【二課・中西班】 ゆるふわガーリー・瀬川優紀
◎1◎ ゆるふわ瀬川の悩み事!
毎年2月末には、我があけぼの文具堂の慰安旅行がある。数年前までは近くの支社と合同で開催したりもしたんだけど、ここ最近は単独開催が多い。やっぱり普段交流のない他支社の社員がいると、気を遣ってしまうという理由で止めたんだって。そりゃそうでしょ。
さて皆さんこんにちは。私の名前は瀬川
ていうかね、『ゆうき』って響きもそうだけど、『優紀』ってこの漢字のチョイス!!
『ゆき』じゃ駄目だったの? お母さん!
『悠希』じゃ駄目だったの? お父さん!
結構一か八かなところあるよ、男かな? 女かな? って! そんな不満をいつも抱えています。
だから、なのかもしれない。
私は物心ついた時から、とにかく『女の子らしさ』というものにこだわってた。
顔はね、お母さん似の女顔だから、例えば思いきってベリーショートとかにしても女ってすぐにわかると思うの。
だけど。
そうなんだけど。
まるでそういうアイテムで武装するかのように、私は『女の子』を身に纏う。
それがもう癖になってた。
だけど本当は。
本当の私はそんなんじゃない。
女の子らしいキラキラやふわふわも嫌いじゃないけど、キリッとして凛とするような、強い女性に憧れる気持ちだってある。
でも、そんな自分に気付いた頃には、もうこのゆるふわキャラがしっかり定着しちゃってて、いきなり路線変更も正直厳しい状況。
あぁ、私も伏見主任みたいに恰好良い女性になれたらなぁ。
そう思ってしまう。
無駄な装飾のないタイトなパンツスーツに、手櫛で軽くセットしているのだというショートボブ。アクセサリーはちょっとごつめの腕時計のみ、という潔さ。イメージは、そう、ドラマとかで見る敏腕女弁護士って感じかな? 女優さんは元タカラジェンヌとかね。もちろん男役の。
なのに、メイクなんかファンデーションをちゃちゃっと塗って眉毛とブラウンのシャドウにアイライナーくらいらしい。口紅だってピンクやオレンジじゃない、ブラウン寄りのベージュだ。
いやいや待って。
そんな馬鹿な。
コンシーラーは? ハイライトは? せめてチーク! チークくらいは! ていうかマスカラは? その長い睫毛自前じゃないですよね? エクステですよね?
って思って、この旅行中、無礼を承知でメイクポーチを見せてもらったら、本当にそれしか入ってなかった。主任のことだからきっとものすごくお高い化粧水とかクリームとか使ってると思ってたんだけど、ドラッグストアで買えるようなハトムギ化粧水と青い缶でお馴染みの全身用保湿クリームだったし。基礎化粧品、トータルで1,000円くらいじゃないですか! 私の10分の1以下ですよ、それ!
化粧品にしても、デパートのコスメコーナーにあるような海外ブランドのものではなくて、国産の――それもやっぱりドラッグストアで買えるようなものばかり。主任ん~、出来ればそれは知りたくなかったですよぉ~。
「いや、一応昔そういうの使ったことはあるんだけど」
「ですよねですよね、やっぱりあるんですね。シャネルの口紅とか、ジバンシィのチークとかですね!」
うんうん、化粧を覚えた女子なら必ず一度は憧れますよね! デパートの外資系コスメ売り場とか、ドキドキしながら足を踏み入れましたよね? 主任も経験有りますよね? ですよね?
「そうそう。シャネルのあの真っ赤な口紅。昔の恋人がプレゼントしてくれて」
って、プレゼントの方かーいっ!
「……情熱的な彼氏さんですね」
「情熱的なのか知らないけど、『それ塗って俺のシャツにキスマーク付けて。それと、シャツだけじゃなく、全身にもお願い』とかわけわかんないこと言い出して」
「えっ……」
「何か気持ち悪かったから、叩き出して別れた」
叩き出して……。やはり転がり込んでたのだろうか。
「その後も別の人からそのジバンシィやらイヴ・サンローランやら色々もらったんだけど」
「主任貢がれまくりじゃないですか!」
やっぱりプレゼントなんですね! 自分で買ったんじゃないんですね! クリスマス限定コフレとか、私予約してまで買いに行きましたけど、そういうエピソードはないんですね?
ていうかそれって、軒並みいずれ無職になる主夫希望者さん達なんですよね?
「何か……そういうの使えって言われるんだ。何でだろう」
「まぁ……わからなくもないですけど……」
そりゃ、こんなバリバリのキャリアウーマンがこんな……っていうのは失礼だけど、だけど、1つ2,000円もしないようなアイシャドウとか、口紅なんて! って、きっと私生活を知った恋人達は思ったんだろう。男の人って化粧品とかあんまり興味がないと思ってたんだけど。さすが主任を選ぶような男性はそういうところもチェックしてるのか。
「でも、何か匂いが駄目で。他人からすれ違い様にふわっと香るくらいなら良いんだけど、自分からっていうのはキツくてさ。結果、これに落ち着いた」
「ま、まぁ……それは仕方ないですよね……」
遠い目をしてぽつりと語る主任。そんな表情も素敵、なんて思ってしまう。あぁ私、もしかしてそっちの趣味があるのかもしれない。だけど、主任なら……。
って、駄目駄目。何を言ってるの優紀。しっかりして。
「さて、せっかくの温泉だし、宴会の前にひとっ風呂行こうかな。――あれ? 田端君はもう行っちゃった?」
私達の部屋は3人部屋で、メンバーは伏見主任、私、それから新卒の田端実咲ちゃん。二課の20代チームだ。もうひとつの女部屋は中西主任率いる30オーバーの面々。班で分けるより年が近い方が話も合うだろうという課長の案らしい。課長、ナイスです!
「実咲ちゃんならここに着いてすぐに行っちゃいました。主任が課長達と打ち合わせをしている間に」
「そっか。まぁ、慰安旅行だしね。各々のペースで癒されれば良いか。私は行くけど、瀬川君はどうする?」
「私も行きます!!」
そりゃもちろんご一緒しますとも!!
浴場を見渡すと、やはり、いるいる。
実咲ちゃんに、それから、同じ中西班の
うん、皆さんお化粧落とさずに入ってますね。何なら髪も濡れないようにシャワーキャップしてる人まで。そうだよね、この後宴会だもん。いや、別にお化粧は強制じゃないんだよ? でもすっぴんで皆の前に出られるわけないじゃないですか! かといって全部落としてやり直すのも面倒。となれば、導き出される結論はひとつ! 首から上は洗わない! 洗うのは宴会後!
「――って主任っ!?」
「ふぇ?」
私のそんな力説を嘲笑うがごとく、「滝行ですか!?」ってくらいの勢いで、主任は頭からシャワーをざばざばと浴び、髪をわしゃわしゃと洗っている。
しかもマイシャンプーなんて持参せず、備え付けのリンスインシャンプーだ。髪の毛ギシギシになりませんか、それ?
「何? 泡落ちてない?」
髪を丁寧にすすぎ終えた後で簡単に目元を拭った主任は、既に当たり前のようにすっぴんだった。少々目が小さくなったように見えるけれどもほとんど変わらない。いつものアイラインがないからか、ちょっと幼いような印象を受ける。
「いえ、完璧に落ちてますけど……。そうじゃなくて。お化粧落としちゃうんですか? 髪の毛もせっかくセットしてたのに」
「そりゃ落とすよ。何か化粧って息苦しくない? 皮膚呼吸出来ない感じっていうか。髪もワックスでべたべたなのほんとは好きじゃないんだ」
「でも、恥ずかしくないですか?」
「恥ずかしい? あぁ、ちゃんと乾かすから、変な風に跳ねたりとかしないようにはするよ、大丈夫。さすがの自分もそこまでは――」
「いえ、そういうことではないんですけど……」
ざっと身体を洗い、仲良く泡風呂に浸かる。
主任は「うぉぉ」と言いながら目を細めた。
「えっと、どういうこと?」
あ、ちゃんと覚えてたのね。てっきりいまの「うぉぉ」で忘れられたと思ってました。
「いえ、すっぴんって恥ずかしくないですか?」
「いや? あんまり」
あまりにも平然と言うもんだから、何だか拍子抜けする。主任も主任でそんなことを何で聞くの、とでも言いたげな視線で私を見つめている。
「瀬川君は恥ずかしいの?」
「わ……私、お化粧落とすと結構変わるので」
目なんか半分くらいになっちゃうし、眉毛だって短くなっちゃうし、ハイライトなしだと結構のっぺりしてるし。
「――じゃ、二度楽しめるね」
ジャグジー部分に腰を当て、またも「うぉぉ」と目を細めていた主任は、その気持ちよさげな表情のままそう言った。
「……は、はい? 二度?」
「そう。普段の可愛い瀬川君と、まるっきり違う瀬川君と。落差があると、二度楽しめるじゃない」
「い、いや、主任……。私の素顔はそんなに楽しめるようなものでは……」
いや、面白い、という意味では……? ってそんな!
「そう? 瀬川君は化粧を落としてもまた別の可愛さがあると思うけど」
「そ、そうですか?」
薄く目を開けた主任が私を見て頬を緩める。
「恋人だったら、そういうの知ってるっていうのも秘密の共有みたいで良いもんだよ」
なんて、何そのイケメンな台詞!!
「そ、そうですかね……えへへ……」
って、私もまんざらじゃないの!?
「しゅ、主任って」
「ん~?」
顎の先までお湯に浸かった主任は本当に気持ち良さそうだ。こんな言い方失礼ってわかってるけど、ほら、あの、温泉に入ってるお猿さんとかカピバラちゃんみたい。真っ赤な顔して目をつぶってるの。可愛い。
「恋人の前ではどんな感じなんですか?」
「――!!?」
余程慌てたのだろう、バランスを崩して鼻まで沈みかけ、何とか縁に掴まって主任は難を逃れた。とはいっても、主任の場合、頭まで潜っても支障はないと思うけど。
「べ、別に普通だよ、普通」
ばしゃ、と真っ赤になっている顔に湯をかける。その赤さを誤魔化そうとしているみたい。けど大丈夫ですよ、主任。この話題になる前から赤かったですから。ていうかこの泡風呂結構熱くないですか?
「片岡君と、お付き合いしてるんですよね?」
「――!!? な、なぜそれを……?」
別にウチは社内恋愛が禁止されているわけではない。当人達が好き合っているんなら、どうぞご自由に。ただ、仕事に影響がないように、という暗黙のルールはあるけど。
だから私が知ってるだけでも同じ課同士、あるいは課をまたいでというカップルは結構いるのだ。付き合っているうちは良いけど、別れたりしたらどうするんだろう。主任はいままで他社の人と付き合っていたみたいだし、恐らく社内恋愛は初めてなんじゃないだろうか。とはいえ、他社といってもこのビルに入っている会社だったりするんだけど。
それでも何ら変わらない。恋人が同じオフィスにいたって。しかも隣の席だって。そこはさすが主任だ。
「何となく、そう思ったんです。やっぱりそうなんですね」
これはちょっと嘘。
先月、小橋君から、どうやら片岡君が主任のことを好きらしいと聞いて、それでちょっと意識して観察してた。そしたら、主任の方はぜんぜん変わらないのに、片岡君がもうあからさまなんだよね。
さすがに業務中は自分を律してるみたいだけど、休憩になるともういそいそと主任を誘ってランチ行っちゃったりして。そういう時の片岡君て、何かもう見てるこっちが恥ずかしくなるくらい頬が緩んでるの。女子の観察力舐めないでほしい。
「ええと、別に隠してるわけではないんだけど、出来ればその、あまり公には……」
「もちろんです。言い触らしたりなんかしませんって」
たぶん、遅かれ早かれバレると思いますし。片岡君があれじゃあねぇ。
「それなら良いんだけど……」
あ、ちょっと主任可愛かった、いまの顔。
ホッとしたのが表情に現れてる。
「あの、ちょっと失礼だとはわかってるんですけど」
「何?」
「え――……っと、その……片岡君のどういうところが良かったんですか?」
「ぶはっ!?」
主任はまたしても湯に沈みかけた。しっかり縁を掴んでいたはずだったのに、気が緩んだのか、それとも単に滑ったのか、それはさすがにわからないけど。だけどとにかく動揺している。
ちょっとちょっと、これはかなりレアですぞ。
こんな主任、見たことある? 皆さん!
駄目駄目、この瞬間だけは私だけの主任なの。
片岡君にだって見せてあげないんだから!
ここ、女風呂だしね!!
「ええと……、ちょっと移動しない? さすがにここだとのぼせそう。露天とかさ」
「良いですね、移動しましょう! そこでゆっくり聞かせてください!」
そう言うと、主任は「はは……参ったな」と濡れた髪をかき上げた。
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