暗がりの先の魔物3


「…………痛……」


 呟きと共に、アイシャは身を起こした。


 カラカラと言う音が自身の回りで鳴り響く。石でも積もっていたのかもしれないが、未だ暗がりの差中。それを確かめる事すら出来ない。


 とにかく、アイシャは自分の身体を確かめた。両手は動く。両足も動く。

 ひどく痛むのは、背中。それでも、立ち上がれない事はなさそうだ。


 空中にいた分、ガーゴイルからの衝撃が弱まったのだろう。そして着地の試みは、完璧ではないが一応、成功したらしい。

 少なくとも死んではいないし、動けない怪我も負わなかった。


 手探りに周囲を探り、覚えのある紋章の彫り込まれた弓を探り当てる。

 それも、折れていないらしい。


 状況からすれば、生き延びただけ上々……だが、アイシャは喜ぶ気にならず、膝を抱えて座り込んだ。


「もう、最悪…………」


 何もかもが上手く行っていない……そんな風に思う。


 手っ取り早くガーゴイルを倒して終わらせようとしたら、負けるし。オーランドには良いように利用されるし。真っ暗な中に一人ぼっちで寂しいし怖いし。


「………チッ、」


 一人、舌打ちをついて、やがてアイシャはナイフを取り出し、それで地面を削り出した。


 明かりを生み出す手段がない訳ではない。暗闇で上手く紋章を彫れるかどうかはわからないが………


燃えろバーン


 彫り終えた紋章に触れ、言霊を紡ぐ――直後、アイシャの目の前に火がともった。


 勿論、あの壁一面にあった照明のための紋章魔術には遠く及ばないが、それでも漸く、周囲を僅かに確認することが出来た。


 そこは、さっきガーゴイルと戦ったあの広大な空間ではなく、もっと狭い……通路のようだ。

 壁を突き破って通路に出たのか……いや、どうも、突き破ったのは壁ではなく扉らしい。


 目の前に、砕けた扉の残骸があった。そしてその向こうには、暗闇へと落ちて行く階段がある。


 どうやら、さっきあの広大な空間で見上げた階段、その上へと、ガーゴイルに吹き飛ばされたらしい。


 アイシャは背後を見てみた。そちらにも暗闇はある。階段を上り切った先には、まだ奥があるらしい。


 とにかく、二択だ。戻るか、奥に進むか。

 考えながら、アイシャは耳を澄ます。戦闘の音は聞こえない。オーランドがガーゴイルを倒したのか、倒されたのか、あるいは手出しせず退いて行ったのか。

 どれかはわからないが、とにかく、今、戦闘はしていないらしい。


 ガーゴイルがまだいるかどうか、オーランドがどうなったか確かめに行くか。


 いや……確かめた先にガーゴイルがいて、また戦う羽目になるのはごめんだ。深手ではないが怪我はしているのだ。

 オーランドに関しては……別に、どうでも良い。どうなろうと知ったこっちゃない。


 とにかく、広間に行く気にはならない。この洞窟はかなり入り組んでいるようだし、奥から迂回して外に出る道があるかもしれない。それを探そう。


 そんな風に考えて、アイシャは立ち上がった。


「痛………」


 痛む背中に呻きながら、アイシャはそこらに転がっている瓦礫の内、持ち運びが出来そうな物を拾い上げた。


 それに紋章を彫り込んで、簡単な照明にしようと思ったのだ。

 ナイフを手に、作業を進めながら……アイシャはこれから進む先を見た。


 オーランドの話では、この先には宝があるらしい。

 まったくと言って良いほど、アイシャは宝に興味はないが…………見つけたら嫌がらせにぶっ壊そうか。


 アイシャはそんな事を思いながら、手早く紋章を彫り終え、瓦礫で出来た松明を手に、通路の奥へと歩み出した。



 その通路は、これまでよりもなお、人の手のくわえられた痕跡が顕著に残っていた。

 双方の壁には等間隔に燭台が並び、その合間を縫うように扉が幾つも並んでいる。酷く暗く、黴臭さが鼻につく空間だ。

 あるいは、ミイラか骸骨でもありそうな……そんな空間に足跡を残して、アイシャは歩んで行く。


 完全にあてずっぽうだが、それでも一本道だったため、途中まで問題は無かった。


 突き当りにぶつかり、道が二手に別れたその時までは。


「…………めんどくさい」


 苛立ち紛れにアイシャは呟いた。


 右も左も、代り映えしない同じ様な通路。出口に近いのがどっちの道なのか、見た目から判断する事は出来ない。

 だが、探す手段がない訳でもない。アイシャは自身の指を舐めて、それをかざしてみた。


 指先には、僅かに風が当たっている……そもそも、風の魔術を使う以上、こんな事をしなくてもどこから吹いてきているか位は漠然とわかりはするのだが、とにかく、指先を撫でる風、その方向はわかった。


 出口があるから、風の流れがある。その流れを遡っていけば、いずれ出口も見つかるだろう。


 そんな風に考えて、アイシャは風を追って歩んで行った。




 途中、何度か分かれ道があり、その都度アイシャは風を頼りに方向を決め……その末に、進む先に明かりを発見した。


 篝火だ。それが、暗闇の中に一つ置かれている。

 そして、その横には朽ちた扉……だったモノがあり、更にその先には、太陽の光だろうか、柔らかな明かりも差しているらしい。


 出口に辿り着いたか……出口に近いせいで、この扉は他より腐食が進んでいるのか。


 漠然と、そんな事を考えながら、アイシャは自身の手にある明かりを消した。


 その場には既に明かりがある。つまり、誰かが近くにいる可能性が高いという事だ。明かりを持っていれば、アイシャがそこに居るとその相手に知られることになる。


 アイシャは、警戒したのだ。怪我をしている事もある。オーランドに利用されたせいで警戒心が上がっているのだ。


 自然、足音を殺す歩法に……幼い頃遊び気分で、見ておぼえてしまった暗殺用の動き方を無意識に実行しながら、アイシャは朽ちた戸へと歩み寄り、物陰からその中を覗き込んだ。


 天井に大穴が開き、破片とガラクタが散乱した、古び朽ちた玉座の間。

 けれど、アイシャが注視したのは、その中心にうずくまる巨大な魔物……。


「……グリフォン?」


 思わず呟いたその声は、ほんの小さなモノだ。

 けれど……グリフォンは確かにその呟きを聞いたらしい。


 閉じられていたその目が開き、グリフォンは身を起こし扉を――その陰のアイシャを警戒するように起き上がった。


「チッ…」


 舌打ちと共に、アイシャは思案する。


 出口はある。グリフォンの真上、天井の大穴だ。バーストを使えばアイシャならそこから外に出られる。が、そのためにはグリフォンをどうにかする必要がある。


 引き返すか――いや、他に出口がある確証はない。探し出せる確証も。


 別に、殺す必要はない。一時動けなくなってもらえば良いだけ……。

 詠唱の間はない。威力関係なく確実にダメージを与えるためには?


 ……目だ。まず、片目を潰そう。追われたらもう片方も……。


 苛立ちが募っていたせいもある。常より余裕がなく、常より好戦的に――アイシャは物陰から飛び出ると同時に弓を引く。


 だが、その矢が放たれる事はなかった。


「うわっ……。どうしたの?」


 起き上がったグリフォンから、小さな人影が転がり落ちたのだ。


「子供……?」


 アイシャは呟く。現れたのは髪の短い、女の子。身を包むのはヒッポグリフを思い出すようなデザインのローブ、胸には小さなグリフォンの子供。


 だが、それらよりも何よりも気になるものを、女の子―ヒルデは持っていた。


「その、剣……」


 怒りが混じったような声が、アイシャの口から漏れる。自然と、弓を引く手に力が籠る。


 当然の話だが、アイシャは宵虎とヒルデが会っていることは知らない。どういう認識であれ、一時的に宵虎がヒルデに太刀を預けていることも。


 苛立っているアイシャの思考はシンプルだ。


 グリフォンがいる。宵虎の剣がある。その合間の紆余曲折に、さっきまで自分がどんな目に遭っていたかを知らず重ね、……想像するのは暴力的な過程だ。


 ヒルデは、そこでアイシャを見た……怒りを胸中に宿し、暗い目で弓を構えるアイシャを。


 思わず身を引いたヒルデ――アイシャは威圧するような声を投げる。


「……その剣。どうしたの?」

「拾って……貰って……」

「嘘だ」


 要領を得ないヒルデの問いを、アイシャはそう切って捨てた。


 問いを投げようが、応えを聞く気はなかったのだ。ここの人間は信用できない、信用する気もない。もう、沢山だ。


 アイシャは自身の苛立ちに触発され、周囲を威圧し、それに呼応する様にグリフォンは四肢に力を込めて行く。


 一触即発の差中――その中で、ヒルデはどこかぼんやりと、だが視線を外す事なく、アイシャを見詰めていた。


 怖い。その思いは、確かにヒルデの中にある。アイシャが怖い。けれど……不思議と、アイシャもまた何かに怯えているような気がした。

 読心ではない。ただ、ぼんやりと相手の心情がわかるだけ。本当に悪意があるのかどうか、なんとなくわかるだけだ。


 アイシャはただ、傷ついて、怯えて、威嚇しているだけ……そんな事をヒルデは思った。


 ヒルデは子供だ。持って回った言い方なんてまだ出来ない。だからこそ、ヒルデは素直に、今自分が思っているをストレートに言葉にした。


「……寂しいの?」


 言われたのはただそれだけだ。ただそれだけの言葉で、アイシャの警戒や苛立ちは一瞬、緩んだ。


 図星だったからだ。


 不満の募る事ばかり起こり、何も思い通りに行かず苛立ち…………その根底にずっとあるのは寂しさだ。


 この所ずっと騒がしかったから……急に一人になって、酷く寂しくなったのである。


 元々、自覚してはいた。けれど、それを他人に、それも子供に指摘されて………アイシャは急に、力が抜けてしまった。


 やがてアイシャは弓を下ろし、俯き……疲れた声でヒルデに問いかける。


「……貰ったって、ホント?」

「うん。あ……貰ったと思った」


 簡単な言葉の割に意味の通じ辛いそれが、アイシャにはありありと想像できた。


 言葉が通じないから。きっと、ちょっと間抜けに意思疎通に失敗したんだろう。……そう言う人だ。


「なんで、返さないの?」


 そのアイシャの問いに、ヒルデは少し困ったような顔で答える。


「返したら、タチオカどっか行っちゃう」

「タチオカ?」

「うん。なんか、落ちてきたおじさん」

「おじさんって…………」


 アイシャは小さく微笑んだ。


 おじさん呼ばわりだ。……そう言えば、実際何歳なんだろうか。間違いなく二十歳は越えているだろうし、アイシャよりも年上だろうが……年齢を聞いてない気がする。


 とにかく、宵虎はまた、年下に気に入られているらしい。

 アイシャからそうである様に。あるいは、ちょっと違うのかもしれないけれど。


「返して上げなよ。……すっごい、残念そうな顔するでしょ?」

「してた」


 きっぱりと頷いたヒルデに、アイシャはまた微笑み、やがて腰を下ろして座り込んだ。


 ちょっと、疲れたのだ。


 グリフォンはいつの間にかうずくまっていて、グリフォンの子供がその羽に顔をうずめて遊んでいる。


 それを背に、ヒルデは大切そうに太刀を抱えたまま、アイシャに問いを投げて来た。


「タチオカの……恋人?」

「……どうなんだろ。お兄さんからは、多分……妹みたいな認識じゃない?あと、タチオカじゃなくて、ヨイトラって名前」

「…………名前じゃなかったんだ…………」

「そればっかり言ってたの?」

「うん。タチオカエシテクレ~って。ずっと」

「ふ~ん。どういう意味だろ、それ……」


 そんな事を呟くアイシャの声は、酷く小さい。


 気が抜けたせいだろうか。それとも、昨日結局良く眠れなかったから?


 とにかく、疲れて……ひどく眠い。


 どこかぼんやりと、ヒルデと話をしながら……いつの間にか、アイシャは眠りに落ちて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます