魔女』・パンドラと。


「で、何でアタシは縛られてるの!? あとここどこ!? どういう状況!?」


「聞きたいのはこっちよ! あなた本当にセナなの?」


 縛られたまま叫ぶセナにヒスイが叫び返す。

 今のセナは口調も目つきもまるで違う。本当に別人が乗り移ったかのようだ。

 そして彼女が名乗ったパンドラという名前。『災厄の魔女』。もしも本当に同一人物だとしたら彼女はかつて『大災厄』をもたらし世界を滅ぼした魔女その人であるということになってしまう。

 ヒスイの質問にセナは戸惑いの表情を浮かべ、すぐに納得がいったかのような顔をする。


「ああ、セナ。セナ、この依代の名前ね。そんな名前だった気がするわ。残念ながらこの子の体はあたしが貰ったわよ」


「は!? どういう意味!? まさか本当にパンドラなの!?」


「だーかーらー、そう言ってるでしょー。こいつの魂はあたしが完全に上書きした。元々そういう『契約』なの。この子についてはもう諦めなさい」


「な、何……? さっきから何を言っているの!?」


 セナ────否、パンドラの言葉にヒスイは余計に混乱を招く。

 パンドラは「はあ」とため息をつき、口を開いた所でドロシーが遮ってきた。


「そんなことはどうでもいいからさ、早く『鍵』の在り処を教えてよ」


「アホか。知っていたとしても正直に教えるわけ無いでしょ。というかそもそもアンタ、その情報をどこで知った?」


「いいから教えて」


「だから教えないっての。そんな情報デマだからとっと帰りなさい」


  

 ドロシーの声音と表情にヒスイとグレイがゾッと背筋を震わせる。

 瞳は何も映しておらず、言葉には何も感情が込められていなかった。

 雰囲気が一変する。彼女から強いを感じ、二人は身動きが取れなくなてしまう。

 ただ一人、対峙するパンドラは表情一つ変えずに握っていた鍵を一振りする。

 直後、彼女の足元から黒い靄が現れ、縛っていた鎖を覆い尽くした。瞬く間に鎖が錆びていきあっけなく壊れてしまう。

 そして黒い靄の矛先はドロシーの方へ向かった。地を這うたびに辺りに生えていた雑草が枯れ果てていく。まるで死そのものが迫っているかのようだ。

 その光景を見たヒスイとグレイが恐怖する。


「……さっさと立ち去りなさい。アンタはここにいていい人間じゃない」


「だから、『鍵』を」


「いくら殺しても無駄なアンタとはいえ、これを喰らったらひとたまりもないんじゃない?」


 ニヤリとパンドラが笑い、ドロシーを挑発する。

 しばらく黙っていたドロシーだったがついに分が悪いと察したのか舌打ちをし、背を向ける。

最後に首だけ振り向いて彼女はそっと呟く。


「……次こそは、教えてもらうから」


「あっそ」


「…………」


「待って!」


 ヒスイの呼び止める声も気にかけずドロシーの姿が忽然とその場から消えた。

 終始置いてけぼりにされていたヒスイはただ、


「何が何なのよ……」


 と途方に暮れるしかなかった。






※※※※






「クソ、ちょこまかと!」


 毒づきながらユウは斬撃をいなし、続けて飛んでくる雷撃を転がって躱す。

 リーチの長い鎌と雷と風の魔法を立て続けに放つせいでろくに近付けず、先程から攻撃を躱してばかりだ。

 それにしても、ユイハの攻撃方法はどうも挙動がおかしい。魔獣を狩るための攻撃というよりまるで……。


「まるで最初から人間を殺すために特化したような技ばっかだな」


「ふふん、それがあたしたちガンドライドだし。あたしなんか三人も魔法少女を殺してきたからね」


「三人……!? なら尚更お前を倒さない理由ができたな!」


 叫びながらユウは肘から炎を噴出させ、推進力を得ながらユイハに斬りかかる。

 だが同時にユイハも風と雷を纏わせ、刃を激突させて鍔迫り合いが始まる。

 そこでユウの耳元からヒメコの通信が入ってきた。


『ちょっ、ちょちょちょユウちゃん!! 近くで物凄い魔力の反応があるんだけど!?』


「はあ!? それどころじゃねえんだけど!」


『そんな事言われたって……! いやマジでヤバイんだって、魔獣の反応ないのにえげつない魔力が観測されてるんだって!!』


「ああ……!?」


 ヒメコの焦る声にユウは苛立ちを覚えながらも、ちらとセナの方へ目を向ける。

 髪が白く染まり、瞳が金色に変化し白いドレスを着ていた。明らかに様子がおかしい。そしてヒメコの言う通り、彼女から尋常じゃない量の魔力が感じられる。

 そこまで事態を把握し、再びユウはユイハの方へ向き直る。


「だからどうした?」


『ッッッはあああああ!!?? お前それマジで言ってんの!? 馬鹿なの!? 頭おかしいの、ねえ!?』


「うるせえ! 今それどころじゃねえつってんだろ! ヒスイに対処してもらえ!」


 乱暴に通信を切り、ユイハに向き直る。

 ユイハの刃を払い除け斬りかかろうとするがユイハが大きく飛び上がり、鎌を回転させる。

 背中から大きく斬り裂かれ、血飛沫が舞う。


「いっ……クソッ!」


「ふふん、魔法少女同士の戦闘ってやりづらいよねぇ。化け物殺せるもん同士だからさぁ!」


 興奮気味にユイハが笑い、頬に付着した血を舐め取る。

 その姿を見たユウは彼女が理由もなく殺しを愉しむ戦闘狂であることを確信し、舌打ちをして刀を握りしめる。

 刀身に炎を纏わせ、足から炎を噴き出させて勢いをつけてユイハに突っ込んでいく。正面から斬りかかるユウの姿にユイハは嘲笑いながら鎌を振り下ろし。

 鎌先が虚空を切り裂いた。

 彼女が振り下ろした先に、ユウの姿がなかった。


「あれ?」


「大人しく死にやがれ」


 声が横から聞こえた。

 咄嗟に視線を向けるとユウが既に刀を突き出していた。

 ユイハは驚きながら素早く体を捻り斬撃を躱そうとする。しかし、それでも避けきれず切っ先が脇腹を掠め取った。

 痛みを覚えわずかに血が飛ぶも、ユイハはすかさず反撃に雷電を放つ。顔から受けてしまい、強い衝撃と激痛に体が強張り、ユウは後方に倒れ込んでしまう。

 

「へ、へへ……詰めが甘いよ。アヤメ様からは手合わせ程度って言われていたけど……一人ぐらい殺しても問題ないよねぇ……」


「こ、のっ……イカレ女が……!」


 狂気的な笑みを浮かべ近付いてくるユイハにユウは毒づき体を起こそうとする。

 しかし体は完全に痺れてしまい言うことを聞かなかった。

 それでもユウは諦めず、彼女に抗おうとする。その瞳に、ユイハは魅入られる。

 ────その諦めない瞳に『死』が加わったときの表情の美しさを彼女は知っているからだ。

 だから、その額を斬り裂こうと目掛けて鎌を振り下ろし。

 

「────時間切れよ」


 昨夜に聞いた少女の声────ドロシーの声が聞こえ。


「なっ────!?」


 とユイハの驚く声が耳に入ると同時に彼女の姿が消えた。

 一瞬にして静寂が訪れる。


「……は」


 いつの間にか呼吸を止めていたようで、ようやくユウは息を吸い込む。

 どうやら助かったらしい。


「あー、体が動かねぇ……」


 とりあえず口が回るようにはなったが依然として体は動かせないままだ。

 横倒しになったまま、ユウは思考する。

 魔獣と戦う以上、ユウは今まで命に脅かされるような場面に出会ってきたことはそう少なくない。

 だが確かに認識は甘かった。本気で殺しにかかる『人間』に対する認識を。

 これは本格的な対人戦を検討しなくてはいけないようだ。

 と、そこまで考えた所で。


「……?」


 ヒスイたちの所が何やら騒がしい。

 体は動かせないが、幸いにも彼女たちの声が聞こえる距離にいるのでユウは遠巻きにその喧騒を見つめる。

 せめて誰か一人ぐらいこの身を案じてほしいと思わなくもなかったが。

 と、彼女らの様子を見つめていると。


「……何やってんだあいつら!?」


 と思わず口に出してしまっていた。






※※※※






「ちょっ、グレイさん!?」


「おやおや、これは」


 ヒスイとパンドラが同時に声を上げる。

 視線の先には銃口をパンドラに向け、彼女を睨みつけるグレイの姿。その瞳には殺気すら浮かべていた。


「貴方のことは見過ごせません。直ちに処分します!」


「ま、待ってグレイさん! まだセナを魔獣として判断するのは────」


「ヒスイさんは感じないんですか!? 彼女から溢れてくる邪悪な魔力を!」


 遮るようにグレイが叫ぶ。

 そう言われてもヒスイにはセナ……パンドラから強大な魔力を感じ取っても邪悪とまでは感じられなかった。

 グレイの言葉にピンときたのかパンドラが口を開く。


「ふぅーん……アンタ光属性の魔力の持ち主ね?」


「それが、何だって言うんですか……!」


「いやあ、あたしから悪いオーラを感じ取るのも無理はないかなぁって。光と闇の魔力って互いに敏感になるし。で、あたしをどうするの?」


「撃つに決まっているでしょう……!」


「で、撃てるの?」


 首を傾げ、特に表情を変えることなくパンドラは返す。

 生命を枯れ果てさせる黒い靄を従えながら。


「本当にあたしを撃てるの?」


「だ、黙りなさい!」


 叫ぶように返すグレイの言葉は震えていた。

 見ればトリガーに掛けている指も小刻みに震えている。

 ヒスイもパンドラの有無を言わせない雰囲気に恐怖を感じ、震えながらも彼女に声を掛ける。


「せ、セナももうそこまでして……」


「だからあたしはパンドラ。大丈夫だよ、あたしに任せて」


 ヒスイに顔を向け、パンドラは優しく微笑む。

 そして表情を再び消してグレイの方へ向き直った。


「で、撃ってみなさい」


「う、撃ちます……だから、じっとしていなさい」


「言われなくても動かないわよ。だから早く撃ちなさい」


「だ、黙って……!」


「撃てないの?」


「はぁっ…………はぁっ…………!!」


?」


「ッッ!!!!????」


 たった一言。

 しかし、その一言で極限状態にまで恐怖に陥ったグレイは体を大きく震わせ、銃を落としてしまった。

 荒い息を吐きながら両手で肩を抱き震える。

 その姿に満足したかのようにパンドラは頷いた。


「さ、て。これでようやく静かになったし、ようやくあたしも復活したし、そろそろ本格的に動きますかー。というかこの子胸でかいな!? 羨まし────っ!?」


 直後、パチン! と電撃が走るような頭痛を覚えパンドラの意識があっさりと飛んでいってしまう。

 力を失った体が地面に倒れ込み、パンドラの髪が白から黒へ……見慣れたセナの姿に戻っていった。

 思わずヒスイが駆け寄ると既に彼女は胸を上下させながら静かに眠っていた。

 

「結局、何だったのかしら……」


 訳も分からずヒスイはとりあえずセナの肩を抱えてグレイの前に向かう。

 グレイはぽたぽたと涙を溢し、鼻をすすっていたが落ち着きを取り戻していたようで、体を起こし目を合わせることなく呟いた。


「……一旦、帰りましょう」


「グレイさん……」


「私は、大丈夫です」


 力なくグレイが笑った。

 彼女の姿にいたたまれない気持ちになりながらもヒスイは心の奥でしこりが残るような感覚を覚えていた。


(……みんな、強かったな)


 圧倒的な力を持っていたドロシーとパンドラ。

 その力量の差を見せつけられて。

 ヒスイは無意識のうちに焦燥感を掻き立てられていた。






※※※※






「ってあたしを助けろよぉ!?」


 離れていく二人の背中を見ながらユウの声が虚しく響き渡る。

 彼女が追いついたのは体の痺れが治ってから数十分後のことであった。


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