第12話 わたしの記憶を消したのは、あなたですか

「どういう、ことだ……?」


 グレイが伝えたセナの衝撃的な事実。

 それを聞いたユウたち三人は衝撃と戸惑いを隠せない表情を浮かべていた。

 春見彗那の正体。

 彼女の人間性は『0』。つまり、人間ではなく魔獣そのもの。


「でも、どう見たってセナは人間じゃない……」


 声を震わせながらヒスイがグレイに訴える。


「それに咲良さんだって昨日測ったって言ってたよ。彼女の人間性は『10』、人間そのものだって……」


「咲良さんが? 昨夜この報告を上げたのは当の咲良さんですよ?」


「なっ……!?」


 さらなる衝撃的な答えに思わず三人は息を呑む。

 何食わぬ顔で返していた咲良。あれは全て彼女の演技だったとでも言うのか。


「咲良さんがあたしたちに嘘をついていた……? 何のために……?」


「きっと、あの場にセナがいたから気を遣って、とか……?」


「それよりも問題なのはセナちゃんをどうするか、じゃない? こうしてグレイさんが来ているんだし」


「彼女の対応についても命令が出ています。私が彼女を監視し、我々にとって危険な存在か見極めることです。もし私が彼女を危険だと判断すれば……」


「魔獣として処分するのか」


「そういうことです」


 ユウにとって否定してほしかった言葉をあっさりとグレイが返す。

 記憶を失い、見知らぬ相手から命を狙われ、挙句の果てに人間ではない真実を付き当てて殺される。それはあまりにも、


「酷すぎやしないか……」


「────同情の余地はありません。相手は人間の形をした紛い物です」


 そう冷たく返すグレイだったが、彼女が口を開くまでに数秒もの間があった。

 彼女も見かけは人間と変わらないセナを手に掛けることに躊躇しているのだろう。例え戦場に身を置く魔法少女といえど、彼女たちは普通の人間で、年頃の少女なのだ。人間(あるいはそっくりな存在)を殺すには強い嫌悪感を抱くものだ。

 重い空気を断ち切るように「とにかく」とグレイは咳払いし、


「私の判断次第でセナの処遇が決まります。なので早くセナの様子を見たいのですが……戻ってきませんね」


 かれこれグレイと会話してから十数分ほど。確かに用を足すには長過ぎるような気もする。


「よっぽどお腹の調子が悪かったのかしら」


「今日が重い日とか?」


「ヒメコちゃん生々しい話はやめて」


「あたしが見てこようか?」


「え、マジ……?」


 とそれまでやり取りしていたヒスイとヒメコが同時にユウに向かって振り返る。

 二人とも信じられないものを見るようなドン引きした顔でユウを見つめていた。


「ユウちゃんそういう趣味……?」とヒメコ。


「あの、セナを泣かすのはやめてね?」とヒスイ。


「ちゃんと言葉を選んで話しかけてください」とグレイ。


「お前らあたしを何だと思っているんだよ!?」


「猟奇趣味のやべー奴」「人の気持ちが分からないサイコパス」「前世が鬼」


 と口々にユウの評価をする三人。

 こればかりにはユウも苛立ちを覚え、「心外だ!」と叫びながらくるりと振り返る。


「いいよ! あたしが見に行くよ! とりあえずお前らはここで待ってろ!」


「分かったよ、もう好きにしなよ。ちなみにセナが籠もってた場合は?」


「もうこの際引きずり出してやる」


「そういう所だよ。本当にやめてね?」


 と本気で心配そうな顔をするヒスイをユウは一瞥し、トイレの方へ向かった。

 女子トイレの中に入り、人影の姿が見当たらないことに気付くなりユウが声を上げる。


「おい、セナ。いるか?」


 しん、と静まり返った音。

 最初は彼女がおふざけでもしているのかとイライラするユウであったが、彼女がそんな性格ではないことを思い返し、一旦冷静になる。

 冷静になって、違和感に気付く。

 どうして、ユウの言葉に返事がなかったのか。何故、こんなにも人の気配がしないのか。

 どうして、全ての個室に鍵がかかっていないのか。


「……セナ?」


 まさか、と思いながら個室の扉を一つずつ開けていく。

 一つ目。セナの姿はない。二つ目。同じく彼女の姿はない。最後の三つ目。誰もいなかった。

 トイレに向かったはずのセナの姿はどこにもいなかった。

 ユウたちに黙ってどこかへ行った。彼女に限ってそんなことはしないだろう。

 

「おいおい、嘘だろ……」


 ユウの顔が青ざめていく。

 そう、昨夜彼女はドロシーと名乗る少女に狙われたばかりではないか。

 そして彼女は神出鬼没に姿を現し、そして消えていったではないか。

 つまり。



 セナは、ドロシーに誘拐されてしまったのではないのか。



「はぁぁぁぁぁぁぁああああああああ…………最悪だあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!!」


 ユウのため息が虚しく響いていった。






※※※※






 セナが目を開けたとき、最初に視界に入ったのは綺麗な青空だった。

 次に感じたのは背中が濡れている感触。体を起こし、自分が今いる場所を把握する。

 地平線にまで限りなく伸びている空と水面。

 既視感……というより間違いない。セナは一度ここを訪れている。

 ここは精神世界────セナの心の中だ。


「……いちいちわたしが危険な目に遭わないとここに来れないんですか」


『さあね。たまたま気絶しているときがあたしの呼びかけに答えやすいんじゃない?』


 独り言を呟くと、背後から少女の声がかかった。

 思わず驚いて振り返ると、黒い靄に包まれた少女、通称『もや子』がそこにいた。


『……で、何か思い出した?』


「何も。むしろ目を覚ましたときにここで起きたことの記憶がなくなっていたんですが……」


『ああ、だってここは心の中。一種の夢みたいなものだからね。基本は脳がいらないって判断して忘れちゃうのよ』


「そうですか……。それで、あなたにいくつか聞きたいことがあるのですが」


『ん? 何?』


 声音を変えず、明るくもや子が耳を貸してくる。

 その態度を肯定と受け取ったセナは一度深呼吸し、覚悟を決めてから彼女に尋ねた。


「わたしの記憶を消したのは、あなたですか」


『違うよ』


「えええええええええええええええええええええ!!!???」


 確信があっただけにあっさりと返されてセナは絶叫する。

 記憶を取り戻す手掛かりが彼女にあると思っていた。どう考えてもセナの心の中にいるだなんて怪しい存在だったのに。

 がくりとセナは膝をつく。


「は、はは……。結局分からず仕舞いですか……」


『記憶が消えた原因はあたしじゃないよ。基本あたしはここに引き籠ってるから外のことなんて知らないけどあんたがどっかで事故でも受けたんじゃないの?』


「そうなるんですか……。そもそもあなたは何者なんですか。どうしてわたしの中にいるんですか?」


『残念ながらその質問には答えられないな。あんたはあたしの名前を知っているはずだし、そもそもあたしがあんたの中にいるのは記憶を失う前のあんたが望んだことだし』


「記憶を失う前のわたし……? 詳しく聞かせてください、そのこと!」


 ここに来て思いがけない情報にセナが食いついて尋ねてくる。

 記憶喪失の原因は分からなくとも彼女が記憶を失う前のセナを知っているなら、おのずと記憶を取り戻すヒントにはなる。

 再び希望を抱くセナだが、これもあっさりともや子が断ち切ってしまう。


『残念だけど記憶を失う前のあんたのことは話せないね』


「っ!? 何でですか!?」


『話せないというか、話さない方がいい。思い出さない方が幸せってこともあるのよ』


「どういう意味ですか……!? いいから教えてくださいよ!」


『駄目なもんは駄目。残念だけど、今の精神状態のあんたに伝えるのが一番良くないわ』


 そうもや子は突っぱねる。

 その後もセナはなんとか聞き出そうと彼女に粘ったが、最後までもや子は口を割らなかった。

 とうとうセナが折れてしまい、記憶について諦めてしまう。


「わかり、ました……。そこまで言うのなら。ですが、次こそ聴かせてもらいますからね」


『そう……次なんてあるか分からないけどね』


「……じゃあ最後の質問です。『鍵』について何か知っていますか?」


『鍵? 何だそれ』


「知らないですか……。ドロシーという魔法少女がわたしのことをそう呼んでいたんですけど」


『待ちなさい』


突如、冷たくもや子の声が割り込んでくる。

その態度を変えた声にセナの背筋に悪寒が走り、びくりと体を震わせた。


『今、ドロシーって言ったかしら?』


「はい、ドロシーです。知り合いなんですか?」


『知り合いも何も……鍵……ああ、そういうこと。あいつ、まだそんなことを……!』


「もや子?」


 何やらぶつぶつ独り言を呟き、苛立ったような声を上げるもや子におずおずとセナは声を掛ける。

 セナの声にはっ、ともや子は我に返りようやく答えを返した。


『セナ。ドロシー、あいつには気を付けなさい。特に────いつは────

 鍵を────って、い────から』


「もや子……? えっ?」


 突如もや子の声が聞き取りづらくなり、そこでセナは周囲の光景が白けていることに気が付く。

 間違いない。これは目を覚ましかけている。


「もや子!? どういうことなんですか!?」


『まず、い────これ、外から────誰かがしげ、き────とにか、────ドロシーに気をつ────』


「もや子!? 待って!」


 視界が白くなっていき、もや子の姿と声が霞んでいく。

 セナは彼女の言葉を聞こうと躍起になり、そこで唐突にある名前が思い浮かんだ。

 果たして彼女に関係あるのか分からない。だが、それでも咄嗟にその名前をもや子に向かって叫ぶ。


「もや子! エリスって誰なの!?」


『ッ!!!???』


 直後。

 ビクリともや子の体が大きく震えるのが目に入った。

 その意味を問うよりも早くセナの意識が途絶えていく。

 その直前、確かにセナはもや子の声が耳に届いたのであった。



『────必ず、あたしが。この■■■■が見つけ出してみせるからね、エリス』


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