剣術大会準決勝 ウェインの戦い

『さあ!さあ!今日も大盛況なメメント・モリ剣術大会も遂に準決勝!……盛り上がって参りましょう!』


 と言うもはややけくそに近い様な実況の声が、選手の待機所まで響いて来る。


 薄暗い待機所にいるのは、3人。壁に持たれかかって静かに出番を待っているフリード。少し心配そうな様子のネロ。そして………甲冑を着込んで仁王立ちしているウェインだ。


「ウェイ~ン?大丈夫かにゃ?」


 ネロはそう声を掛けたが、しかし、ウェインは返事をしない。どころか、身動き一つしない。


 着込んだ甲冑の中で……ウェインは甲冑に負けない位にがちがちになっていた。


 ウェインは上がり症である。出番を直前に……その頭は真っ白になっているのだ。


 確かにもう準決勝、3回戦。試合に出たのはこれが初めてではないが………一回戦は緊張したまま剣を振り回している間に宵虎が自爆した。

 2回戦は対戦相手が来ず、結局戦わずに終わった。


 ウェインは確かに三回戦まで進出してはいるが………自力で勝った事はないのである。そのせいで、進出する事に、実力以外の要因で勝ってしまっていると言う思いが強くなり、自分が酷く場違いな様に思えて…………真っ白な頭の中に響くのはずっと昔に出た、小さな剣術大会でのヤジばかりだ。


 あれが―――の弟子かよ。

 女じゃないか。


 ウェインの上がり症の根源はそれなのだ。


 才能がなく、実力がなく――師匠の名に見合わないのではないかと言う不安。

 そして、そもそも、女の自分が剣術大会に出ることもまた、場違いではないか。奇異の目で見られてしまうのではないかと言う不安。


 要は、自信がないのである。自信がないから上がり症で、上がり症のせいでまた自信を失っていく……。


 不のスパイラルをまったく打破出来ないままに、準決勝のその日が来てしまった。

 なんなら、上がり症が悪化して言っているかもしれない。何かをして自信を付けようと、宵虎に師事を頼んではみたが……結局、宵虎に完全にあしらわれるレベルでしかないと自信を失っていき。連日永遠素振りをしても、いまいち突きは上達しない。


 アイシャが思いついたらしい上がり症克服の方法は……そもそも、未だ聞かされてもいない。

 結局、何も出来ていない……と言う思いがまた更にウェインの自信を奪っていき……


「ウェイン!」


 と不意にネロの大声が響いて、ウェインは一瞬我に返った。


「あ、はい。……なんですか?」


 そんなウェインを前に、ネロは溜息をついた。


「ホント、大丈夫かにゃ、ウェイン?さっきから何回も…………」


 と言う途中で、ネロの声が聞こえなくなって行く。

 ネロが黙ったという訳ではなく……緊張しているウェインの頭が真っ白になっていき、人の話を聞いている場合ではないのだ。


 頭の中では、昔聞いた心ない野次が響き、ペラペラ喋り続けるネロの声と混じり合い、なんだかネロにまで悪口を言われているような……。


「ウェイン!」

「は、あ、……う、……すいません……」

「なに、謝ってるにゃ………。とにかく、ウェイン?剣、預かるにゃ」

「剣?……あ、はい。お願いします……」


 答えながら、ウェインはガチャガチャと――震えた手で腰の剣を外した。

 甲冑を着ているから、外からはただやかましいぐらいにしか思わないだろうが、甲冑の中で、ウェインの手は震えているのである。


 そうして、鞘ごと取り外した装飾の入った剣を、ウェインはネロへと差し出した。


 その剣は、師匠の形見だ。一回戦では仕方なく運営に預けたが、やはり、知っている人に預けておいた方が安心できる。

 …もっとも、そんなちょっとした安心で払しょく出来る程、ウェインの緊張は甘くはないのだが。


 ネロはウェインから剣を受け取ろうとした。が、渡してる途中で固まったウェインは、剣から手を離そうとしない。


「ウェイン?…ウェイン!やっぱり、あたしが預からない方が良いかにゃ?」

「え?……あ、いえ。そんな事は……お願いします」


 そう言って、ウェインは今度こそネロに剣を預けた。

 受け取ったネロは、ウェインへと言う。


「そうだ、ウェイン。だんにゃから伝言だにゃ。一旦突きはあきらめろ。横薙ぎの連撃だけすれば勝てる。……だそうだにゃ?」


 だが、ウェインは、手渡した姿勢のまま固まっていて…ネロに返事をしなかった。


「……本当に大丈夫かにゃ。じゃあ、ウェイン?あたし、客席で応援してるにゃ?」


 そう言ったネロにも、ウェインはもう返事をしなかった。

 その様子に、ネロは小さく溜息をつき、ガンガンと、ウェインの肩を叩いた。


 そして……案の定叩いた方が痛かった手を振りながら、ネロは客席へと向かっていった。



 *



 昔、小さいころ。

 ウェインは、近くで小さな剣術大会が開かれると聞いた。

 その時、ウェインが連想したのは―――喝采を浴びていた師の姿だ。


 憧れを胸に、ウェインはその剣術大会に出ることを決めた。師には言わなかった。優勝したと報告したら、最近元気がなさそうな―振り返れば病気に予兆の差中にあった―師匠が喜ぶだろうと思ったのだ。



 剣術大会に出たウェインの相手は、大男だった。技ではなく腕力自慢――そんな相手を前に、ウェインは委縮した。

 周囲のヤジ、好奇の視線が突き刺さり――ウェインには、大男が実際より大きく見えていた。


 結果は、一回戦負け。ウェインはその大男に勝てなかったのだ。

 技術自体は上回っていた。ただ、委縮して身体が動かず、女の子の腕力で大男に勝てるはずもなく。


 負けた後、ウェインの頭は真っ白になった。確かに、同情の声もそこにはあったはずだが、けれど……その時のウェインにはそれを聞く余裕もなかった。


 

 そうして、ウェインは自信を失った。

 家から出なくなり、外に出る時は絶対に師匠について行って、離れようとせず。


 剣は変わらず振り続けても、大会に出ようなどと考える事もなく。



 ウェインはずっと、師匠の後ろを歩き続けていた。師匠が没するまで……あるいは、今もまだ。


 *


 カンカン、カンカン―誰かが、ウェインの兜を叩いている。

 その音に、ハッとウェインは我に返った。緊張が行きすぎて走馬燈まで走っていた気がする…。


 そんなウェインを軽く叩いていたのは、同じ待機所にいたフリードだ。


「……呼ばれているぞ。出番だ。棄権するのか?」

「あ、いえ、行きます…」


 そう答えて、ウェインはガチャガチャと歩き出そうとする。

 そんなウェインへと、フリードは言った。


「武器もなしにか?…ウェイン?……剣を持って行け!」

「あ、はい!」


 反射的に大声で応え、差し出された木の模造剣を受け取り……そしてウェインは、ガチャガチャと戦場へと歩んで行く。


 操り人形のようにぎこちない動きを甲冑の下に隠し、溜息をついたフリードに見送られながら。



 選手待機所は、戦場を挟んで二つある。対戦直前に選手同士が会わない様にするためだ。


 という訳でウェインは一人、ガチャガチャと戦場へと歩んで居た。

 実況が何かしら言っているが――ウェインがその声を聞く余裕があるはずもない。


 客席は今日も閑散としているのだが…それを確かめる余裕もまた、ウェインにはない。


 ウェインの頭にあるのは、注目されているのだろう―という、不安。

 陰口を言われ、笑われているのではないか――という不安。


 不安ばかりが脳裏をよぎり、―――それ以外、頭の中は真っ白だ。


 気付くとウェインは戦場の中心に居た。


 目の前には、誰か――対戦相手がいるようだが、その姿を観察する余裕もない。

 一回戦の時は、外国の人だ……くらいは思ったのだが、そんな事を考える余裕すらない。


 明らかに上がり症が悪化している。そう言う悪い事ばかり気付いてしまい、その事がまたウェインから余裕を奪っていく。


 ガチガチに固まってしまっているウェイン――

 ――その、兜で狭められた視界の中で、相手が突然動いた。


 手に持った模造剣を、躊躇なく振りかぶって来る。

 ……試合開始の合図を、緊張したウェインは聞き逃していたのだ。


 全く動けていないウェインの頭へと、相手の一撃が襲う―。

 ガンッ!強烈な衝撃が、ウェインの頭部を襲った。


「……う、っ…」


 ウェインは呻き声を上げる。

 酷く、痛い。甲冑を着ていれば痛くはないと、ついさっきまでウェインは思っていた。


 けれど、実際に切りつけられて――その考えは間違いだとウェインは知った。

 木でできた模造剣であっても、思い切り打ち付ければ、相手を殺してしまう事もあるかもしれない。けれど、それは生身であれば、の話だ。


 甲冑を着ているなら問題ないと、誰しも思うのである。着ている者も、切りかかっている者も。

 だからこそ、一切の躊躇のない、渾身の剣がウェインを襲い……甲冑を通り抜けた衝撃が、その頭を打ち抜いてくる。


 僅かにふらついたウェインへと、相手はまた剣を振るった。


 やられっぱなしでは駄目だ。反撃しないと。辛うじてそんな気力を振るい立たせて、ウェインもまた剣を振る。だが、それは練習したどの技でもない、ただ振っているだけの剣だ。


 素人が棒を振っている、レベルの攻撃である。

 それでも当たったのは、相手もまた単純な力自慢で、技術がないからだ。


 けれど――あるいは、力自慢だからこそ、非力なうえに力の籠っていない剣が当たろうと、相手はまったく意に介さず、ウェインを打ち据えて来た。


 相手の重い剣に、ウェインの頭は揺らされ、逆にウェインの非力な反撃はまるで効いていない。

 ……トラウマの焼き増しだ。


 小さなころに出た剣術大会もこうだった。

 ちゃんと練習して、修行したのにそれを発揮できず、ただの力自慢に、ウェインは良い様に翻弄されてしまう。


 試合展開は一方的だった。完全にウェインが押されている。まがいなりにも甲冑を着ているからこそ、まだ負けていないだけで、身体中が酷く痛い……甲冑の奥で、身体が腫れている気がする。


 もう棄権しようか。ウェインは、そんな事まで考えていた。

 これ以上続けても、痛い思いをし続けるだけだ。勝てると微塵も思えない。ずっと昔のトラウマを思い出すだけだ。


 力自慢なだけの相手に、何も出来ず、ただ打ち据えられ続けるだけだ。


 結局、少し、大人になっても、あのころからウェインは何も変わっていない。

 非力で、不器用で。ただ憧れただけで剣を持って、師匠の背中を追い掛けて……。


 この剣術大会に出た理由だって、そうだ。師匠が昔優勝した大会だから、それだけの理由だ。


『ウェイン。……もう、無理して私の真似をする必要はないんだ』


 師匠だって、そう言っていた。こんなに痛い思いをしてまで、どこまでも師匠の真似をし続ける必要があるのか……。


 ここで耐えていたって、何の意味もない。師匠だってそう思うだろう。いや、ずっと思っていたはずだ。

 剣を教えるために拾ったわけじゃない。不器用、才能がない。


 師匠はいつも、ウェインにやめさせようとしていて……けれど、頑固に……やめなかったのはウェインだ。


 今だって、ウェインは自分で決めてここに居る。

 ウェインは、いくら止められても師匠の真似をし続けて来た。


 認めてもらうためだ。頑固なウェインは――撤回させたかった。

 無理に真似をしていた訳ではない、と。ただ、本当に憧れていただけなんだと。


 生きている間は、結局……撤回させることは出来なかった。

 だからこそ、ウェインは、振るい立ったのだ。勝利の華を、師と同じ王冠を、その墓前に据えようと。


 相手の重い一撃が、ウェインの身体を打ち据える。

 その威力に、痛みに……ウェインは大きくよろめき……相手と、距離が離れた。


 そこで、ウェインは漸く相手を見た。

 筋骨隆々とした大男だ。肩で息をしている…攻め疲れたのだろう。


 最初に宵虎と戦った時のウェインと同じだ。

 攻撃しても倒しきれないと遮二無二剣を振るい、疲れている。


 あの時、ウェインは……そうだ。疲れ切ったからこそ、一番楽な身体の動かし方を思い出した。


 永遠憧れ続け、永遠練習し続けていたそのを。


 ウェインの頭の中は真っ白だった。ただ、その一瞬の思考の空白は、上がり症のせいではない。不安に苛まれている訳でもない。


 何も考えずに済むほどに――その型はウェインの身体に染みついている。


 半身に、盾を前に、剣を身体の影に。馴染んだ構えを取ると同時に、ウェインは相手を睨んだ。

 そして、次の瞬間―――ウェインは踏み込む。重い甲冑を着ていながらも、淀みのない、鍛錬の末にある足取りで。


 相手もまた打って出た。追い詰められたウェインが最後の反撃に出ただけだと考えたのだろう。

 大男が剣を大きく振りかぶり、ウェインへと叩き付けている。


 けれど、ウェインは一歩も退かなかった。

 その方法で破られる可能性がある事を、ウェインは知っていた。言葉もなく、だが確かに教わっていたのだ。


 そして、それを教えてくれた人に比べれば、今振り下ろされている剣は、蚊が止まる様なモノ――。


 ウェインは盾を突き出す。迫る剣を横から殴りつける様に、角度のついた盾を、敵の剣へと押し当てる。


「――な、」


 相手はそう声を上げた。振り下ろす剣は確かに盾に当たったと言うのに、その感触が軽過ぎる――なにが起こったか理解出来ないのだろう。


 理解出来ないまま、相手は自分の振り下ろす力を制御出来ず、思い切り振り切ってしまう。


 ウェインの盾にいなされ、逸らされ、両手で握った剣を空ぶる――。

 ――相手の頭ががら空きだ。


 それを判断する前に、ウェインはもう、連撃に移っていた。


 横薙ぎの一閃。同じ動作で、頭から足まで相手の身体中どこでも狙えるその技―――狙いを定めるのは、技の中途でも何ら問題はない。


 ウェインは、剣を振る―――。


 ピタリ。ウェインの剣は、相手の首、そのすれすれで止まった。


 確かに、木でできた模造剣だ。だが、技を喰らった方にしてみれば……ウェインの技の鋭さを体感した者からすれば、およそ模造剣とは思えない。


 首を落とされた――そんな錯覚の差中、相手は剣を取り落とし、呟いた。


「……参った」


 その直後、実況が勝ち名乗りを上げ、客席からは歓声が上がる。


 ただ、ウェインはその声を、やはり聞いていなかった。

 …………勝った?どこかぼんやりしたその思いが実感に変わると共に……突然、ウェインの視界が広がっていった。


 今まで見えていなかった周囲の様子がよく見える。客席は酷くまばらだ。

 ……多くの人の注目を引いている、と緊張していたのが馬鹿げて来るようなまばらさだ。


 ウェインはそんな客席を見回し――その中に、小さな笑みを浮かべる異国の大男の姿を見た。


「……フ。だから、それだけやっていろと言っただろう」

「………すいません」


 宵虎の声は、遠く、聞こえない。聞こえていたとしても理解出来ない。

 ただ、ウェインはそう呟いた。


 およそ、師匠と呼ぶ相手に、ウェインが褒められる事はないのだから。

 きっと、宵虎が口にしたのは駄目出しだろう。


 と、そこで宵虎の周囲で、アイシャとネロが、宵虎を巻き込んでわちゃわちゃ騒ぎ出す。


 ……仲が良さそうだ。衆目の中心で、ウェインはそんな事を思い……甲冑の影で小さく微笑んだ。


 それから、ウェインは一つ頭を下げて……堂々とした足取りで、戦場を後にする。


 完璧に上がり症を克服したわけではないだろう。

 ただ、漸く、ウェインはその手に、生まれて初めて勝利を掴み……自信の欠片を手にしたのだ。


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