第337話 愚か者だよ

 抜き放たれた刃は閃光のごとき速度を持って、両足を地面から離した東条に向かい突き進んでいく。

 さすがの東条であろうと、空中でこれだけの一撃をいなしきることはできないと判断し、身を強引によじり、彼女の刃に自身の刃を押し当てることで軌道を逸らしながら、刃の威力をそいでいく。

 だが、そんな事をしていれば榊の追撃があるであろうことも東条には理解できていた。

 だからこそ、御伽を空中で振るい、一つの伝承にある空間を膨張させる力を行使した。


 その場から一足飛びで東条の元に斬りかかったはずの榊は、刃を振り抜こうとした瞬間に、東条と自身の距離が一瞬にして大きく開かれたことを悟った。

 この現象の原理を考えるよりも早く、この事実の対処に脳細胞を総動員させた彼女が出した答えは、至極簡単な物だった。


「瞬転足」


 ―――ただ愚直に走る。走って、近寄って、そして斬る。これほどまでに単純な、シンプルな思考を実際に行動に移してくるとは思わなかった東条は、空中で石島の一撃をいなすために回転してしまった体を再び強引に止め、榊の放つ居合を両の刃で正面から受けてしまった。


 はじき出されるように吹き飛ばされ、遺跡の壁にぶつかった東条の周囲に砂煙が巻き上がるが、今の一撃程度でどうにかなるような相手では無い事は百も承知の二人は警戒を一切解かず、東条の次の行動に細心の注意を向けながら構えを取っていた。


「石島さん、今のは榊流の朱火でしょうか」


「偶然って怖いわね。修業時代に私が考えた名前も同じ名前よ。それに、私の技と同じ動きだなんてね……いや私の動きが榊流?と同じなのかしら」


「……偶然とはいささか考えにくいのですが……」


「偶然なんてそんな物なんじゃないかしら」


「……榊流の歴代最高と呼ばれていた当主の名前が石島麗奈なのも、何も関係ないのでしょうか」


「……それはなんだか少しだけ不気味ね……でもまあ」


「えぇ、そうですね……」


 二人の話しが終わったのを見計らったかのように、自身がぶつかって崩れ落ちてきた瓦礫に腰かけながらニコニコしていた東条が立ち上がった。


「おしゃべりはもう終わりかな?」


「待っててくれるなんて随分と優しいのね」


「そうでもないさ。結局僕は君たちを命に代えても倒さないといけないんだしね。そこは何も変わりはしないよ。だけど、その前に少し興味深い話が聞けて良かったって思ってさ」


「そうね。私もまだこの話を続けたいし、サクッと倒されてくれないかしら」


「あはは、それは無理な相談だね。それと、そろそろ僕も本気で行くけど、君達も準備はいいかな?」


 その問いかけに、石島と榊は頷き、一層緊張感を高める。だが、石島には視認できない速度で、榊にも認識は出来ても反応は出来ない程の速さを持って東条が二人の丁度真ん中に割り込んできた。


「漆の剣:紅牡丹べにぼたん


 まるで牡丹の花が開くように、幾重にも折り重なり展開された斬撃の花弁。それがまるでミキサーのように二人に襲い掛かる。それを榊は二刀目の刃を抜き放ち、何とか防ぐことに成功したが、石島はバックステップで回避を試みるも、太ももを微かに切られ、そこから出血してしまっていた。


「今ので細切れにならないなんて凄いじゃな―――」


「閃剣」

「滅剣」


 二人の寸分たがわぬ動きから繰り出される攻撃を辛うじて受け切った東条は、地面を滑りながらも、今自身の身に起こった不可思議な現象に首をかしげていた。


 東条は今本気になっている。それはかつて鈴木と対峙した時よりも遥かに。故に全ての斬撃は自身に届くことがないはずだが、それでも二人の斬撃は確実に自身に死の危険を与える存在として認識されている。

 そのことが東条はイマイチ理解できなかった。

 今までに一度としてこのようなことがなかったからだ。剣の王であろうと、剣を極めた者であろうとこの体に刃を届かせることはなかったにも関わらず、目の前の二人はそれを容易に踏み越えていく。

 どういう理屈でそれが行われているのか理解できないが、唯一わかることは……この二人とは“対等の剣士”として戦うことができるという、かつてない程の高揚感だった。


「最高だ君達……この僕に斬撃を届かせるなんてね。遥か上空の頂に向かって階段を上り続けた愚か者だよ。だけど僕はそんな愚か者がとても好きだ」


 視線をあげた東条が見たのは、殺気を込めた瞳を東条に向けながら、引き絞った総身をばねのように使って渾身の一撃を繰り出そうとする石島の姿だった。


 ―――どうして君が。巫女服の子ではなく、君がそこに。その疑問の答えが出るよりも早く、石島は刃を振り抜き、ギリギリ刀を滑り込ませることに成功した東条を薙ぎ払うようにして吹き飛ばした。


「あなた。恋ってしたことあるかしら。女の子ってね、好きな人の為ならなんだってできる、世界で一番強い生き物なのよ」






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