【番外編】営業部の愉快な面々

【一課・大槻班】 愛すべき筋肉馬鹿・大槻隆

♤1♤ 大槻隆、伏見潤と遭遇!

「おう、伏見! ちょうど良いところに!」


 得意先を数件回り、新規の契約と修理依頼を受けて社に戻ると、エントランスで同期の伏見にばったり会った。どうやらアイツもいま戻ったところらしい。


 伏見ふしみじゅん。役職は主任。

 コイツはいうなれば俺の良きライバルってやつだ。

 同期の中で一番昇進が早く、かなり異例のスピードで主任になりやがった。


 ――俺? 俺も『主任』だろうって? そりゃまぁ。

 だけど実は、俺だけの力かと言われればそうでもないんだ、これが。

 そう、伏見の力もある。多分にある。

 コイツはどういうわけだか管轄外である大型事務什器――つまり、俺の担当の方の契約まで取れちまうんだ。しかしそれ自体は別に問題じゃない。ウチの会社に限っていえば、契約なんて誰が取ろうと問題じゃないんだ。ちゃんとマージンも入る。とにかく不備のないように契約書を作り、正しい手順で発注して、期日までにお客様のところへ納品出来ればそれで良い。


 ただ、もちろん、全くデメリットがないってわけでもない。

 とにかく面倒。これに尽きる。


 アイツの所属する二課というのは、こちゃこちゃと細かい卓上文具が専門で、その中でもアイツの担当はアナログ文具。ウチで言うアナログ文具っていうのは、ファイルやバインダーなどの紙製品やボールペンとかを指す。もちろん、プラス料金でそれらにロゴを入れたりなんていうのも承る。

 対して俺の所属する一課は書庫やらデスクやらの大型什器が専門。発注の仕方がまるで違うんだな。問い合わせ先も違うし納期も全く異なる。配送会社も専門の業者だからとにかくあちこちに電話で確認しまくって、その上、フルオーダーだった日にゃ注文通りの商品に仕上がっているか工場へ直接確認しに行かなくてはならない。

 それでも俺らのは一件一件の額が馬鹿デカいから一週間の半分をそういった業務に費やしても問題はないんだ。だけど伏見んトコはとにかく数が勝負。そんな業務にいちいち時間を割いていたら自分の仕事が回らなくなる。


 だからアイツは大型什器の契約が取れそうになると、全部俺に寄越して来るんだ。

 たぶん伏見的には面倒事を押し付けてやったくらいにしか思ってないんだろうけど、こっちからすれば願ったり叶ったりよ。そんなこんなで俺は主任になれたってわけ。


 いやいやもちろん、アイツに頼りっぱなしってわけじゃないぞ。

 じゃなかったらあっという間に降格してるって。

 だから、主任になれたのはアイツの力によるものが大きいが、この地位をキープ出来ているのは、もちろん実力だ。うん、まぁ、たまに何件かは回してもらっているけどさ。ていうかアイツなんでそんなに取れんだよ、化け物かよ。


「あぁ、大槻君。お疲れ様」

「おう。伏見、今日は何件だ」

「大槻君と件数で勝負したって意味ないでしょ」

「良いから」

「今日は少ないよ。ヨシタケ製薬さんトコでちょっと話し込んじゃってさ。3件」

「3件で少ないのか……。ウチで3件取れたら半月は何もしなくても良いのに」

「だから、大槻君のトコとは違うんだって」


 何だか疲れたような声だ。こいつにしちゃ珍しいな。腹でも減ってるんだろうか。こいつはとにかく良く食う。なのにちっとも太りゃしねぇ。

 そういえば、と、鞄の中を探る。確かチョコレートバー(ナッツとプロテイン入り)があったはずだ。


「食うか?」

「良いの? ありがとう。……うぇ、これプロテイン入ってるじゃん。だからさ、プロテインを飲む気はないんだって」

「そういうつもりじゃねぇよ。これはそこまでプロテインに重きを置いてねぇから。俺の小腹用。ほぼチョコだって」

「うぅ……なら良いけどさぁ」


 まぁ、千里の道も一歩からって言うしな。とりあえずこういうのからでも、プロテインへの抵抗を薄くしていかんと。うん。


 伏見は最初の一口めこそ少々ためらっていたが、背に腹は変えられないと見えて、眉を寄せつつチョコバーにかじりついた。


「味は普通だね」

「だろ?」

「ちょっと粉っぽい気がするけど」

「気のせいだ」


 一口かじると後は警戒を解いたようで、伏見はもぐもぐとプロテイン入りのチョコバーを食べている。


「そういえばさ、大槻君」

「何だ?」


 いつまでもエントランスこんなところで突っ立ってるのもと、どちらからともなく歩き出す。チョコバーはあっという間に3分の1になってしまっていた。


「さっき『ちょうど良いところに』とか言ってなかった?」

「ああ、それな」


 そうそう、俺は伏見に用があったんだ。

 またも鞄の中に手を突っ込むと、伏見はまたも眉をぎゅっと寄せてこちらを睨んで来た。再び警戒レベルがぐんと上がったのがもう一目でわかる。

 チン、という音を立てて、通路脇にあるエレベーターの扉が開き、近くを歩いていた他社の社員が吸い込まれていく。ついついその流れに乗りそうになっている伏見の肩を掴んだ。二課は二階だろ? それくらい階段を使え!


「何、今度こそプロテイン? 何度も言うけどさ、大槻君みたいなムキムキのマッチョになる気は――」

「違うって、今日は!」

「今日は、ってことは、明日以降はプロテインなんでしょ? 良いよ、もう。諦めてよ」

「いやいやそういうわけには――、じゃなくて! ほら、これだよこれ」


 やいやいとうるさい伏見の眼前に突きつけてやったのは駅前にある串焼き屋のビール半額券だ。

 二階には特に用もない癖に、これもトレーニングの一環だと思いながら二課へと続く階段を上る。


「うぉっ、何? あぁ、何だ『とり若丸』のクーポンか。何? 飲みの誘い?」

「そ。飲み行こうぜ、たまにはさ」

「良いけど、面子は?」


 よっしゃ、乗って来た。

 こいつはだいたい飲みの誘いには乗ってくるんだ。


 俺はにんまりと笑って伏見を指差し、「お前と」

 次に自分を指して「俺、以上!」と高らかに宣言した。

 すると伏見はその小ぎれいな顔を歪めて大袈裟なくらいに身を引いて見せた。


「えぇ~、嫌だよ、大槻君とサシ飲みなんて」

「何でだよ!」

「だって大槻君、最後の方で必ず脱ぐじゃん。何が悲しくて大槻君の筋肉見ながら飲まなくちゃいけないんだよ」

「うぐっ……。なるべく脱がないようにするから!」

「毎回それ言うじゃん。でも脱ぐじゃん」

「そ、そうだっけ……?」


 正直、毎回最後の方は記憶がない。

 こいつ、めちゃくちゃ酒強いんだよ。もしかしてノンアルのビールなのかなって思うくらい。酒どころの人間ってほんと恐ろしい。だからこいつと同じペースで同じものを絶対に飲んではならない。経験者からの忠告だ。


「で、でも、良いじゃん! 別にそれで伏見に襲いかかるわけでもないだろ?」

「そりゃそうだけどさ。お店の方でも良い迷惑だと思うよ? いきなり上半身裸になって筋肉見せつけて来るんだから。通報されたり出禁にならないのが奇跡だと思ってよ。同期のよしみでぎりぎり踏み止まってるんだから」

「すまん……」

「それに、正直いまはあんまり異性と2人きりで、っていうのはなぁ……」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、こっちの話」


 何だ、伏見にしては珍しくもごもごと。

 しかし、ここで引き下がるわけにはいかないのだ。

 あっという間に二階に到着してしまい、俺達はそのまま給湯室へと移動した。


「とにかくさ、頼むよ! 今日はどうしても相談したいことがあるんだって!」

「相談? 仕事の?」

「いや、プライベート」

「断る」

「何で!」

「どうせまた筋肉絡みでしょ? ジムを変えようかなとか、どこそこのプロテインの味が変わったとか」

「違うから! 俺を筋肉とプロテインだけの男と思うな!」

「えぇ?! 違うの?!」


 ちょっと待て。

 何でそんなにびっくりした顔してんだよお前。

 俺はそこまでの筋肉馬鹿じゃないぞ。


「じゃ、どんな内容? それによっては考えても良いよ」

「ちょっとここでは……」

「何、結構深刻なの?」

「まぁな。だから居酒屋とか騒がしいとこで話がしたいんだよ」

「仕方がないなぁ……」


 そう、何だかんだ言っても、伏見は最後にはこうして折れてくれるのだ。たぶんそういうところが後輩からも慕われるところなんだろう。

 

「その代わり、近くのテーブルに何人か呼ぶから。話が終わったら合流するよ。良いね?」

「ぐっ……。今回は随分と俺とのサシ飲みを避けてくれるじゃないか」

「まぁね」


 そう短く返した伏見は何だかちょっとはにかんでいて、おや、こいつもこんな表情するんだなって思った。何だよ、ちょっと女っぽいじゃん。

 いや、もちろん見た目は完全に女なんだけどな? だけどこいつの場合性格が男っぽいっていうかさ。まぁいまどき「~わよ」や「~わね」なんて漫画や小説だけの言い回しっていうか、そんな言い方するヤツなんてある意味ファンタジーみたいなところあるけど、伏見の場合は俺の男友達とほぼ大差ないんだよ。もういっそ「僕」とか「俺」って言ってくれって思うくらい。

 本人曰く、


「たぶん、上に兄が3人いるからじゃないかな。初めての女だったはずなんだけど、父さんも母さんも女の子の育て方なんかわからないって言って、兄貴とおんなじように育てられたから」


 らしい。

 思わず納得したものだ。

 いや、俺んちも似たような家族構成だけど、妹が産まれた時はそれはもうお姫様かってくらいに蝶よ花よと……で、かなりのワガママ娘になっちまったけどさ。


「そんじゃとりあえず戻るよ。これも処理しなきゃだし。ていうかさ、大槻君、定時で上がれるんだろうね? ま、上がれなくても、先に行って飲んじゃうけど」


 てことはお前は絶対定時上がりなんだな? そうなんだな? おい、伏見!

 お前さっき3件つったじゃねぇか! あぁでも俺らの3件とは違うのか。

 いや、それにしたって。


 うん、まぁ知ってるけどさ、お前が事務処理も恐ろしく早いって。


「それで良いよ、どうせお前は何杯飲んだってけろっとしてんだから。俺もなるべく早く終わらせて向かうからさ」

「わかった。あんまり遅くならないようにね。上司が残ってると部下が帰りづらくなるんだから、しっかりしてよ、


 クソ、『主任』を思い切り強調しやがって。


「わかってらぁ!」


 そう吐いて、俺は伏見の手に先ほどのクーポンを握らせた。


「これ、注文前に見せるやつだからな、忘れんなよ!」

「はいはい。それじゃ、後で。書類不備に気を付けて。事務の真田さなだ君に怒られないようにね」


 その余裕のある返しもまた癇に障る。

 畜生。

 



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る