第176話 では、手始めに指だ

その頃、たった一人世界の壁を超えた橘は、周囲を埋め尽くす兵の側面を走っていた。

彼らが進む方向とは逆方向に走る橘の姿を誰も認識できず、察知することもできない。


「遠いか、仕方ない」


橘は少し離れたところに移動し、足元に結界を展開、魔糸を遠くの木に括り付けた。


「はっ!」


パチンコのように魔糸の弾性を利用し吹き飛んだ橘は、通常では考えられないような速さで空中を飛び、一直線に目的の城の城壁を見据えた。


「結界」


再び結界を展開し、打ち出された結界から飛び降りた橘は今しがた展開した結界に飛び乗った。


「相当な時短ができたな、さて、さっさと殺しに行くか」


外套を羽織り、姿を隠したままの橘はやすやすと正面から城に侵入することに成功した。

フォースガドムの重鎮は突然の宣戦布告で橘達人間勢が慌てふためき、今頃自軍に蹂躙されていると勘違いしているようだ。


なぜなら、橘が後から来た斥候や伝言役を片っ端から殺したからだ。

だからこそ、城内に情報は流れず、重鎮たちは勝利を疑わなかった。


殆どの兵隊を一気に送り込んだことも敗因の一つだ。

それなりの兵隊を手元に残しておけば橘にここまで易々と侵入を許したりはしていなかっただろう。


「我等の勝利と、この地に接合部が出来た幸運に!」

「「「「乾杯」」」」


一層煌びやかな法衣を纏うフォースガドム王と4人の重鎮と思われる人物は既に酒を飲み始めており、その傍らには首輪で繋がれた女たちが娼婦のような恰好をさせられていた。

しかしそんな戦勝ムードの漂う中、グラスに口を付けた重鎮が1人、また1人と倒れていき、そのあまりの異様さにフォースガドム王は手に持っていたグラスを滑らせ、地面に赤い液体をぶちまけた。


「な、何が・・・何が起こっておるんじゃ!」


慌てふためくフォースガドム王に、縋りつくようにして死んだ最後の重鎮。

その現場の異常さから、繋がれた女どもは何も話すことが出来ず、王は1人騒ぎ立てることしかできない。


「だ、誰か!誰かいないのか!」


既に使用人や、警備の者たちは橘によって殺されるか眠らされている。

この場に助けが来ることはなく、さらに言えば、この部屋自体が消音の結界の中にあるので、声が外に伝わることさえない。


「仕掛ける気満々で、ロクに準備もさせず戦争を吹っかけてきたんだ、俺も同じことをさせてもらったが・・・文句はないな」


そう言ってフォースガドム王の背後に突然現れた橘。

手には錆姫が握られており、その錆姫は今、フォースガドム王の首につきつけられていた。


「ひぃ!?き、貴様は!?」


「橘だ、戦争をしようと言われたのでな、来てやったぞ」


そう言い、錆姫を僅かに首にめり込ませる。


トクトクと血があふれ出し、その痛みに身をよじるフォースガドム王。


「色々聞きたいことがある、まず、誰の指示でこんなことをしたんだ?」


「し、知らぬっ!儂は何も知らぬッ!」


「では、手始めに指だ」


ぽとっと、パーティールームの絨毯が赤い染みに赤い染みを作りながら、指が一本落ちた。

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