3幕

1章

死神に誘われ?

 鬱蒼と生い茂る木々。木陰から青空と木漏れ日が落ちる森の差中―――


 異国の装束を見に纏った大男は、鬱陶しいとも言いたげな表情で、木々の合間を縫うように、森の中を歩んで居た。


 低い枝が眼前を塞ぐ為に、一々脇差しで落として進む手間が酷く鬱陶しい。

 男が憮然としている理由はそれ―――だけではない。


「あ~あ。割とノリで出て来たけどさ~、やっぱり、歩くのって大変だよね~。……うわっ!?お兄さ~ん、ね~、私の前の枝もちゃんと落としてよ~」


 宵虎の背中には、金髪の少女が抱きつきしがみつき、延々、なにやら宵虎には理解出来ない言葉で文句を言いながら、ポンポン、宵虎の頭を叩いて来る。


「そうだにゃ~。まさか、一番近い街につくのに何日も歩き通しになるとは思わなかったにゃ~。もう、疲れちゃったにゃ~。にゃ!?だんにゃ~、枝枝!」


 宵虎の頭の上の黒猫の文句は宵虎にも理解出来る。

 だからこそ、珍しく……宵虎は文句に文句を返した。


「……歩いているのは俺だけだ……」


 ヒルデと別れ、あの渓谷の集落を後にしてから幾日経ったか。

 とりあえずは近場の街に行くとかで、一向に背中から降りようとしないアイシャはポンポン宵虎の頭を叩きながら行く先を指差して行き、途中までは道に沿って進んでいたものの、『……近道な気がする?って、まあ方向的にはあってるかもにゃ~』とネロが不穏な事を言ったその時に、アイシャが指差していたのは鬱蒼と茂る森の中。


 近道なのか……、と信用したのが運の付き。

 一体どれほど、この森の中をさ迷い歩いている事か………。


 背中と頭で、少女と猫はぶーぶー文句を垂れ続ける。


「しかも、迷っちゃうし~。どこここ~!」

「ホントだにゃ。迷っちゃうしにゃ~。だんにゃを信じちゃ駄目だってあたしもいい加減学ぶべきだにゃ~」


 ……森の中を進むと決めたのはアイシャであり、それを宵虎に伝えたのはネロである。

 宵虎が行く方向を決め始めたのは、迷った後になっての話。


 流石の宵虎の口も、不平不満を唸り出す。


「……文句があるなら自分で歩け」

「え?なに。お兄さんなんて言ったの?ねえねえ、」


 ポンポン、ポンポン。アイシャはニコニコしながらと、宵虎の頭を軽く叩いた。


 アイシャからして悪気は無い。

 言葉が通じない中で懸命にコミュニケーションを取ろうとした結果がその仕草。

 だが、その真意は宵虎には通じない。


「……なぜ、叩かれているんだ……」


 憮然と、宵虎は唸った。

 頭上のネロは、そんな宵虎に白い眼を向けていた。


「不思議だにゃ~。見るたびにだんにゃから威厳が消えていく気がするにゃ~。元々あってないようだった威厳がにゃ。目を凝らさないとカッコ良さが見つからないにゃ~」

「え~、カッコ良いよ?……たまに。ね~、お兄さん?」


 アイシャは一応、擁護をしているが……その都度叩かれては宵虎にその擁護は通じない。


「…………」


 憮然とした顔で、宵虎はただ唸り、とりあえず森を抜ければアイシャの機嫌が治るだろうと、足を止めずに森の中を進み続けた。


 そうして暫く進んだ末に―――不意に、眼前が開けた。


 中央に朽ち、倒れた大木が一つ。その周囲は朽ち木の根でも生き付いているのか他の木々がなく、空き地となり、せき止められる事なく陽光が差し込んでいる――。


 あるいは、休息を取るには都合の良い場所だったかもしれない。

 ……そこに、先客さえ居なければ。


 カラカラカラカラカラカラカラカラ……。

 渇いたように音を鳴らすのは、一体の骸骨だ。


 朽ちた……否、大木に腰掛け、酷く物騒な大鎌を型に担ぎ、灰色の外套マントを纏う異様な人の骨。


 伽藍洞の目で宵虎を見て、まるで嗤っているかのように、カラカラ、カラカラと骸骨は歯を合わせ続ける―。


「にゃあああああ!?モロ死神だにゃぁぁぁぁ!?」


 ネロは悲鳴を上げて宵虎の頭から飛び降りると、すぐさま近くの木の陰に隠れ、顔だけにゅっと出して状況を伺った。


 アイシャもまた警戒したか、宵虎の背中から下りると、呟く。


「グリムリーパー……」


 グリムリーパー……死神、死の天使。名前そのままに人をあの世へと誘う悪霊。


 警戒を始めた宵虎達を前に、グリムリーパーは依然カラカラと嗤い続けながら、大鎌を手に緩りと宙に浮き上がる――。


 警戒体勢を取り、弓を構え、引くアイシャ―――それを背後に、宵虎は太刀の柄に手を掛けながら、……首を傾げた。


 気配は確かにある。邪悪であり、強力な魔物の気配を、グリムリーパーは発している。


 だが……殺気の類も威嚇の類も、目の前の骸骨は発していない。

 害意を感じないのだ。


「…………………?」


 憮然と、首を傾げ続ける宵虎を前に、宵虎の真似でもするかの様に、グリムリーパーも首を傾げて見せた。


 そして、グリムリーパーは口を手で抑え、カラカラ、と笑う。

 と思えば、グリムリーパーはカラカラと笑ったままに、森の奥へ飛んで消えて行った。


「にゃ?襲って来ないのかにゃ?」

「……敵、じゃなかったのかな?」

「………不気味な」


 警戒を緩め、各々呟く宵虎達。

 と、その眼前に再びグリムリーパーが姿を見せた。


 木の影からひょいと、髑髏が姿を現し、その瞬間、宵虎達はまた警戒を強める。

 カラカラカラカラ……そんな一行を馬鹿にするかの様に、グリムリーパーは口を手で抑えて笑い、また森の奥へと消えて行った。


「…………何がしたいんだ」

「あたし達をからかってるんじゃないかにゃ?」

「な~んか凄いイラッとするんだけど………」

 また警戒を解いた一行―――その途端、グリムリーパーは木の影から顔をのぞかせ…………瞬間、髑髏の真横の木に風穴が空いた。


 アイシャが不可視の矢を放ったのだ。

 グリムリーパーは、ゆっくりと真横の着弾点へと視線を向けていき……木に空いた風穴を見た途端に、大仰に両手を上げて驚いて見せる。そして、その拍子にグリムリーパーの頭が取れ、コロコロと地面に転がった。


 そして、地面に落ちた髑髏は、コロコロと言う回転が止まった途端、カラカラと笑い出す。首のない身体の方は腹を抱えて身じろぎしていた。


「………………………何がしたいんだ」

「はあ…。なんだろう、付き合うだけ損な気がして来た……」

「ていうか、大笑いする程面白くはないにゃ」


 ネロがそう言った瞬間……グリムリーパーはピタリと笑いを止めた。

 そして、どこか落胆した様に肩を落とし、鎌を器用に眼窩に通して頭部を掬い取ると、肩を落としたままと森の奥へと去って行った。


「………………………………………何がしたいんだ……」

「……凄いがっかりしてたね。面白いつもりだったのかな?」

「にゃ~。あの~多分こっち側のセンスの問題だから~そんな、気を落とさないで欲しいにゃ~」


 ちょっと悪い気がしてネロがそう言った瞬間、ひょいと木の影から三度髑髏は顔を覗かせた、と同時にアイシャが放った風の矢がその頭を吹き飛ばす。


「……くどい」


 冷たく言い捨てたアイシャ――その視線の先で、グリムリーパーは、胴体だけを覗くような姿勢で残し、その頭部は彼方へと吹き飛んで行った。


「……………何が、したいんだ……」

「てんどんだと思うにゃ」

「天丼?懐かしいな……お米食べたい……」

「だんにゃ。収集付かなくなるからちょっと黙ってて欲しいにゃ」

「…………………」


 不満げに唸りながら、宵虎は言われた通り黙った。


 そんな宵虎達の前で、グリムリーパーは頭――があるはずの場所に触れ、それがないことに気付くと地団太を踏む。


 オーバーなジェスチャーで怒りを表現した頭部のないグリムリーパーは、その後、頭が吹き飛んで行った方向を指差し、それから肩を怒らせ両手を宵虎達へと差し出した。


「……何?文句あるの?」

「多分だけど、拾って来いって事じゃないかにゃ?」


 ネロがそう言った途端、グリムリーパーはパチパチと拍手を始めた。


「……正解っぽいにゃ」

「え~、めんどくさ~。自分で拾えば?」


 ぶ~と文句を垂れるアイシャ。

 宵虎はそんなアイシャへと振り返り、首のないグリムリーパーを見て、やがて、髑髏が飛んで行った方向へと歩き出した。


「あ~!お兄さん、拾いに行くの?なんで?」

「ナチュラルに横暴だからにゃ~。同情したのかにゃ~」

「……何が?ちょっと、お兄さ~ん、待ってよ~」


 まだ文句を言いながらも、アイシャは宵虎の後を追い掛けだし、宵虎の背中に飛び乗った。その後を歩き出したネロは、グリムリーパーへと言った。


「うちの子がすいませんにゃ、ホント」


 いえいえ、と言わんばかりに、頭のないグリムリーパーは手を振り、やがてその姿が消え去った。




 そうして、宵虎達は髑髏が吹き飛んで行った方向へと森の中を歩んで行った。


「……こんな吹き飛ばしてないと思うんだけど……」


 と、道中アイシャが文句を言ったりしながらも宵虎達は進んで行く。

 そして、結局、髑髏を見つけられないままに……一行の視界が開けた。


 森が突然終わり……目の前には、開けた道が現れる。


「にゃ?……森、出れたにゃ?」

「偶然……じゃなさそうだね」


 そう言ったアイシャの視線の先―――道の中心に立っているグリムリーパーの頭部は、確かに胴体と繋がっていて……そしてグリムリーパーは恭しく頭を下げ、直後、グリムリーパーの姿は霧になったかのように忽然と消える。


 消えたグリムリーパーの向こう、道の続く先………そこに、街が見えた。


 防壁に掲げられた紋章は、髑髏と大鎌。

 酷く物騒な――それこそ、さっきのグリムリーパーをかたどっているかのようで、だが、その物騒なイメージとは裏腹に、その街は外から見てもわかるほどの活気に溢れている。


 あるいは、祭りでも開かれているかのようで、防壁の横には巨大なグリムリーパーを模した像が置かれ、街の入り口の上を通った鎌には、華やいだ文字が書き込まれている。


「………メメント・モリへようこそ?」


 アイシャは、その文字を読み上げた。




 防壁の上に座り込んだグリムリーパーは、カラカラと、楽し気に笑っていた。



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