剣術大会参加受付


 コロシアム。

 マーカスの中心にある巨大な石造りのそれは、この町の他の建物よりも尚古いらしく、どこか歴史を感じさせる風化と補修の跡を残した、楕円形の建造物だった。


 何本もの柱が客席を支え、建造物の中心には屋根のない決闘場がある。


 宵虎達が向かったのは、そんなコロシアムの真横に建った、少しだけ新しそうな小屋。


 道に迷った末にグリムリーパーに案内されて辿り着いた、メメント・モリ剣術大会の事務所である。


 街中と同じように白、黒、赤の装飾が凝らされ、奥には異彩を放つ深緑色の甲冑が飾られたその事務所の中――。


 グリムリーパーを模した様な華やかな服装をした受付の美女は、花の様な笑顔と共にこうまくしたてた。


「ようこそ、今日も大盛況なメメント・モリ武術大会運営委員会へ。参加希望の方ですか?参加希望の方ですよね?ご参加ありがとうございます、こちらにサインをどうぞ」

「……切羽詰まった何かを感じるにゃ」

「やっぱり、頭数足りてないんじゃない?」


 そんなネロとアイシャの声を、まるで聞こえていないかのように無視して、受付の美女は宵虎に紙とペンとインクを差し出した。


 一応、それらを受け取った宵虎は、暫しそれらを眺めた末に……ネロに視線を向けた。


「わかったにゃ。こっちで話すからちょっと大人しくしてるにゃ」

「……………」


 言われた通り、宵虎は大人しくしておく事にした。

 そんな宵虎の背中で、アイシャは声を上げる。


「あのさ~。これに書いてある事本当?一回戦突破したら宿泊費貰えるって」

「はい。………ついでに言いますと、今ならなんと、参加していただくだけで勝っている間は宿泊費をこちらで負担させていただきます」

「やっぱり人足りないんだにゃ……逃がさない様にしてるにゃ」


 そんな風に、ネロは呆れて呟いていたが……こないだの一件から若干疑り深くなっているアイシャは受付の美女の言葉に不審点を発見した。


「勝っている間は?……負けたらもう貰えないの?その場で出てけって事?」


 そう言われた受付の美女は、一瞬笑顔のまま固まり……それから言った。


「………………惜しくも敗退された場合はその後観光客としてメメント・モリを楽しんで頂きたいと考えています」

「…すんごい言葉選んでたにゃ」

「まあ、別に負けなきゃ良いだけか……でさ、優勝したら賞金貰えるの?」

「はい」

「幾ら?」

「莫大な額です」

「具体的には?」

「………賞金の他に栄誉と英雄の儀の継承権利もつきますよ?」

「………額を聞いてるんだけどな……」

「物凄いカツカツの状態でやってるイベントなんじゃないかにゃ?」


 そんな風にアイシャとネロが呆れた所で、受付の美女は不意に遠い目になって呟いた。


「だって、しょうがないじゃん。ここ数年の王者に品も華もないし。王者があれじゃ宣伝出来ねえっつうの。あ~、フーリ様が蘇ればな~」

「あ。素が出たにゃ」

「なんのお話でしょうか?……コホン。とにかく、賞金をお支払いしないと言う事はございません。額が今年の売上次第なだけです」

「思いっきり開き直ったにゃ……」

「まあ、流石に馬車雇えるぐらいは貰えるか………。で、じゃあ、この英雄の儀の継承権利って言うのは何?」

「ああ。それはそのまま儀式、というか式典の花形を努めて頂く、と言う意味になります。剣術大会終了の翌日、メメント・モリの最終日に行われるイベントですね」

「イベントって言い切ったにゃ…」

「その内容は?」

「剣術大会の優勝者には、コロシアムの中心であちらの甲冑と向かい合って頂きます」


 そう言って受付の美女が差したのは、事務所の中で異彩を放っていた深緑の甲冑だ。


「あれと向かい合う……だけ?」

「はい。あの甲冑は、昔々、この土地でお勤めを果たしていたリー君……グリムリーパーを倒し、説得した英雄が着ていたと言う事になっているものでして、それと向かい合ってかつての英雄を受け継ぐ、と言うあまり見どころのない儀礼となります」

「……短い間に突っ込みどころがありすぎてどこから突っ込んで良いかわかんないにゃ…」


 そう呆れたネロを置いて、アイシャは話を進めた。


「本当に向き合うだけなの?」

「はい。まあ、3、4年に一回くらい動いて切り合ったりしますが」

「…また、偉く漠然としてるにゃ」


 そうまたもネロが呆れたところで、美女はまた遠い目になる。


「だって、マジでそうとしか言えないし……毎回動いたらもっと繁盛してるっての」

「…ちょくちょく素になるんだにゃ」

「なんのお話でしょうか?…こほん。まあ一応、ここは死神のいついていた土地でして。かつてはあの世に最も近い場所とも呼ばれた地でもあります。この時期、ちょいちょい亡霊っぽいのとか出て来るしなんかそう言うのがとりつくんじゃないんすか?2、3年に一回。……毎回働けよ、亡霊」

「わけわかんなくなるから途中から素にならないで欲しいにゃ…」


 そうネロが呆れて呟いたところで、アイシャは声を上げた。


「もう、わかったから!……動いたら動いたでそれもやっつければ良いんでしょ?今更他探すのもめんどくさいし……出場しよう?お兄さんが」

「当然の様にだんにゃに押し付けるんだにゃ……」


 そうネロが言ったところで、それまで大人しく黙っていた宵虎は首を傾げた。


「……押し付ける?俺に?何を?」

「剣術大会への出場だにゃ」

「大会?……俺は、見世物にされるために腕を磨いたわけではない」


 憮然と、宵虎は言い放った。

 宵虎の剣は退魔懲伏、禍を払うが為に磨いたモノ。断じて見世物として公に晒すためのものではない―。


 そんな宵虎の横で、アイシャとネロは言う。


「お兄さんなんて言ったの?」

「…出たくないらしいにゃ」

「え~。……でもそっか、お兄さんなら余裕で勝っちゃうし。面白くないかもね」

「そうだにゃ~。アイシャの言う通りだにゃ~。遂にだんにゃ無双の日が来たにゃ~」

「あ~あ、優勝したらカッコ良いのにな~」

「そうだにゃ~。アイシャの言う通りだにゃ~。キャーカッコ良い~って言われちゃうにゃ」

「でも、出る気ないんならしょうがないか……。お兄さんのカッコ良いトコ見たかったのにな~

「そうだにゃ~。アイシャの言う通りだにゃ~。威厳を取り戻すチャンスだったのににゃ~」


 何やら小娘共がやかましい……調子の良い事を言って宵虎をその気にさせようとでも言うようだ。


 そのような姦しい姦計、見抜けない宵虎ではない。

 宵虎は笑った。


「……フ。…………で、その大会とやらはいつだ」


 やる気に溢れだした宵虎に、ネロは白い目を向けた。


「扱いやすいにゃ……」

「扱われてくれてるんじゃないの?」

「どうなんだろうにゃ~。何にもわかってないようで実は察し良いかに見せかけて結局わかってない人だからにゃ~」


 そんな事を言いながら、ネロは宵虎の手からペンと紙を取って、適当な綴りでそこに宵虎の名前を書き込んだ。


 そして、その参加用紙を受付の美女に渡す。

 受け取った美女は、柔らかな微笑みで本音を吐いた。


「良し。定数揃った……」

「マジでカツカツだったんだにゃ……」

「ご参加ありがとうございます。一回戦は明日になっておりますので、それまではどうか、メメント・モリをお楽しみください」

「完全にギリギリだったんだにゃ……イベントの開催が」


 と呆れたネロをもはや美女は一切気にする事もなく、アイシャに視線を向けて、言う。


「ちなみに、ミスメメント・モリコンテストもありますが……」

「いや、出る訳ないじゃん。そんなめんどくさいの」


 即答したアイシャに、受付の美女は笑顔のまま舌打ちをした。


「……今、思いっきり舌打ちしてたにゃ」

「なんか、ストレス溜まってるんじゃない?まあ、良いじゃん。お金のメド立ったし」

「だんにゃが優勝すればの話だけどにゃ」


 そう言ったネロを前に、宵虎は挑む様に言い放った。


「…………俺が負けるとでも言いたいのか?」

「悲しい事に~、日頃の行いのせいで~、…………前振りにしか見えないにゃ」

「期待しておけ、ネロ」

「なんで今それ言っちゃったのかにゃ……」


 オチが見えている気がして来たネロは、そう呟いて、肩を落とした。

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