剣術大会、開幕!

 大会参加を決めた、その翌日。


 メメント・モリの花形イベント、剣術大会の一回戦が開催されているコロシアムの客席には、様々な都市から集まって来た物好きな見物人達がまばらに座り込んでいる―。


 そんなスカスカの客席に、紋章魔術の拡声器越しに、実況の必死に盛り上げようとする声が響いた。


『さあ、今年もやってまいりました、大盛況のメメント・モリ剣術大会!街中の注目を集めるこの一大イベント、今年の優勝者は一体誰になるのか!2連覇中の現王者がまた優勝してしまうのか!?それとも輝かしく現れた新星が話題を作ってくれるのか!何はともあれ―』

 

 アイシャとネロの姿は、そんな客席の最前列にあった。アイシャは退屈そうに頬杖を付き、ネロは実剣禁止という事で、宵虎から預かっている太刀を抱えている。


 二人が共に、呆れたような顔で、呟いた。


「……なんか、必死だね」

「そうだにゃ。……あの実況、昨日の受付のお姉さんだしにゃ。ほんとカツカツなんじゃないのかにゃ、このイベント」


 そんな、どこか気の抜けたような雰囲気は、客席のそこら中で漂っている。

 下手したら客席にいるのは全員、出場者の身内かもしれない……。

 その閉塞感をどうにか振り払おうとでも言うように、実況は懸命に声を上げていた。


『さあ、一回戦開始です!初戦の出場者は現在2連覇中の家柄だけは確かな自称閃光の貴公子!ゲオルグ・フォン・ヴォルゼンブルグ!その牙城に一体誰が土をつけてくれるのか!』

「……あの人、ホントにチャンピオン嫌いなんだね」

「……本音だだ漏れだにゃ」


 そんな風に呆れつつ、コロシアムの中心、石で僅かに高くなった四角い戦場へと姿を現したのは、金ぴかの甲冑に身を包んだ金髪の青年。背丈が低くやたら体系が丸い気がするのはきっと甲冑を着こんでいるせいだろう。


 たるみ切った丸顔で、その隠す気のない七光り―ゲオルグ・フォン・ヴォルゼンブルグはまるで声援でも浴びているかのように堂々と客席に手を振っていた。


 いや、一応、声援は一つある。

 アイシャ達と同じように客席の最前列に陣取っている老紳士が、大声でゲオルグへと声援を送っていた。


「カッコ良いですぞ坊ちゃま~」

「………これ、本当に身内しか見に来てないんじゃないかにゃ?」

「そりゃ、盛り上がらないよね~」


 そう呟いて、飽きたとばかりに大きく欠伸をしたアイシャは、受付の美女から貰ったパンフレットを開き、そこに視線を落とした。

 と、そんなアイシャに、ネロは言う。


「アイシャ。……あのチャンピオン、めっちゃこっちに手振って来てるにゃ」

「振り返して上げたら?」


 そちらに視線を向ける素振りも見せず、そう言ったアイシャの横で、ネロもチャンピオンから視線を逸らして言った。


「絶対嫌だにゃ。……あ。諦めたっぽいにゃ。…と思ったら、今度は実況のお姉さんに手を振ってるにゃ」

『……チッ。コホン』

「……マイクあるのに舌打ちしちゃダメだと思うけどにゃ……」

「ネロ、実況代わってあげたら?得意そうじゃん」

「…………ちょっと、考えとくにゃ」


 そんな風に、実況の頑張りが儚く響く中、大会は始まって行く――。


 が、アイシャはその試合の様子を対して見る事もなく、欠伸交じりにひたすらパンフレットをめくって、時間を潰していた。


 パンフレットを読む限りでは、昔はそれなりにレベルの高い大会だったらしい。勿論、運営が発行している以上話を盛っている可能性は否めないが、10年前は人気も実力もある絶対王者、フーリ・アーヴィングと言う男が君臨しており、それに挑もうと言う腕に覚えのある強者達がそこら中から集っていて、参加者に困る事もなかったらしい。


 が、今目の前で行われているそれは、現チャンピオンが試合を行っているというにも関わらず……酷くレベルが低かった。


 酷く散漫で動きののろいチャンピオンが、明らかにやる気のなさそうな対戦者を、出来レースよろしく圧倒している。


「…見てて何にも面白くないにゃ」

「だって、どう見てもチャンピオンじゃない人の方が強いし。裏でお金払ってるんじゃない?」

「…普通にずるいにゃ」

「まあ、広い意味で実力だよね~」


 試合内容も白熱しなければ、見ている方もやる気がない。

 実況の頑張りだけが響く中、大会は進んで行く―。



 やがて、何試合かをやる気なく見送った末に、ネロはこう言った。


「あ、だんにゃの出番、次じゃないかにゃ?」

「え?……そっか」


 そう言って、アイシャはパンフレットを閉じて、試合会場へと視線を向けた。

 そこで繰り広げられているのは、やはり、特に見るもののない地味な戦いだ。宵虎の出番はこの次、らしいが……。


「まあ、これならどう考えてもお兄さん、余裕でしょ」


 欠伸を噛み殺しながらそう言ったアイシャの横で、ネロはボソッと言った。


「……ルールをちゃんと理解してればにゃ」

「ルール、ってなんだっけ?」

「えっとにゃ。紋章魔術含めて、魔術は禁止。殺しも禁止。武器は木製の模造剣。鎧と盾は持ち込みあり。気絶か、場外で負け、だにゃ」


 宵虎に言い聞かせる過程で暗記でもしたのか、ネロはスラスラと答える。


「ふ~ん。気絶は、まあ…ないとして……」


 その内容を反芻した後に、アイシャはため息交じりに呟いた。


「………場外か…………」

「場外だにゃ…………」


 そこで、現在行われている試合の決着が付く。

 必死になって盛り上げようとしている実況の声を空しく聞きながら、ネロは言った。


「あ、でも、あたし言っといたにゃ。絶対、場外だけは駄目だって。絶対、絶対にゃ?絶対場外に行っちゃダメだってにゃ。口酸っぱく言っといたにゃ」

「そっか。なら…………………凄い、不安になって来たんだけど…」

「奇遇だにゃ。あたしも今後悔してるにゃ」


 そう、嫌な予感に苛まれながら呟く二人。


 と、そこで、宵虎が試合会場に姿を現した。

 途端、アイシャは大声で声援を送った。


「お兄さ~ん!場外はダメだよ~!絶対ね~!」

「……今更遅い気がして来たにゃ……」


 声を上げるアイシャの横で、ネロはため息交じりに呟いた。



 *



 木で出来た模造剣――玩具の様に軽いそれを手にした宵虎は、いざと気合いを入れ戦場へと踏み込んだ。


 石で出来た戦場――異国のころしあむとやらを踏み締める宵虎の耳に、聞きなれた娘の声援が届く――。


 アイシャが何やら必死に声を上げている。何を言っているかはわからないが……期待されているのだろう。


「場外は駄目だよ~!わかってる~?絶対だよ~!」


 ならば、その期待に応えよう―。

 宵虎は剣を肩に、相対する敵を睨んだ。


 目の前にいるのは、顔まで完全に覆い隠した銀色の重甲冑フルプレートアーマーを着込んだ者――左手には円形の盾を持ち、その重装甲からして明らかに不釣り合いな木製の剣を右手に握っている。


 腕前の程はしれない。重い甲冑に隠されて所作までは見抜けないのだ。

 だが、明確な問題は一つ。その重装甲を如何に突破するかだ。


 殺しは御法度。気絶か場外で決着が付くらしい。木の剣であの重装甲を気絶させるのは難しい……ならば、狙うは場外か。

 否、あの重装甲を押し出すなどと、幾ら宵虎であれ骨が折れるだろう。


 なればこそ……そう。力の差をわからせた上で、降参させるが最上―。

 方針を定めた宵虎の耳に、やたら大きな声が響く。


『ではでは、第五試合、開始!』


 その言葉の意味も、宵虎にはわからない。

 ただ、恐らくは鬨の声だろう、宵虎はそう断じた。

 その騒々しい声と共に、目の前の甲冑が、宵虎へと猛然と駆け出したからだ。


 ガチャリガチャリと音を鳴らしながら迫りくる甲冑―――その足運びは淀んでいる。


 明らかに、甲冑が重過ぎる――そう見て取った宵虎へと、甲冑の騎士は上段から剣を振り下ろした。


「やあああああああ!」


 高い、気合いの声が響き渡る。

 だが、その気合いとは裏腹に、甲冑の騎士の放つ剣閃は酷くのろく、力の籠っていないもの。


 腕がないのか甲冑が邪魔なのか……あっさり躱した宵虎の横を、甲冑はよろよろと行き過ぎる。


 ……まるでなっていない。これなら、その辺の男に棒切れを持たせた方がまだマシな動きをするだろう。

 誰がどう見ても甲冑が邪魔になっている。重過ぎるのだ。

 こちらから手を出さずとも、避け続けるだけで勝手に疲れ、倒れるのではないか…。


「たああああああ!」


 またも気合いの声を上げ、甲冑の騎士は宵虎へと遮二無二剣を振り回す。


 それを、宵虎は悉く躱し、いなしていった。


 僅かに身体を捻り、あるいは剣の腹で軌道を逸らし――見ている者からすれば、あるいは宵虎が攻め込まれているようにも見えるだろう。


 だが、窮地に至っているのは寧ろ甲冑の騎士の方―。

 甲冑に振り回されている上に、遮二無二打ち込めば体力はすぐに底をつく。


 みるみると、甲冑の騎士の動きは鈍っていき……やがて、打ち込みは止んだ。


 肩を上下させ、疲れ切ったように両手を垂らす甲冑の騎士――。

 格の違いを知ったか……未だ一度も打ち込んでいない宵虎は、そんな事を考えながら、甲冑の騎士を眺めていた。


 降参してくれるならそれが一番楽で良い……そう考える宵虎の耳に、僅かに籠った呟きが聞こえてくる。


「ああ、駄目だ……凄い……なんで………違う……教わった通りに……」


 宵虎には理解出来ない異国の言葉――ただ、宵虎は僅かに警戒を強めた。

 呟きと共に、甲冑の騎士の呼吸が浅くなって行き――構えが変わって行ったからだ。


 それまでの無闇に振り回していたのとは違う、確かに型の見える構え――

 ――半身に盾を宵虎に向け、横に伸ばした剣を持つ手を、身体の影に隠した構え。


 刀身が見えず、ぎりぎりまで剣の軌道が読めないという意味では、脇構えに近いだろう。だが、片手に盾がある以上、それそのものと言うわけではない。


 漸く集中しだし、剣を構えた宵虎――

 ――甲冑の騎士は動いた。


 未だ僅かに重さに振り回されながらも、しかし先程までとはまるでちがう鋭い足運び。

 いつ、振るうか――正面から待ち構え、機を待っていた宵虎へと、甲冑の騎士はそのまま突っ込んで来た。


 剣を振るうのではない。正面に置いた盾での殴打――シールドバッシュだ。


「む……」


 宵虎の対応は若干遅れた。


 知らないのだ。シールドバッシュ……いや、そもそも手持ちの盾自体を、宵虎は知らない。何やら鉄の板を持っている……程度の認識しかない。


 弓にしろ槍にしろ太刀にしろ――倭の国の武器は基本両手で使うモノ。盾はあるにはあるが、それは地面に置いて矢から身を防ぐためのものだ。


 完全に予想外で、かつ隠れた剣にばかり意識を向けていた宵虎は、遅れて後ずさる他になかった。


 それでも躱しきれたのは、そもそも甲冑の騎士と宵虎の間に大きな技量差があった為。

 そして、漸く働き出した宵虎の歴戦の勘は告げる―――があると。


 バッシュ自体に殺傷能力はさしてない。それはあくまで、相手の構え、体勢を崩す為のモノ――。


 勘に従い、宵虎は大きく跳び退く。

 その影を、甲冑の騎士の一閃が切り裂いた。


 半身から繰り出される横薙ぎ―――まるでそれだけ極めているかのように、他の動きとは一線を画す流麗な剣閃。


 どうにか躱し、大きく跳び退いた宵虎は――そこで、漸く甲冑の騎士の技の全貌をった。


 まず懐まで飛び込む。その間に攻撃を受ければ盾でいなし、受けなければ盾で殴り体勢を崩す。

 その上で、剣の横薙ぎ―同じ軌道で首から足までどこであろうと狙える一閃で止めをさす。


 完成された技だ。攻防一体の、まさしく必殺のそれ。

 ………しかし、一度見た以上、もはや宵虎には通用しない。


 気を引き締め直した宵虎の耳に、何やら騒がしい音が響く―――。


『場外、場外!猛攻の末勝利を掴んだのは、ウェイン選手です!拍手!』

「あ~、もう……本当にやるかな、普通……」


 そんなアイシャの声が間近に聞こえる……どうやら、宵虎が跳び退いた先は、アイシャのすぐそばだったらしい。


 何を言っているかわからないが、沈んだ声だという事は不安がらせてしまったか。


「フ……同じ技を二度食らう俺ではない。次は防いで――」

「あ~、だんにゃ、だんにゃ?次はないにゃ。場外だにゃ、場外。だんにゃの負けだにゃ」


 白い目で、ネロは言った。


「……場外?」


 宵虎はそう首を傾げ……自分の足元に視線を向けた。


 そこは、コロシアムの客席の淵。つい全力で躱した結果…………宵虎は場外まで退いてしまったのである。


「…………………………わざとではない」


 一応、そんな事を言いながら、宵虎はアイシャを見た。

 アイシャは、じとっとした目で宵虎を睨んだ末に、プイっとそっぽを向いて言い放った。


「……カッコ悪い」


 アイシャの言葉の意味は、宵虎にはわからない。

 が、わからないならわからないなりに…………宵虎は傷ついた。




 客席の一角にいつの間にか現れていたグリムリーパーは、その様子にカラカラと笑い転げていた。

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