不本意な再会、長話に夜は更けて

 ラフートの外れ辺り………中心にある城ほどではないが、それなりの広さがある講堂、議会場。

 そこが、ラフートに留まった人……馬車がたりず逃げ遅れた市民、逃げる気にならなかったハンターや兵士、そして後から訪れた数人が身を寄せている場所だった。


 キルケー達に連れられそこにたどり着いた黒猫――ネロは………その中に踏み込む前に、知った顔を見つけて顔を顰めた。

 長髪の男だ。どこか飄々とした雰囲気で、派手な衣装の槍を背に、講堂の門の横に立っている。

 見間違えるわけも無い、この間敵対した相手……。


「にゃ………オーランド?」

「ん?……おや、これはこれは、懐かしい顔だな。反吐がでる」


 ネロと、建物の中へ運ばれていく宵虎………二人を眺めて、オーランドはそんな事を呟く。

 講堂の中へ運び込まれていく宵虎を心配そうに眺め、少し迷った末……結局放置しておく気にもならず、ネロはオーランドをにらみつけた。


「なに、企んでるんだにゃ?」

「交易の拠点が危機に瀕したと聞いて、いても立ってもいられなくてね」

「にゃ?……負けて、改心したのかにゃ?」


 そう首を傾げたネロの横で、キルケーは言う。


「魔物を倒しながら空き巣をしていたので、人手は足りませんし、雇いいれたのです」

「空き巣………」


 呆れた視線を向けたネロを前に、オーランドは芝居がかった仕草で肩を竦め、さっきと同じ言葉を口にする。


「交易の拠点が危機に瀕したと聞いて、いても立ってもいられなくてね」

「……意味合いがぜんぜん違って聞こえるにゃ。……ていうか、言わないようにしてたけど、そちらさん……雰囲気で誤魔化しているだけで、こないだからやってる事完全に小悪党だにゃ」

「悪にも金にも貴賓はないだろう?」

「そんな突然ボケる感じになられても………ああ。元からこんなんだったにゃ」


 もはや呆れるほかにないネロの横で、キルケーは言い放った。


「とにかく、お金さえ渡しておけば従順だったので。今は門番をしてもらっています」

「してもらってますって……マスター?この人、結構悪い人だにゃ」

「知っています。だから講堂の外にいてもらっているんですが?」

「ハハハハハ、」


 何が面白かったのか、オーランドはそこで声を上げて笑う。

 ………そんなオーランドとキルケーを呆れた様子で見上げ、ネロは呟いた。


「……殺伐としてるのかボケてるのか、わっかんないにゃ……。もう良いにゃ」


 そう呟いて、ネロは講堂の中へと歩んでいこうとする。と、そんなネロへ、オーランドは不意に声を投げた。


「おい、喋る猫」

「……何かにゃ?」

「アイシャはどうした?」

「……つれてかれたにゃ」

「ほう。それは、さぞ良い目にあってるんだろうな」


 無言で、ネロはオーランドを睨みあげる。けれど、オーランドは構わず続ける。


「……助けに行く時は声をかけろ。ストリップの続きが拝めるかもな」

「………本当、最低だにゃ」

「黙って欲しいか?黙らせる方法があるぞ?」


 そんな事を言いながら、オーランドはネロへと手を差し出してくる。金を払えとでも言いたげに。

 無言で睨みあげたネロ――そんなネロを、キルケーは抱え上げる。


「こうだから外に置いてるんです。行きますよ、ネロ。……ところで、知り合いですか?」

「こないだ敵だったにゃ」

「なるほど……そうやって余計な道草を……」

「道草って。そういえば、マスターこそ何でラフートに……」

「旅行に行きたくなっただけです」

「………寂しかったんだにゃ?」

「旅行に行きたくなっただけです」

「……もう、普通についてくれば良かったんじゃないかにゃ……」


 そんな事を言い合いながら、キルケーとネロは講堂の中へと入っていく。

 去り際、運ばれながら、思い切りベーと睨んでくるネロを眺め、オーランドはどこか自嘲気味に呟いた。


「………気楽で良いな。小悪党が天職とは」


 *


 講堂の中は、予想より多くの人でごった返していた。兵士やハンターは勿論、逃げ遅れた市民も案外楽しそうにがやがやと声をあげ、中にはこの状況で未だ商売にせいを出そうとしている者もいる。


 やたら明るくやかましい――アイシャに聞いた通りの人達らしい。

 そんな事を思いながら、キルケーに連れられ、ネロは講堂の奥へ奥へと歩んでいく。


 やがて、現れたのは、簡易な教会――を、医務室に変えたのだろう、長いすの変わりにベットが並んでいる場所。

 怪我人はいないのか、あるいはいたとしてもヒールのおかげで治ったのか……ベットにおさまっているのは一人だけ。

 宵虎だけだ。


 応急処置は終わったのだろう。体中に包帯を巻き、血が滲んでいる。

 そんな宵虎の傍に佇み、手をかざしているのは修道服を着込んだ、東洋系の女だ。


「やっぱりアンジェリカかにゃ……」


 また微妙な顔をしたネロに、アンジェリカは視線を向けて……その顔に微笑を浮かべる。


「……あら、懐かしい顔ね。反吐がでるわ」

「……オーランドと同じ事言ってるにゃ」


 呆れた視線でネロがそういった途端、アンジェリカは思い切り舌打ちをした。


「まあ良いわ。私が義理を立てる相手は神だけだし」


 そう言い放ったアンジェリカに、キルケーがとがめるような声を投げる。


「その神はお支払いしているはずです。手を止めず、そのただ飯大食らいを治しなさい」

「そう、ツンケンしないで。男が逃げるわよ?」

「………………………」

「……あら?もう逃げられた後だったりした?」

「詮索は無用です。良いから早く治しなさい」

「やってるじゃない………。ただ、ちょっと効きが悪い、というか、ぜんぜん効かないわ」

「……また足元見てるにゃ」

「お布施が足りないとでも言い出すんですか?」


 白い目と向けたネロとキルケーを前に、アンジェリカは困ったような溜め息を付く。


「私のやる気の問題じゃないのよ?……効かないの。ヒールが」


 どうやら、嘘ではないらしい。そう言ったアンジェリカを前に、キルケーとネロは目を合わせる。


「効かない……そうなのですか、ネロ」

「あたしもわかんないにゃ。だんにゃ、大体の怪我は寝てご飯食べたら治ってたしにゃ……。ああ、でも、確かスキュラの時に、呪いの類はきかんって言ってた気がするにゃ」

「なるほど。性根が腐っている人が使うと、ヒールも呪い扱いですか」

「全方位に耐性があるって話でしょう?性根が腐ってるのは関係ないと思うわ」

「そうですか……」

「………今、性根が腐ってること暗に認めてなかったかにゃ?」


 呆れっぱなしのネロを置いて、アンジェリカは手を止め、肩を竦める。


「まあ、とにかく。寝て食べて治るんならそうなんじゃない?応急処置はしたし、もう私の知ったこっちゃないわ」

「なんか、雑だにゃ……」

「だって、別に私医者じゃないし。ヒールが使えるちょっと怪しいシスターよ?これ以上を求められてもね。とにかく、私はもう休むわ。お休み」


 そんな事を言い放って、アンジェリカは教会の奥へと引っ込んでいく。


「怪しいのはちょっとどころじゃないけどにゃ……」


 呆れの目と共にそう呟いて、それからネロは、キルケーの腕の中から抜け出て、宵虎のベットの上に飛び乗った。

 体中を覆う包帯には、血が滲んでいる。


 これまでも何度か怪我をして来たが、その中でも、ここまで重い怪我をしたのは、少なくともネロが見てきた中では初めてである。


「……大丈夫かにゃ。だんにゃも、アイシャも」


 そう、目を伏せたネロに、キルケーは言う。


「これまでも治ったのでしょう?ならば、そういう身体なのでしょう。アイシャにしても、連れて行かれたと言う事は、少なくとも殺す気があるわけではないのでは?友達になりそう、とも言っていましたし」

「……それって、どういう意味かにゃ?」

「アレが何かを考えれば………同族になるという意味では?」

「……吸血鬼になるってことかにゃ?」

「他は思いつきません。まあ、かといって、あのうるさいのが大人しくなるとも思えませんし、アイシャはアイシャでしょう。何も変わりません。迎えに行きましょう。今すぐと、行きたいところですが……」

「……真面目にやってるアイシャとだんにゃが負けちゃうくらいだもんにゃ」

「真面目にやったから負けたのでは?」


 冗談めかそうとしたのか、キルケーはそう言ったが、ネロはまた俯く。


「っていってもにゃ。アイシャ、ラフートの事聞いて、ぜんぜん余裕なかったしにゃ。だんにゃはだんにゃで、多分アイシャのこと心配しすぎちゃうんだにゃ。よく考えると、狙ってボケようとするの珍しかったしにゃ」


 と、そこで、キルケーはやはりあえてだろうか、少し拗ねた調子でそっぽを向いた。


「珍しいといわれても。同行していない私は良く知らないので」

「……だから、そんな拗ねるくらいなら付いてくれば良かったんじゃないかにゃ?」

「別に拗ねていません。ただ………」


 多少、待たされたとはいえ、想像していた再会は別の形だった。

 そんな事を口に仕掛けて、けれどキルケーは飲み込み、別の事を言う。


「見知らぬ野良猫の人」

「突っ込みどころが多すぎて、何処から触って良いかわかんないにゃ」

「道草の詳細を聞かせてくれれば、もしかしたら飼い主が名乗りを上げるかもしれませんよ?」


 そんな事を言ったキルケーに、ネロは振り返る。


「どうせ、寝付けないでしょう?たまには夜更かしをしましょう」


 微笑と共に言ったキルケーにネロは頷いて、それから話し出した。


「そうだにゃ。えっとにゃ……メナリアを出てから……」


 その話は夜遅くまで続いた。眠り続ける宵虎の横で、どこか子守唄のように、ゆっくりと。


 *


 ラフート中心の、城。歴史ある堅牢にして優雅、半ば放置されている為にところどころ手入れされず少し華美のにおいのするその最上階――。


 天窓から月光の差す広間――その玉座に、アイシャは腰掛け、崩れていた。

 死んだようにピクリとも動かない。首には依然、痛々しい牙の跡があり――けれど、その傷はもう既にふさがっている。


 同族になる才能を持ち合わせた……その証がそれだ。傷跡を残したまま、即座に癒える。

 

 そんなアイシャを、銀髪の青年はぼんやりと眺めていた。


「……どのくらいで起きるんだっけ?」


 青年が思い起こそうとするのは、自分自身の記憶だ。けれど、探り当てようにも、霞がかったようにその記憶は再起されない。


 長い月日を生きてきた。もはや、昔々の記憶はおぼろげにすら存在せず、自分の名前すらももうわからない。


 名前のない青年は、孤独だった。


 孤独に耐えかね死のうにも死ねない身体。友達を得ようにも、自分以外の生物は全て食べ物にしか見えない。

 絶えかね、眠りにおちた。自身で自身を封じたが、この間、好奇心に押された人間が棺を開け、こうしてまた歩む様になり……けれど、時代が変わっても、一人ぼっちは拭えない。


 そんな中、食事をしようと色々していたら、友達にな人間と巡り会った。

 だから、青年はぼんやりと、アイシャが起きるのを待つ事にした。


 喧騒を名残惜しむように、ギルドホール――あの荒れた酒場のような場所にいる必要も、もうない。

 友達が出来る。なら、そんな素晴らしいごとに見合うような、豪華な場所で。


 だから、お城の中で、青年はアイシャの目覚めを待ち続ける。


 どのくらいで目覚めるのか。どうなって目覚めるのか。どういう変化が起きるのか。

 青年はもう、覚えていない。ただ、どうせ時間は無限にある。


 目覚めたら……一緒にピクニックにでも行ってみようか。

 想像したその光景が真っ赤に染まっているのは………彼が、そういう生き物だからだ。

 ……あるいは、アイシャもまた。

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