開戦

 静まり返ったコロシアム。

 息を飲みその時を待つ観衆達の差中――実況の鬨の声が上がる。


『試合、開始!』


 その声が響いた途端――動いたのはウェインだ。

 試合に向けて、アイシャからアドバイスは受けている。


 ゲオルグは強化される。だが、最初から強化されている訳ではないだろう。

 だから、狙うは初撃。先手を打ち、初手から全力で、強化される前に一撃で試合を終わらせる。


 地を蹴り、盾を前に、剣を後ろに、ウェインはゲオルグへと駆ける。


 身体が重い……この所の修行は常に甲冑を着ずに行っていた。そもそもガチガチだった今まではそこに気を回す余裕がなかったが、確かに、ある程度冷静に戦場に立つと、これは邪魔かもしれないとは思う。


 だが――だとしても、その技はゲオルグに対処される程鈍くはない。


「無礼者め!」


 声を上げながら、ゲオルグはウェインへと剣を振り下ろしてくる。


 その一閃は、無茶苦茶だ。ただ何の武術の心得もない太った男が、腕で雑に振っているだけ。

 威力も鋭さもその一閃にありはしない――。

 ――だから、逸らすも何もなく、ウェインは盾でその剣を殴り、はじいた。


「ぬあっ!?」


 声を上げ、剣は落とさないまでも体勢を崩したゲオルグ。

 ガラ空きになったその首を、ウェインの連撃――横薙ぎが襲う。


 もし甲冑を着る気なら、横薙ぎのままで良いとアイシャは言っていた。ウェインとしても、未だ完全に身についているとは思えない突きよりも、横薙ぎの方が自信を持てる。


 甲冑の重さを感じながら、しかし、それで冴えを失う事のないウェインの一閃。


 ―――その一閃が、ゲオルグの首を捉え……寸での所で止まった。

 寸止めだ。

 仮にも王者なら、これで力の差を理解して欲しい。不正ばかりであれど、貴族を名乗る程誇りがあるならば。


 ある程度荒事に覚えがある人間なら、その寸止めで理解するはずだ。

 これが模造剣でなければ、……今死んでいたと。


 王者なら、理解して欲しい、ウェインはそう願ったのだ。師と同じ立場にいるのなら、そうあって欲しいと。

 だが……それをゲオルグが理解する事は無かった。


 ゲオルグは、まともに稽古をしている訳ではない。荒事の経験も一方的に攻めてものか、出来レースしか知らない。


 確かに王者に君臨してはいるが、けれどゲオルグは、ただ自分が得るべき肩書としか思っていないし、そこに自己顕示欲はあれど、誇りはない。


 だから、力量の差を理解せず、ゲオルグは憎々し気にウェインを睨んだ。


「……貴様……僕を、馬鹿にするな!」


 嘲られたと、ゲオルグはそう考えたのだ。

 そして、喚きながら、ゲオルグは無茶苦茶に剣を振り回す。


「僕は、貴族だぞ!偉いんだぞ!なのに……僕を、僕を!」


 喚きつつ振り回される剣は、しかし、鈍く、軽く、太った自身の体重に振り回される始末で、ウェインに掠めもしない。


(これで……王者、なんですか?)


 落胆が混じった様な気分で、ウェインは胸中で呟いた。

 ゲオルグは、弱過ぎる。本当に、何の努力もしていないのだ。


 ゲオルグは貴族の家に生まれた。生まれつき全てが手元にあり、それが当然だと考え、自意識だけが肥大し、自身を律する事も、努力をする事も知らず、またしようとも思わず……愛想をつかした生家からは、半ばいないものの様に扱われ。


 だがそれでも尚、ゲオルグは何も反省せず………そして、呼び出したのだ。


 ゲオルグの誤った認識――望めば全て手に入らなければ世の中の方がおかしいという思考に、根拠を与える存在を。


 不意に、ゲオルグは動きを止める。

 苛立ちに頬を引きつらせ、苛立たし気にウェインを睨み付け……声を上げた。


「………いつまで、僕を嗤っている気だ……早くしろ!」


 ゲオルグの言葉の意味が、ウェインにはわからない。

 ウェインに投げたかのようで、けれど別に投げている声――。

 ――ウェインが動きを止めた直後。


 ほんの僅かに、ゲオルグの身体が膨れ、その身の金色の甲冑に、暗い光が宿った。


 ゲオルグ自身も、纏う甲冑も、あるいは模造剣までも。

 全てが僅かに大きくなり――ゲオルグはまた剣を振り回し始める。


 その剣閃はやはり鈍い。何の技もない。

 けれど、盾で受けたウェインの手に、さっきまでよりも僅かに大きな痺れが走った。


 威力が増しているのだ。

 一閃ごとに。一撃事に。だんだんとゲオルグの剣は重くなって行く。


 あるいは、無限に強くなって行くのかもしれない。

 ウェインを倒す、その時まで――。



 *



 気配が、現れた。

 邪悪で強大な魔物の気配。

 それを察知したと同時に、宵虎は動き出す。


 佇んでいた物陰から身を乗り出し、気配の元――下見に来たあの豪華な宿へと、宵虎は向かう。

 事前に近場に潜んではおいた。駆ける祭りの街並みは、普段より人気が少ない。決勝を見に行っているのだろうか――。


 どうあれ、宵虎もウェインの晴れ舞台を見に向かうとしよう。……野暮用を澄ませた、その上で。


 城の様な、宮殿の様な―――気配があるのは、その敷地の中。

 ただし、どうもその目立つ建物、それ自体の中に潜んでいる訳ではないらしい――。


 一足飛びに塀に飛び乗り、敷地の中―気配の方向へと、宵虎は目を懲らす。


 視線の先にあったのは、宿の別棟だ。

 何がしか華美な硝子細工の窓を持つ、鐘と十字の載った小さな城――。


 教会を、宵虎は知らない。

 ただ、宵虎にわかるのは、強大で邪悪な気配――あの人を食った様な悪魔が、その中に居るという事。


 そして、その悪魔は剣術大会に仇なし、宵虎に教えを乞うた者―仮初とは言え弟子の華道に釘を巻いていると言う事。


 眼光鋭く睨み付け、宵虎は教会へと駆ける―。



 *



 高級宿の敷地の差中――そこに立つ教会は、信心深いこの宿のオーナーが建てた物だ。

 信じる者は救われる――そう、最後の最後、悪魔と出会うその瞬間まで信仰を持ち続けた男が建てたその場所は、酷く静謐で過剰に派手


 ステンドグラスから差し込む陽光は七色に輝き……照らす先、長椅子、彫像、それらの残骸の散乱した内部を照らし出す。


 そんな教会の差中――あるべき偶像を押し退けて、彫像の台座に腰掛けているのは一体の魔物。


 背に広がり、影を生むのは蝙蝠の羽。

 鹿の様な、馬の様な……蹄の足を組み、退屈と揺らし。

 長い爪のついた隆々たつ猿の腕で頬杖を付き。

 ねじれた角――猿の手に乗った山羊の頭、その目は閉じられている。


 様々なモノが混じり合い、もはや正体などと自身ですらわからない――だから悪魔と名乗り出したその名もなき魔物は、不意に笑みを浮かべ、ゆるりと瞼を上げる。


 その視線の先、――教会の戸が突然、ノックも無しに蹴り開けられる。

 踏み込んできたのは太刀を腰に履く和装の男――。


 その姿を、場に似つかわしくないと己を棚上げし、悪魔は嗤い、声を投げ掛けた。


「騒がしいですね。教会に何用ですか?」

「……邪魔の邪魔をしに来た」


 悪魔に負けず獰猛な、血の気の多い笑みを口元に。

 宵虎は太刀を引き抜き、悪魔へと疾走する。


 長椅子の破片を踏み散らし、淀みない足運びで、宵虎は瞬く間に悪魔へと肉薄する。


 大上段から振り下ろす太刀、そこに容赦はない。

 ザ――振り下ろした太刀が両断したのは、しかし悪魔が腰を下ろしていた台座のみ。


 切り裂く直前、悪魔の姿が霞と消えたのだ。

 直前まで気配があった以上、目くらましの類ではない。前の立会いと同じ、突如、どこにでも現れるのだろう。


 パタン―音と気配に振り向いた宵虎の視線の先。

 悪魔は、たった今閉じたのだろう教会の戸を背に、腕を組んでいた。


「…随分とまあ、野蛮な事で。どうでしょう、話し合いで決着をつけませんか?」


 嘲る調子の悪魔を前に、宵虎もまた嗤って応える。


「邪魔を止めるなら見逃してやる。……めふぃなんとか」

「邪魔など……とてもとても。私はただ、そう願われたから助力しているにすぎません。少々祈りを捧げ、力を送っているだけの事。言いがかりはよして頂きたい……」


 困ったとでも言いたげに、悪魔は両手を広げて見せる。

 ……直後、忽然と、悪魔の姿は宵虎の視界から消え去った。


 気配は背後――振り向きざまに太刀を振るう宵虎。

 鳴ったのはキン、という金属がぶつかり合う音。


 宵虎の背後に現れた悪魔――その手には、いつの間にやら大鎌が握られていた。

 鍔ぜり合いの差中、宵虎は呟く。


「……手品が得意なようだな」

「しがない取柄でして」


 悪魔は嘲るようにそう返し――そんな悪魔へと、宵虎は蹴りを繰り出す。

 だが、その蹴りが当たる直前に、悪魔はまた姿を消した。


 10歩ほどの距離、そこに現れた悪魔は、大鎌を肩に担ぎ、また宵虎を嗤おうとしかけ――だが、そこで不意に腕を払った。


 飛来した長椅子の残骸――宵虎が蹴ったそれをはじいたのだ。

 僅かに顔をしかめた悪魔を前に、宵虎は笑みと共に、悪魔へと太刀を構える。


「……御託はもう十分だ。引く気は無いな、めふぃなんとか」

「乗り気な割に、融通の利かない人ですね…」


 呆れたと言わんばかりに悪魔は肩を竦め、そして大鎌を構えた。


 荒れた教会の差中。

 異国の無者と、異形の怪物。

 場に似つかわしいくないモノ達が、武器を手に対峙する――。

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