夜と共に訪れるモノ
月光の降り掛かる、講堂の入り口、門。
その傍の壁に、長髪の男は腕を組み背を預け、瞼を閉じていた。
傍らには装飾の施された槍――伸ばすまでもなく手に取ることのできるその位置に、馴染んだ武器は常に置かれている。
宝探しに、悪巧み。悪事をなし、火事場泥棒でも、と吸血鬼によって機能を失った交易の都を訪れ、けれどそれを融通の利かない“魔女”に見咎められ、だが見咎められた割に罰もなく、どころか逆に雇われた。
門番、だそうだ。田舎者の小悪党には、似合いの仕事だろう……そう、オーランドは飄々と笑う。
連れの悪女も、シスターの真似事を求められ、案外忠実にその“頼み”を引き受けている。
無論、支払いがあるからこそだが……結局のところ、オーランドにせよ、アンジェリカにせよ、根本的に、扱われる方が性にあっているのだ。
まあ、あの悪女は別の思惑で動いているのかもしれないが………どうあれ、オーランドには測り切れない。
そもそも、オーランドは測りきれる女に会った事がない。
女運が悪いのか?一人ぐらいおしとやかな奴がいても良いと思うが……まあ、そんな女にはすぐ飽きるだろう。面白みに欠ける。
どうあれ、オーランドは今……駒で良しとしよう。なんせ、それで金が貰える。
支払いがあるなら誠実にこなそう。
門番。講堂を守る。……守るという言葉は嫌いだ。鬱陶しい。
だから、阻むと言い換えよう。
オーランドは瞼を開ける。同時に、傍らの槍を手に取り、壁から背を離し、数歩……夜の中を歩んだ。
講堂の正面には、帳に落ちる月明かりの広場。
歩むオーランドの視線の先―――広場の向こうから、血色の悪い青年が歩み寄ってくる。
月の明かりと同じ、銀色の髪。中性的な相貌に、血の色の瞳。
どうやら、今晩は、楽に白む事はないらしい………そう、うんざりしながら、けれど口元には嘲るような笑みを浮かべ、オーランドは口を開いた。
「これはこれは。ご城主がこんな夜中に何の用かな?」
「昼間、騒がしくてね。……寝付けなくて」
血色の悪い青年……血の色の瞳はさして執着も興味もなさそうに……吸血鬼は、オーランドを眺める。
「思ったより、いろんな人がいるみたいだし。……どうでも良いかと思ってたんだけど、やっぱり、眠れないのは良くないよね」
「同感だ。俺もベットが恋しい」
混ぜ返したオーランドに応えるそぶりもなく、吸血鬼は、不意に自身の腕を口元に運び――思い切り、噛み千切った。
月光の中、赤い血が飛び散る。散った先からそれはぶくぶくと泡立ち、膨れ上がっていく―――。
血で出来た騎士。血で出来た魔物。あるいは、吸血鬼がかつて喰らったモノが再起され創造されているのか―――。
瞬く間に、多くの手勢を周囲にはべらせ――その最中で吸血鬼は嗤った。
「だから………間引いておこうと思って。お兄さんも………ゆっくり眠ると良いよ」
その吸血鬼の言葉と共に、怪物が、騎士が、……血で出来た魔物が、講堂を背にするオーランドへと襲い来る。
吸血鬼に、勝てるかどうか。答えはノーだ。試したいとも思わない。なぜ格上と戦わなければならないのか―――その行動には損しかないだろう。
普段ならそう考える。契約がなければ。
「ブリッツ………」
面倒な性分だ。だが、引き受けてしまった。支払いもされている。
「………ブリッツ」
正義も悪も、興味はない。殉じるのはもっと別の、信頼できる絶対的なモノの価値。
「バニシングエッジ」
言霊と共に、オーランドは槍を振るう。閃光、稲妻を帯びた槍は横薙ぎに、轟音と共に暗がりの広間を、あるいは講堂を轟かせ揺らし、刃圏へと踏み込んでいた何体かの血の色の魔物が、光に飲まれ蒸発する――。
効く事は効く。倒せないことはない。
だが、どうみても………倒す数より増える速度のほうが早い。
つまらなそうにオーランドを眺める吸血鬼。その周囲に、血の色の魔物は膨れ上がり続ける―――。
多勢に無勢。まったく、ここに勝機はありそうもない。
長い夜になりそうだ………オーランドはそう、飄々と嗤って、槍の切っ先を吸血鬼へと向けた。
「雇い主の意向でね。まったく不平等な話だが、怪しい奴には、この中に入る権利はないらしい。……金の分は働かせてもらう」
そう言い放ったオーランドへと………血の色の魔物達は、先を争うように襲い掛かっていった。
*
「にゃあああああ!?」
講堂の中、医務室のベットの上で、黒猫はそんな素っ頓狂な声を上げながら、文字通り飛び起きた。
さっきまですやすやと夢の中にいたのだが、突然、外――講堂の入り口の方から、ドォン!という轟音と震動が響いてきたのだ。
「な、なんの音だにゃ………」
そう呟く間にも、轟音と震動は絶え間なく響いてきている。………戦闘の音だろうか?吸血鬼が攻めてきた?
夜だと言うのに、講堂のそこら中から話し声も響いている。今の音で、皆起きたのだろうか?
色々と考えてみようとしたネロだったが、すぐに、それよりも見に行ってしまった方が早いと思いなおした。
宵虎でも、アイシャでも……とりあえず行動するだろう。
ネロは、視線を医務室の一角……そのベットの上で眠りこける宵虎へと向ける。
数日、寝入ったまま……まだ目覚めそうもない。
「ちょっと見てくるにゃ、だんにゃ」
ネロは宵虎にそう声をかけ、足早に医務室を後にして行った。
医務室に一人、残された宵虎は………未だ、夢の最中にいた。
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