第10話 下準備・前編

 ジャリ、と金属が路地を擦る音が響き渡る。

 巨大な鎌を引きずりながら一人の少女が路地裏をスキップしていた。

 桃色の髪に黄緑色の瞳。

 タンクトップの上から黒いライダースジャケットを羽織り、ミニスカートの下に派手なボーダー柄のレッグウエアを履いたパンクな服装。

 右目には眼帯を付けており、鎖骨の辺りには生々しい傷跡が覗いていた。


「春見彗那、ねぇ……」


 一枚の写真を眺めながら少女が呟く。

 そこに写るのは黒い髪に眼鏡を掛けた制服の少女。


「『鍵』だが何だが知らないけど、要はこのオチビちゃんをぶっ殺せばいいんでしょー、アヤメ様?」

 

 ニタリ、と少女は笑って写真を投げ捨てる。

 ジャリジャリ、と金属が引きずられる音が鳴り響く。






※※※※






『ガンドライド』。

 魔法少女たちによって結成されたテロ組織。全ての魔法少女の絶滅と魔女の復活を掲げ、魔獣を従えて各地で悪道を繰り返しているという。


「敵は魔獣だけじゃないんですか……」


「そもそも魔獣を生み出したのは魔女、つまり人間だ。それにこうして世界大戦が終わった今でも各地で紛争は起きてるだろ? 完全な世界平和の実現なんて無理なんだよ」


「それでも、危険を払うことに間違いはないわ。魔女の残した爪痕を全て取り払うなんてあまりにスケールが大きい話だけれど、だからこそコツコツと身近で言うなら魔獣を退治していって、少しでも安全を確保していくの」


「…………」


 ユウや咲良たちの意見は最もだろう。

 しかし、それでもセナは人間を相手することに容認できなかった。確かにドロシーは昨夜、セナを殺そうとしていた。だが、だからと言ってセナはドロシーと戦っていい理由になるのだろうか。

 きっとこれは甘い考えなのだろう。単なる倫理観の問題でしかなく、現実的に考えれば彼女らが野放しにされているのはとても危険なことなのだ。

 だが、そんなことは分かっていてもセナは納得することができなかった。まだ、彼女には人間と戦う覚悟が出来ていなかったのだ。


「さ、暗い話はここまで! そろそろセナちゃんを調べさせてもらうわよぉ~」


 そう言って何やら妖しい笑みを浮かべて咲良は両手をわきわきとさせる。

 咄嗟にセナは顔を赤くして胸を両手で隠した。


「……絶対違う検査考えてますよね?」


「────チッ」


「逆ギレ!?」


 割と本気の舌打ちを受けた気がする。

 咲良は不満げな態度を隠しもせず、「……さ、行くわよ」と露骨にテンションを下げながらも奥の部屋へと案内した。

 部屋のいたるところにケーブルが走り、端には大型の機械が数台並んで中央には手術台らしき椅子が置かれている。

 その光景を見たセナの様子がいよいよ青くなる。


「何かおかしくありません!? 実はわたし実験台にされてて記憶を失ったとか」


「そんな訳ないでしょー。あなたの魔力を測るからとっと座りなさい」


「いいんですよね!? ユウさん、ヒスイさん、ヒメコちゃん! 信用していいんですよね!?」


「頑張れ」


「グッドラック」


「ふぁいとー」


「皆さん!?」


 不安になり振り返って叫ぶセナに三人は同じような微妙な笑顔を浮かべてサムズアップをする。

 その反応にいよいよセナの懐疑心が恐怖に変わりつつあったが、咲良が「はやくー」と急かしてくるので仕方なく手術代に仰向けになる。

 直後、セナの額にぺたりと咲良は電極を貼り付けた。


「電気ショック!?」


「違うわよ。これであなたの魔力を感知して結果を報告してくれるの」


「へ、へぇー……」


 冷や汗を掻き不安げな返事をするセナに、いい加減信用してもらえない咲良は不機嫌気味な顔をする。

 それから「行くわよ」とボタンを押すと、ぴくり、とセナの額がわずかに揺れた。それから何事も起きることなく十秒。


「……あれ、終わりました?」


「いえ、今測ってるから待っててね。それじゃあ、その間に何を計測しているのか話しましょうか」


 そう言って咲良は饒舌に計測の目的を語りだす。


「いいかしら、まず魔法は魔力を元として行使される超常現象なんだけど……。それぞれの魔力には何かしらのエネルギーを宿していて我々はそれを『属性』と呼んでいるわ。そしてこの属性は六つに分かれていて、どの物質・生物にも必ず一つは適性を持っているの」


「ちなみにあたしは火だ」


「私は風だよ」


「僕は全部」


 咲良に続いて三人が口々に答える。

 ヒメコの驚きの回答にセナは目を丸くする。


「全部!? え、六つとも!?」


「ふふん、そうだよー。だから僕は髪と目の色が二色なの」


「そ、魔法少女に目覚めると強い魔力が体内を循環する影響で瞳や髪の色素が変化するの。それはさておき話を戻すと、属性の系統は火、水、風、土、雷、氷の六つに分かれていて人間はそのどれかを宿している。最低一つ、多くても三つまで宿しているわ。ちょっとヒメコちゃんが特別なだけ」


「ふふん♪」


 と、咲良の解説にヒメコは(無い胸)を張ってドヤ顔を決める。

 それからゆっくりと背後に立ってたヒスイに背中を預け、頬を緩ませながら腕を回してくる彼女に身を委ねていた。

 ────ヒスイに会ってから、ヒメコはやけに彼女にべったりとしている。彼女が帰ってきた時も嬉しそうに一番に玄関に駆け寄っていったし、彼女のことがかなり好きかもしれない。

 と、セナは二人の様子を仲睦まじく見つめながら微笑む。


「……だとすると、この計測はわたしがどの属性に適しているか調べているんですね?」


「そうよ、これが分からないとまず魔法少女に変身するのはおろか、魔法自体使えないから」


「ちょっとワクワクしてきましたね。え、何だろう……。植物とかの癒し系で土かな、あ、でも癒し系で風とか水かも」


「何で癒し系なんだよ」


 と突っ込むユウ


「でも、おっとり系には水とか風は多いかもね」


 一応のフォローを入れるヒスイ。


「属性で性格が決まるってあれ、完全なデマだよ」


 容赦なく突っぱねるヒメコ。

 しかし、期待しているのはセナだけでなく三人とも目を輝かせて結果を待つ。


「あ、そろそろ出るわ」


「おお、えー本当にどうなんだろう……。実は火とか、いや氷もありえますかね、はたまたかっこよく雷だったりして!」


「闇ね」


「六属性はどこに行ったんですかぁぁぁぁあああああああ!!!???」


 セナの期待をバッサリと切り、唐突に登場した新しい単語にセナは盛大に叫びながらツッコミを入れる。

 

「大体、闇って何ですかその禍々しい単語!? え、わたしそんなにやばいオーラ放ってます!?」


「うーん、魔力量がすごい微々たるものだからてっきり判定を拾えなかったんだと思うけど……。紛うことなきこれは闇属性ね」


「ですからその闇ってなんです!?  新しい属性でも生み出しました!?」

 

 想定外の診断結果におみくじで大凶を引き当てたような反応をするセナ。

 実際、その通りなのだろう。背後のユウたちはがっかりしたように肩を竦め、咲良が重く口を開く。


「実は属性自体は八種類あるの。さっき説明した六属性は基本系統に位置するもので、『光』と『闇』は例外だから説明を省いたんだけど、まさかあなたがその適正だったとは……」


 どうやらおみくじで大凶どころか、宝くじで一等賞を当てるような希少な属性にセナは適しているらしい。

 そうなると吹き飛んでいた期待が徐々に舞い戻ってくる。


「ち、ちなみに闇属性はどんな魔法なんです?」


「さあ」


「は?」


 あっさりと突っぱねた咲良。

 答えになってない返しに思わずセナも呆けた声を上げてしまう。

 咲良は首を傾げたまま、


「光属性と闇属性はあくまで便宜上の名称でこのエネルギーが光、この力が闇っていう明確な括りはないの。ただ明確に光と闇を定義する『何か』が魔力の中に含まれていて、そのどちらかを宿しているかどうかで区別しているの?」


「……ええと、とどのつまり?」


「宿っているエネルギーが曖昧すぎるので使うまで分かりませーん」


「ええ……」


 どんな魔法が使えるか割と楽しみにしていただけにセナは非常にがっかりする。

 そして最後に咲良はトドメを刺してきた。


「ちなみにあなたに流れている魔力は本当にごく僅かね。そもそもこれ変身するのも厳しいわ」


「それ一番聞きたくなかったんですけど……」


 折角ユウたちと一緒に戦うために『HALF』に入ったのに魔法少女に変身することすら出来ないのでは、ただの役立たずになってしまう。

 いよいよ本格的に落ち込むセナに「まあまあ」と咲良は宥めるように彼女の肩を叩いて、


「あくまで厳しいだけで今でも十分できる可能性はなくないし、魔力も訓練すれば増やせるから」


「……! 本当ですか!?」


「とはいえ、あなたがどんな魔法を使えるか判別しないと変身するための魔石も渡せないんだけど」


「色々と頑張ります……。ありがとうございました」


 お辞儀をしてセナは手術台から降りる。

 ユウたちの元に戻ると同時にユウが口を開いた。


「そういえばセナの『人間性』を測んなくていいのか?」


「ああ、それなら昨日セナちゃんが寝ている間に済ませたわよ?」


 何食わぬ顔で咲良が返答する。


「セナちゃんの『人間性』は『10』、よ」


「そっか。で、このあとどうするんだ?」


「セナちゃんは入りたてだからまだ実戦には出さないし、彼女をどうするかは夜の時に話しておくわ。で、とりあえずセナちゃんの計測はここまでにして」


 そこで咲良は一つ区切り。

 ぱん、と両手を合わせて笑顔でこの後のプランを悠々と話した。


「まずは、仲良くなっていただくために、皆で買い物に行きましょう♪」



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