2章

吸血鬼の居場所

 宵虎が傷つき、アイシャが連れ去られ――それから、まる1日程。

 ラフートはずれの講堂………その一角にある、大きなテーブルを椅子が囲む大きな部屋。


 燭台が瞬き、窓から月明かりが差し込むそこに、キルケー、ネロ……そして“放浪人の宿”のギルドマスター、リコラの姿があった。


「ギルドホールにはいなかった」


 リコラはそう言う。

 夜が明けてから、リコラ始め“放浪人の宿”のハンター達は、日が出ている――吸血鬼が比較的弱体化しているだろうその間に、ラフートの中を捜索していたのだ。


 あの銀髪の青年――そしてアイシャが何処にいるのか。居場所がわからなければ、助け出すも何もない。

 そして昼間、町中を探し回った結果が、それだ。

 

「他もあらかた探してみたが……まあ見あたらねえ。勿論、どっかの家の中に隠れてんのかもしんねえが、街の外に行った可能性もあるな」


 銀髪の青年――あの吸血鬼が、アイシャを連れて街の外に出た。その推測に、キルケーは首を横に振った。


「それならば私の結界に掛かるはずです。瞬間移動で潜り抜けられた……とも考えられますが………」


 吸血鬼がこのラフートに現れ、暴れ始めたのは大体1週間前だ。初動で封じ込め、住人を逃がし……逃がしきれなかった住人はこの講堂にかくまい、日々少しずつ、昼を待って逃がし、被害が出ない……と言う訳ではないが、ある程度には抑えた。


 ちゃんと逃げられたかどうか、あるいはまた新たに誰かが踏み込んでいないかの確認用に、ラフートの外壁に、キルケーは結界を張ってあるのだ。

 もっとも、さすがに規模が大きすぎるため、誰が出たか、誰が入ったかがキルケーにわかる様になる………その程度の、いわば監視用のそれだが。


 とにかく、それによれば、キルケーが知る以外でこの街を出入りした者はいない。


「ってことは、やっぱ街の中にいるのか。……行動がいまいちわかんねえんだよな、あの吸血鬼。何でかギルドホールにずっといやがったし。人を襲いたいならここにくりゃ良いのに、たまにあの赤いのは来ても、本人は近付いてこねえ。……何考えてるかわかんねえよ」

「何にも考えていないのでは?計画を立てて行動する必要があるほど、他者を脅威と思わないのでしょう。……とにかく、今はあのうるさいのの居場所です。探っていない場所は?」

「山ほどある。全部家捜ししろってのは、無理な話だ」


 リコラはうんざりと言った様子でそう呟く。

 今、この講堂にいる“放浪人の宿”のハンターは20人ほど。残っている街の兵士合わせても、50人いるかいないか。手分けしたところで、このラフートの家全てをさぐりきるのは難しい。


 どうしたものか……考え込むキルケーの横で、ネロは呟いた。


「だんにゃが起きたら、気配がする~で一発なんだけどにゃ」

「それはそれで問題でしょう。起きた途端、怪我をおして向かいかねません。それに、ただ指を咥えて起きるのを待つ、と言う訳にもいかないでしょう」


 おそらく、アイシャは殺されてはいないだろう。が、どんな目に合わされているかわかった物でも無い。


 アイシャの無事を、そしてその周囲の状況を、できれば確認しておきたい。

 大食らいが目覚めて、何の策もなく突っ込む前に。

 かといって、結局、できる事は少ない。


「建物を総当り……は、さすがに効率が悪すぎますね。優先準備を決めて、居そうな場所を上から探りますか」

「居そうな場所ったってな………」

「吸血鬼の目的は食事でしょう。ギルドホールに留まっていたのは……短絡的に、この街から逃げなかった餌が、住処を取り返しに狩られに来るとでも思っていたとか?事実、アイシャは向かったわけですし」

「そういう罠張る必要あるほど弱かねえだろ。正直、吸血鬼がその気ならここにいる奴は全員食われてる。薬屋さんの結界があったとしてもな。結局、破られたろ?」

「魔術師です。……まあ、破られたのは確かですね。その気になれば、破るのは容易い。のに破っていない。最初の夜の数人で、食事はもう暫くは早急に必要な状態ではなくなった?」

「おお。嫌な事思いついちまった」


 不意に、リコラはそんな事を言った。眉を顰めたキルケーを前に、リコラは肩を竦める。


「保管庫だ。この講堂」

「………いつでも取りに来れる食料が、勝手に留まってる場所、ですか……」


 符合した。出て行けるのにこの街を出て行かない理由………すぐ傍に餌場があるから。

 更に、そういう仮定をすると、別の危機も見えてくる。


 もし、アイシャが吸血鬼になり。もし、その過程でこれまでのアイシャと別人になり。目覚めてすぐ、おなかをすかせていたら………。

 嫌な想像を、キルケーはすぐに打ち切った。


「とにかく、今のあの吸血鬼の目的は、食事ではない。友達になりそうと、その言葉を信じるなら、アイシャの目覚めを待つことでしょう」

「どこでだ?」

「普通に考えるなら、安全な場所では?」

「あいつに安全もクソもあるのか?……ってのは置いといて。この街で一番安全そうな場所は、まあ城だな。守り易い。攻められ難い」


 リコラがそういったところで、問いを投げたのはネロだ。


「お城、かにゃ?今居るこの建物が一番安全なんじゃないのかにゃ?」

「ここは二番目だな。城だと立てこもるのは良いが、逃がすのも逃げるのも難儀すぎてな。街のど真ん中だし。何より………」

「吸血鬼が住んでみるとか言っていたので、避けたんですよ。………思い返すと、あの吸血鬼、他の建物より少しばかり、あの城には愛着を持っていました」

「城に居る可能性、高そうだな」

「先に調べてみる価値はあるでしょうね」


 リコラとキルケーはそう呟き、そこで、ネロが威勢良く声を上げた。


「あたしが見てくるにゃ!……あたしも、たまには使い魔っぽい事したいにゃ」

「ですが………」

「ほら~あたし~スリムだし~。あの吸血鬼が入れなそうな通路こそこそすれば逃げ切れるにゃ。あたしはだんにゃとアイシャと違うから、ちゃんと見取り図見てちゃんと考えて忍び込むにゃ」

「…………」


 迷うように視線を逸らすキルケーをまっすぐ見て、ネロは言う。


「マスター?これまで大体、ぶつくさ言って任せれば何とかなったけど……だんにゃが寝込んでて、アイシャがいないんなら……今こそ真打登場の時間にゃ!……あたしも、なんかしたいんだにゃ。……あたしに出来る事をにゃ」


 いつものように少しふざけたような調子で、けれど真摯に言ったネロを、キルケーはしばし見つめて……それから、頷く。


「………一人で行かせるわけにはいきません。なら、私も……」

「駄目にゃ。マスターはマスターじゃなきゃ出来ないことするにゃ。結界とか、ここにも張ってるんなら、マスターは動いちゃ駄目だにゃ」


 どこか諭すように言ったネロに、リコラも同調する。


「その喋る猫の言うとおりだな。ここは俺が若い衆連れて………」

「それもいらないにゃ。助っ人はもう決めてるにゃ。取って置きの人材がいるにゃ。………ぜんぜん信用できないんだけど、でも出来ることだけ考えたら……こそこそ界隈で反則な人がいるにゃ。ぜんぜん信用できないんだけどにゃ?」


 だんだん歯切れが悪くなっていくネロを前に、キルケーとリコラは目を合わせる。

 そんな二人を前に、やがて、意を決したように、ネロはこう言い放った。


「……と言うわけでにゃ、マスター。お金が欲しいにゃ」


 *


「そんなこんなで、お願いするにゃ。こちら報酬になりますにゃ」


 教会を改修した医務室。その片隅で暇そうにしていたアンジェリカに、ネロはお金の入った布袋を差し出した。

 それを受け取ったアンジェリカは、布袋の中を確認した後、あっさりと頷く。


「良いわよ」

「ふっふっふ、そういうと思って実はここに倍額………にゃ?今、良いって言ったかにゃ?」

「言ってないわ。倍額ちょうだい?」


 しれっと言い放ったアンジェリカに、ネロは白い目を向けた。


「………これは、成功報酬にゃ。あたしが無事に帰ったらマスターからお支払いされるにゃ」

「あらあら……取引が出来るのね。偉いわ~猫ちゃん」


 そんな言葉と共に、アンジェリカはネロの頭を撫でた。

 が、撫でられた当のネロは……自分から頼んでおきながらも、思い切り疑うような視線をアンジェリカに向ける。


 幻覚を見せられる。姿を消せる……本人もそこそこ強い。と、アンジェリカは、正に偵察やらそういう後ろ暗い事のためだけにあるような技術の持ち主ではあるが、だからこそ、前やっていた事も含めて信用できない。頼んでおいてなんだが。


 まして、こんなに協力的になられては………


「……何企んでるんだにゃ」

「アイシャの事が私も心配で心配で………」

「嘘だにゃ。本音を言わないと報酬が減るにゃ」


 そう言ったネロを、アンジェリカは笑みと共に眺めて……やがてネロの耳をつまみあげて、そっと耳打ちする。


「お城に入るんでしょう?堂々と見取り図を見て、堂々と下見をして良いんでしょう?お城といえば、きっと金庫があるでしょう?お宝があるかもしれないじゃない。後で盗む時、困らずに済むわ……」

「……悪事をばらされた方が信用できるって、どういうことなのかにゃ?」

「同じ穴の狢ってことよ?」

「一緒にしないで欲しいにゃ」


 白い目と共にそういったネロから身を離し、アンジェリカは医務室の入り口……そこに口をへの字にして立ち尽くすキルケーへと視線を向ける。


「と、言う訳だから、私も同行するわ。アイシャの居所を探る。猫ちゃんを無事帰す。条件はそれだけね?」

「日が昇ると共に向かい、日暮れ前に戻ってくる事も条件です。もし、ネロが戻ってこなかった場合は………」

「どうなるのかしら?」

「………お連れのロン毛が情けない感じになります」

「ぜひ、そうしてあげて。彼も喜ぶわ」


 一切動じる気配なくそう言い放ったアンジェリカを見上げ、ネロは呟いた。


「………なんだかにゃ。もう、人選ミスな気がしてきたにゃ……」


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