幕間

厄介払い、その末に


 明るい月夜を、巨城のシルエットが黒く繰り抜いている―。

 そんな城下にあったのは、夜だとしても眠る事を知らないような、喧騒と賑わいだ。


 ラフート。古城頂く交易の拠点。飲み歩く街の人々、夜であれ商機と見て働き続ける商人たち………そんな眠らない街の一角に、ハンターギルド“放浪人の宿ロス・ルート・ハウス”のギルドホールがあった。


 完全に酒場以外の何ものでもない、酷い賑わいを見せるホールの最中。


 ローブを纏った小柄な女性―キルケーは、麦酒ビールのジョッキで軽く机を叩き、僅かに赤らんだ顔で眼つきも悪く、呟いた。


「……理解に苦しみます」


 へきへきとした顔でキルケーの向かいに座っているのは、頭を丸め、白い髭を蓄えた体格の良い老人だ。“放浪人の宿”のギルドマスター、リコラ。普段なら酒の席で我先にとだれかれ構わず若かりし日の武勇伝を語りだす老人だが、ここ数日に限って言えば、リコラは完全に押されていた。

 日が経つごとに機嫌が悪くなっていくキルケーに。


「私がなぜだか突然ラフートに行きたいような気がしたのは、あの見知らぬうるさいのと見知らぬ黒猫と見知らぬただ飯大喰らいがでていった1週間後です。だと言うのに………なぜ私は待たされているんでしょうか?……いえ、別に待っているわけではないんですが」


 そこまで言ってから、キルケーはぐいっとジョッキを煽った。

 そんなキルケーに呆れた視線を向けたまま、リコラは言う。


「マイペースに何処かしらほっつき歩いてるんじゃねえか?他二人はしらねえけど……アイシャだろ?」

「……だとしても限度があります。私はもう、メナリアに帰ります」

「それ毎日聞いてるな。………やっとアイシャに友達出来たかと思ったら、また面倒な奴だ…」

「友達ではありません。見知らぬ他人です」

「それがもう面倒なんだよ」

「もう帰ります!」

「わかったから、帰るなら帰れよ酔っ払い……」

「しかし、あの見知らぬ三馬鹿は何処で何をしているのか」

「帰れって言ってんだけど?」


 リコラの呆れの視線も気にせず、キルケーはぶつぶつと呟き続ける。


「待たせるにも限度があります。いや、待ってないですけど。メナリアで紆余曲折ありつつ最終的にごり押しでスキュラを人魚に戻したのはもう一ヶ月以上も前のはず……」

「なんで唐突にあらすじ調なんだよ」

「その後、あの見知らぬマイペース軍団は一体何をしていたんですか?」

「なんで俺に聞くんだ?知るわけないだろ?あ~、なんかしらに首突っ込んでたとすると……なんかグリフォンが大人しくなったとか、マーカスの剣術大会で王者が変わったとか……」

「興味ありません」

「じゃあ、なんで聞いたんだよ……」

「興味ありませんけど具体的にどうぞ」

「むちゃくちゃだな酔っ払い……。具体的には知らねえよ」

「……使えない禿じじいですね」

「いい加減にしろよ酔っ払い。まあ、なんかしら首突っ込んでるとしたら、その辺だろ。あとは……まさかとは思うが、セルリアの件に巻き込まれてるかだな」

「興味ありません」


 と言いつつ、キルケーは話せと言いたげにリコラをじっと睨む。

 その視線に溜め息をつきつつ、リコラは話し出した。


「セルリア、って街が魔物に吞まれたんだよ」

「吞まれてないです!吞んでるんです!」

「酒の話でもお前の話でもねえよ酔っ払い。だから……丁度あんたの町みたいな話だ。突然現れた魔物の群れに、街一つ吞まれたんだってよ」

「……そこでも誰かしら傷心したんでしょうか。半分魚なのに……」

「何言ってっかわかんねえけどよ……。とにかく、もう街はむちゃくちゃで、人っ子一人いなかったらしい。まだ捜索は続けてるはずだが、探したところでな。で、逃げてきた奴の話だと、街がむちゃくちゃになる前日の夜中に、妙な奴が街の中出歩いてたらしい」

「誰が妙な奴ですか。……酔っ払ってません!」

「誰もお前の話はしてねえよ。でだ、その出歩いてた奴ってのが、結構な色男だったらしい。妙に白い肌に、銀色の髪に、赤い瞳の青年で……」


 そこで、リコラは一旦言葉を切った。


 カラン、とギルドホールの戸が開いて、踏み込んでくる者があったからだ。

 日の光を嫌うような……もはや青くすらある、白い肌。身を包むのは黒い、滑らかな服。

 少年と青年の中間にあるような、中世的で魅力的な相貌に、男にしては長い、銀色の髪。

 血の色をした瞳は、興味津々と、ギルドホールの中を見回している。


 たった今話に出た青年とまったく同じような風貌――セルリアの話は、ギルドの中でも有名だったのだろう。


 さっきまで騒いでいたハンター達は、全員、警戒するように黙り込んだ。


「……話の続きは?」


 ジョッキを置き、入ってきた青年に警戒の視線を送りながら、キルケーはリコラに問う。


「……若い娘に声かけて、おいしそうとかのたまって……で、噛み付いた」


 そう言いながら、リコラは脇に置いてあった剣――紋章の入ったそれを手に取る。

 銀髪の青年はギルドホールの中を見回した末、キルケーに視線を止めると、微笑みかけた。


 顔を顰めてそれを睨み返したまま、キルケーはリコラに問いかける。


「噛み付いた?」

「ああ。首筋にガブッとな。で、街にいたハンターやら兵士やらがこぞってそいつを捕らえようとして返り討ちにあい、………そうこうしてるうちに、魔物の大群が街を襲った」

「尖兵?」

「もしくは、……大ボスだろうな」


 そう、キルケーとリコラが話し続ける最中……銀髪の青年は、柔らかな笑みを浮かべたままに、キルケーへと歩み寄ってくる。

 そして、キルケーを目前に……僅かに鼻を鳴らした末に、こう呟いた。


「うん……。君は、おいしそうじゃないね」

「……結構なお言葉ですね」

「なんだか、色々混じってる気がする………薬屋さんかな」

「魔術師、です」

「ふ~ん……」


 興味がなさそうに、銀髪の青年は呟き、キルケーから視線を外すと………その視線は、別の女性に止まった。


 ギルドホールの受付の女性……そちらへと歩みだした銀髪の青年の前に、不意に立ち上がったリコラが立ちふさがる。


「なんの用だ、若いの。うちのギルドに何か用か?」

「城が見えてね。お城に住んでみるのも悪くないかな~と思って、入ってみたら……お腹が空いたんだ」


 どこかぼんやりとした様子で、銀髪の青年は呟く。

 警戒を続け、剣の柄に手を当てているリコラを前に……それを気にした様子もなく。


 そして、銀髪の青年はリコラを避けて、受け付けの女性へと歩みだそうとする。


 瞬間―リコラの剣が走った。鞘はまだつけたまま――切る気はまだなく、かといって好き放題ギルドの中を闊歩させる気も無いと。

 胴を叩いて吹き飛ばす―年老いて尚鍛錬の欠かされていないその剣、腕力なら、人一人吹き飛ばすくらいわけはない。


 が――その一閃は、銀髪の青年を……すり抜けた。


 確かに裂いたはず――だと言うのに、剣の奔りぬけたリコラの真正面にあったのは、霧のような黒い煙だけ。


 忽然と霧になった青年………それが再び姿を現したのは、ギルドの奥、受付の女性のすぐ後ろ。


 青年は困ったように―


「…今度こそ、静かに、ひっそりやろうと思ってたのに……ギルドに入っちゃったのか」


 ―呟きながら、受付の女性に腕を回す。

 そして、恐怖に引き攣る女性の首筋に口を近付け……人間のものとは到底思えない鋭い牙を覗かせた。


 牙が女性の首に突き立てられる―――その寸前、青年の頭を、抜き身の剣が貫く。


 リコラの剣だ。

 明らかに、この青年は人間ではない。セルビアの町の話もある。潰せるなら初手で、何かが起きる前に潰す――。


 そう決めて、リコラは誰よりも早く、状況に対する容赦を捨て去っていたのだ。

 今度は霧になって逃れることなく、片目を、頭を貫かれ、背後の壁につきたてられた銀髪の青年。


 けれど、青年は痛そうな表情すら浮かべることなく、ただつまらなそうに呟く。


「そんなに警戒しなくても………ただ、食べるだけだよ?」


 そして、呟く青年から流れ落ちる血………それが、ぶくぶくとあわ立ち始める。

 咄嗟に、青年の頭から剣を引き抜き、リコラは受付の女性を抱え、飛び退いた。

 ほんの一瞬の差で、飛び退くリコラの鼻先を、槍が掠めた。


 血で出来た槍だ。流れ落ちた青年の血、そこから生まれた槍……いや、生れ落ちているのは槍だけではない。その槍を持つ手、足、頭……真っ赤な甲冑の騎士が、血の沼から、ギルドホールにがしゃんと足を踏み出す。


 そして、血の沼のあわ立ちはそれで留まらない。甲冑の騎士を生み出しても尚、あわ立ちは続く……次に現れたのは、鍵爪を持つ脚――明らかに人の形をしていない、魔物。そして、更にあわ立ちは続いていく……。


「逃げろ!街の奴を逃がせ!」


 咄嗟に、リコラは叫ぶ。

 その声に、ギルドにいたハンター達は一斉に動き出す。

 そして、青年は呟く。


「……逃げられるのは、困るなぁ」


 青年の呟きに呼応するように、甲冑の騎士が、その槍をリコラへと振りかぶる。

 一瞬油断していたリコラ――かわせず、迫る槍に顔を顰めるその眼前で、バリという音と共に、槍が止まった。


 まるで、見えない壁にせき止められでもしたように。

 結界だ。青年を、その周囲を封じ込める――紋章魔術とはまた違った魔術。


 寸前で止まった槍から数歩後ずさり……リコラはちらりとキルケーに視線を向け、呟く。


「……ただの酔っ払いじゃなかったのか」

「もう怒りました。帰ります」


 そう言い放ち、漸く、キルケーは立ち上がった。だが、歩みだそうとはせず、封じ込められた青年、結界から抜け出そうともがく血で出来た騎士に魔物を眺め、言う。


「……そう長くは持ちません。即席ですし。酔ってるので」

「聞いたな!今の内に街の奴逃がせるだけ逃がせ!」


 その声に、ハンター達は早足にギルドホールを出て、危険を伝えに行く。

 その様子を眺めながら、銀髪の青年は困ったように溜め息混じりに呟いた。


「ああ……これだから、薬屋さんは嫌いなんだ。美味しくないし。昔からずっと邪魔するし」

「魔術師です」


 答えるキルケー……顔を顰めているのは、呼ばれ方だけが原因ではない。

 ひびが入っているのだ。張ったばかりのはずの結界が、もう既に、封じ込められなくなってきている。


 同じ光景を見ているリコラは、キルケーへと言う。


「お嬢さんももう帰りな。ここは俺が何とかするから」

「……酔った女性を一人で帰らせるんですか?紳士の風上にもおけませんね」


 そう言って、立ち去ろうとしないキルケーを横目に、リコラは肩を竦めた。


「可愛くねえな。……流石、アイシャの友達だ」

「友達じゃないです。偶然、ここで会う予定なだけです。だから、ここがなくなられると困ります」

「どっちにしろ、もうどうしようもねえ気はするぞ?」

「ほとほと、廃墟には縁がありますので」


 会話を続けるキルケーとリコラ………その眼前で、結界のヒビは大きくなっていく。


 つまらなそうに座り込む青年……その周囲にいる騎士、魔物は、いつの間にやら1体や2体ではなく、封じられたその空間に、ぎゅうぎゅうにひしめき合い、外に出ようと暴れまわっていた。



 その騎士、魔物が、ラフートへと解き放たれたのは、その数分後。

 セルリアよりも逃げ延びた人数が多かったのは、そんな初動の封殺と退去が早かったから。


 けれど、結末はセルリアとさして変わらない。


 古城をシンボルとした、交易の拠点ラフート。

 その街はその夜………魔に吞まれた。

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