◆3◆ とうとう『彼』にその情報が伝わる。

「藍、そろそろ秋田駅に着くぞ」


 とんとんと強めに肩を叩かれ目が覚める。


「えっ?! もう!?」


 慌てて身体を起こし、窓の外に目をやれば、大きな建物がずらりと並んで見えた。


「おお……」


 秋田県。

 東北の中で唯一行ったことがなかった県である。青森も岩手も山形も福島も、旅行だったり部活の遠征だったりで行ったことがあるのだが、秋田だけはなかったのだ。


「ちょっと栄えてる風に見えるだろ?」

「風だなんてそんな」

「いやいや、これは駅周辺だからこうなだけで、それ以外はさっぱりなんだ。ははは」


 潤さんは窓の外を指差して笑う。


「秋田市でも少し車を走らせれば田んぼだったりしてね。でも、私はそういうところが好きなんだけど。そもそも私の故郷はもっと田舎だし」


 ちょっと意外だな、と思う。

 俺の知ってる潤さん――伏見主任といえば、都会で働くバリバリのキャリアウーマンで、普段から「この便利さに慣れてしまうと田舎には住めないな」なんて言っているからだ。

 確かに潤さんは料理が苦手ということもあり、俺がいない時の食事はもっぱら外食だったりコンビニだから、それの件数が乏しい田舎はちょっと不便かもしれない。

 あとは交通の便だろうか。潤さんは免許こそ持っているものの、車は持っていないのだ。遠出をする趣味もないし、仙台は地下鉄もあるし、で、実家に置いてきたのだという。


 だから、長閑な田舎の風景をバックにしている潤さんはとても新鮮だ。自然は似合うけれども、それは例えばキャンプとかトレッキングとか、そういう自然なのである。


 秋田駅に着いても、ここが目的地というわけではない。ここからさらにバスに揺られて約50分。潤さんの故郷は秋田市の隣にある、本荘由利原市だ。

 人口も秋田市と比べるとぐっと少なく、若者が好むようなショッピングモールの類もない。それなら俺の故郷の鷹城と変わらないわけだが、こっちには車で10分ほどのところに大都会、仙台がある。

 

 秋田名物八森はちもりハタハタ、男鹿おがで男鹿ブリコ、と潤さんが口ずさむ。秋田音頭というやつだ。いつもはきれいな標準語で話す潤さんが、少しだけ言葉を濁らせて歌うのがまた堪らなく可愛い。



「噂には聞いていましたけど、本当にきれいな女性が多いですね、秋田」


 皆が皆、芸能人レベルであるとか、そういうわけではないのだが、何ていうか、本当にきれいな人が多い。それも、ごてごてと飾り付けて、という感じではない。元々が整っているのだろう。日照時間も少ないせいか、肌も白い人が多いのだ。


「そうなのかな。住んでるとわからないものだけど」

「多いですよ。でも、やっぱり……潤さんが一番きれいです……けど」


 他の女性ばかり見ていると思われたら大変だ。きれいな人が多いのは事実だけれども、やっぱり俺は潤さんが一番きれいだと思う。


「はっはっは、言うねぇ、藍」


 結構勇気を出して言ったんだけど、軽くいなされてしまった。


 ――と、頭にぽん、と手を乗せられる。


「でも、嬉しいよ。ありがとう」

 

 なんて言葉と共に柔らかな笑みを向けられれば、やっぱり俺の方がヒロインなんじゃないのかと錯覚してしまうほど、ドキッとしてしまう。


「正直、藍が私以外の女性に目移りしてしまうのではと心配になったけど、杞憂ってことで良いのかな?」

「良いです良いです! 完ッ全に杞憂です!」

「ははは、安心したよ。じゃ、行こう」


 差し出された手を軽く握り、歩き出す。


 潤さんはいつも飄々としているから、さっきのような言葉が飛び出したことに驚いた。ちょっとした冗談かもしれないけど、だけど、彼女だってきっと人並みに嫉妬したり、焼きもちを焼いたりはするのだろう。だとしたら、嬉しい、なんて思ったりして。


 小さなイヤリングが光る、いつもよりぐっと女性らしいその横顔に、何度だってときめいてしまう。


 俺だけがこんなに好きなのではないかといつも不安だった。いまの関係だって、俺が押した結果だから、俺が強く押し続けていないと、と思っていた。


 けれどももしかしたら、潤さんも俺と同じくらいの強さで押し返してくれているのかもしれない。俺が夢中になりすぎて気が付いていないだけで。

 そんな風にうぬぼれてしまいたくなる。



 本荘由利原市行きのバスに乗り込む。案外混んでいて、何とか座れた形だ。高齢の方が多く、俺の顔を見て寿命が縮まったらどうしようなどと思いながら何となく窓の外を見る。


 潤さんのご実家は駅から歩いて15分くらいのところにあるらしい。荷物もあるのでそこからタクシーに乗ることになっている。


 と。


「おや」


 潤さんのそんな声で「どうしました」と隣を見れば、彼女は自身のスマートフォンをじっと見つめていた。メール画面を開いている。猫も杓子も無料メッセージアプリCOnneCTコネクトでやりとりをする昨今、メールは仕事の時くらいしか使わない。

 しかしさすがに個人アドレスを取引先に教えることはないはずだけど。


「朋兄、スマホを落として壊したらしい。いま新しいの買ってきたって、番号やら何やらが送られてきたよ」

「成る程、それで連絡がつかなかったんですね」

「それじゃ、とりあえず返事だけでもしておこうかな」


 そう言って、潤さんは、いま移動中であるため電話が出来ないこと、あとどれくらいで駅に着くか、そして、恋人を連れていく、という内容をメールにしたため、送信をタップした。


 と、ものの数分で、潤さんのスマホが振動した。さすがに着信ではないようだ。


「うわ」


 潤さんが短く叫んでスマホの画面を見せてくる。案の定、というか、やはり朋さんのようだ。さすがに内容まで読むわけにはいかないので、さっと目を逸らしたのだが――、内容云々よりも、その文字数が尋常じゃない。パッと見、ちょっとしたWEB小説に見えなくもないレベルである。


 いやいや、この量をあの短時間で?! 


 

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