悪意は歩む

 世は表裏。暖かな営みの裏には、打算と暗躍も存在する。


「……ブリッツ」


 言霊が暗闇に響き、稲妻が暗闇を灼く――。


 輝きを放つ槍を肩に担ぎ、オーランドはその広大な空間を歩んで居た。

 背後には幾つもの篝火――キャンプのハンター達だ。


 ガーゴイルの倒し方を見つけた。そう言ったオーランドを疑う者は居なかった。まあ、それも当然の事。


 ここに居るほとんどは、かつてヒッポグリフに事がある。

 そして、その窮地から、オーランドはヒーローよろしくもやった。だから、オーランドがハンター達から勝ち得た信頼はある種信奉にも近い。


 勿論、アイシャのように疑った奴はいた。知恵が回る、腕が立つ……どうあれ実力のある奴だ。


 そう言う奴は自分から去ったり……あるいは、突然


 結果として生まれたのは、能力の低い信奉者の群れ。


 あらゆる意味で効率の良いシステムだ。外敵があればこそ結束は得られる。能力の選別も同時に行える。実力の誇示も、信頼の獲得も。


 破綻する可能性はオーランド……あるいはアンジェリカより完全に格上の圧倒的な実力者が訪れた場合のみ。けれど、そう言う奴がわざわざグリフォン程度、倒しに来るはずもない。


 だから、そのシステムは、こうして、最後まで保たれた―。

 オーランドは歩む。を背に、輝く槍を肩に、笑みを口元に………。


「…ブリッツ」


 オーランドの目の前で巨大な影が蠢く――背後からはそれに怯えるような声も上がった。


 ガーゴイルが恐ろしいのだろう。自らそれと対峙し退治するハンターと言う立場を選んだはずだと言うのに、オーランドが行くというまで、誰も倒しには来なかったし、その声すら上がらなかった。


 あるいは……ハンター達を連れて来る必要はなかったのかもしれない。

 アンジェリカが言っていたように、キャンプで始末しても別段問題はない。


 このは予めミス――取り逃がす可能性を考慮に入れたまでの事。

 ヒッポグリフがキャンプを襲い、逃げた先でこの無能達がどう行動するか。


 仇うち……などと動く気概はないだろう。そう言う奴だけ残した。が、万が一もある。思惑通り、ヒッポグリフの格好から渓谷の民に恨みが向けばそれもまた良い。


 けれど、今更であれオーランド達が疑われる可能性もある。

 キャンプの中にオーランドとアンジェリカの死体は絶対に残らないのだ。もしも、後になって丁寧に探されては、面倒な疑いを買う可能性が上がる。


 宝を見つけた後ならどう疑われようが問題ないが、探す間を奪われる可能性は残る。

 そういう意味で、この場所――ガーゴイルの、間を置けば再生するという性質は効率が良い。


 ここで、一旦ガーゴイルを無力化し。その後、現れたヒッポグリフがハンターを皆殺しにし。けれど、数人取り逃がし……気を取り直して再び死体を確認しに来た幸運な生き残りの前には、またガーゴイル。


 情報を握っておいて良かった。とりあえず、試してみて良かった。

 ………この怪物には、まだ門番の仕事を続けて貰うとしよう。


「ブリッツ」


 ガーゴイルが爪を振り下ろす―――学習しない魔物だ。

 一体どれほどの年月、この場所で同じ行動を繰り返して来たのだろうか。


 軽い足取りでその一撃を躱し――懐に潜り込んだオーランドは、怪物の頭部へと稲妻の槍を突き立てる―。


「……バニシングフレア」


 閃光がガーゴイルの頭部を灼く―――。


 頭部を灼きえぐられた怪物は、地面に爪を突き立てた格好のまま、動きを止めた。


 背後で歓声が上がる。あるいは、早くも、彼らからしてこれからの金の使い道を算段する声も。


 だから、無能だ。

 確認を怠るから。声を上げて、このごぼごぼと言う怪物が再生する音を聞き逃すから。


 …………そう言うだけ残したのはオーランドだが。

 ほくそ笑むオーランド―――背後の声が、不意に静まった。


 オーランドの前。ハンター達の視線の先。

 動きを止めた石像の肩に、いつの間にやら人影がある。


 ローブを纏い、フードに顔を隠し、巨大な片刃の槍―――長柄の青龍刀を担いだ人影。


「ヒッポグリフ……」


 その呟きは背後のハンター達から。

 まるでその声が上がった事を確認する様に――いや確かに、ヒッポグリフに襲われたと無能達が認識したのを確認してから、その人影は動き出した。


 突如、当たりが暗闇に包まれる。

 あらかじめ適当な事を言って数を制限しておいた篝火が、ヒッポグリフの手で消されたのだろう。


 例えば、光があるとガーゴイルに狙われやすくなるとか。

 例えば、俺だけが戦う。俺がもっとも狙われ易い状況を作ってくれだとか。

 あるいは、もっと上手い言い訳もあったのだろうか。似たような状況が生まれた時の為に、反省しておくのは良いかもしれない。


 そんな事を考えるオーランドの背後は騒がしい。

 逃げ惑う足音。上がる悲鳴、刃の風切り、両断される肉の音……。


 鉄臭い匂いが漂って来る。

 やがて、そんな音は静まって、暗がりは静寂に落ちる。


 一人、暗闇に佇むオーランド……その耳を、不意に甘い吐息が撫でた。


「オーランド。暗くて怖いわ……」


 その囁きにオーランドは笑みを浮かべ、明かりを灯した。


「ブリッツ」


 篝火代わりの閃光を宿した槍、その明かりに照らされたアンジェリカの顔には笑み、頬には返り血がついている。


 その返り血を手で拭いながら……オーランドはアンジェリカに問い掛けた。


「何人逃がした?」

「皆、綺麗な赤い華になったわ。……だから、キャンプでやろうって言ったのに」


 オーランドの手を払いながら、アンジェリカはそう答えた。

 誰も逃げ出せなかったらしい。どうやら、オーランドの思惑と演出は徒労に終わったようだ。


 だが、別段構わない。それは、事が理想的に運んだと言う事でもある。

 漠然とした優位とはそう言う事だ。楽をするための徒労を厭わないという事。


 オーランドは明かりを手に、惨劇のその場へと歩み……首の数を数え始める。

 その事に、アンジェリカは特に文句を言う事も無かった。


 お互いに信用し過ぎない。疑いあうから結果的に信用出来る。

 首の数は丁度だ。この暗闇の中、アンジェリカは一人も逃がさなかった。


 気配がわかるとか、視覚以外の情報に敏感だとか……アンジェリカが持っているのはオーランドとは違う戦闘技術だ。

 魔術も違う。アンジェリカのそれは、回復と幻覚。自身の姿を覆い隠し、望む場所に望む幻影を映す魔術。

 所謂火力はない。人間相手に使えばただ派手なだけでひたすら過剰な威力のオーランドのそれと真逆。


 アンジェリカはその気になれば幾らでも不意打ちが出来る。その気になれば、いつだって、オーランドを殺せるだろう。代わりに、魔物のように、切っても死なない奴には無力だ。


 逆にオーランドは、その気になればなんだって殺せる。灼き殺しても死なない魔物は別だが、少なくとも、一切ダメージを与えないと言う状況は、オーランドには考えにくい。そして、人間相手では過剰かつ派手過ぎて、魔術は使わない方が有利な程だ。


 だから、お互いに利用価値がある。手を組む意味がある。苦戦する相手が違うのだから。

 やがて、数の確認を終えたオーランドにアンジェリカは微笑みかけた。


「満足した?」

「ああ。……これ以上ない。素晴らしいよ」


 そんな言葉を交わし、二人は歩み出した。


「さあ、アンジェリカ。宝を探しに行こう。山分けだ。……二人で」

「安心して、オーランド。……お小遣い位は上げるわ」

「ハハハハハハ…………完済したはずだ」

「利息分はね」


 対人特化と対魔特化。対等なようで、完全に対等という訳でもない。


 二人は、会話しながら歩んで行く。


 キャンプで普通に過ごしていた時と同じような調子で、…………背後に幾つも転がっている躯を一切気に止めた様子もなく。

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