第8話 セナ、魔法少女になるってよ

 カツカツ、と足音が響く。

 そこには片腕を失いながらもしっかりとした足取りで歩くドロシーの姿があった。

 すっかり止血したようで断面から血液が溢れる様子はない。だが一度に大量に零したのにも関わらず、その肌はやけに血色が良かった。

 大きな扉の前に着き、コンコンとドロシーはノックをする。

 返事はなかったが肯定と受け取り、彼女は扉を開けて中に入った。


「ドロシー、ただいま戻りました」


「おかえり。随分と勝手にやってくれたみたいね」


 奥から少女の声が響き渡ってくる。

 長いレッドカーペットの先に豪華絢爛な椅子が置かれ、そこに一人の少女が座っていた。

 白い髪に赤色の瞳。肌も血が通っているのかと疑うほどに白く、着用してる服も白いノースリーブのワンピースとほとんど白で統一した少女。

 ただ清楚な出で立ちとは裏腹にその醸し出す雰囲気は毒々しく、大抵の人間が遭遇すれば「危険だ」と本能が訴えかけるであろう。それほどまでに彼女が持つ存在感は圧倒的で異様だった。

 足を組み、背を崩しながら肘掛に頬杖をついて少女はドロシーに問う。


「俺が命令したのは『鍵』とやらの様子を確かめろって所までだぜ? 手を出せなんて一言も言ってないのだけれど」


「え、そうでしたっけ。でもちゃんと『鍵』として目覚めてくれたみたいだし、結果オーライじゃないん? 憎き魔法少女ちゃんにも顔と名前覚えてもらえたし」


「貴様……、よくもアヤメ様に口答えを……ッ!!」


「まぁまぁ落ち着きたまえよジュリアちゃん」


 と、アヤメと呼ばれた白い髪の少女の左隣に立つ給仕メイド服の少女────ジュリアが激昂する。

 殺気すら感じさせるほどの凄んだ瞳でドロシーを睨み付けるがアヤメが手を伸ばし制止を促した。対して睨みつけられたドロシーは平然としたままだ。


「でもさー? ドロシーたんのいう『鍵』ってさー、あんた一人だけしか信じてない情報じゃんー?」


 と、アヤメから右奥のソファに寝転がった童女がスマホを弄りながら呟く。

 亜麻色の髪に群青色の瞳の童女。スマホの画面から目を離さず、幼い姿からは似合わないほどの物騒な言葉を吐き出していく。

 

「ドロシーたんのやったことは裏切りだよー? 命令聞かなかったもんー。殺しちゃおうよー」


「やれやれ、誰か私に優しくしてくれる人はいないの?」


 周囲から投げかけられる辛辣な言葉に肩をすくめるドロシー。

 それまで笑みすら浮かべて彼女の態度を見ていたアヤメはパチンと指を鳴らした。

 その合図を皮切りにアヤメの雰囲気が一変する。


「ジュリア、持ってこい」


「はい」


 主語もなく一言で告げるアヤメにジュリアは駆け足で隣の部屋へ飛び出し、一分も満たない内に帰ってくる。

戻ってきた彼女が抱えていたのは真紅色の鉱石。それを恭しくアヤメに手渡し、彼女は躊躇なく自分の胸に突き刺す。


「抜刀・レーヴァテイン」


 一言だけ呪文を唱えると同時にアヤメの体が赤い炎に包まれ、一瞬にして鎮火すると同時に彼女の姿が変化していた。

 それまでラフな私服から純白のゴシックドレスに変わり、右手には真紅色の大剣が握られていた。

 刃から赤色の炎を噴出させ、クルクルと弄ぶように剣を回しながらドロシーの元へ近付いて来る。


「その『鍵』とやらが何なのか俺は知らない。ただ、魔女の復活につながるって言うなら利用してやる。もちろん、お前もな」


「そうですか」


 ジュリア、そして背後の童女すら息を呑むような怒気を放ってもなお、ドロシーは何食わぬ顔で答える。

 その態度にチッとアヤメは舌打ちをした。


「別に俺の命令に反するのは構わない。好き勝手やったっていいよ。ただ、俺の手を煩わせるな。特にお前は考えていることがよく分からない。使えない部下より、信用できない部下の方がよっぽどタチが悪いって話」


「あー、はいはい。そういうことね、気を付けます」


「ならよろしい。俺たちの目的は魔女の復活と魔法少女の虐殺。それを掲げて活動してるのよ。お前からはそれ以外の思想をつい感じてね。もし、違う目的を持って動いてもらうと……」


「もらうと?」


 首を傾げてドロシーはおどけるように尋ねる。

 直後、アヤメはドロシーの胸を一突きし、さらに刀身から勢いよく発火させて彼女の体を燃やしていった。


「こうなるんだよ」


 返事はなかった。

 一瞬にして全身へと燃え移った炎がドロシーの喉と灰を焼き、声を出せなくなったからだ。


「ひっ」


 奇妙な音が響き割った。

 その発信源は体をふるふると震わせるアヤメからだ。


「ひはっ、えへへ、きゃはははははははははははは!!!! あー、たまんない! この命を奪う感触!! くくっ、あはは、魔法少女を殺す感覚はたまんねぇなあ!!」


 壊れたように笑いながら彼女は再び椅子へと座り直す。

 それからしばらく破顔していたが、彼女が落ち着き始めると同時に隣に立つジュリアが尋ねてきた。


「……確かに彼女の態度は許しがたいものとはいえ、殺してもよかったのでしょうか?」


「ああ、構わないよ。あいつ、殺しても意味ないもん」


「は?」


「まあ見てろよ」


 戸惑うジュリアに対し、アヤメは前方の扉を指差す。

 直後、扉が開き姿が中へ入ってきた。

 

「なっ……!?」


?」


「ああ、化け物め」


 驚くジュリアを尻目に煽るように問いかけるドロシーに対し、アヤメも狂ったような笑顔を浮かべて返すのであった。






※※※※





「……それで、どうしてセナちゃんは『HALF』に入ろうと?」


 セナの決意。

 それを聞いたユウとヒメコは心底驚いたような顔をし、対して咲良は知っていたかのように表情一つ変えることなくセナに尋ねる。

 実際、彼女の思考はとっくに見透かしていたのだろう。

 そして決意は決めたのだから今さらセナは問いに詰まることもなく、はっきりと答える。


「目を覚ましてから今までの出来事、振り返ってみたんです。どうして記憶を失ったのか、どうやったら取り戻せるのか……。そしてわたしに襲いかかってきたドロシーの言葉を聞く限り、どうにもわたしには変わった力みたいなのを持っているみたいなんです。だとすると、わたしも皆さんと一緒に戦えば、記憶を取り戻せるんじゃないかな…………なんて」


 と、セナは答えてみるが最後の方はもはや希望的観測になってしまっていた。それもそうだ、魔獣を追いかけているからといって彼女の記憶が戻る根拠はない。

 しかし、どうしても記憶を失った原因が魔獣……引いてはその由来である『始まりの魔女』と深く関係がある予感がしてならないのだ。ドロシーが言っていた『鍵』という単語も引っかかっている。

 セナの返答を黙って聞いていた咲良はじっとセナと視線を合わせ、静かに問いかける。


「……怖くないの?」


「それは……。はっきり言って怖いです。またあんな奴らと対峙しなくてはいけない。次にドロシーに会ったら、今度こそ殺されるかもしれない。そんな恐怖は当然あります」


 そこで一旦、返事を切りセナは目を閉じて深呼吸をする。

 それから胸に手を押さえ、キリッと目を開いて咲良を見つめ返して答えた。


「それでも……。それでも、わたしは知りたい」


「……」


「むしろ、知らないままの方がずっと怖いです。本当のわたしのことすらも分からないままだなんて嫌です。だから、皆さんと一緒にわたしは戦いたい」


「……そう」


 溜息をついて咲良はそう答える。

 その態度にセナは「ダメだったか」と気分が沈むが咲良は意外な言葉を続けてきた。


「分かりました。セナちゃんを『HALF』に入れます」


「え!?」


「なっ!?」


「うぇ!?」


 咲良の了承に驚いた声を上げるセナとユウとヒメコ。

 その反応に何故か咲良が驚いたような表情を浮かべ、ユウとヒメコに問う。


「あら? あなたたちひょっとして反対してたの?」


「それはもちろんだ。『HALF』は学校の部活なんかじゃない。そんな曖昧な気持ちで危険な部隊に入れられるか」


「うっ」


 ユウの辛辣な指摘に胸が苦しそうな顔をするセナ。


「僕もユウちゃんと同じ意見。というかセナさん戦えるの? どう見てもビビリじゃん。そんなんじゃ死んじゃうよ?」


「ううっ」


 ヒメコのさらに辛辣な指摘にとうとう顔を埋めるセナ。

 そんな二人の意見に咲良は苦笑いを浮かべながら「まぁまぁ」と宥める。


「正直、私としても二人の意見には賛成だし、このまま反対派が多いならセナちゃんの加入は取り消しにするけど」


「咲良さんまでぇ……!」


 いよいよ泣きそうな声を上げるセナ。

 彼女の心が折れる寸前で咲良は「でも」と続ける。


「で、やめさせたとしてセナちゃんに行き場はあるの?」


「……はぁ、そういうとこだよ咲良さん。もちろん放っておけるわけないだろ」


「見た感じ魔獣に好まれてそうだし、それでまた勝手に巻き込まれて死んだら胸糞悪いじゃん」


 バツが悪そうな顔を浮かべて頭を掻くユウに不機嫌そうにしながらも心配そうな目を向けるヒメコ。

 結局、この三人はとてもお人好しなのだろう。二人の思わぬ言葉にセナは涙を浮かべて嬉しそうな顔で答える。


「すみません、ありがとうございます! わたし、皆さんのお役に立てるよう頑張りますので!!」


「それじゃ、本日より春見彗那を『HALF』四人目のメンバーとして正式加入させます。改めてよろしくね、セナちゃん」


「はいっ!!」


 柔らかい笑顔を浮かべ手を伸ばす咲良にセナも笑顔で握手を交わす。

 こうして、記憶を失ってしまった春見彗那────セナは魔法少女(仮)として戦うことを決めた。

 全ては失った記憶を取り戻すため、自身の真実を探るため。

 これから待ち受ける運命に果たして彼女はどう抗うのか。


「次回、『セナ、魔法少女になるってよ』。乞うご期待!」


「ナレーションするのやめてくださいヒメコちゃん」


「ちぇー」


 果たしてこのメンバーで大丈夫なのか、と思わず危惧するセナであった。







────第1章『Amnesia』、完。


────第2章『True Name』へと続く。

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