4幕

1章

夕暮れのラフートへ

 茶色い馬車道を、馬が駆け、車輪は回り、手綱を握る行商人は、へきへきとした様子で呟いた。


「おじさんさ~。ほんと、できれば本当にかかわり合いになりたくないんだけどさ~。ここまで来るともう縁があるよね~」


 ぶつくさ呟く行商人………彼が話しかけている相手は、荷台にいる荷物たちだ。

 ただし、その荷物たちが人の話を聞くとは言っていない。


 荷台の隅に座り込み、憮然と腕を組み胡坐をかいている異国の男――宵虎にはそもそも、行商人の言葉は理解できず、その膝の上に当然の様に座り込む少女は、そもそも人の話を聞く気がない。


「あ~あ~。歩かないで良いのは楽で良いけどさ~。これはこれで暇だよね~」


 そう言ったアイシャの手前で、丸まっている黒猫は、呆れたような視線をアイシャに向けていた。


「いついかなる時も文句は忘れないんだにゃ……」

「だって、もう半日もこうだしさ。ねえ、おじさ~ん!まだ着かないの?」

「……人の話聞かない子が返事もらえると思わないように」

「え?なに?なんて言ったのおじさん!」

「……なんでもないよ。あと半日くらいでつくよ~」

「あと、半日も暇なんだ……」

「ばっちり聞こえてるんだね……」


 そう肩を落とした行商人………と、そこで、行商人は気がついた。

 一行が向かう先……ラフートのある方向から、何台もの馬車が駆けて来ている事に。


「なんだ……」


 呟きと共に、行商人は馬車を止める。

 途端、荷台から騒ぎの声が届く。


「おじさ~ん、どうしたの?ボイコット?今度はお金払ってるのに?」

「ウェインの賞金でにゃ」

「だって、貰うって約束だったじゃん。ばっちり優勝したし。ウェインも来ればよかったのにね?」

「忙しそうだったからにゃ~。客寄せに使われて」


 そんなことを言いあいながら、アイシャは行商人の横まで歩んでくる。

 そして、駆けて来る馬車列に、僅かに眉根を寄せた。


「おじさん。あの馬車列、なに?」

「おじさんに聞かれてもわからないよ。聞いてきたら良いんじゃない?」

「とかいって、降りてる間に置いてく気でしょ?」

「…………今回はそんなことしないよ」


 睨んでくるアイシャから、行商人は視線を逸らした。

 それでも尚、アイシャはしばし行商人を睨み……それから、馬車を降り、迫ってくる馬車列へと歩んでいく。


 その姿を眺め、見送った末……ネロは依然座り込む宵虎に問いかけた。


「だんにゃ。休憩っぽいにゃ。降りないのかにゃ?」


 そんな黒猫へと、宵虎は無駄な笑みと共に言った。


「フ……足が痺れて立てん」

「……ずっと座ってたし、座られてたからにゃ」


 ネロの呆れの視線も何処吹く風と、宵虎は黒猫に尋ねた。


「で、ネロ。……俺は一体、何処に運ばれているんだ」

「それすらわかってなかったんだにゃ……。ラフートってとこだにゃ。アイシャの故郷らしいにゃ」

「故郷、か………。それは…………騒がしそうだな」


 宵虎が一体どんな想像をしたのか……わかるような気がして、ネロはうんうんと頷いた。


「同感だにゃ。アイシャの話だと、みんなアイシャみたいな感じらしいにゃ」

「ほう……全員、達人の町か」

「そういう意味じゃないと思うにゃ」


 ネロは宵虎に白い目を向けた。


 と、そこで、行き違いになる馬車列から話を聞いてきたアイシャが、さっきとは打って変わって僅かに暗い表情で、馬車へと戻ってきた。

 そして、馬車に踏み込むと共に、行商人に声を投げる。


「半日だっけ?」

「え?うん……そうだけど」

「出来るだけ急いで」


 そう短く言って、荷台に戻ったアイシャは、宵虎にもたれかかる――事はせず、荷台の隅に腰掛け、弓の手入れを始めた。


 その様子に、宵虎とネロは目を合わせる。

 また、なにか、アイシャの様子がおかしいと。


「アイシャ?どうかしたのかにゃ?」


 そう問いかけたネロに、アイシャはちらりとだけ視線を向ける。


「……ちょっと、のんびりしすぎてたのかな~って」

「にゃ?どういう意味だにゃ?」


 更に問いかけたネロに、浮かない表情のまま、アイシャは答える。


「……あの人達、ラフートから逃げてきたんだって」

「逃げてきた?」

「うん。ラフートが……魔物に吞まれたんだって」


 アイシャがそういった途端、進み始めていた馬車が止まる。と、同時に、行商人は振り返って言った。


「おじさんちょっと急用を思い出したからここまでで―」


 危険と聞いて即座に逃げようとした行商人を、アイシャは珍しく真剣な表情で見据える。


「お願い。近くまでで良いから」

「…………」


 騒がしいアイシャしか見てこなかった行商人は、そのアイシャの様子に黙り込み、何も言わず、馬車を進めだす。


 と、そこで、声を上げたのは宵虎だ。


「……ネロ。なんだ」


 少し心配そうに、アイシャを眺めながらそう尋ねた宵虎に、ネロは答える。


「にゃ~。なんか、アイシャの故郷が、魔物に吞まれたって」

「吞まれた………。お前がいた街のような状況か?」

「にゃ?そうだにゃ、アイシャ。メナリアと一緒な感じだにゃ!アイシャとだんにゃがいれば何とかなるにゃ」


 どこか元気付けようとでもするように言ったネロに、アイシャは小さな笑みを浮かべる。


「……そうだね」


 そう答えはしても、アイシャは視線を宵虎に向けた。

 宵虎は、小さく頷いて見せる。任せろとでも言いたげに。


 その様子に、アイシャはまた微笑を作り……だが、浮かない様子のまま、弓を弄り続けた。


 宵虎は、ただその様子を眺めるほかにない。そもそも言葉が通じるわけでもなく、また通じたとして元気付けてやれるほど口が上手くも無い。


 行動で示す……と言ったところで、明確な危機が眼前にあるならそれも気休めに過ぎない。


 魔に飲まれたなら、その魔を穿つ。それが先決だろう。

 ラフートと言う街にとっても、アイシャにとっても。


 そう考え、宵虎は馬車の行く末へと目を凝らした。


 一番騒がしい少女が沈み込み……さきほどまでとは打って変わって静かに、馬車はラフートへと進んでいく。



 *



 馬車が、ラフート―その城壁が見えるまでに近付いたのは、空が茜色に染まったその頃だった。


 記憶の通りなら、夕暮れ時であっても外からわかる喧騒が、その古城が見下ろす街には広がっていたはずだ。


 けれど、………眺める街に活気はない。

 それこそメナリアと同じように、人が一人も残っていないかのように。


 馬車を降り、その城壁――静けさを遠めに見た瞬間、アイシャは駆け出しかけた。

 一刻も早く、状況を確認し、一刻も早く、事態を解決する。


 余裕なく即座に動きだそうとしたアイシャ―だが、駆け出そうとするその服の襟が不意の手につかまれた。


「うわっ………ちょっと、なに?」


 苛立ちを滲ませながら、アイシャは襟を掴んだもの――宵虎を睨みつける。

 だが、宵虎は憮然とした表情で、首を横に降った。


 そして、そんな宵虎の肩に飛び乗ったネロは、嗜めるようにアイシャへと言う。


「アイシャ。焦る気持ちはわかるにゃ。でも、一人で行こうとするのは良くないにゃ。何が起きてるのか良くわかってないのに、はぐれたら大変だにゃ」


 たしなめる口調の黒猫を肩に、宵虎は深く頷いていた。


「けど……」


 アイシャは俯き、言い淀み………やがて、頷く。


「……そうだね。行こう、お兄さん。ネロ。……おじさんも、運んでくれてありがとね。もう逃げて良いよ」


 珍しくまだ留まっていた行商人にそう声をかけて、アイシャは、歩き出す。

 余裕を取り戻そうとしている……そんな様子のアイシャの後を、宵虎もついて歩んだ。


 そんな一行を、行商人は見送る。


「気をつけなよ~」


 その声に振向いたのは、ネロと宵虎だけ。猫に耳打ちされて憮然とした顔で手を振ってくる宵虎を、尚余裕のなさそうなアイシャを見送って、行商人は頭を掻いた。


「大丈夫なのかな」


 縁あって、今回含めて3度、行商人はアイシャを送り届けた。


 そして、騒がしい文句なしで見送ったのは今回が初めてであり……奇妙にも、それが、行商人には少し不安だった。

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