第14話 目覚め

「はいよ」


 と乱雑にユイハがセナの足元にスマホを放り投げる。

 そしてあぐらをかいて座り、じっとセナたちの方を見つめ始めた。

 

「あれ、君はアヤメと行かないの?」


「バーカ。お前みたいな何考えてるか分かんねー奴放っておけるわけねーだろ。お前を見張るよう命令されたんだ」


「ああ、なるほど。まあ好きにしてていいよ。私が興味あるのは『鍵』だけだし」


「だから……! その『鍵』って一体全体何なんですか!?」


「世界を牛耳るほどの力。それを解放するための『鍵』。君がそれを持っているんだよ」


 腕を広げ悠々とドロシーは『鍵』のことを語る。

 だがそんな話などセナは聞いたことがないし、そもそも記憶喪失なので知る由もない。自身にそんな力が本当に秘められたとしていても実感すら沸かなかった。


「だから、君の中に眠る『鍵』を目覚めさせたいんだけどね」


 そう言ってドロシーはセナに微笑む。

 その金色の瞳が怪しげに輝くのを見たセナの喉が恐怖に引きつった声を上げる。

 セナの意思など関係ない。そう思わせるほどの強い狂気が彼女から感じられた。

 それでもセナは声を震わせながら反論をする。


「そ、そんなこと言われたって……しっ、知らない、です…………」


「それは思い出せないだけ。君はすでに知っているはずだよ。『鍵』としての君を」


「すでに……? さっきから言ってる意味が分からないんです」


「大丈夫、思い出せば全て分かるはずだよ」


 会話が通じていない。

 余計に混乱を招くだけだと判断したセナは会話を諦め、口を噤むことにする。

 しかし、セナには先程のドロシーの言葉がどうしても引っ掛かっていた。


(わたしは既に知っている……? もしかしてもや子のこと────ッ!?)


 何か。

 何か重要なことを忘れているような気がする。

 今の今まで忘れていた精神世界での出来事。そして夢で見たエリスと名前がノイズで覆われた白い少女。

 そう、確かあの少女の名前は────。


「くっ、あ……!?」


 突然激しい頭痛に襲われセナが呻く。

 また、これだ。あの少女について思い出そうとすると頭が痛みだす。まるで記憶に蓋が掛かっているかのように。

 その様子を見たドロシーが機嫌良さそうに笑う。


「ふふ、その調子。さあ、私に『鍵』を渡して?」


「だ、から……知らないっ、ぐ、ぁ…………わた、し、はっ、『鍵』じゃっ、ない……!」


「そう、まだダメか。なら強行手段でも取ろうかしら」


 肩をすくめため息をつきながらドロシーはセナの右胸に手を当てる。

 また、昨日のように心臓を貫くつもりなのか。今度こそ命が奪われるかもしれない。

 今まさに命が刈り取られようとしている恐怖にセナが悲鳴を上げようとしたところだった。


「やーっと見つけたぁ……!」


 背後から少女の叫び声が響く。

 聞き覚えのある声。セナが振り向くとそこには、ユウとヒスイ、そして初対面のシスターの三人が立っていた。

 久しぶりに見る頼れる人物の姿にセナは安堵して涙すら浮かべ、ドロシーは舌打ちし、それまで静かに傍観していたユイハが口笛を吹く。


「皆さん……!」


「チッ、ここに来て邪魔が……。ユイハ、君の仕業だね?」


「ひゅー、その通り。こいつらを呼んで手合わせしろってのもアヤメ様の命令だからねー」


「ごちゃごちゃうるせえ。さっさとセナを離せ!」


 ユウの言葉にドロシーはため息をつき、指を鳴らす。

 直後、どこからともなく三種の魔獣が十数体も出現した。

 昨夜に襲ってきた黒い地肌のライオンのような獣、成人男性と変わらない大きさの木製の人形、そして同様の体格を持つ銀色の甲冑。

 ドロシーは至極つまらなそうな表情を浮かべて命令を下す。


「ライオン、カカシ、木こり。行きなさい」


「こいつが昨日ユウが言ってた魔獣使いね!」


「だあもう、面倒くさいばっか奴呼びやがって! 二人共さっさと片付けるぞ!」


「もちろんです」


 同じく苛立つように頭を掻きむしるユウの両隣にヒスイとグレイが立つ。

 そしてユウとヒスイはそれぞれ青色の鉱物と緑色の鉱物を取り出し、胸に突き刺した。


「抜刀・燐火!」


「装填・窮奇きゅうき!」


 直後、ユウの体が青い火柱に包まれ、ヒスイの体が緑色の烈風に包まれる。

 一瞬にして炎と風が消え去り、ユウは黒いゴシック調のドレスに刀を携え、ヒスイはエメラルドグリーンのサイバースーツに二丁拳銃を構えていた。

 一方でグレイは首にかけられていた十字架を両手で握りしめ無言で祈り始める。

 そして目を開けた瞬間にグレイの口が開いた。


「リロード・ミカエル!」


 直後、眩い光が彼女の体を照らし、どこからともなく出現した二丁拳銃を握り瞳の色が黒から赤へと変わる。

 魔獣の細胞を体内に移植し内に眠る魔獣の力を直接引き出す『HALF』とは違い、魔獣の『加護』を受けその身に宿すのが『薔薇十字団』の魔法少女である。

 大きな変身こそしないものの、魔獣の力を借りて戦う彼女も立派な魔法少女の一人なのである。


「んじゃ、行くか!」


「ええ! 私はあの人形を狙うからグレイさんはブリキの方をお願い! ユウはあの獣で!」


「了解です!」


「あたしも人型が良かったなー!」


 と文句を言いながらもユウの持つ刀から青い炎が噴き出し、黒い獣の首を刈り取っていく。

 ヒスイは足元から風を発生させ、わずかに宙に浮いて滑るように移動しながら発砲していく。放たれた弾丸に風の力が込められているのか、カカシと呼ばれた木製の人形たちに着弾すると同時に烈風が巻き起こり、その体を切り刻んでいった。

 そしてグレイも同様に次々と発砲していき、強く発光する炎を纏った弾丸が発射されブリキの甲冑に当たっていく。どうやら弾そのものよりも込められた魔力の方が本命のようで着弾した瞬間に鎧が崩れ去っていく。

 三人とも相当な実力の持ち主のようで、ものの数十分もしないうちに魔獣たちが全滅した。


「す、すごい……」


 思わずセナも感心して呟いてしまう。

 魔獣がいなくなるなり、ユイハがおもむろに立ち上がり、どこからともなく鎌を出現させる。


「いやあ、お前らが噂の『HALF』って連中ですか。どうも、あたしは御曹堂おんぞうどう結巴ゆいは、通称ユイハだよー。よろしく」


「……テメェがガンドライドの手先か?」


「その通り。ここでお前たちと手合わせするようアヤメ様から頼まれたんだよ」


「……っ!? アヤメだと!?」


 突如、その名を聞いたユウの表情が一変する。

 あのアヤメを知っているセナはもちろん、ヒスイとグレイも知らなかったのか、ユウの反応に驚いていた。

 だが一番動揺していたのはユウであった。


「あれ、アヤメ様を知ってるの?」


「知ってるも何も……、ああクソ、道理で魔法少女を憎んでいるわけか、あの馬鹿……!!」


「ユウ、どういうことなの?」


「……悪い、説明は後だ。とりあえず、こいつらを倒してセナを助けるぞ」


「おっと、そういうわけにはいかないな」


 そう言ってアヤメは黄緑色の鉱物を取り出す。

 そして躊躇なく自分の胸に突き刺した。

 この方法はユウたちが一番良く知っている。魔石を直接体内に突き刺したということは────。


「まさか、お前も私たちと同じ魔獣の手術を!?」


「ご明察。そんじゃ行くぜ、芟刈さんがい・雷霆」


 変身の呪文を唱えると同時にユイハの黄緑色の瞳が妖しく輝く。

 直後、黄緑色の電流と風に包まれ、ユイハの衣装がパンクなファッションから一転してピンク色のドレスに身を包む。

 そしてヒスイの方に鎌先を向け、大きく振りかざしながら飛びかかってきた。


「ッ!?」


「お前の魔獣、窮奇といったな? 鎌鼬か、いいなぁ。あたしの武器と相性が良さそうだ」


 寸前のところでヒスイが躱し、入れ替わるようにユウが飛び込む。

 刀でと鍔を競り合わせ、背後のヒスイたちに叫ぶ。


「こいつはあたしがやる! 同じ近接武器だからな! ヒスイたちはセナの救出を頼む!」


「了解!」


「させると思う?」


 ユウの言葉にヒスイが頷き、セナの元へ駆け寄るもドロシー彼女の前に現れ、立ち塞がる。

 ヒスイは舌打ちしながらも躊躇なくドロシーに銃口を向け、発砲をする。

 しかし、ドロシーが指を鳴らすと同時に眼前に迫っていた弾丸が消失してしまった。


「なっ……!?」


「そろそろ本格的に退散しないと厳しいね。『鍵』は私が貰うよ」


「待ちなさい!」


 いつの間にか背後に回っていたグレイが至近距離でトリガーを引く。

 流石に近距離では対処しきれなかったのか、ドロシーが振り返るよりも早く、グレイの弾丸がドロシーの胸を貫いた。

 赤い肉片が弾け、鮮血が吹き出す。だがドロシーは表情を変えることなくグレイの方へ向き直った。


「うそ、何で立っていられて……!?」


「邪魔」


 一言だけ呟くと同時にドロシーはグレイの顔面を蹴り飛ばす。

 動揺していたグレイは躱すことができず、鼻から血を流しながら後方に吹き飛んでしまう。


「グレイさん!」


 叫びながらもヒスイは距離を詰め、同じように至近距離で弾丸を放つ。

 ドロシーの右腕に命中し、弾丸がめり込んだ体内から風が巻き起こり、ドロシーの全身を切り刻んでいく。

 しかし、おびただしい傷を受けながらもドロシーは平然としたままでヒスイの頭を掴み、地面に叩きつけた。


「がっ、ぅ…………!?」


「その程度で私を倒せるとでも思ったの? 甘いね」


 冷たく言い放ちながらドロシーはセナの方に向き直る。

 いとも簡単に二人の魔法少女をねじ伏せ、自分に向かう彼女の姿にセナは恐怖のあまりパニックに陥った。


「ひっ、ああああああ!! やだっ、来ないでっ!!」


「ふふ、大丈夫だよ。殺しはしないからね」


「来るな、やめて!! お願いだから、もうわたしに構わないでっ!!!!」


「ひどい言い様だなぁ。残念だけどそれは私が許さないな」


「やっ、いやああああああ!! やだっ、やだぁ!!」


 体をバタバタと暴れさせ、泣き喚きながら彼女から精一杯離れようと抵抗する。

 だが体は拘束されたままであり、鎖が擦れてただ痛い思いをするばかりであった。

 しかし、本当にこのままでは手遅れになってしまう。どうにか出来ないのかと必死に思考を巡らせていたときであった。


『君はすでに知っているはずだよ』


 ドロシーの言葉を思い出す。

 そう、『鍵』とやらの力はなんて心当たりはないが、セナは既にその正体を知っているはずなのだという。

 そして精神世界でもや子が言っていた言葉。


『────あんたはあたしの名前を知っているはず』


 そして夢の中でエリスという少女が何度も呟いていた白い少女の名前。


(…………!)


 直後、追憶を重ねていたセナにある言葉が思い浮かぶ。

 果たしてその名前を思い出したからと言って何か状況が変わる保証なんてない。ただ、確信はあった。

 彼女の名前を知っているのだというのなら。そしてドロシーの言う通り、本当に『鍵』がセナの中に眠っているというのなら。


(これに賭けるしか────!)


 ドロシーの腕がセナの眼前に迫る。

 その指先がセナの頬に触れる寸前で、彼女は力の限り声を出して叫んだ。



「お願い────!! 解錠・パンドラ!!!!」



「!?」


 その名前を聞いた瞬間、ドロシーが大きく動揺し動きが固まる。

 直後、セナの体が黒い靄に包まれた。

 そして一瞬にして靄が晴れ。

 


 



 白いドレスを身に纏い。

 髪の色が白に染まり、そして瞳の色が金色に変化して。

 右手に大きな鍵を持つセナが、そこに立っていた。





「ん、ふわ~あ……よく寝たぁ」


 目を開けると同時にセナがあくびをし、大きく伸びをする。

 そして首を回したのち、好戦的な笑顔を浮かべる。


「さあて、『災厄の魔女』・パンドラ。ここに復活……なんだけど」


 体がうまく動かせないことに気が付き周囲を見渡す。

 そして自分の体を見つめてようやく自体を把握し。

 セナ────否、パンドラが大声で叫んだ。


「ちょっと待ってこれどういう状況ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!???」


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