第339話 “同じ剣士”に負ける気がしない

 ほぼ互角の戦い。入り乱れる剣戟の応酬。芸術の域にまで上り詰めたそれらは本来人を魅了するものではなく、殺戮の為の技術である。

 だからこそ美しいのだ。だからこそ尊いのだ。そう胸の奥深くからあふれる激情を押しとどめた東条は剣戟の速度を更に釣り上げる。


 しかし、結果は“先ほどと全く同じ”完全な拮抗。こちらの斬撃が届くことはなく、ごくまれに対処しきれない手痛いしっぺ返しが飛んでくる。

 何という愉悦。何という享楽。


 この快楽の濁流に身を預け、一切合切を切り伏せてしまいたいと思う東条だったが、その拮抗は思わぬところで終幕を迎えた。

 石島の使っていた剣が粉々に砕け散ったのだ。

 これほどの応酬を繰り返していたのだから本来は仕方の無い事だった。

 むしろこれまでよく持ったといってもいい程だ。


「……その終わりはどうも僕好みじゃないんだけどな」


 砕け散った剣を驚いた表情で見る石島。そしてその前には既に、先程までの興奮した表情ではなく、どこか冷めきった表情で刃を構える東条がいた。


 繰り出される斬撃は一切合切を切り捨てる頂の斬撃。榊がその間に割り込もうとするも、到底間に合うはずもない。


 東条はこの痛快な戦いがここで終わってしまう事に物寂しさにも似た感覚を覚えながらも、その斬撃を解放した。


「―――っ!」


「……死ねないのよ……こんなところでッ!!! 私は、まだッ!!!」


 肉を引き裂く感触を伝えるはずだったその刃は、青い軍刀によって打ち上げられ、未だかつてない巨大な隙を東条に与えていた。


「我流―――」


「これは……おどろいた」


「死鬼裂きッ」


 振り出した軍刀が未だかつてない程の破壊の力を纏い、東条に迫る。

 間一髪のところで先ほどの一合でだめになりかけた手を滑り込ませることで一命はとりとめたが………


「―――頂の腕を切り落とす斬撃………いやはや………本当に君達なんなんだい?」


 腕からあふれ出す出血を気にした様子さえなく、東条は残された御伽を構え、彼女たち二人の動きに細心の注意を払いながら声をかけた。

 下手に回復をしようとすればその場でこの戦いは終わる。それくらいわかっている。だからこそ、彼は刃を構えるだけで攻撃も防御も、そして回復もできない状況に追い込まれていた。


「何なのかなんて関係ないわ」

「そうですね」


 二人は視線を合わせずとも同じことを考えている。

 彼女たちの中にある答えはただ一つ。決して曲がらない信念を宿した瞳がそれを物語っていた。


「――――愚問だったね。忘れてほしい。今はこの最高の時間を一秒でも楽しもうか」


 片腕になろうと未だに余裕を崩さない東条。しかし、それは二人も同じ。

 それどころか、石島はなぜか先ほどより自身の中からあふれ出す尋常ではない力に、東条のように高揚している自分がいることに気が付いていた。


「榊ちゃん、少しギア上げるわよ」


「お付き合いします」


 片腕の剣士に対し、こちらは2人。それも異常なまでの連携を体得した超一流の剣士。

 だからこそ、東条はこの場においてついに全力を出す決意を決めた。

 運命に飲み込まれることも、もうどうでもいい。ただ今はこの甘美な時間に酔いしれていたい。その欲求が全てを凌駕したのだ。


「玖の剣―――常断ち」


 繰り出される斬撃は想像を遥かに超えるものであり、今まで対峙してきた剣士が放った斬撃とは思えない程に強力だった。

 ただでさえ強力無比な力を有しているはずの東条だが、その東条からしてもこの斬撃は異常の一言に尽きた。


 終の剣程でないにしろ、東条の有する11の斬撃の中で、間違いなく上位に位置するものだ。


 榊はその斬撃を受け止めることを諦め、早々に回避に動いた。

 それなのに、石島はその場で小さな笑みを浮かべると、腰だめに軍刀を持っていき、それに左手をそっと添える様な構えを取った。


「何がなんだか分からないのだけど―――」


 逃げ遅れたわけではない。そう悟った榊は石島に何か考えがあると想像したのか祈るような視線を向けたのちに、東条に向かって走り出した。

 対峙する東条もまさかあの斬撃に対し、正面から向かうとは思ってもいなかったのか、驚きに表情を歪めた。


「今は“同じ剣士”に負ける気がしないの―――我流【鸚鵡返し】」


 こんな技は石島は知らなかった。それでも何故かできる気が……正確に言えば体がこの技を知っていたのだ。

 迫りくる超常の一撃。それがそっくりそのまま東条に向かって方向を変えたかのように突き進んで行く。


 石島がしたことは簡単で、受け流しただけに過ぎない。それが、巨大な山であろうと一刀のもとに斬り伏せる程の力を持つ斬撃だっただけのことだ。


「―――まさか」


 返された斬系を見て、ようやく東条は“それ”に気が付いた。

 かつて見た最強の剣士と同じ技。その剣士に憧れ剣術の鍛錬を始めた幼いころの自分。

 全てがフラッシュバックしていく中、東条はまた一つ、奇怪な現象に見舞われていた。

 おかしいのだ。いるはずがないのだ。自身が剣術を、剣の道を歩み始めたのは今から数千年以上前。その時にいた最強の剣士が、この時代に存在しているはずがないのだ。


 それなのに、東条はそれに出会っていた。そして共に旅をしていた。


(橘君……君はいったい……)


 斬撃に飲み込まれる寸前、東条の脳裏によみがえったのは無二の友とかってに決めつけて旅に同行した男の事。


 かつて見た最強の剣士と同じ顔を持つ青年のことだった。


 石島の放った斬撃が、繰り出したその一撃が東条の遥か過去の記憶を想起させ、1つの不可思議に結び付けたのだ。


 それ故に———


「———終の剣……頂」


 東条はその一撃を繰り出す事への躊躇いを捨て去った。



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