終幕 ―エピローグ―

その後のとある、平穏で騒がしい1日


 晴れやかな空。荒れ野を走る馬車、その手綱を握る行商人は今日も今日とてうんざりと、溜め息と共に小言を漏らす。


「……あのね、お客さん。おじさんはね、なんか勘違いされてるみたいだけどね、別に運び屋じゃなくてね。今回はもうしょうがないけど……」


 その言葉を運ばれている客は聞こうとしない。

 やたら豪華な品のない服に、でっぷりと太った男は、愚痴に文句を返した。


「それは僕の台詞だ。こんな薄汚い馬車……二度と乗らない。僕は貴族だぞ!」

「ああ、はいはい……」


 うんざりした行商人を無視して、太った男はまくし立てる。


「ふん。僕は今に富を手に入れるんだ!もう名誉は飽きたからな!このゲオルグ・フォン・ヴォルゼンブルグが交易の拠点の復興のドサクサにまぎれて大財を…………ひい!?」

 

 突然、ゲオルグはそう目を向いて悲鳴を上げた。

 同じタイミングで、行商人も馬車を止め、目を見開く。


 突然、だ。

 突然、目の前に魔物が振ってきたのだ。


 雄雄しく巨大な翼。鷲の頭は鋭く行商人を睨み、獣の四肢は馬車の行く手を阻む様に抉り取る。

 グリフォン………突如現れたそれに戦々恐々、悲鳴を上げる事も出来ない行商人の眼前で、不意に、ひょこりと人影が顔を覗かせた。


 グリフォンの背に、子供が居る。いや、正確に言うと子供達、だろうか。

 小さな女の子と、その胸に抱きかかえられる、これまた小さな、グリフォン。

 どこかぼんやりとした目を、小さな女の子は行商人に向け、いきなり訪ねてきた。


「………ラフートってどっち?」

「え?あ、あっち、だけど………え?」


 状況を理解できないままに、とりあえずラフートの方向を指差した行商人。

 そんな行商人の前で、小さな女の子はぺんぺんと軽くグリフォンの頭を叩く。


「……そっか。あっちだって。行こ?あ、ありがとう、ございます」


 ピィ、と応えたのは子グリフォン。

 若干不満そうな様子ながら特に暴れる事もなく、すぐさま飛び去って行ったのは、大きなグリフォン。


 そうして、突如現れた一人と二匹は、風を周囲に散らしながらラフートの方向へと飛び去って行った。

 

 しばらく、呆気に取られたように飛び去っていくその姿を眺めた末に、やがて、行商人は呟いた。


「……あの子も、友達だったりするのかな」


 特に確信があるわけでもなくそう呟いて、それから、行商人は引き攣って固まっている、今日の荷物へと振り返る。


「で、貴族さん。……ラフート行きます?」

「行くわけないだろ!?あんな化け物が行く場所…………」


 行商人の旅路は、結局今日も騒がしかった。


 *


 ラフートを囲う防壁。その門の隅に、短髪の女性は立ち、ぼんやりと空を見上げていた。

 吸血鬼が退治されてから一週間ほど。街にも徐々に人が戻り始め、この機に悪さを死に来る者が現れないよう、門には軽めの検問がしかれている。

 そこで働く兵士達を横目に、ウェインはまた空を見上げて、呟く。


「……まさか、本当に門番をやらされるとは。いえ、別に良いんですけど………」


 ウェインは、門番をやっていた。正確に言うと門番ではなく、検問の用心棒、みたいなものなのだが………どっちにしろあまり変わりはない。


 紆余曲折あり……というかなんだかんだ責任感が強いのだろうキルケーは、なぜだかいつの間にか街の復興を取り仕切っていてそんなキルケーにウェインは言ったのだ。

 何か手伝えないか、と。

 そしてその返答は。

『貴方の仕事は前にお伝えしたはずですが?』


 そしてウェインは門番をやっている。

 門番をやっているが、仕事は特にない。暴れようと言う者も別にいないのだ。結局、これまで騒ぎが起きておらず、日がな一日空を見上げているばかりである。


 だが、その日は珍しく………騒ぎがあった。

 周囲がにわかに騒ぎ出す。見上げているのは、空の一角………そこをラフートへ飛来する巨影。


 降り立ったグリフォンに、周囲では恐れと驚きが入り混じったような騒ぎが起こり出し……そんな人ごみを掻き分けて、ウェインはグリフォンの前に出た。


 やっと仕事だ。まさかグリフォンとは思わなかったが、とりあえず暴れるようなら時間稼ぎを………。


 そんな事を考えながら、ウェインは剣の柄に手を伸ばし、けれどそれを引き抜くことなく、首を傾げた。


「グリフォン?……女の子?と、……グリフォンの子供」


 グリフォンの背中に子供が二人乗っている。

 小さな女の子は、大きな目をまっすぐウェインに向け、いきなり、こう首を傾げた。


「………ラフート?」

「はい、そうですが………」


 応えながら、ウェインの視線は小さな女の子が抱きかかえている、これまた小さなグリフォンに向く。

 子グリフォンは、ウェインを睨むように見ている。正確に言うと、その胸を。

 やがて、子グリフォンはピィ、という鳴き声と共に首を横に振った。


(……なんだか、今、凄い失礼な目にあった気がするんですが………)


 そんな事を考えたウェインへと、小さな女の子はまた問いを投げてくる。


「アイシャとタ……じゃなくて、ヨイトラ。と、ネロ、いる?」

「え?……ええ。……宵虎さん達のお知り合い、ですか?」

「……うん。遊びに来た」


 小さな女の子は、大きく表情は変えないまでも、大きな目を輝かせて、そう笑った。


 *



 講堂の一室。吸血鬼の手に落ちていたころは、街に残った人々が集った拠点であったその場所は、今そのまま、復興の拠点にもなっている。

 その、執務室の一つは、アレから毎日、来客で騒がしい。


「隊長!例の兼……」

「すすんでます」

「復興大臣!城の清掃が……」

「手配してあります」

「暫定復興本部長!我が家の金庫が破られてて……」

「本件は現在調査中です」


 愛想なくその都度指示を出し続け、やがて人が訪れなくなったころに……執務室の椅子に座るキルケーは、溜め息と共にこう呟いた。


「……なぜですか」

「何がかにゃ?」


 応えたのは、ネロだ。人の姿に化け、その胸に書類を抱えている。秘書のような仕事をしてくれている………のは、キルケーとしてもありがたいのだが、そもそもの問題は、秘書が必要になっている今の現状だ。


「なぜ、みんな私に指示を求めるんですか?」


 そう。なぜだか、キルケーは復興の取りまとめ役、みたいな立場になっていた。

 明確な肩がきがないため呼ばれ方に統一感がないが、まあ、やる事は同じだ。

 出て行った市政の人間がまだ戻らず、戻ってきてもやはりなぜかキルケーに指示を求めに来る。


 そもそも、吸血鬼の手に落ちていた時点から色々と手を回したせいで、知らずにボスのようなモノに祀り上げられてしまっている。リコラ当たりがやれば良いのに、さすがはアイシャのギルドの長。まあ、当然の様に投げてくる。


 そんなこんなで、キルケーの毎日はかなり忙しかった。

 問題を聞き、人を手配し、割り振りを決め………復興とはそう言うモノだろうが、まあ皆キルケーを頼ってくる。

 メナリアの時はちゃんと勝手に周りがやってくれてたのに、とうんざりしつつも、頼まれたものを投げ出しきれず。


 建物の修復。人の配置。城の清掃。犯罪の抑止。

 ………火事場泥棒の犯人探し。


 まあ、火事場泥棒に関しては、おそらくもう、この街にはいないだろう。別れの挨拶すらなく、ある日気付いたらいなくなっていた、あるいはまだ潜んでいるのかもしれないが……とにかく、躍起になって探し出す気も無い。

 そもそも、取り決め、というか口約束もある。


 働いても貰った。ラフートの為でもあったはず。だから、その辺のちょっとした悪事は、見逃しても別に構わない。


 と、色々考えをめぐらせるキルケーに、ネロは暢気に言った。


「めんどくさがりなのに仕切りやだからにゃ。まあ、良い様に扱われてるだけかもにゃ~」

「…………言うようになりましたね、ネロ」

「あたし元からこんな感じだにゃ」

「そうでしたか?なんせ、道草が多すぎて予想以上に長く会わなかったもので」

「……どんだけ根に持ってるんだにゃ」


 呆れた目で、ネロは肩を落とす。

 キルケーはそんなネロを眺めてから、不意にこう尋ねた。


「………良いんですか、ネロ。貴方もここにいて」


 わかりづらい言葉だ。が、かなり察しの良い使い魔は、すぐさまキルケーの問いの意味を理解したらしい。


「………暫く、通訳は要らないらしいにゃ。負けてもらったから覚えなきゃいけないんだそうだにゃ~」


 宵虎とアイシャの話だ。二人のところにい無くて良いのか、と言う話。

 と、そこでネロは、僅かに肩を竦めた。


「ていうか、普通に邪魔しちゃ悪いしにゃ」

「………いちゃいちゃしてるんですね」

「そう言う事だにゃ」


 ネロが頷いた途端……突然、キルケーは無力感に苛まれて机に突っ伏した。


「……………マスター?」

「働きたくなくなりました。……なぜ私は働いているんでしょうか?ここの住人が居ちゃイチャしているのを尻目に………」

「マスターは、なんだかんだ人が良すぎるにゃ……」


 と、そんな事を言っている間に不意に執務室の戸が開いた。

 入って来たのは、“放浪人の宿ロス・ルート・ハウス”のギルドマスター、リコラだ。


「やべえぜ、お嬢ちゃん。実は街にまた魔物が……どうしたよ、倒れて」


 呆れた視線を向けるリコラを睨みながら、キルケーは言う。


「リコラ。……私にイケメンを紹介しなさい」

「それなら目の前にナイスミドルが……」

「そう言うの良いんで」

「……可愛げねえな。さすが、アイシャの友達………」


 呆れているのか、感心しているのか。そんな呟きを漏らすリコラを睨みながら、溜め息一つ、キルケーは起き上がった。


「はあ………。それで?魔物がなんですか?」


 *


「でね。長老、毎日遊んでくれてたらね、途中から腰が痛いしか言わなくなった」

「それはまた……大分無理をされたんでしょうね」

「だから、面白くないから遊びに来た」

「それは……まあ。平和になってから付いてよかったです」


 グリフォンの背に乗り、子グリフォンを胸に抱きかかえて………ヒルデは、ウェインと話しながら案内されて、宵虎とアイシャの元へと歩んで行った。


 ヒルデは、自分で、付いていかない事に決めた。

 だから、これはただ、ちょっと遊びに来ただけだ。保護者に乗っているし、長老も「腰が……」といいながら頷いていた。

 

 ちょっと前まで、ラフートは大変だったらしい。もうちょっと早く着たら力になれたかもしれないが、それでも、ヒルデは、まだ子供だ。危ない目にあう、と周りに心配をかけるだけだったかもしれない。


 ヒルデは、子供だ。その割にいやだからこそ、良く周りの人の事を見ている。


 やがて、ウェインは一軒の家を前に立ち止まる。


「ここです。アイシャさん達の家」

「……同じところに住んでるの?」

「はい」

「ふ~ん」


 宵虎とアイシャは仲良くやっているようだ。

 子供は特に深く考えず、グリフォンから降りて、その家の玄関へと歩み寄り、コンコン、ピィとノックをする。


 だが、家の中からは物音はしなかった。

「……いない?」

「出かけているんでしょうか?」


 そう、ヒルデとウェインが首を傾げたところで、不意に背後から騒がしい声が聞こえてきた。


「にゃ、グリフォン?………ヒルデ!……どうしたにゃ?」


 振向いた先に居たのは、ローブを来た小柄な女性と、見慣れた喋る黒猫。


「ネロ。……ひさしぶり」

「だにゃ~。それで?なんで居るんだにゃ?」

「腰が痛いって」

「あ~………年には勝てないんだろうにゃ~」


 そんな風に会話を始めるヒルデ達を脇に、キルケーは、道端で蹲っている巨大なグリフォンとにらみ合っていた。


「…………」

「…………」


 一体なにをしているのか……もなにも、単純にお互いに珍しく眺めているだけだろう。

 そんな事をぼんやり考えたヒルデへと、不意にキルケーが尋ねてくる。


「……このけだものを連れ込んだのは貴方ですか?」

「うん。保護者同伴」

「保護者………」


 どう応えて良いかわからない、そんな風情で、キルケーはまたグリフォンを眺めだす。

 それを横目に、ヒルデはネロへと尋ねた。


「ネロ。……宵虎とアイシャは?」

「にゃ?居ないのかにゃ~。……買い物とか?」

「デートでしょうか?」

 ウェインはそう言って、ネロは曖昧に頷く。

「かもにゃ。まあ、どっちにしろ、あたしも居場所知らないにゃ」

「そっか……」


 残念、とヒルデが呟いたところで、口を開いたのはキルケーだ。


「これは、グリフォンでしょう?空から探せば良いのでわああああああ!?」


 悲鳴を上げて、キルケーは放り上げられる。キルケーが提案した直後に、グリフォンがキルケーを咥えて、背中に乗せたのだ。そして、軽く吼える。


「良い考えだ、って。言ってる」

 特に驚いた様子もなく普通にそう言ったヒルデを横に、ウェインはもろもろに呆れた末に、とりあえず言った。


「キルケーさん。悲鳴、上げるんですね」

「まずそこに驚くんだにゃ……」

「いえ、だって、もう……そこら中が奔放すぎて………どこから拾えば良いのか」

「その感じ、凄いわかるにゃ~」


 妙に暢気に呟くウェインとネロ。

 その横で、ヒルデはグリフォンへと近付き、言った。


「さっきの。私にも」


 次の瞬間、ヒルデは楽しそうに放り上げられ、グリフォンの背中で身を起こしかけていたキルケーの上に落下した。


 その後、グリフォンの視線がウェインを捉える。


「いえ。遠慮しておきます」


 嫌な予感に即座にそういったウェインへと、グリフォンは歩み寄ってくる。


「あの……ですから、遠慮を!?」


 放り上げられるウェインを、ネロは遠い目で、自分の末路を察しながら眺める。


「………やっぱり、味方の行動の方が怖いにゃああああああ!」


 街の一角は騒がしかった。


 *


 空、グリフォンの背の上もまた、騒がしい。


「なんですか、子グリフォン。何処を見て……わ、ちょっと!?」


 子グリフォンに服の中にもぐりこまれ、色をなすキルケーの後ろで、ウェインは青ざめた顔で冷や汗を流している。


「あ、あの………実は私、高所恐怖症でして」

「上がり症だけじゃなかったのかにゃ……」


 ネロはそう、呆れたように呟き。

 そんな騒がしさを背後に、ヒルデは街の人々を空から見下ろした。


 グリフォンが珍しいのだろう。復興中の人々は足を止め、グリフォンを指差し、何か言っている。

 また騒ぎになりそうだけど、まあ別にそれはそれで面白いかもしれない。

 そんな事を考えながら、空から見上げる外の世界に目を丸め………やがて、ヒルデは見つけた。


 見覚えのある二人が歩いている。

 和装の大男と、金髪の少女。


 前見送った時は、宵虎の背中にアイシャが飛び乗っていた。

 けれど、今は、そうやって過度にべたついているわけでも無い。

 肩を並べて普通に歩いている。何かを話しているらしい………アイシャが何かを言って、それをまねるように、宵虎が呟く。

 買い物をしながら、言葉を教わっているのかもしれない。


「……前より、仲良さそう」


 どこか嬉しそうに呟いたヒルデに、ネロは特に何も言わず、ただ頷いた。


 *


 街中は乱れている。割に、活気に満ちている。

 そんな中を宵虎は歩んでいた。隣に居るアイシャが、その辺のものを指差しては何かをいい、その度に、宵虎は音をまねる。


 多分、発音が変なのだろう。たまにアイシャは大きく笑い、そうでなくても大抵は嬉しそうに微笑んで、やがてまた、別の何かを指差す。


 手をとる事もなく、背中に飛び乗られる事もなく。ただ僅かに距離を置いて歩く。表情はころころと変わり、話し続け、宵虎はそれを理解しようとし続ける。


 と、そんな中、宵虎はふと立ちどまり、空を見上げた。

 気配がする………見知った気配が。

 なるほど、居ないと思ってみれば………遅れてやって来たのか。どういう事情か知らないが、まあ、遊びに来たのだろう。太刀をとられないようにしなくては。


 そんな事を考えた宵虎の耳に、アイシャの声が響く。


「ヨイトラ?」


 間違いなく理解できたのは、その単語だけ。ほかにもつらつらと、おそらく「どうしたの?」とかそのあたりだろうが、そんな事をアイシャは言った。


 僅かに首を傾げ、片手を腰にやり、微笑と共に、アイシャは宵虎を見ている。


「……また、友達が来たぞ」


 そう言った宵虎に、アイシャは首を傾げ、今宵虎が口にした言葉をそのまま音としてなぞりながら、空を見上げる。


 そして、アイシャは大きな笑みを浮かべた。

 グリフォンを見たのだろう。ヒルデが来た、と気づいたらしい。


 言葉が通じなくても、ある程度は理解できる。

 だが、ある程度に過ぎない。これまでそれで良しとして来たが、覚えると言ってしまったからには投げ出すわけにも行かないし、また、覚えたいとも思う。


 結局、今の所、間違いなく理解できるのは、『宵虎』と言う自分の名前のみ。

 それも、最近になって呼ばれ始めた。これまでの旅路ではなぜだか呼ばれていなかったのだが………アイシャはアイシャで、何がしか変わったのだろう。


 紆余曲折色々あったが、それもまとめて全て縁。

 空を見上げるアイシャを眺め、その嬉しそうな横顔に笑みを浮かべて、それから、宵虎は振ってくるグリフォン……その背に居る大人数を見上げる。


 ……また、騒がしくなりそうだ。


 訪れた友達の元へ歩みだしたアイシャ。その、ほんの少し後ろを、宵虎はゆっくりと歩んだ。


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