∵3∵ 忍冬薫乃アシスタント・外崎風子
「とのちゃん、私こないだ、すっごいの見ちゃった!」
と、ハイテンションの先生がウチにやって来たのは、昨日の夜のことだ。
先月、生徒と先生ものの連載が終わり、
ちなみにこのお話の主人公は三船君でも城ヶ崎先生でもなく、
だから、古典的な俺様の三船君は良いとしても、その状態でよく持ち込めたな? と毎回突っ込みが入る城ヶ崎先生回は職場でも大人気だった。
しかしそれが大団円で終了してからというもの、薫乃先生は「本当にこれで良かったのかな、私は大樹君のすべてを書ききれたのだろうか」とふさぐことが多くなった。先生が書いてくれないことにはアシスタントも出番がない。私以外のアシスタントは皆他の作家さんのヘルプに行ってしまった。皆生活がかかっているのだ。
――私?
私は薫乃先生の真下に住んでる主婦、
で、パートでもしようかなって思ってた時にたまたま薫乃先生と知り合ったのである。アシスタントがもう1人くらい欲しいのよねって。昔同人やってたんですって言ったら、ぜひ、って。年が近いこともあって、先生は私のことを『とのちゃん』と呼ぶのだ。
そんな先生が徹夜3日目くらいのテンションで我が家のインターフォンを狂ったように押してきたのだった。
鼻血でも出さんばかりに興奮しながら語ってくれたところによると、どうやら地下鉄で最高のモデルに出会ってしまったらしい。しかも、本人にはきちんとモデルにさせてほしいと交渉まで行い、無事にOKをもらえたらしい。
「もうねっ、もうねっ、すっごいの! もう、カタギじゃないのよ!」
「えっ? そっちの方ですか? まぁ、最近はそっち系のも売れますからね」
ていうかよくカタギじゃない人に交渉出来たな、先生。
「それがね、違ったの! 完ッ全にそっち系かなって思ってたんだけど、ただのリーマンだったのよ!」
「そんなカタギじゃない顔でサラリーマンが勤まるんですか?!」
「それがね、営業マンさんなの! ほら、とのちゃんも知ってるでしょ? あけぼの文具堂」
と、ご丁寧にラミネート加工された名刺を見せてくれた。ふんふん、あけぼの文具堂、東北営業部の二課、片岡藍さん、ねぇ。
……藍? 女性?
そう思ったのを読み取ったのだろう、先生は、「あ、違う違う、ちゃんと男」と笑った。
「で、で、それでね! その人、見た目がすっごい怖い癖に、中身は何ていうのかな……チワワみたいなのよ! もしかしてチワワが乗り移ってるのかな? ってくらいなの!」
「それは……すごいギャップですね……」
「もうね、そんなわけだから、次の主役は決まりなの! 私、絶対この片岡さんで描くから! もう決定!」
「わかりました、私も楽しみにしています」
先生はこうなると早い。
恐らくもう担当の
「でもね、お相手をどうするか、なのよ……」
そう言って、先生は、ふぅ、とため息をついた。
先生はこうやって私によく相談してくるのだ。
もちろん塩原さんからもアドバイスをもらったりするみたいなんだけど、やっぱり担当さん相手だとちょっと緊張するらしく、こういう『女友達との雑談』みたいな気楽さから生まれるものも多い。
「ええと、一応確認なんですけど、その片岡さんは『受け』で良いんですよね?」
受け、つまり、ボーイズラブ作品における、『受け手』。生々しい表現をさせてもらうと、性行為において挿入される側、というやつである。
「うん、そこはね。あんまり奇を
「チワワの反撃ですね。それも美味しいですね」
「でね、彼にぴったりのお相手を何系にするか、っていうのがねぇ……」
と、先生は再びため息をついた。
で、結局その時は2人して何も浮かばず、途中から本気の雑談になってしまって終わったんだけど。
先生! います! ここにいます!! いま、ここにいます!!
その『片岡さん(まだ作中の名前は決まっていない)』の相手としてぴったりな人がここにいます!!
ていうか、その『片岡さん』に負けず劣らず凶悪な顔をしたお兄さんがいます! 仙台はいつからこんな物騒な街になったのかしら。
帰ったら先生に電話しなくっちゃ。
先生、例の『片岡さん』のお相手は、スパダリ(※)でいきましょう! イメージはもう完全なる王子です! 宝塚的な中性イケメンで、たとえ公衆の面前であろうとも、気障ったらしい台詞をバンバン吐いてくれるような、そんな感じです! ていうか、そんな光景が眼前で繰り広げられています!!
あーもう、盗撮しとけば良かった!!
そしてその数ヶ月後、見た目がヤンキーで中身がチワワな営業マン『高岡
(※)スパダリ……スーパーダーリンの略で、ざっくりいうと、顔良し、性格良し、社会的地位もある完璧超人。仕事だけではなく、家事能力辺りももちろん完璧です。
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