第9話 お前はあたしのお母さんか

「────」


 ゆっくりとセナは体を起こす。

 日が昇り始めているようでカーテンの隙間から光が漏れ出て寝室をぼんやりと照らしていた。

 ぼーっとした表情のままセナは辺りを見回す。

 ここは『HALF』のアジト、咲良が貸し与えてくれた寝泊り室だ。間違いなく、昨日の出来事は夢ではなかったし、やはり自分のことは何も思い出せない。

 ……のだが。


「エリス……」


 夢の中で見た少女の名前をセナが呟く。

 直後、視界が滲み目頭が熱くなって何かが頬を伝っていった。

 それを拭ってセナは驚いた声を上げる。


「えっ!? あれ、なんで……」


 いつの間にか涙が流れていた。

 セナは困惑しながらも涙を拭き、直前に見た夢を回想する。


(あれは、わたしの記憶……じゃないはず。家の中の構図とか、エリスと白い女の子はヨーロッパ風な感じがした。それに、わたしの姿も映ってなかったし、何かの映画……?)


 だとしても、いの一番に思い出すのは映画というのも如何なものかと思うが。

 しかし、普通に考えればセナの過去と関係ない夢であることは明らかであるはずなのに、セナにはどうしても気掛かりを覚えていた。

 エリスというの名前の少女。初めて見たはずの顔なのに、初めて聞いたはずの名前なのにどこか懐かしさすら感じている。

 一体全体、彼女は何者なのか。うんうんと唸りながら考えるも結論は出る訳もなく、ベッドから降りて着替えることにする。

 昨夜、彼女が着ていた制服は血に染まった上に破けてしまい、とても着ていられない状態になっていたので破棄することにした。現在、彼女は質素なパジャマを着用している。

 そして咲良から昨日、新しい衣服を貰ったのだ。白色のチュニックの上から灰色カーディガンを羽織り、乳白色のキュロットを履いた素朴ながらも可愛らしい組み合わせだ。


「可愛くていいんだけど……、ちょっと下が短めな気がする……」


 少しだけ晒されている太ももにセナは恥ずがしさを覚えるが、折角頂いたものを着ないわけにもいかず、現に着れる衣服もないため仕方ないと諦める。

 そのまま部屋を出て一階の方に降りていくと美味しそうな匂いが彼女の鼻をくすぐった。

 キッチンの方へ目を向けるとエプロンを着た咲良が鼻歌を口ずさみながら料理を作っていた。


「おはようございます、咲良さん」


「あら、おはようセナちゃん。今日はスクランブルエッグとベーコンよ」


「へぇー、道理で美味しそうな匂いが。先に顔を洗ってきますね」


「はいはい」


 洗面器で顔を洗って歯磨きを済ませ、部屋に戻ると眠気まなこで目を擦るヒメコと寝癖を激しく立たせたユウの姿があった。


「おはようございます、ユウさん。ヒメコちゃん」


「ふぁああ、おはようセナ」


「うーん、おはよーぅ……」


「ふふっ、ささ、早く顔洗いましょう。美味しいご飯が待ってますよ」


「お前はあたしのお母さんか」


「どっちかっていうとお母さんって咲良さんじゃない?」


「ああ、それ私よく言われるわ。何だか『お母さん』というより『お母様』みたいって」


「こんな胡散臭いお母さん、あたしはごめんだけどな」


「ひどい!!」


 と緊張感のない会話を続けながら四人は食卓につき、朝食を食べ始める。他愛もない会話をしながら食事を終え、満腹感にしばらく入り浸っていたセナだが思い出したように咲良に向かって口を開く。


「そういえば、わたしって学校通ってませんでした!?」


「ああ、それなら大丈夫よ。今日みんなには休んでもらうよう学校に言っておいたから」


「さっすが咲良さん、行動力が高い~!」


 とヒメコが両手で咲良を指差し茶々を入れる。

 その頭をユウが小突くのを尻目に見ながら咲良は続けてセナに告げた。


「それで、入ったばかりで戦闘経験もないあなたを魔法少女にするのは酷だし、何より適性を調べないと変身はおろか魔法すら使えないからね。まずは調べさせてもらうわよ」


「調べる……? 適正……?」


 やや不穏を感じる言葉にセナは思わず不安になってしまう。

 そんなセナを前にフォローを入れてくるのはユウだ。


「適正っつってもどんな魔法が使えるかだよ。魔法っていうのはいくつかの系統に分かれていて、自分がどれに属するのか知っておかないとそもそも使えないって話」


「あ、ああ、なるほど!」


 どうやら危険なものではないらしい、むしろわくわくするような内容だということが伝わったセナはホッとする。

 と、そこでカランカランと玄関のドアに付けられた鈴がなり、ドアが開く。

「ただいまー」と少女の声が聞こえ、同時にヒメコが椅子から飛び出して玄関の方へ走っていった。


「ヒスイちゃんおかえり!!」


「お、ただいまヒメコちゃん。良い子にしてた?」


「それはもちろんですよぉヒスイちゃん~」


 と上機嫌なヒメコの声と大人びた少女の声が聞こえてくる。

 そのまま足音が近づき、少女の姿が顕になった。

 彼女の姿を見るなり、咲良が声を掛ける。


「あら、おかえりヒスイちゃん。一週間の出張お疲れ様」


「うん、ただいま咲良さん、あとユウ。えっと、そこにいるのはお客さん?」


 その少女の姿を見るなり、セナが一番に驚いたのは身長だった。

 170cmを超えているのは見るからに明らかだった。ともすれば咲良を超えるほどの背丈はあるのではないだろうか。

 翡翠色のセミロングに、翡翠色の瞳。深緑色のトレンチコートを羽織り、首には若葉色のヘッドホンが掛かっている。

 緑で統一された少女はセナと目を合わせるなりにこやかな笑顔を見せてきた。


「違うわよ、この子はセナちゃん、春見彗那。昨日から『HALF』に入った新入りよ、よろしく」


「なるほど。自己紹介が遅れましたね、私はヒスイ。瑠璃垣るりがき翡翠ひすい。『HALF』のリーダーだよ。よろしく、セナさん」


「こっ、こちらこそよろしくお願いしますっ、ヒスイさん!」


 笑顔で手を伸ばすヒスイにセナはガチガチに緊張しながらも握手を交わす。

 リーダーと聞いてセナは思わず身構えてしまうが、その様子を見たヒスイは「ははは」と笑って一蹴する。


「そこまで気にしなくても。リーダーといっても一番年配なだけだからさ。お互い仲良くやっていきましょう?」


「年配……!? わたしたちの、先輩……!? はわわわわ……」


 先輩と聞いてさらにセナの緊張が高まり、思考がフリーズする。

 その様子にヒスイは苦笑するが、咲良と目が合うなり表情を真剣なものに戻し、口を開く。


「それで出張の報告ですが……。『薔薇十字団』との交流は良好、ロンドン市内で出現した魔獣たちを合わせて二十体討伐しました」


「にじゅっ……!?」


 ヒスイから報告された数に驚いた声を上げるセナ。

 ユウも一撃で魔獣を仕留めるほどの実力を持っていたが、ヒスイも同等かそれ以上の力を持つことになる。

 改めて魔法少女が持つ力の強大さをセナが実感する。


「……というよりロンドンって?」


「魔獣は新宿だけじゃなくて各世界に出没する。特にロンドンやニューヨーク、ここ新宿みたいな都市部に限ってな。だから『連盟』は各地に指揮官を派遣し、魔法少女の部隊を作って魔獣狩りをしているのさ。ここ『HALF』っていうのは日本支部にあたる存在で、イギリスには『薔薇十字団』っていう魔法少女部隊が存在する」


「そ、そうだったんですね……」


 セナの疑問に答えたのはユウだ。

 いきなり明かされる情報量の羅列にセナは必死について行きながら、ふと疑問を覚える。


「ん? 魔法少女って魔獣を利用して変身するんですよね?」


「そうだけど」


「それって、海外の魔法少女も同じく魔獣を使うんですか?」


「もちろん」


「え、じゃあ、『HALF』って……? てっきりここしか魔獣と人間のハーフしかいないから付けた名前だと思ったんですけど……」


 と、不思議がるセナは『HALF』の名付け親である咲良に視線を向ける。

「あー」と咲良は目を合わせず、気まずそうな表情を浮かべて答えを明かした。


「あの、その……。正直、名前思い浮かびませんでした」


「え?」


「いや、安直すぎるのは自覚してる! でもさぁ中二臭い名前考えるの恥ずかしいじゃない! 何よ『薔薇十字団』って! どう考えてもラノベ愛読してるオタクが付けてそうな名前じゃない!!」


「遠回しにディスるのやめよう咲良さん」


 ヒスイが冷静に突っ込む。

 ひとしきり悶えた咲良が落ち着いたのを確認したあと、ヒスイは報告を続ける。


「さきほど伝えたとおり、私が討伐したのは二十体。同行していたシスター・グレイさんも含めると四十二体。さらに薔薇十字団の他メンバーも含めると一週間に七十体を超える魔獣が出没しています」


「七十!?」


 途方もない数にセナは目が回りそうになる。

 昨夜、彼女を食い尽くさんと組み伏せ襲いかかってきた魔獣。あれが七十体も出没するとなど、セナには想像できなかったし、したくもなかった。


「いくらなんでも多過ぎるわね……。被害者は?」


「幸いにも、巻き込まれたものの軽傷で済んだものが一名のみ。事情聴衆を済ませ記憶処理を施して難なく日常生活に帰れています」


「ふむ……出現数に対して被害件数は圧倒的に少ない……と」


「そしてここからが被害者の証言なんですが、何とも奇妙なものでして。彼女いわく、異界に引きずり込まれ魔獣に組み付かれてしばらく恐怖で動けていなかったんです。そして数秒ほどお互い目を合わせた後、突然魔獣が興味を失ったかのように拘束を解きその場を離れたそうです」


「まるで魔獣が人選をしているとでも?」


「私もにわかには信じ難いことですが……。さらには日にちごとに魔獣は出現する場所を変えていたのですが、必ず集団で出没していたそうです。


「つまり、魔獣は人為的に出現し、意図的に人を選んで襲っていると?」


「薔薇十字団はそのように見解付けましたね」


「ふむ」


 と咲良は一連の報告に腕を組み考える仕草をする。

 それから心当たりがあったのか、ぼそりと彼女はある名前を零した。


「ガンドライド……」


「あたしも今それ思った」


「僕も」


「私も、そう思ってます」


「え、え、何?」


 どうやら全員とも元凶の正体を知っているらしく、頷き合っている。

 ただ一人、ただでさえ記憶喪失のせいで彼女らの見当に理解が付かずセナは混乱していた。

 そんな彼女に解説をするのはユウだ。


「ガンドライドってのは最近出来た魔法少女によるテロ組織の名前だよ。『連盟』の間でも警戒している連中だ。恐らく、昨日お前を襲ったドロシーも奴らの一員である可能性が高い」


「魔法少女が……? 何でそんなこと?」


 本来、魔法少女とは世のため人のため、魔獣たちと戦う存在ではなかったのか。

 そんな彼女たちが敵である魔獣を操ってテロ活動をする道理がセナには想像できず、首を傾げる。


「奴らの目的は単純よ」


 と続けて咲良が口にした。

 顔の前で両手を組み、金色の瞳を輝かせながら彼女は答える。


「全ての魔法少女を皆殺しにすること。そのために、奴らは魔女の復活を計画している」





 

※※※※






「彼女がこちらに来たと思えば今度は私があちらに行く番ですか」


 銀色のキャリーケースを引きずりながら修道服の少女はぼそりと呟く。

 ここは新宿駅。平日の朝方にも関わらず、通勤ラッシュによって人々がごった返しになって溢れている巨大な駅だ。

 

「まったく……。すぐ近くにテロリストが潜んでいるかもしれないというのに、呑気なことですね。まあ、それはロンドンも変わらないのかもしれませんが」


はあ、と溜息をつき肩にかかった三つ編みのおさげを軽く背中に払い除け、丸眼鏡をくいっと人差し指で上げる。

 そして不満気な顔で少女は叫んだ。


「というか出口はどこにあるんですか!!!!????」

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