第179話 土遁:岩隆槍

眞金千切り、その効果は絶大なもので、付けた傷を回復できなくするという物。

単純だが、それゆえに強力な攻撃手段ともいえる。

それに“治癒”ではなく“回復”不可であり、自然回復もこれの範疇に含まれる。


ただし、使用者が任意で解除すれば怪我は回復するし、効果範囲の外に出れば傷は回復する。また、使用者が気絶した場合でも怪我は回復していく。


故に、一太刀浴びせ、南のような瞬間移動系のスキルで逃げるだけで相手を殺せるという物でもない。


『不愉快だ』


分厚い鱗があるはずの場所を切り裂かれ、表情を歪めた堕神だが、ダメージは殆ど無に等しかった。

それでも堕神のプライドを傷つけることはできたようで、堕神はその剛腕を振り抜いた。


当たってもいない攻撃の風圧に吹き飛ばされた橘だったが、空中に結界を作り、なんとか勢いを殺すことに成功した。

そのまま堕神の遥か上空から堕神の弱点を探すが、一向に見つからず、唯一の有効打はアサシンエッジだけだと思われた。


そうしている合間にも、フォースガドムの、こちら側に残っていた兵たちが次々と蹂躙されていく。

あの巨体からは考えられない速さの動きに、生半可な魔法では傷さえつかない強固な鱗、そして何より、圧倒的な破壊力を生み出すそのかいなが、次々と兵士たちを粉々にしていく。


橘は気休め程度にしか効果を発揮しないことが分かっている気配遮断ではなく、その下位スキル気配隠匿よりもさらに下の“気配操作”を使った。

気配遮断は気配を完全に断ち、気配隠匿は気配を隠す。

しかし、気配操作は気配に強弱を与えるだけの物。


だが、だからこそこの場においてその選択は値千金のものとなった。


(俺がいるのが分かっているのに気配を断っても意味がない、であれば、気配を操作し、馴染ませ、溶け込む、これが最も有効なはずだ)


死屍累々のこの場だからこそ、息も絶え絶えの人間もいるからこそ、その中で気配を断つのではなく、気配を馴染ませることを選択した橘は、堕神に全く悟られないまま罠を設置し、そして再び堕神の足を切り裂いた。


『くッ・・・そこにいたか人間よ』


そう言い巨大な尾を打ちおろしてくる堕神に対し、橘は魔糸の弾性を使った高速移動で何とかそれを回避した。


虫刺され程度のダメージであることは予想している橘だが、次の攻撃はそうはいかないという自信も僅かにあった。


「火演火劇」


五体の分身から放たれる小さな火種が堕神の体を包み込む。

小さな火種でしかなかったそれは、堕神の体に燃え移った途端に、一瞬にして15メートルを超える堕神の巨体を、いともたやすく飲み込む炎となった。


『効かぬわッ!!!』


しかし、たった一撃で人が立っていることも困難なほどの地震を引き起こす拳を振るえば、火演火劇の炎は一瞬にして掻き消されてしまった。

だが、それこそが橘の狙いでもあった。


「沼結界」


足元が突如ぬかるんだ事で、足を取られた堕神は反対側の足を踏ん張り、何とか態勢を保とうとしたが、その足を付いた場所自体が、忽然と姿を消したのだ。

気配を悟られる事が無くなった橘の仕掛けが、堕神という超常の存在を翻弄する。

腐敗毒によって腐り、穴が穿たれた場所に、穴が塞がる大きさの結界を展開していたのだ。

そして、それをタイミングを合わせて解除するだけで、いとも容易く態勢を崩した堕神は、そのままゆっくりと地面に倒れていく。


「土遁:岩隆槍」


針を放った箇所から突然せり出した直径一メートルを超える太さの巨大な槍が5本、堕神の倒れる方向からせり出す。


5本の内2本は鱗に当たってしまい粉々に砕けたが、残りの3本は予想通り鱗の無い関節部分をしっかりと穿っていた。

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