待って迷ってまた日は暮れて

「あんっ、ちょっと、お兄さん、流石に寝込みを襲うのは……じゃない?なんか、ふわふわしてる……まさかネロ!?そう言う趣味が……」


 そんな声を上げながら、アイシャは目覚めると同時に、何やら服の中に潜り込んできているふわふわしたモノを取り出した。


 そのふわふわしたもの……頭が鳥で身体が獅子の小さな獣は、つまみ揚げられたまま、キョトンとまっすぐアイシャを見ていた。


「…………子グリフォン?何してんの?」


 アイシャの声に、グリフォンの子供は返事をするようにピィと鳴き、またもキョトンと首を傾げる。


「いや、ピィじゃなくて……なんか、こう……悪びれない感じが誰かを思い出すんだけど……」


 アイシャはそう呟いて、軽く額を抑えた。


 場所は変わらず、あの朽ちた玉座の間。その様子が昼間よりも僅かにさらに寂れて見えるのは、天井の大穴から降り注ぐ日の光がオレンジ色だからだろう。


 夕方らしい。そもそもずっと暗闇の中にいて時間の感覚が狂っていたから、果たしてどのくらい寝たのかはわからないが……少なくとも、眠りに落ちる前よりは大分気分が良い。


「あ~あ、これで気持ち良く目覚められたら最高だったのに……」


 そんな文句と共に、アイシャはグリフォンの子を睨む。が、当然文句が通じるわけもなく、子グリフォンは不思議そうにキョトンと、首を傾げるばかりだ。


 その仕草を見て……アイシャは突然グリフォンの子供を抱きしめて喚きだした。


「あ~!やっぱりなんか寂しくなってきた……」


 苦しそうにもがくグリフォンの子に気を使った様子もなく、力一杯抱きしめながら、アイシャはマイペースに寂しさに浸り出す。


 そんな様子に、その場にいたもう一人の子供はどこかぼんやりとした様子で言った。


「起きた途端うるさい……」


 アイシャは声に視線を向けた。その先のヒルデは、玉座の脇で太刀を抱えたまま座り込んでいる。


 アイシャは更に周囲を見回した。

 何かが足りない気がしたのだ……そして、胸の中でもがく子供に、何が足りないか思い至る。


 大きい方グリフォンが、この部屋のどこにも居なかった。寂れて見えたのは、あるいは無意識にそれに気付いていたからかもしれない。


 グリフォン。空の王と地の王鷲と獅子の混じった王家の象徴。


 ただ寝転んでいただけとは言え、それがいるのといないのでは、例え朽ちていようとも、玉座の風格が違って見える。


 とにかくグリフォンの親は、どこかに行ったらしい。また新しい誰かがこの山にやって来て、脅かしに行ったのか、それともただ単に餌でも鳥に行ったのか。


 そんな事を考えながら……アイシャの視線は最終的にヒルデに止まった。


「……そう言えば名前なんだっけ?」

「ヒルデ」

「そう。私、アイシャ。よろしくね、ヒルデ」

「うん」


 ヒルデは頷き、それからまたぼんやりとアイシャを観察し、独り言の様に呟いた。


「なんか、さっきと違う人みたい……」

「え~。だって、ちょっと、余裕なかったし……。ごめんね?怖かった?」

「うん」


 ヒルデはまた素直に頷いた。それから、こう付け加える。


「でも、もう平気」

「……そっか」


 アイシャは呟き、身体の力を抜いた。


 抱きしめられたのがよほど苦しかったのか、グリフォンの子はそんなアイシャの腕の中からじたばたと抜け出し、ヒルデの元へと駆けていく。


 グリフォンの子供。……おそらくだが、このあたりでクエストになるほどグリフォンが暴れていたのはそれがいたからだ。

 ただ通り抜けようとこの山に来ただけの行商人でも、子供を狙っていると勘違いして襲ったのだろうか。


 襲われた方はたまったものではないだろうが…一応、グイフォンの方にも暴れる理由はあったわけだ。

 別に、お宝を守っているわけでもないらしい。ある意味、宝といえば宝かもしれないが。


 とにかく、オーランドの悪巧みはすべて徒労だ。それに巻き込まれて怪我した事は不満だが、嫌いな奴が無駄な努力をしていたと考えれば、多少気が晴れる。


 ヒルデと、グリフォンの子供。じゃれつく子供達を眺めながら、アイシャはぼんやりそんな事を考えて…やがて、立ち上がった。


「さて……ヒルデ。お兄さんどこに居るか知らない?その剣の持ち主」


 紆余曲折あったが、アイシャの目的も望みも変わらない。宵虎と合流、だ。


 最終的にこうして手掛かりと出会えたのなら、悪巧みに利用されるのも、アイシャからすればまったく無駄ではなかったかもしれない。徒労にいそしんでいるオーランドとは違って。


 問い掛けられたヒルデは、グリフォンの子の頭を撫でながら首を傾げ、やがて言った。


「多分、うち」

「うちって……ヒルデの家?それどこ?……ていうか、出口わかんないな。ヒルデ~、案内してよ~」

「ヤダ」


 思いの外鋭く、ヒルデはそう答えた。

 家出でもしているのだろうか……そう訝しみながら、アイシャは腹の探り合いはもう沢山とばかりに、シンプルに尋ねた。


「え~、なんで?」

「……ヤダから」


 またもきっぱりと、ヒルデは答えた。少し、拗ねた様な顔で。

 とにかく、帰りたくない理由は、教えて貰えないらしい。


 アイシャは暫しヒルデを眺めて、今度は今度はこう言ってみる。


「じゃあ、その剣ちょうだい?お兄さんは、私、自分で探すから」

「ヤダ」

「……今度はなんで?」

「……ヤダから」


 まんま駄々っ子の風情で、ヒルデはヤダと繰り返していた。

 その様子に、アイシャは特に腹を立てる事もなく……結局、考えてみる。


 どうやら、宵虎はアイシャの知らないところでヒルデになつかれていたらしい。それはそれでなんか軽くイラッとしたアイシャだが、一旦その苛立ちは脇においておいて。


 ヒルデが持っているのは、宵虎の剣だ。貰ったと言っていたか。いや、貰ったと、だったか。

 それに、返したらどっか行っちゃうとも言っていたか。


 そんなあれこれ考えて…アイシャはまた、問いを投げる。


「お兄さん、この場所の事知ってる?」

「うん。……来た事ある」


 なるほどなるほど~と、アイシャは頷いて、それからどこかからかうような口調でこう言った。


「ふ~ん。もしかしてお兄さんが来るの待ってるの?」


 状況からすると、ヒルデの行動はそうとしか思えない。


 太刀を返せば宵虎がいなくなると思って、逃げて来た。けれど、逃げた先は宵虎も知っている場所。しっかり来る理由も用意してるし、だからヒルデは、宵虎に探して貰いたいのだろう。


 なんとなくそんな気がする~と笑っていたアイシャを、ヒルデはまっすぐと見て……やがて首を傾げた。


「………………そうなの?」

「いや、首傾げられるとは思わなかったんだけど………」

「そうなのかな……」


 良く分からないとばかりに、ヒルデは呟いていた。


 少なくとも、自覚してやっている訳ではないようだ。あるいは、アイシャの考え過ぎで、ヒルデにはここの他に逃げる場所がなかった、と言うだけの話だったのかもしれない。


 ……それはそれで、寂しい話だが。


 どこかぼんやりとしたヒルデをアイシャはしばらく見て……やがて、一つ決めた。


「私も待ってみよっかな~」


 そんな事を言いながら、アイシャはまた座り込む。


 この場所の事は宵虎も知っていて、太刀もここにある以上、その内に宵虎もここに来るだろう。


 遭難した時の基本は現場を動かない事……は、今更アイシャにも宵虎にも無理だろうが、待っていれば会えるのだ。その方がアイシャは楽だし……ヒルデから宵虎がどんな感じだったか聞いてみたくもあった。


 オーランドの事もある。宝がないと知って腹いせに何かしだすかもしれない。そこに、ヒルデ一人がいては危険だろう。


 それに……やって来た宵虎に『どっちを選ぶの!?』とか言ってからかうのは面白い気がする。まあ、どうせ言葉は通じないだろうが、ネロがいれば…………。


「…………あ。忘れてた。ヒルデ、喋る猫知らない?」

「知ってる。タチオカの友達」

「一緒にいるの?……じゃあ、大丈夫か」


 割と雑にアイシャはそう考えた。ネロならきっと大丈夫だろう。あの猫こそ、宵虎以上にどんな目に逢っても『酷い目にあったにゃ……』で全て済みそうな気がするし。

 ネロと合流したのなら、多少齟齬が多くなろうと宵虎も周りと会話出来るし。


 そんな事を考えていた所で……不意に、天井の大穴に影が差す。


 巨大な翼を広げた王家の象徴、そんな魔物が優雅に鷲の翼を広げ、獅子の脚で音もなく玉座の後ろに降り立った。


 …………その嘴にかなりの大きさの鹿を咥えて。


 どうやら、グリフォンの親は、餌を取りに行っていたようだ。

 グリフォンの子はヒルデの腕から飛び出ると、その鹿へと駆けていく。


 ご飯の時間のようだ。グリフォンの子供は無邪気に鹿をつついて行く……。

 …………軽くグロテスクなその光景から目を逸らしつつ、アイシャは言った。


「あ~。そう言えば、お腹すいた様な、食欲がなくなったような……」

「お腹すいたの?……余った奴もらう?」

「あ~……まあ、そうだね。くれるなら」


 グリフォンの残飯と言うとあれだが、肉は肉だし、焼けば食べられるだろうし。


 蛇よりはマシだろう。アイシャはそう思った。

 それから、生だろうが蛇だろうが構わず食べようとしてた誰かの事を考える。


「お腹すいてるかな~、やっぱり」


 寂し気に呟いたアイシャを、ヒルデはやはりぼんやりと見て、それから、不思議そうに首を傾げていた。


 グリフォンが覆い隠さずとも、大穴からの光は陰って来ている。

 そろそろ、夜になるのだろう……。



 *



 舟から取った篝火を手に、頭上に猫を乗せた男は、暗く狭い通路を歩む。

 右に左に、うねり別れた複雑な洞窟……。


 どれほど、そこを歩んだろうか。


 やがて、一旦立ち止まり、宵虎は声を上げた。


「……ネロ」

「何かにゃ、だんにゃ?」

「…………ここはどこだ」

「………迷ったのかにゃ?」


 白い眼で見下ろしたネロを前に、宵虎は笑みと共に言い放った。


「フ………そもそも道など知らん」


 そう、宵虎が道を知っているはずがないのである。


 洞窟の奥にアイシャがいると、そう聞いたから進んでいるだけの事。そもそも、この洞窟のどこにアイシャがいるかなどと知る由もない。


 宵虎は一切迷う事なく磨き抜かれた歴戦の勘に従って歩んだ結果、……道に迷ったのだ。


 もはや、戻る道すらわかりはしない……。


「ふざけんにゃ!余りにも自信満々に行くから絶対道知ってると思ってたにゃ!…あ~、もう、こんな下らない事してる間にアイシャは一人寂しく震えてるかもしれないにゃ!」

「だから、こうして探しているんだが?」


 宵虎はそう唸った。


 アイシャの事だ。やられる訳はないと、宵虎は信頼している。が、何かしら惑わされ、裏切られ、怪我位は負っているかもしれない。


 アイシャは達人だ。だが、それはあくまで腕の話。心の方はまだ未熟……だからこそ宵虎の理解が度々及ばず、また末恐ろしくもあるのだが……今、未熟である事は確かだろう。


 強かではある。だが、脆くもある。……年若い達人とは得てしてそう言うものだ。


 そう思うからこそ気がかりであり、宵虎は当てなくとも探す事にしたのである。

 そんな宵虎の頭上で、ネロは呆れたように言った。


「探してるっていうか~、ずっと一貫してだんにゃは探されてるにゃ~」

「…………」


 返す言葉もなく黙り込んだ宵虎の頭を軽くポンポンと叩きながら、ネロは言う。


「だんにゃ、だんにゃ。お得意の気配がする……でどうにかすれば良いんじゃないかにゃ?」

「うむ………」


 宵虎は唸った。

 言われてみれば確かに、気配を追うのは手かもしれない。


 流石に、アイシャの気配を探るのは無理だが、しかし魔物ならば別。


 近場、この山の近くに巨大な気配は二つ。一つはグリフォンとして、もう一つは何か知らないが……オーランドの言っていたがそれだろうか。


 ならば、アイシャはその近くに居るか……いなくとも、気配に近付けば手掛かり位掴めるだろう。

 少なくとも、当てなく歩くよりは良い。


 そう考えて、宵虎はその気配の方向を指差した。


「…………あちらに何かいるぞ」


 つられて視線を向けたネロ――その先にあったのは、壁である。


 宵虎は道の無い場所、真横の壁を指差していた。


「………凄いにゃ~、だんにゃ。壁の向こうの気配までわかるとはにゃ~。感心して言葉も出ないにゃ~」

「フ……そうだろう?」

「皮肉なんだけどにゃ……。壁の向こうにどうやって一直線で行くんだにゃ!」


 喚くように大声を上げたネロをどこか不満げに見上げ、宵虎は言い放った。


「突き破る」


 意志の籠った言葉と共に、宵虎はスラリと引き抜いた………。

 ………脇差しを。


「あ~、オチが見えたにゃ。どうせ剣があれば~って言い訳するんだにゃ~。もうだんにゃには一切期待しないにゃ!」


 呆れたといわんばかりに言い放つネロ…けれど、宵虎はめげなかった。


「ネロ…あまり俺を舐めるな」


 そう言い放ち、宵虎は刃を振るう。


 流麗にして無駄のない動き、確かな鍛錬に裏打ちされたその技の冴え、数多の魔物を切って捨てて来た掛値のない極みの一つ。ただの岩の一つや二つどうして切れない事があろうか。


 宵虎にとって、壁などあってないようなモノだ。


 ………太刀さえ、あれば。


「………………」


 引っかき傷のついた壁を、宵虎は不満げに睨んだ。

 そんな宵虎の頭上で、ネロは呆れ切ってこう言い放った。


「にゃ~。素晴らしいにゃ。汚名挽回だにゃ。名誉返上だにゃ~。……ていうか、だんにゃ。なんかいつにも増して良いトコないにゃ?」

「………………」


 返す言葉は、なかった。


「………………道を探すか」

「そうだにゃ。餓死する前にアイシャと会えると良いにゃ~」


 そんな事を言い合いながら、宵虎達は進み出した。

 とりあえず、怪物の気配に近付き方向へと。


「……ところで、ネロ。一つ、聞きたいんだが……尻尾が無限に生えてきたりは」

「しないにゃ。……あたしを非常食扱いするにゃ!」

「非常食ではない。……仲間だろう、ネロ」

「だんにゃ……。アイシャといいだんにゃといい、なんでその言葉を説得力0に出来るんだにゃ……」

「ネロ。仲間とは、助け合うものだろう?」

「魂胆は見えてるにゃ!尻尾は断固死守するにゃ!」


 一人と一匹は騒がしく……道に迷い続けていた。

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