その夜は緩やかに騒がしく

 月夜の下――集落の頂上、長老の家の手前には、巨大な魔物――グリフォンが、欠伸でもしそうな様子でうずくまり、目を閉じている。


 集落の人々はそれを遠巻きに眺め、どうも襲って来たりしないようだと、やがて興味を失い、各々普段の生活に戻って行く。


 そんな家々の中、とりわけ騒がしいのは長老の家だ。


「カカ、ほう……そんな事がのう」

「そうだにゃ。大変だったんだにゃ。……まあ、あたし、何にもしてないけどにゃ……」

「わしも何にもしておらんぞ?」

「そうだにゃ~。無駄に凄い人っぽかったのににゃ~」

「カカ、わしの凄さを見抜くとはやるのう。こう見えても若い頃は世界中飛び回ってのう~」


 家の中――その一角で、老人と猫はペラペラと、何やら話し続けている。


 その後ろには、山と積まれた料理に、それを飲み下すような勢いで平らげていく異国の大男。服の裾から包帯が見えかくれするそんな男の背中に抱きつき、寄り掛かり、金髪の少女は緩んだ表情で声を掛けていた。


「なんか、いつもより食べてるね。ねえねえお兄さん、お腹すいてた?もしかしてご飯食べずに探し回ってたりした?ね~、おに~さ~ん」


 そんな事を言いながら、アイシャは宵虎の頭はポンポン叩き、しかし宵虎は意に介していない様子で、食事に夢中だった。


 そんな風に、全員漏れなく自分の都合でしか行動していない面々を、グリフォンの子を 抱えた少女は、どこかぼんやりした様子で眺めていた。


 キャンプで、宵虎が倒れた後………この集落まで全員を運んできたのは、グリフォンの親だ。頼んだら運んでくれた――自分の才能に無自覚なヒルデが思うのは、ただのそれだけ。


 その後、かなりの大怪我だった宵虎をアイシャとネロが介抱し、そのまま宵虎は寝込んでいた……と思ったら、夕食の匂いにつられてかのそりとやってきて今に至る。


 そんな様子を、グリフォンの子供を抱えたヒルデは眺めていた。

 嬉しそうなアイシャと、表情は変わらないまでも、確かに緩んでいる様子の宵虎を。


 なんで、グリフォンの子供が攫われたのか、あの怖い人達が何を考えていたのかは、ヒルデには良く分からない。


 ただ、ヒルデにわかるのは、多分、一件落着なんだろうと言うその事だけ。

 そして、そうなれば……宵虎達は出て行ってしまうだろうという事だけだ。


 宵虎の横には太刀が置いてある。ヒルデが置いてきたものを、宵虎が拾って来たらしい。

 元々、返すつもりだったし、それで別に良いんだけれど……ヒルデは、少し寂しかった。


 いよいよ、立ち去ってしまうという事だろうから。


 ピィと、鳴き声を上げたのは、ヒルデの腕の中のグリフォンの子供だ。


 グリフォンの親子は、なぜだか住処に帰ろうとしない。

 一度攫われた場所が危ないと判断したのか…………寂しがっているヒルデを気に掛けているのか。


 ヒルデにはわからない。わからないまま、ポンポンと、叩くような調子で、グリフォンの頭を撫でていた。


 そんな、寂しい子供を片隅に、夕食の時間は過ぎて行き――やがて、お腹が一杯になったのか、宵虎は手を合わせる。


 それから、宵虎は太刀を手に、もぞりと起き上がった。


「あ、お腹いっぱいになった?……うわ!ね~だから~、立つ時言ってよ~」


 アイシャはそう喚きながら、立ち上がった宵虎の背中に、首に、抱きつき続けている。


 何かしらヒルデにはわからない唸り声を上げて、宵虎は無自覚かつ悪意なく首を絞めて来るアイシャの腕を降参と言いたげに叩き、やがて、諦めた様に肩を落とした。


 それから、宵虎は、ヒルデの元へと歩み寄って来た。


 どうしたんだろうと見上げるヒルデ……そんなヒルデを見下ろしながら、宵虎はヒルデへと太刀を差し出しかけ……そこで、確認する様に背中のアイシャへと視線を向ける。


 宵虎は何かを言った。ヒルデには理解出来ない言葉。アイシャにも理解出来ないだろう言葉。

 けれど、アイシャは不意に微笑みを浮かべ、頷いた。


「……うん。良いよ。どうせ急ぎじゃないし」


 そのアイシャの言葉も、宵虎には通じていないだろう。

 だが、それでも意図が通じあったかのように、宵虎もまた満足げに笑った。


 そして、手に持った太刀を、今度こそヒルデへと差し出してくる。

 宵虎の意図が良く分からずに、ヒルデは首を傾げた。


「………………?」

「………………」


 暫し、ぼんやりと眺め合い……やがて宵虎は、ヒルデの手に太刀を押し付けた。

 そして、ヒルデには理解出来ない言葉を口にする。


 またぼんやりと首を傾げたヒルデ――そんなヒルデに通訳したのは、てこてこと歩んで来る黒猫だ。


「あ~、えっとにゃ。負けたままでは終われん。必ず取り返してみせる……だそうだにゃ」

「?……じゃあ、返すよ?」


 そのまま言葉を受け取って、また首を傾げたヒルデに、ネロは少し困ったようすで……それから、言う。


「にゃ~、じゃなくて~、だから~、もうちょっと遊び相手になってくれるらしいにゃ?」

「……そうなの?」


 宵虎を見上げ、ヒルデは首を傾げた。

 宵虎は低く唸りながら頷いた。


 ……いずれは、きっと、どこかへ行ってしまうだろう。けれど、それはすぐにではない。


 嬉しくなったヒルデは、満面の笑みを浮かべて、グリフォンの子を抱えたままに、ざりざりと太刀を擦りながら、家の外へと駆け出して行った。


 と思えば、グリフォンの子供とヒルデは、家の戸口から顔をのぞかせ、そろ~りと、太刀を伸ばしてくる。


 憮然とそれを眺めた宵虎の頭をポンポン叩きながら、アイシャは声を上げた。


「あ、ほら、お兄さん、思いっきりからかわれてるよ?追わないと!取り返すんでしょ?」

「追った所でどうせとりかえせない気はするけどにゃ……」


 しれっと言ったネロを宵虎は不満げに睨み、やがて、アイシャを背中に乗せたまま、宵虎は太刀へと跳びかかる。


「うわっ、」とアイシャは声を上げ、だが突然の動きだけあって、宵虎は見事掴み取った。

 …………空気を。


 寸前で太刀を引き戻していたヒルデは、キャッキャと声を上げながら逃げ出していく。つられてか、グリフォンの子供も楽しそうに鳴いていた。


 そんな子供達を睨み付け……宵虎は駆け出す。


「いけ~、お兄さん!ゴーゴー!」


 と、楽しそうに声を上げるアイシャを背中に乗せたまま。

 好々爺はその光景を微笑ましく見送っていた。



 家から、嬉しそうな様子のヒルデが飛び出していき、グリフォンの子供はそんなヒルデにしがみついたまま楽しそうで、その後を何故か背中にアイシャを乗せたままの宵虎が飛び出していき……そんな騒がしさに、家の外に蹲っていたグリフォンの親は億劫そうに瞼を上げた。


 夜だというのに元気良く駆け回る子供と、それに遊ばれている異国の大男。


 そんな様子を眺めた末に、遅れて家から出てきた黒猫が、横に座り込んで話しかけて来た。


「にゃ~。元気な子供達だにゃ~」


 そんな黒猫に、グリフォンは何も応えず……ただ、あの玉座の間でそうだったように、何の警戒をする事もなく、ただ億劫そうに、瞼を閉じた。

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