亡霊と出会う街、マーカス

 亡霊と出会う街、マーカス。それが、グリムリーパーに誘われた末に辿り着いた街の名前だ。


 亡霊と出会うと言っても、住人全員が亡霊とか、あるいは死んだはずの人間が大勢出歩いているという訳でもなく、その亡霊という言葉が差しているのはただ一つ。

 さっき、アイシャ達も出会ったグリムリーパーだ。


 マーカスに住みついている妙にひょうきんな死神が、森の中で迷子になった人をからかい、マーカスまで案内してくる為に、いつの間にやら亡霊と出会う街、と呼ばれだしたらしい。


 そして、マーカスの人々はためらいなくそのグリムリーパーに乗っかり、観光産業にしてしまった。

 それが年に1回、2週間ほど開かれる祭典。


“メメント・モリ”


 *


「メメント・モリって、どういう意味だにゃ?」

「確か……死を想え。どうせみんな死んじゃうんだから、世の中全部意味ないって事」

「それがお祭りになるのかにゃ?なんか、ブラックジョーク好きそうだにゃ……」


 アイシャと、ネロは、そんな事を話していた。ついさっき、マーカスの門番が頼んでもいないのにこの町の事情をペラペラと話し出したのだ。

 アイシャが途中で露骨に長話をめんどくさがらならなければ、未だ宵虎達は街に踏み込む事も出来ていなかっただろう。


 とにかく、宵虎達は物珍しそうに辺りを見回しながら、マーカスを歩んでいる。

 周囲から、好奇の視線を受けながら。


 異国の大男。その背中に抱きついている美少女。そして、その横を歩く黒づくめの少女―。

 一々『喋る猫!?』とならないように、ネロは街に入る前に娘の姿に化けておいたのだが………結局、目立ってしまっていた。


 もっとも、幾ら目立とうが宵虎もアイシャも気にした素振りすら見せなかったが。


「まあ、名前は置いといてさ……結構大きな祭りっぽいね~」

「そうだにゃ~」


 相槌をうちながら、ネロは方々を見回す。

 石造りの家々が建ち並ぶ街並み。祭りだからか、赤、白、黒、灰色と若干ダークな色合いの装飾がそこら中に施されていて、道には多くの露店が立っている。


 露店で売られているのは食べ物や観光品……明らかに髑髏や鎌を模したデザインの物が多いのも、やはりグリムリーパーにあやかっているからだろう。


 そして、そんな街並みを歩く人々の格好は色々な街、国から人が集っているのか、様々で統一性がない。……一番多い服装が髑髏の髪飾りやら、グリムリーパーが纏っていたのと似た様なローブである辺り、賑わっているし、観光産業は儲かっているらしい。


「……死神を目玉にするってのはどうかと思うけどにゃ……」

「別に良いんじゃない?さっきのグリムリーパー、目立つの好きそうだったし」


 そんな風に、物珍しいと、見られつつ辺りを見回しながら進む一行。


 と、そんな一行の前に、何やら人垣が現れた。

 人垣の中心に居るのは、二人の男。両方が剣を帯びていて、何やら口論をしているようだった。


 一人は、赤ら顔の、足取りのふらついた男。酔っ払いらしい……どうも、その酔っ払いがもう一人に絡んでいるようだ。

 絡まれている方は………30代位の、気真面目そうな男だ。金髪を刈り上げ、姿勢は堂々としている。腰には細身の長剣を帯びており、纏っている外套には、この町のモノとは違う紋章があしらわれていた。


 盾と槍と、女の横顔――そんなデザインのある国を示す紋章。

 それを目にした途端、アイシャは僅かに顔を曇らせた。


「………ヴァラール」


 喧噪の中で、そのほんの小さなアイシャの呟きを聞いたのは、文字通り背に張り付かれている宵虎のみ。


 宵虎はその声に振り返る………だが、宵虎と目があった時には、アイシャは表情の陰りを消して、にこやかな笑みを浮かべていた。


 宵虎は首を傾げ……また、騒ぎの方へと視線を戻した。

 背伸びして騒ぎを覗いていたネロは、そこで呟く。


「にゃ~。喧嘩、かにゃ?止めた方が良いかにゃ?」


 そう言ってネロが見上げた時には、アイシャはもう表情の陰りを消していて、普段通りの様子で答えた。


「え~、私達関係ないし~。やりたいならやらせとけば?別に寄ってたかってじゃなくて、ちゃんと喧嘩っぽいし。……あと、ほら」


 そこで言葉を切って、アイシャは人垣の中心、向かい合う男達を指差す。

 口論がヒートアップして来たのか、酔っ払いは尚更顔を真っ赤に怒らせ、遂に、剣を引き抜こうとし……


 ――その瞬間、酔っ払いの首に、大鎌が掛けられた。


 いつの間にやら酔っ払いの背後に現れたグリムリーパー――カラカラと歯を鳴らす髑髏が、酔っ払いに何かを囁く。


 途端、酔っ払いは顔面蒼白に、剣の柄から手を離した。


「……喧嘩したら殺すって、グリムリーパーが言ってるよ?」

「……………洒落になんないんだけどにゃ」

「ていうか~、もう、良いじゃん。見ててもつまんないし~。ほら、お兄さん、歩く歩く」


 どこかせかす様子で――けれど、それを宵虎にもネロにも気付かれないまま、アイシャは宵虎の頭をポンポンと叩いた。


「…………」


 若干不満そうにしながらも、宵虎は文句を言わず、歩き出す。

 ネロもまた歩き出し………それからアイシャへと言った。


「で~、アイシャ。これからどうするにゃ?」

「とりあえず、宿で休んで~、その後、行商人に頼むとかで運んで貰う、って感じかな~。いい加減ベットで寝たいし。……………まあ、お金さえあればって話なんだけどね」


 若干苛立った様子で、アイシャは呟いた。


「……ああ。すられて、無一文だったにゃ」


 この間、アイシャは、財布の入っているポーチを落とした……と言うか、蹴ったのだ。

 失くしたと思っていたポーチ自体は、渓谷の民と一緒にを手伝っている時に、何故か広間で発見した。


 中身は無事だった…………財布を除いて。


「……預言だにゃ。お金を舐めたからお金に困ってるにゃ」

「ただの嫌がらせでしょ?……もう!次見たら禿にしてやる、あのロン毛……」


 宵虎の髪を軽く掴みながら、アイシャは喚く。

 その言葉の意味は宵虎にはわからない。が……宵虎の背筋は僅かに寒くなった。


 そんな宵虎とアイシャを、ネロはどこか呆れたように見上げ、言った。


「で~、結局どうするにゃ?この町もお祭りもスルーしてまだ歩いていくのかにゃ?……だんにゃが」


 ポツリと言ったネロを宵虎は不満げに睨んだ。

 そんな宵虎の頭上で、アイシャは言う。


「う~ん。そうするしかないかな~。街中で狩りする訳にも行かないし……お金もなければ泊る所もないし、食べる物もない」

「世知辛いにゃ~。結局、まだまだ歩くのかにゃ~。…………だんにゃが」


 そう言ったネロを、宵虎はまた不満げに睨んでいた。

 が、その口はやはり文句を言わない。


 ……どころか、さっきから宵虎が喋っていない様な気がする。物静かかと見せかけて独り言ばっかりな宵虎が、ずっと黙り込んでいる。


 ネロは漸くその事に気付き……やがて、思い出した。

 ついさっき、黙っといて欲しいと言った事を。


「……あ。だんにゃ、だんにゃ?」

「…………」

「もう、しゃべって良いにゃ?」


 許可が出た途端、宵虎は言った。


「…………お腹が空いた」


 その視線は、すぐそこで食べ物を売っている露店を向いていた。


 祭り、縁日。目に映るは彩の飾り、耳に届くは楽し気な喧噪と囃子。そして、漂い続ける匂いは、空腹を追い立てるモノ――。


 そんな宵虎に、ネロは白い眼を向けた。


「今、あたしたちお金ないって話してたにゃ。お預けだにゃ」

「……お肉…………」


 宵虎は不満げに唸り、物欲しそうに露店で売られている肉を睨んだ。


「あ~あ。お金さえあればな~」

「そうだにゃ~。お金さえあればにゃ~」


 そんな事を言いながら、宵虎達は祭りの騒がしさを羨むように歩んで行く。

 と、突然、その足が止まった。

 宵虎達の行く手を塞ぐように、突如として目の前に人影が現れたからだ。


 大鎌を肩に担いだ、不気味な骸骨―――グリムリーパー。


 文無しの宵虎達を嗤うように、髑髏はカラカラと歯をならし、それから、どこから取り出したのか一枚の紙を宵虎へと差し出した。


 何かしら手配書のようなモノ―その内容に一応目を通し、宵虎は笑った。


「フ……なるほど。まるで読めん」

「知ってるにゃ。貸すにゃ!」


 ネロはそう言って宵虎の手から紙を引ったくり、その内容を読み上げた。


「え~っと……メメント・モリ剣術大会?一回戦突破者にはマーカスから宿泊費を保証。優勝者には賞金と、………英雄の儀の継承権利?」


 そう読み上げたネロを前に、『どうかご贔屓に~』と言いたげな揉み手をしながら、グリムリーパーは消えて行った。


「…………なんで、死神なのに、チラシ配りしてるんだにゃ……」


 消えたグリムリーパーを呆れの目で睨みながら、ネロは呟いた。

 と、そこで、宵虎の背中のアイシャは、ポンと手を打った。


「ああ。……その大会の参加者、足りなかったんじゃない?だからわざわざ私達を連れて来たとか?ほら。異国の剣士、って、盛り上がりそうだし?」

「……目玉になって荒事納めてチラシ配って参加者連れて来るって……どんだけイベントに貢献する死神なんだにゃ………」


 呆れきって呟いたネロの前に、グリムリーパーはわざわざまた現れ、照れるとでも言いたげに頭を掻いた。


「いや、全く褒めてないんだけどにゃ………」


 遠い目をしたネロをカラカラと嗤い、グリムリーパーは消えて行った。

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