窮地

「人質を取ると言うのは、案外退屈なモノだな………」


 玉座の間。依然、ヒルデの首に槍を突きつけたままに、けれど普段とまるで変わらない飄々とした様子で、オーランドはそんな事を言い出した。


 そして、笑みと共にアイシャに言葉を投げ掛ける。


「……アイシャ、何か余興はないか?話をしようじゃないか」


 提案の様な口調で……けれど、人質を取っている以上、オーランドの言葉は全て、アイシャに対する命令だ。


 思えば、オーランドは常にこうか……対等のような言い方をし続けながら、けれど常に、優位、主導権はオーランドが握っている。


 話をするだけ損になる。今更ではあるが、アイシャはそう思い、黙り込もうと決めたが………けれどオーランドはせかすように、腕を、槍をほんの僅かに動かす。


 刃先が首を撫でる恐怖に硬直し切ったヒルデは声を上げる事すらできない……そんな光景を睨みながら、アイシャは渋々、口を開いた。


「……最初からグリフォンの子供が目的だったの?」


 アイシャが投げたのは問いだ………とにかく、これ以上この状況は許容出来ない。どこかで隙を見つけて、ヒルデを助けなければ……。


 苛立ちと焦りに、ひたすらにオーランドを睨みつけるアイシャ。

 その視線を楽しむように、オーランドは笑みを浮かべ続ける。


「ああ。……まあ、正確に言えば、その候補の一つだが」

「候補?」

「一応、下調べはしたからね。ここには、随分前に国があった。大層栄えたらしい。その宝物の欠片でも残っていれば、それは最良だ。グリフォンは財宝を守るというしね。けれど、その財宝は本当にあるかどうかが不確定だ。だから、それはあくまで上積みとしての得に過ぎない。あったら素晴らしい。なかったらまあ、仕方がない。それだけで動くのも面白くないだろう?だから、最低限確保できる利益には目星を付けておいた」


 ペラペラと、オーランドの口は良く回り……けれど、話し続けていようとも、オーランドは隙を見せなかった。


 オーランドは、続ける。


「財宝が見つかればよし。なくても恐らくグリフォンの子はいるだろう。調べるとわかるよ。ある程度の周期で、ここのグリフォンは暴れ出す。定期的にクエストも発生する。5、60年の周期でね。代替わりだろう。獣だからね。威嚇が過剰なんだ」


 惜しむ様子もなく、オーランドはアイシャに情報を与えていく。別段隠す必要もない、……寧ろ隠さない方が得であるとでも言うように。


 アイシャはもう、全て疑ってしまう。考えなくて良いオーランドの思惑まで、推測しようとしてしまう。


 これを今教える事になんの狙いがあるのか。オーランドの狙いは、本当に言っている通りなのか。全て嘘ではないのか……。


 そう、混乱させる事がオーランドの狙いだ。


 ただでさえ人質を取られ、余裕のないアイシャから、更に余裕を削いでおこうと言うのだ。


 まるで狼少年だ。ただし、得をするのはオーランドの方。言葉通りでない言い方ばかりするから、話している内に相手はオーランドの言葉の真偽を一々疑う様になって行く。


 だから、話していようと、相手は勝手に混乱してくれる。


 オーランドは、黙り込んだアイシャを楽し気に眺め………その視線に、アイシャはまた苛立った。


「……グリフォンをペットにでもしたいの?」


 苛立ちの混じった声でアイシャは言う。

 この状況が続いても、アイシャは不利になる一方だろう。そもそもアイシャは、そう気が長い方でもない。


 オーランドには、未だ目立った隙は見当たらないが…………ほんの僅か、瞬きだけでも良い。その瞬間に動こう……。


 苛立ちにも背を押され、アイシャはそう決めた。


「ああ。羨ましいお金持ちがね。大地の王者と空の王者の混ざりモノ、王家の象徴にして知恵の象徴……育てればなつくとでも思っているんじゃないか?もしくは、ただ単に収集したいだけか。まあ、まとまった金になる事は確かだ」


 余裕の笑みを、オーランドは浮かべ続ける……アイシャは言葉を投げながら、その所作を注視する。


「へえ。……世の中には、趣味悪い奴が一杯いるね」

「同感だ。金の使い方がなってない……」


 どこか芝居がかった口調、仕草で嘆く様にオーランドは答え……その一瞬に、オーランドは隙を生んだ。


 一瞬の瞬き、僅かに竦められた肩―――普段のアイシャなら隙とは判断しない、些細過ぎる動きだ。


 けれど、余裕を削がれたアイシャは、それを隙だと考え、僅かに残った反撃の手段を浪費してしまう。


 素早くナイフを取り出したアイシャは、流れるような動作でそれを投擲した。


 最短の動作ではあっただろう。だが、それでも、そもそもがあってないようなオーランドの間隙をつくには遅過ぎる。


「おっと。危ないな……」


 そんな声を上げる余裕まで見せながら、オーランドは自身へと飛来したナイフを悠々と掴みとってみせた。

 そして、オーランドは、ナイフを投げ捨てながら……ヒルデの首にかかった槍を僅かに動かす。


「危ない危ない……」


 子供の首に刃を突きつけながら…オーランドは楽し気に笑っていた。


「……チ、」


 アイシャは顔をしかめ、舌打ちをする。


 これでもう、いよいよアイシャには武器がない。早まった、と後悔した所で状況は変わらない。


 余裕も打つ手も完全になくなったアイシャ―――それをあからさまに楽しむ様子で、オーランドは言った。


「…曲芸も悪くない。が……もっと良い余興を思い付いた。こう言うのはどうだ、アイシャ。……服を脱げ」

「最低……」


 思わず吐き捨てたアイシャを前に、オーランドは芝居がかった仕草で肩を竦めて見せる。


「こちらからは手を出さないと言ったはずだ。俺は律儀に契約を守っている。だと言うのに、なんと刃物が飛んできた。……小心者でね。まだ何か隠れてるんじゃないかと、手が震える」


 その言葉と共に、オーランドは確かに手を震わせた――槍を持ったその手、刃はヒルデの首筋を撫でる……。


 アイシャが反撃した罰は、全てヒルデが負う事になってしまう。わかっていたことだが……


「退屈だろう?余興が欲しい。これは、命令じゃない。お願いだ、アイシャ」


 最悪だ。アイシャは胸中でそう呟いた。最低の余興を、オーランドはアイシャに強いて来ている。


 武装解除のついでに、単純に辱める。あるいは逆か……どちらであれ、もうアイシャには従う他に選択肢はない。


 従わなければ、ヒルデが傷を負う。


 怒りに燃える目で、アイシャはオーランドを睨み……けれど、それで状況が変わる事はない。ヒルデの首には、依然刃が張り付いて居る。


「……チッ、」


 あからさまに舌打ちして、アイシャは腰のポーチを外した。ポトリと落ちたそれは、足元にある。


 隙があれば、それを蹴ってぶつける事も出来るだろう。

 あるいは、肌を晒せばオーランドが隙を見せるか。……間抜けな小悪党の様に。


 アイシャは上着のボタンを外し、苛立ち紛れに乱雑に、上着を脱ぎ捨てた。


「勇ましいな……」


 あざける様に、オーランドは嗤っていた。


 屈辱だ。羞恥を覆い隠すように胸中を苛立ちで押しつぶし、オーランドを睨み付けながら、アイシャはシャツの様な肌着の裾に手を掛けた。


 その下には、何も着ていない。脱ぎされば上半身は裸体を晒す事になる。隙が生まれるとすればそのタイミング………攻撃的な思考で羞恥を紛れさせながら、アイシャはそれをまくり上げていく。

 楽しませてやる気なんて毛頭ないと、手早く。


 引き締まった腹部、へそが露になる。白い肌が白日、視線に晒されて行き、やがて、裾から形の良い胸が僅かに覗く――。


 アイシャの手、羞恥と怒りで震えていた手は、そこで止まった。


 それ以上は………幾ら攻撃的な打算でごまかそうと、アイシャには耐え切れなかった。


 そんなアイシャを見咎める様に、嘲る様にオーランドは口を開き掛け――。



 けれど、その場に不意に響いたのは、酷く能天気な声だった。


「あ、アイシャ……。うわ、最低だにゃ……」


 玉座の間の入り口、不意にそこから顔を覗かせたネロは、そんな言葉と共にオーランドを睨んでいた。


 その横には、宵虎の姿もある。


 宵虎達はアンジェリカを警戒しながらも足跡を辿って進んで行き、たった今、この玉座の間に辿り着いたのだ。


 そして、目撃した。

 人質に取られ、怯えすくみ上っているヒルデ。

 苛立ち切った様子のまま、服を脱ごうとしているアイシャ。


 流石の宵虎でも、そこで今、何が起こっているかは理解出来た。


「クズが……」


 吐き捨て、宵虎はオーランドを睨み付ける。

 そんな宵虎の視線を前に……オーランドは眉をひそめた。


「……アンジェリカがしくじったのか?」


 オーランドが見ているのはネロの抱いているグイフォンの子供。アンジェリカが連れて行ったはずだが……宵虎達に奪い返されたらしい。


 状況の確認に、オーランドは一瞬思考に沈み……その瞬間、アイシャから注意を外していた。


 ………漸く、隙が出来た。


 即座に、アイシャは動く。足元に落としておいたポーチを、苛立ち紛れに、オーランドへと蹴り飛ばす。


 飛来するポーチに、オーランドは一瞬遅れて反応し、掴み取る。

 またも、完全に隙を晒したと言う訳でもなかったらしい……だが、さっきとは状況が違う。


 怒りを秘めて隙を探っている者が、アイシャの他にもう一人いるのだ。


「ぐあ…………」


 潰れた声を漏らすオーランド―その顔面に、掌底がめり込んでいた。

 ポーチに気をそがれた一瞬の間に、一切の躊躇も手加減もなく、宵虎が踏み込み、繰り出した殴打。


 諸に受けたオーランドの身が、軽々と吹き飛ばされる―――。


 壁に背をぶつけ、オーランドは崩れおちる。……気を失ったか、脳震盪でも起こしたか、すぐにはオーランドは起き上がって来ない。

 ざまあ見ろ、と胸中で呟きながら、アイシャは上着と弓を拾い上げ、袖を通し……宵虎の方へと歩んで行った。


 本当は駆け寄って飛びつきたいところ……だが、アイシャは遠慮しておいた。


 アイシャよりももっと怖い思いをしていただろう子が、宵虎にしがみついていたからだ。


 何も言わず、宵虎の足にしがみつくヒルデ。宵虎もまた何も言わず、ただ優しいまなざしでヒルデを見下ろし、その頭を撫でた。

 それから宵虎は言う。


「ネロ。ヒルデを頼む」

「はいにゃ。大丈夫かにゃ、ヒルデ。怖かったにゃ~」


 ネロとその腕の中のグリフォンの子供は、ヒルデへと心配そうに声を掛け出した。

 そんな中、宵虎はアイシャへと歩み寄る。


「あ……えっと、ありがとね、お兄さん。もうちょっと早く来てくれても良かったよ?」


 努めて明るく、アイシャは言った。と、不意に宵虎は、そんなアイシャの目元を拭う。


 その指は、僅かに濡れていた。どうも、自分は少し泣いていたらしいと、アイシャはそこで、指摘されて初めて気付いた。


 アイシャは、自分では気付いていなかった……いや、気付かない様に気を張っていたが……確かに、恐怖はあったのだ。


「え?あれ…………アハハ、私、泣いてるし……」


 冗談めかして呟きながら、うつむき加減でアイシャは目元を拭う。


 そんなアイシャの頭を、宵虎はポンと叩き、言った。


「……ネロ。アイシャもだ。連れて逃げろ。出口はヒルデが知っているはずだ」

「わかったにゃ。だんにゃはどうするにゃ?」


 ネロの問いに、宵虎は視線をオーランド……軽く頭を抑えながら、漸く起き上がろうとするその男に向ける。


 明らかな怒りを秘めた眼差しで、声で、宵虎は答えた。


「……俺はこのクズに用がある」

「あ~……だんにゃ?殺さない程度ににゃ?」

「…………」

「うわ、返事しないにゃ。これマジ切れかにゃ……。アイシャ~、とりあえず、逃げるにゃ!」


 声を上げて、ネロはヒルデの手を引きながら、出口へと駆け出した。


「あ……うん、」


 要領を得ない返事をして、……それからアイシャは最後に一度、宵虎に抱きついてから、ネロの後を追って駆け出した。


 去って行くアイシャ達を見送り………それから宵虎は、オーランドを睨み付ける。


「相応の覚悟はあるんだろうな、クズが……」


 宵虎の言葉は、オーランドには通じない。

 ただ、その表情、放つ威圧感から、機嫌の悪さはオーランドにもわかった。


 立ち上がったオーランドは殴打の名残で眩む頭を振り、すぐにまた飄々とした表情を浮かべ、あざける様な笑みを口元に、肩を竦めて見せる。


「まったく……馬鹿力が。そう怒るなよ野蛮人。……ただの余興だろ?」


 そのオーランドの言葉も、当然宵虎には通じない。いや、通じていた所で、クズの言葉を聞く気もない。


 かなりアイシャを心配しつつ、漸く見つけたと思えばさっきの光景。


 静かに、だが一切容赦する気のない怒りを胸中に、宵虎はすらりと、脇差しを引き抜いた……。

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