第11話 うん、いい心意気だね
「昨日そんなことがあったのね……」
セナ、ユウ、ヒスイ、ヒメコの四人はぶらぶらと街中を歩きながら、昨夜起きたことを報告していた。
幸いにもヒスイは人当たりが良い人物のようで、セナの事情を聞くなり「力になってあげる」と快く彼女を受け入れ、セナは彼女から溢れ出る先輩パワーにすっかり魅了されていた。
そんなセナの視線を鬱陶しそうにヒメコが睨み付けるが悲しいかな、背の小ささゆえに誰も気付かない。
「特にあのドロシーとかいう奴、全然意味分かんなくてな。セナのことを『鍵』だの何だの決めつけて勝手に襲いかかってきやがって、勝手に去って行きやがった」
(金色の目に変化したのはやけに気になるが……。本人も知らないみたいだし、あとでヒスイと二人きりで話しておくか)
とユウは心の中でセナへの疑問を付け足す。
セナを完全に疑っているわけではないが、あの時の豹変した姿がどうしてもユウには引っかかっていた。さらには初対面にも関わらず『鍵』とドロシーが断定したことや、あまりにも稀有な闇属性への適性を持っていることからどうにも普通の人間ではないこてゃ伺える。
しかし、そうなるとどうして彼女の『人間性』は10、すなわち真人間のままでいられるのか。妙な違和感を抱えているがユウ一人では答えが出ないと一旦思考を諦めることにする。
「それにしてもイギリスまで出張だなんてヒスイさんはすごいですね! どんな魔法を使うんですか?」
「私は風の魔法だよ。『
「銃の魔法少女ですか! うわあ、かっこいいです!!」
「セナちゃん、さっきからヒスイちゃん褒めすぎー」
「いいんじゃねえの、仲良くしろって咲良さんも言ってたし」
と目を輝かせるセナにヒメコが不満げな声を出し、それをユウが頭を撫でながら宥めてヒスイは照れ隠しに苦笑する。
そんな他愛もない会話を広げながら時間はいつの間にか10時前になろうとし、四人はとりあえず公園へと向かう事にする。
「ごめんなさい。わたしちょっとお手洗い向かいますね」
「どうぞー」
「あたしたちはそこのベンチで座ってるからな。ヒメコ、そこの滑り台で遊んでみるか?」
「ちっちゃいからって馬鹿にすんな!!」
「痛って!? こいつ蹴りやがった!」
とギャーギャー喚くヒメコとユウのやり取りに笑いながら三人から離れていく。
とりあえず機嫌が直ったヒメコはスマホでゲームを始め、ヒスイは耳にヘッドホンを掛けて音楽をかけ始める。
手持ち無沙汰になったユウもとりあえず暇潰ししようとポケットからスマホを取り出したところで、前方から人影が向かってくるのが見えた。
黒い髪に眼鏡を掛けた三つ編みのお下げの少女。その面影と髪型から一瞬セナかと思い、想像以上に早く戻ってくる彼女に驚くユウだったが、やがて距離が縮まると同時に別の見知った人物であることに気付きより大きく驚いた表情をする。
黒い修道服を着用し重そうにキャリーケースを引きずる彼女の名前はシスター・グレイ。イギリスの魔法少女部隊『薔薇十字団』のリーダーであった。
ヒメコもヒスイも彼女の姿に気付き、それぞれの夢中になっていた動作を中断して彼女がこちらに来るのを待つ。
……何故か汗だくで息も絶え絶えに切らしていた。
「ぜぇ……ぜぇ……お久しぶりですね、ユウさん、ヒメコさん。あとヒスイさんも一日ぶり……」
「久しぶり、グレイ。本当に一日ぶりじゃない。すごく疲れてるみたいだし何があったの?」
「ええ、それはもう!! 何ですかあの駅!! ただでさえ人が多いのに無駄に広くして!! 迷宮か何かですか!!!!」
「あー、それはお疲れ様です……」
「よくダンジョンから抜け出したな」
「初見かつソロで攻略する勇気に感動すら覚える」
と三人はグレイの愚痴を聞いてうんうんと頷き、労う。
苦労を聞いてもらえたグレイはしばしの間、その余韻に浸っていたが「はっ!?」と用事を思い出しユウい問い詰める。
「あ、あの! そういえば春見彗那を見かけませんでしたか!?」
「……? トイレに行ったけど、何で新入りの名前を知っているんだ?」
「セナがどうかしたの?」
と、横からヒスイが尋ねてくる。
が、三人の困惑する様子を見てますますグレイは焦ったような表情を浮かべた。
「え、三人とも知らないんですか……!? 春見彗那への対処と私が来た理由……!」
「どういうことだ? セナに何かあったのか?」
「……本当に知らないようですね。ならば彼女が戻ってくるまでの間、私が事情を説明します」
一言呼吸を置いてグレイは眼鏡をくいっと上げて三人の顔を見据える。
そして、彼女はゆっくりと口を開き始めた。
「事の発端は昨夜、咲良から上げられた報告書のことです────」
※※※※
セナたち四人は街の方へ出掛けてしまった。きっと今頃仲を深めているのだろう。
記憶を失くした彼女が一番不安なのはやはり知人がいないことだろう。登録されていた連絡先には友人と思われる人物一名と学校、そして居住していると思われるアパートのみ。そう、彼女は家族との連絡先すら持っていないのだ。
恐らく両親は既に他界しているか、それとも棄てられたのか。いずれにせよ明るくない過去を持っていることは容易に想像できる。最も、当の本人が記憶を持っていないために確証はないのだが。
だから、その不安を除くためにまずは『HALF』のメンバーと交流を深めてあげようと思ったのだ。知人がいないのなら作る。魔法少女は『連盟』の兵器である前にまず一人の少女なのだ。心のケアは当然ながら優先させなければいけない。
「……で、いいかしら? 人払いは済ませたわよ」
そう呟いて咲良はモニターに視線を向ける。
画面には無料通話アプリが開かれており、そこに一人の男がビデオ通話で映し出されていた。
「随分な言い様っすね。拙者除け者扱いされるの悲しいんすけど」
「残念ながら私は男性よりも女性と会話するのが好みでね。ましてや『連盟』一胡散臭い人間と会話なんて一秒たりとも続けたくないわ」
「そんなあ」
と大げさに男は肩を竦めてみせる。
彼の名はクリスチャン・ローゼンクロイツ、通称『ローゼン』。イギリスの魔法少女部隊『薔薇十字団』の指揮官である。
それにしてもイギリスなのにローゼンクロイツだ。『連盟』の研究員は本名ではなくコードネームで活動する義務があるが、歴史上で一冊しか言及されていないドイツ人名を名乗っているのはあまりにもセンスがないと咲良は思っている。
外見は四十路超えといった所。薔薇色の髪に薔薇色の瞳。聖職者のような金と薔薇色のストラを着用し、薔薇色のハット帽を被っている。どう見ても怪しい格好だ。実際、『連盟』の中でも最も胡散臭い男と呼ばれているのだが。
彼は魔力が流れる道具『魔道具』を用いて魔法を行使する者────『錬金術師』の一人である。本来、魔法を使えるのはごく一部の限られた少女だけであるが、それでは一人で魔獣に遭遇したときに危険だと判断した『連盟』が魔道具を開発し、錬金術師を生み出しているのである。
「それで、こんな時間から一体何の用かしら」
「そりゃ、決まってるっすよ。昨日の新入りの件です」
帽子に手を当ててローゼンは朗らかに笑う。
「咲良さんが昨日上げた報告書。ありゃどう見てもクロでしょ。『連盟』のお偉いさんたちも偉い騒ぎ起こしたもんで」
「……結論は?」
「簡単っすよ。『連盟』が出した答え。厳重な観察の元、信用に値しないなら即処分っす」
「……そう」
一言だけ、表情も変えずに咲良は返す。
その様子に「おや?」とローゼンは眉を顰めて、
「意外と冷静なんすね。まあ、魔獣の適合手術を考案した貴女なら動揺しないっすか」
「で、わざわざあなたが私に話しかけてきたということは」
「お察しの通り。うちの『薔薇十字団』が春見彗那を観察しに来ました。拙者からは疑ったら即殺せと命令しています。どのみち、今日彼女が上げる報告次第で春見彗那の命運は決まるでしょう」
「ならそれでいいわ」
と返すとおもむろに咲良は立ち上がり通話を切ろうとマウスに手を伸ばす。
その臆しない態度にローゼンは口笛を鳴らしてみせた。
「ひゅー。大丈夫っすか? 春見彗那が敵だとこっちが決めつけてしまえば貴女は魔獣を保護する裏切り者として粛清対象になるんすよ?」
「かもしれないわね。ただ、最後まで結果は見ていないと分からないものよ」
「まさか、希望はあるとでも?」
「別にそこまで大きなこと言っているわけでもないわ。ただ、私はあの子達の可能性を信じているだけ」
「……そりゃ楽しみっすね。お互い良い結果に落ち着くのを祈りましょうや」
「そうね」
そう言って咲良は通話を切る。
再び一人になった咲良はポツリと小さく呟いた。
「そうよ。私はあなたちの可能性を信じているわ」
※※※※
用を済ませ洗面台で手を洗うセナ。
鏡のに映る自分の姿をじっと見つめ、思考する。
(……みんな、あんな恐ろしい化け物と正面から戦えてすごいなぁ。半ば勢いで『HALF』に入るって言っちゃったけど、やっぱり昨日のこと思い出したら怖くなっちゃうよ)
昨夜、魔獣に襲われたこと、そしてドロシーに胸を貫かれたことを思い出してセナは思わず身震いする。
それから、体の震えを押さえるように顔をブンブンと大きく振って頬をぺちぺちと叩く。
(ダメダメ! まだ入ったばかりなのに弱気になったらダメ! みんなに迷惑かけるわけには行かないし、絶対に記憶を取り戻してみせるんだ!)
「よし、頑張るぞ!」
「うん、いい心意気だね」
と決意を口に出したところで。
背後から少女の声が聞こえ、思わずセナの動きが固まってしまう。
わずかに動かせる目を鏡に向けて、今度こそ彼女は心臓が凍りつくような悪寒を覚えた。
「ひっ」
「そこまでビビることないんじゃないのー? ショックだなー」
桃色のツインテールに黄緑色の瞳。
タンクトップの上からジャケットを羽織りミニスカートを履いたパンクな服装の少女。右目には眼帯があり、鎖骨から生々しい傷跡が浮き出ている。
見るからに異様な雰囲気の少女。
そんな彼女が、セナを鏡越しに見つめてニヤニヤ笑っていた。
「っていう訳でセナちゃんつっかまえたー。やったぞ、これでアヤメ様から褒められるー♪」
「!? やっ、いやっ!!」
背後からセナに抱きつき、嬉しそうに不穏なことを呟く少女。
突然身を捕らえられたセナは恐怖を覚え、抵抗しようと体を暴れさせようとするが、そこで喉元に冷たく硬い感触が突きつけられる。
「おい、暴れるんじゃねーよ。死にてぇのか?」
「ぁ……!?」
鏡に映った正体を見てセナの動きが止まる。
鋭利なサバイバルナイフ。その
「大人しくしないと殺すよ。いくら君が『鍵』だったとしてもね」
「……、は、い…………」
恐怖にセナは体を震わせ、涙を流しながら頷くことしかできなかった。
彼女の目は本気だ。逆らえば殺される。
命を握られている状況にセナは抵抗することもできなかったが、そこへさらなる恐怖が襲いかかる。
「んじゃ、目的達成したし帰りますか。ドロシー、出てきていいよー」
「!? う、そ……!?」
「はいはーい、お疲れ様ユイハちゃーん。久しぶりだね、セナちゃん」
「あ……や、いやあああああああああ!!?? ん、んむううぅぅぅぅぅ!!」
「うっせー、黙ってろ」
どこからともなく姿を現したドロシーにセナは胸を貫かれた恐怖を思い出し、悲鳴を上げる。
しかし、その途中で背後にいたユイハと呼ばれた少女がセナの口を手で覆い塞いでしまった。
「おい、さっさと帰ろうぜ。見つかったら面倒くさいし」
「オッケー。一瞬で戻れるから安心してね」
笑顔でドロシーは頷き、嬉しそうに唇をセナの耳元に近付ける。
ゆっくりと、熱い吐息をぶつけながら彼女は囁いた。
「ふふ、大丈夫だよぉ。君は『鍵』だから。多少加減をミスったって死にはしないさ」
「っ!!?? ゃ、い、やぁ……!!!!」
(やだっ、助けてっ、誰か!! みなさん、ユウさん!! お願いだから、誰か助け────)
セナの叫び声は誰にも届かず。
その場にいた、少女たちの姿が一瞬にして消えた。
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