頂きへの企み

『準決勝第1試合!キース選手の猛攻を前に防戦一方かと思われたウェイン選手でしたが、起死回生の反撃が―――』


 実況の声がコロシアムに木霊する中、ウェインは堂々と戦場を後にしていた。


「にゃ~。どうなる事かと思ったけど………とりあえず勝てて良かったにゃ~」


 客席に座り込んだネロはそう呟き、


「ね~。……ていうか、最初からあれやれば良いだけなのに……」


 宵虎の膝の上に座り込んだアイシャは、若干文句がありそうな様子でそう同意する。


 ……さっきまでアイシャも普通に客席に座って観戦していたのだが、試合の後に何やら宵虎とウェインが目を合わせていた――という事に気付いたアイシャは、そこでちょっと文句を言いながら宵虎の膝の上に陣取ったのだ。


 そして、そんな風に急に膝の上に座られた宵虎は、憮然と呟いた。


「……見えん」


 アイシャの頭で、戦場は完全に隠されているのである。が、そんな文句がアイシャに伝わる事はなく、ただ何かしら耳元で囁かれたと、アイシャは軽く身じろぎしていた。


「うわ!なに、お兄さん。ちょっと、くすぐったいよ~」

「………見えん」

「仲良さそうで何よりだにゃ~」


 呆れた調子でそう言ったネロ。

 と、そんなやりとりをしている間にも、戦場には、次の試合の出場者が姿を現した。


『準決勝第2試合!2連覇中の王者、自称閃光の貴公子ゲオルグ・フォン・ヴォルゼンブルグに挑むのは、遠く北方ヴァラールからの出場者、フリード選手!今日こそは王者の冠に自称の文字が輝くようになるのか!』


 ヴァラールと言う単語を聞いた途端、アイシャは少し難しい顔で黙った。

 そんなアイシャに、ネロはわざと冗談めかして話し掛ける。


「実況の人、もうチャンピオン嫌い隠す気ないにゃ~」

「……そうだね。まあ、普通にやったらチャンピオン負けるでしょ」


 一瞬あった陰りをすぐに消して、アイシャはそう言う。

 そんなアイシャの背後で、宵虎はどうにか身体を伸ばして戦場を見ようとしていた。


「…………見えん」


 そうしている間にも、戦場に、出場者達が姿を現す。


 隠す気もなく、ヴァラールの紋章のついた外套を纏っているフリード。

 そして、金ぴかの鎧を身に纏った、太った男、ゲオルグ。


 フリードは静かに、ゲオルグはありもしない歓声に手を振りながら、対照的に歩んで居た。


「そう言えば、フリードって強いのかにゃ?」


 思い出したように言ったネロに、アイシャは答えた。


「……まあ、そこそこ強いんじゃない?あのマント、ヴァラールの軍人の奴だし。軍は末端まで精強だからね。少なくとも、あのチャンピオンより強いのは間違いないんじゃない?まあ、買収されてたらわかんないけど」

「にゃ~。じゃあ、決勝はウェイン対フリードかにゃ?」

「普通に行けばね~。あのチャンピオン物凄くよわっ!?」


 突然、アイシャは大声を上げた。

 見えん……と業を煮やした宵虎に持ち上げられたからである。


「ちょ、なに、お兄さん?……脈絡なくセクハラ?」

「…………見えん」


 憮然とそう呟きながら、宵虎はアイシャを隣の客席に座らせた。

 そして、戦場で向かい合う二人に視線を向け――宵虎は驚いた様に呟く。


「む?……あれは、太った子分。出場していたのか」


 その宵虎の呟きに、ネロは首を傾げた。


「太った子分?……ゲオルグの事かにゃ?なんで子分って思ってるのか知らないけど~、あれ、チャンピオンだにゃ。王者、前回優勝者らしいにゃ」


 ちゃんぴおん?と、首を傾げる間を宵虎に与えず、ネロはまくし立てた。


「優勝者?…………あれで?」


 だが、どうあれ、宵虎は首を傾げ続けた。


 太った子分の実力は知れている――大会に出る以前に、武芸を修めている訳でもなく、またそれ以前に身体も怠け切っている。


 およそあの様子で剣術大会の優勝など望めるはずもない訳だ。何かしら影で手を回して姑息に立ち回っているのか…………。

 いや、思い出すのは先日、水を差されたその日の夜。


 宿に現れた妙な化生――。


「めふぃなんとかか………」


 あの悪魔が、何がしかしているのだろう。


「めふぃなんとか?……だんにゃ、そのなんか間抜けな単語は何かにゃ?」

「知らんのか?」

「知らないにゃ」

「……なら、俺にわかるわけもない」

「ちょっと何言ってるかわかんないにゃ。…アイシャ~。めふぃなんとか、って知ってるかにゃ?」

「メフィナントカ?お兄さんが言ったの?……食べ物とかじゃない?」

「なるほどにゃ~。食べ物かにゃ」

「………食べ物なのか?まあ、確かに……食えない事もないだろうが……猿はまずいぞ?」

「にゃ~。かつてここまで訳わかんない事はなかったにゃ~。噛み合わないまま進行してる気がするにゃ~」


 そんな呑気なやりとりの中、実況の鬨の声が上がり、ゲオルグとフリードの対決は始まった。


 太った身体を揺らし、無闇に剣を振るゲオルグ。

 悠々とそれを躱し、はじいていくフリード。


 二人は何かしら話しながら戦っているようだが……客席までその声が聞こえて来ることはない。


 とにかく、明らかにフリードが優勢だ。買収されている訳でもなく、闇討ちされた訳でもなく、ただの勝負ならフリードがゲオルグに負けるはずもない。


 やはり、結果が見えている。そう宵虎が考えたその時―――

 ―――気配があった。酷く凶悪で、酷く邪悪な気配が。


 戦場ではない。コロシアムの客席でもなければ、この近くでもない。

 ただ、街の中ではある。街中のここではない場所――そこに、強大な気配が突然現れた。


「これは………」


 覚えがある。ようとして掴めず、だが一度掴めば無視は出来ない、……悪魔の気配。

 宵虎はその気配の方向へと視線を向ける――


 直後、ドンと振動が響き、


「あ!」

「にゃ?」


 アイシャとネロは同時に声を上げた。そして、落胆したような実況の声がコロシアムに木霊する。


『あ~……。、これか………』


 その声に宵虎は戦場に視線を戻す。


 戦場に立ってるのは、小太りの金ぴかの鎧の男――ゲオルグのみ。

 フリードの姿は……戦場の外にあった。


 まるで、吹き飛ばされでもしたかのように、場外に倒れ伏しているフリード。


「フフフフ…………アハハハハハ!僕が王者だ!ハハハハハッ!」


 ゲオルグは、戦場の中心で剣を振り上げ、大口を開けて醜く笑っていた。見た目に特に変化はない――いや、ほんの僅かに、ゲオルグの身体が前より大きくなっているか……。


 その様子に、唖然と、ネロは呟いた。


「……いきなり、強くなったにゃ」


 そんなネロに、アイシャは視線も鋭く、答える。


「……紋章魔術かな。鎧の裏に彫られてるとか?」

「いや、甲冑は事前にチェックされるってウェインが言ってたにゃ」

「そう。……でも、どっちにしろなんかのズルだよね」


 ゲオルグは、突然強くなったのだ。ついさっきまで、無茶苦茶に振っている剣をフリードにあしらわれていたと言うのに……決着の直前、それまで通り受けようとしたフリードの剣ごと、ゲオルグの無茶苦茶な剣がフリードを吹き飛ばした。身体能力が急に強化されたとしか思えない。


 と、そんなアイシャの脇で不意に宵虎は立ち上がる。


「にゃ?どうしたにゃ、だんにゃ?」

「……野暮用だ。弓は持ち歩いているな。一応、ウェインから目を話すなと伝えておけ」


 そう言うが早いか、宵虎は歩み去って行く。


「……お兄さん、どこ行くの?」

「多分、なんか気付いたんじゃないかにゃ。野暮用だってにゃ。常に弓持ってろって。あと、ウェインから目を離すなって」

「え?そっか……次、ズル王者とウェインが戦うんだもんね」


 闇討ちやら何やらのズルが発生するかもしれない。しなくても、さっきの急な強化は、恐らく決勝でも起こるだろう。


 素の実力なら間違いなくゲオルグよりウェインの方が上なのだ。

 未だ嗤い続けるゲオルグを睨み、神妙な顔で、アイシャは呟いた。


「…………これは、ミスコンどころじゃないかな……」

「そうだにゃ……」


 つい真剣にそう頷いてから……ネロは、なんだかかなり場違いな単語を聞いた事に気付いた。


「…………にゃ?アイシャ、今、ミスコンって言ったかにゃ?」

「言ったよ。ミス・メメントモリ・コンテスト。明日だって。エントリーしといた」

「……出るのかにゃ?」

「ウェインがね」

「……………何故、ウェインをミスコンに出すにゃ」

「人目に慣れさせて上げようと思って」

「……悪魔みたいな発想だにゃ」

「え~。そこまで言わなくて良いじゃん」


 不満げにそう言いながら、アイシャは立ち上がった。


 どうあれ、決勝は真っ当な試合にはならないだろう。あるいは、ウェインが踏ん張ろうとし過ぎて、嬲られるような展開になるかもしれない。


 宵虎は宵虎で何かしらするらしいし、それを信用しない訳でもないが……アイシャも、多少は考えておいた方が良いだろう。


 アイシャはコロシアムを見回す。方々にある柱、客席の屋根、コロシアムの塀……戦場を見下ろせる高台には困らない。

 アイシャは、だ。


 最悪の場合。ウェインに恨まれるとしても…………。

 まあ、今はとにかく。


「ウェイン、化粧得意かな……」


 真剣な顔でそう呟いたアイシャに、ネロは呆れて呟いた。


「…………結局、出場する事は決定なんだにゃ……」


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