第7話 春見彗那の決断

 明らかにセナの様子がおかしくなっていた。

 瞳が金色に染まり、冷徹な雰囲気を纏っている。更には膨大な魔力を保持してるようで、いとも簡単にユウの体を吹き飛ばしていた。

 だが、こうして対峙している今でもセナからは魔力など微塵も感じられない。通常、魔法を扱える人間は魔力が漏れ出ている。プロの魔法少女にもなれば魔力を体外へ漏れ出さないようにすることも可能だが、それでも魔法を使用した跡には魔力が必ず残る。

 だが、人間一人吹き飛ばすほどの魔法を放ってもなお、魔力の形跡が見当たらないのだ。

 

「くそ、何がどうなってやがる……」


 悪態をつきながらユウは体を起こす。

 大きく吹き飛ばされたものの、さいわいにも怪我は負わなかった。しかし自分の身を案じている場合ではない。一刻も早くセナを元に戻さなければ。

 そのユウの言葉をドロシーは聞いていたようで、失った片手をさすりながら答える。


「あれが『鍵』だよ。ようやく目覚めたんだ」


「あ? まだそんな訳の分からないことを……」


「ごちゃごちゃうるさい」


 二人の会話を切るようにセナが口を開く。

 その声に感情は一切籠っておらず、冷たい瞳を向けながら右腕をゆっくりと上げる。

 またあの強力な魔法を放つつもりかとユウは身構え、対してドロシーは平然とその姿を見つめていた。

 だが、そこでセナの体に再び異変が訪れた。


「……っ!? くっ、うぅ、わああああああ!?」


 突如顔を歪めて頭を抑えたかと思うと一瞬にして瞳の色が元に戻り、驚いた声を上げながら尻餅を付いて倒れる。

 そして体をガタガタ震わせながら恐怖の表情を浮かべてセナはドロシーを指差していた。


「う、腕!? 腕が千切れてますよ!?」


「ああ、良かった。いつものセナだ」


「……どうやら『鍵』としてはまだ不完全みたいだね。興醒めだわ」


 やや和む雰囲気を醸す二人にドロシーは冷たい声を向けて踵を返す。

 どうやらこの状況を作り出したのにも関わらず、勝手に立ち去るつもりらしい。そうはさせまい、とユウは刀を握って追いかけようとするが足を一歩踏み出した瞬間、彼女の姿は消えていた。


「……くそっ、とんだ迷惑な奴だったな。おいセナ、大丈夫か?」


「あ、あの……。すみません、腰を抜かしちゃって」


「あんな姿を見たら無理もないか。なあ、セナ。さっきのは一体何だったんだ?」


「へ? さっきの?」


「目が金色になっていきなりおかしくなったじゃないか。覚えてないのか?」


「うーん……。ごめんなさい、胸を刺されてからの記憶が曖昧で」


「……そうか」


「ただ……」


「?」


「わたし……さっきまで誰かと話していたような……」


「……なあ────」


「ユウちゃーん、セナさーん!!」


 突如、遠くから少女の声が響き渡る。

 一瞬だけ「また新たな刺客か!?」と身構えるセナだったが、振り返ると息を切らしながらヒメコが駆けてつけていた。


「おい、ヒメコ。どうしたんだよ、こんな所まで来て」


「ぜぇ……ぜぇ……だって、通信が切れちゃって、ユウちゃんたちも、反応なくなっちゃって、心配だったんだよ!!」


「反応が……わたしたちが消えたってことですか?」


「そうなの! あ、咲良さんに連絡するからちょっと待って」


 と、ヒメコは右耳に着けたインカムを通じて二人に発見したことを報告する。

 咲良の返答によるとどうやら消えた二人の反応も無事戻っており、対して魔獣の反応は一切消えているようだった。

 ユウのインカムも無事通信が戻っていることを確認すると、彼女は一連の出来事を報告し、疑問をぶつける。


「あたしたちが消えたってどういうことだ? ドロシーと戦っている間も街灯は普通に点いていたぞ?」


『それがね……かなり不可解なもので、厳密に言うとあなたたちが消えたというよりごっそりとあなたちがいた一帯が消えていたの』


「はぁ? まさかあたしたちがいる現実世界ごと異界に引きずり込まれたっていうのか?」


『そういうことになるわね。だからあまりの異常事態にヒメコちゃんを向かわせたのよ。今は戻っているから安心して。あと私から一つだけ』


「なんだ?」


『やっぱり、セナちゃんをウチに泊めていきましょう。今日はちょっと危険だわ』


「賛成だ。んじゃ、これから帰る」


『了解。気を付けてね』


 通信を切り、ユウはセナの方へ振り返る。


「ヒメコ、アジトに帰るぞ。セナもやっぱり危ないからついて来い」


「うん、りょーかい。セナさん、行くよ!」


「……」


 だがユウたちの呼びかけには応じずセナはぼーっとしたままであった。

 というより腕を組んで何か考え事をしているようだった。


「おい?」


「せーなーさーん?」


「あ、ごめんなさい! アジトですよね、分かりました」


 慌ててセナは走り出し、ヒメコとユウの間に並ぶ。

 セナをじっと見つめながら「やれやれだぜ」とヒメコがこっそり呟いた。






※※※※






 帰路の道中、魔獣は一切現れることはなく、そして三人は一言も喋ることはなかった。

 ヒメコは単純に疲弊し、ユウは突然変貌していたセナの様子が引っかかり、セナはある考えにふけっていた。

 そしてアジトに到着し、ドアを開けるなり咲良が笑顔で三人を温かく迎えた。


「おかえりなさい。晩ご飯用意できてるわよ」


「ただいま咲良さん、ありがとうな」


「ただいま! へへー、夕食だぜー」


「あの、すみません、わざわざ泊めていただいて……」


「いいのよ。この短い間に散々危ない目にあったでしょ。それに……」


 と、咲良は唇を耳元に近付けてこっそりと囁く。


「────あなた、私に伝えたいことがあるでしょ?」


「っ!? よくお気付きで……」


「ふふ。私、勘だけは昔から鋭いから」


 と、笑顔で咲良が答える。

 その見透かしてくるような瞳にセナは内心怯えながらもユウたちと同じように食卓につく。

 メニューはご飯と豚肉の生姜焼きと味噌汁のようだった。見栄えの良い盛り付けと香ばしいの香りが鼻をくすぐり、見事に食欲をそそられる。


「わあ、美味しそうですね!」


「咲良さんの作る料理は美味いからねー。家事スキルなら一通り才能あるよー」


 と、自慢げに(そして瞳を輝かせ料理に視線が釘付けになりながら)ヒメコが答える。

 その文句に咲良も胸を張ってドヤ顔で続ける。


「ま、なんたってこの咲良は天才ですから!」


「なのに独身っていう悲しさねー」


 と余計な一言を呟くヒメコの脳天に咲良は拳骨を放つ。

「痛ぁ!?」と悶えるヒメコを余所に咲良は「さあ、お食べ」と促す。


「いただきます。……んっ、美味しいです!」


「お口に合って良かった。ご飯とお味噌汁ならおかわりあるからね」


「ありがとうございます! 本当に、美味しい……っ、です……」


 記憶を失ったセナにとって実質初めての食事。

 温かく美味しいご飯を明るい食卓で味わうこの雰囲気がとても心地よく、ようやく得た平穏に思わず涙をこぼしていた。


「どうしたんだ、急に泣き出して」


「ちょっ、大丈夫!? やっぱりお口に合わなかった!?」


「いやでも泣くのは失礼じゃない?」


「すみません……っ、わた、わたしっ、ずっと不安で……家族とか、友達とか全然分からなかったからっ、今みんなでご飯食べてるのが嬉しくて……っ」


 三人の言葉にセナは涙を流しながら答える。

 それを見た咲良は優しく微笑んで指を伸ばし、彼女の涙を掬った。


「そっか。落ち着いてゆっくり食べていいからね」


「はい……!」


 そのあとも、セナは涙を流しながらしかし嬉しそうに夕食を完食した。

 完食して、おかわりを要求した。

 ユウもヒメコもそんなセナの様子に「やれやれ」と呆れつつ微笑ましいものを見るような目を向けながらおかわりを要求する。

 三人ともよそわれたご飯と味噌汁を完食し、更におかわりを求めた。

 大量に作ったご飯と味噌汁が三人の胃袋に収められていくのを見ている咲良の顔が徐々に青ざめていく。


「……えーと、ユウちゃんとヒメコちゃんはともかく、セナちゃんも食べ過ぎじゃない?」


ふみふぁへむすみませんふぁふぁいわたしおもはおひおもったよりへっぽうけっこうふいひんぼうみあいべくいしんぼうみたいで


「口に含んだまま喋るな。しかし、妙だな。そこまで食うのにやっぱり魔力を感じられないし……」


 魔法少女は莫大な魔力を消費するため、戦闘後はかなり疲労する。魔力は大気や地中に大量に漂っているため、時間経過による自然回復はしていくがやはり最も補うのに適した方法は三大欲求を満たすことである。特に睡眠と食事は単純に疲れを癒すだけでなく、一度に大きく魔力回復するのに向いた行為であるのだ。

 故に魔法少女のほとんどは昼間の睡眠時間が長めで大食いの者たちが多い。ユウとヒメコも例外ではなかった。

 対してセナは普通の少女にも関わらず、ユウたちと同等の量を食べている。容姿も太っているわけではないし、お腹も飛び出ているように見えないが……。

 そこでヒメコがボソッと恨めしげにセナの一点を見つめて呟く。


「たぶん食べた栄養が全部おっぱいに吸われてるんでしょー」


「は!?」


「……クソ、確かにでけえな」


「ユウさんまで!?」


 セーラー服を着てもなお主張がはっきりと分かる双丘。対してユウはやや小さめな膨らみ、そしてヒメコに至っては絶壁としか言い様がないほどに平らである。

 二人の指摘に頬を染め胸を押さえるセナにとどめの一撃をヒメコが放つ。


「このおっぱいおばけめ」


「うるさいです! 早く食べちゃいましょう!!」


 今にも湯気が出そうなほどに顔を赤く染めたセナは、バクバクとご飯を口に運んでいく。

 ユウは面白いものを見るようににやけながら、ヒメコは不機嫌そうに目を細めながらセナに続いてご飯を平らげていく。

 その光景を、咲良は意味深げにじっと見つめ続けていた。


「────それで、セナちゃん。話があるんでしょ?」


 三人が満腹になり、食器を下げたのを確認して咲良が問う。

 セナは思い出したようにはっ、と顔を上げ、それから全員の顔を一度見渡した。

 すう、と大きく息を吸い込みドクドクと高鳴る心臓と緊張を抑えながら口を開く。


「実は、ここに来るまでの間ずっと悩んでいまして。でも、ようやく決めました」


「うん」


 頷く咲良。

 それを見てセナも決心が着いたのか震えていた声が落ち着き、真剣な目で三人に告げる。



「────わたしも、『HALF』に入れてもらえませんでしょうか?」


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