暗がりの先の魔物


 篝火を手に進むオーランド……その後を、アイシャもまた歩んで居た。


 キャンプの傍にあった入り口からどの程度進んだか、何度も曲がり道がわかれ、そんな中をオーランドは迷わず進んでいる。


 頭数が欲しいと言っていたのは、このルートを探るためだったのだろう。入り組んだ洞窟から何の手掛かりもなく正解のルートを探し出すためには、人海戦術がシンプルかつ早い。


 もしもの時に自力で戻れるように、どこを何度曲がったか一々記憶しながら、アイシャはオーランドの後をついて歩く。


 上も横も、壁はごつごつとした岩肌。だが、足元だけが違う。

 明らかに舗装されている――階段があった時点で今更の話だが、この通路も人の手で造られたものらしい。ずっと昔。太古の誰かが造った通路。


 そこを進んでいった末に――やがて、オーランドは立ち止まった。


「ここだ」


 アイシャは周囲を見回す。

 辺りにあるのは暗闇ばかり……だが、そこがかなり広い場所である事はわかった。


 篝火の光が壁にぶつからないのだ。

 前も左右も、明かりが壁に当たる事はなく、ただ暗がりに飲み込まれている。


「この視界の悪さで、怪物退治しろっていうの?」


 オーランドはその声には応えず……背に負っていた槍を手に取った。


 くるりと何の気は無しに回されたその槍は、やはりヒッポグリフが持っていた物とは形が違う。

 意匠の入った、銀色の両刃。どちらかと言えば刺突に寄った様な、長柄の武器。


 本当にこの暗闇のまま戦うのか、あるいは怪物は嘘で単純にアイシャが誘い出されただけか………警戒し僅かに距離を取ったアイシャをオーランドは笑い、すぐにアイシャに背を向けた。


 そして、何もない暗闇へと、槍を振るう。


 ザ―響いたのは、壁を削り取った様なそんな音。オーランドの槍が、壁に突き立てられたらしい。


灯れグロウ


 オーランドは呟いた――言霊だ。紋章魔術の起動言語……。


 そうと悟ったアイシャの目の前で、不意に光が漏れる。

 オーランドの槍の切っ先辺りだろうか……そこから漏れ出た輝きが、壁を伝って方々に散り、広がっていく。


 急な明かりにアイシャの目は眩み………その眩みが晴れた頃には、周囲の景色が一変していた。


 ひどく明るい……広大な空間、その壁一面に彫り込まれた紋章が白い輝きを放ち、洞窟の中だとは到底思えない程詳細に、周囲を見回す事が出来た。


 もう必要ないだろう……そう考えて篝火を置いたアイシャは、明かりを見回しながら呟いた。


「紋章魔術……貴方が彫ったの?」

「いや。元からあった。谷底への階段もそう。洞窟もそう。この紋章魔術もだ。どうやら、昔々、こんな穴倉に好んで住み着く酔狂な奴がいたらしいね。ご覧の通り、立派な家までこさえてる」


 そう言って、オーランドは視線をこの空間の奥へと向けた。

 同じ方向に、アイシャも視線を向ける。

 その先にあったのは……祭壇だ。いや、神殿か、あるいは謁見の間か。城の一部、とも言えるかもしれない。


 長い階段がある。折れ曲がることなくまっすぐ上へと伸びた、幅広の階段。

 その先は洞窟の壁へとぶつかり、壁と階段がぶつかった点には、扉があるように見えた。


 石の扉……だろうか。少なくとも朽ちてはおらず、ただ僅かに苔は生えていて、あるいは力づくで無ければ開かないかもしれない。


「……それで?怪物はどれ?」

「そこに居るだろう?」


 そんな言葉と共にオーランドが指差しているのは、石像だ。


 見上げる程の巨体――石でできた怪物。両足で地面に立ち、両手にはかぎづめ。足元で長い尾がとぐろを巻き、巨大な翼が折りたたまれている。


 ガーゴイル。魔除け用の、石でできた彫刻。もっとも、このガーゴイルの全てが石でできているわけでもないらしい。


 頭部だけが異質だ。鱗に覆われた巨大な爬虫類の頭。紛れもないドラゴンのそれに見える頭部だけ、が僅かに違う。


 どこか陶器の様な、石とはまるで違う滑らかさがその頭部にだけあった。僅かに湿っているのかもしれない。


 確かに、ただの石像ではないのかもしれない。


「さあ、怪物退治だ。お手並み拝見と行こう」


 オーランドはそんな言葉を投げて来た。手を出す気はないらしい。


 そんなオーランドに一瞥をくれてから、アイシャはガーゴイルへと歩み出した。

 とにかく、あれをぶっ壊せば、ヒッポグリフは邪魔をして来なくなるだろう。なら、…………さっさと済ませよう。


 そう決めて、アイシャは弓を手に、その弦を引く。


「集え……抗わず我が元に」


 歩みながら紡がれる言霊―その声に呼び集められるように、洞窟の僅かに湿った大気が、アイシャの指先へと集っていく。


 金切り声のような風鳴りが洞窟に反響し、そこに自身の足音を混ぜながら、アイシャは石像へと寄って行く。


「黙し嘆け。従い怨め。その矛先を我が意に委ねよ……」


 眼前の石像は見上げる程の巨体――その眼前に立ったアイシャは、弓を石像へと向けた。


 言霊を紡ぎ終え、弓を引き切り――風が凪ぐ。


 この石像が動くだとか、この先に宝があるだとか、そんな事に一々かかずらう気は無い。面倒なのも寂しいのも、もう十分だ。


 一切の手加減のなく、渾身で引き絞られた一矢。

 凪ぐと共に鎮まった風は、アイシャの声で解き放たれる―。


「貫け。ラメント・スピアブロウ」


 それは、ひどく静かな――しかしそれに見合わない破壊力を秘めた、不可視の、飛来する破砕槍。


 掻き集められた風の全てが巨大な矢の形となり放たれ、渦巻き、ただ一本の槍として、至近から石像を貫く――。


 否、貫くだけでは終わらない。削り砕き吹き飛ばし―命中の瞬間から、雷の様な轟音が洞窟の中に響き渡った。


 音が沈むと共に、アイシャは酷く不機嫌そうに弓を下ろした。

 そして、苛立ち切った表情のまま、アイシャはオーランドへと振り返る。


「……これで良いんでしょ」


 そう言葉を投げるアイシャの背後には、石像があった。


 右胸に矢を受け、そこを貫かれ――それだけではすまず、腕も羽も、右半身を丸々抉り取られた石像が。


 だが、オーランドはそこで、どこか芝居がかった仕草で両手を広げ、首を横に振った。


「いや。残念だがな、アイシャ。……そこまでは俺も試した」

「はあ?」


 不機嫌な表情のまま声を上げたアイシャ――その背後で、不意に音が響いた。


 石が転がり落ちていくようなカラリと言う音。いや、石と石がぶつかる様な音か。

 最初は一つだけだったその音は、やがて雨のように絶え間なく―。


「………チッ、」


 舌打ちと共に、アイシャはその場から跳びのいた。


 明らかに事が背後で起きている――状況確認より距離を取る事をアイシャは優先した。

 そして、アイシャの身を救ったのはその咄嗟の判断。


 ダン―――重い音が鳴り、跳びのく直前にアイシャがいた場所、その地面が


 距離を取りながら振り向いたアイシャ――。

 ――その先には、怪物がいた。


 ガーゴイル。石でできた怪物。竜を、悪魔を模した彫像。


 巨大な爪は地面を抉り、開かれた赤い眼が、アイシャを見据えている。

 半身は依然、えぐり無くなったまま……だが、粉砕された破片が呼び集められる様に、石がその半身へと集い、動く石像ガーゴイルはみるみると元の形へと戻って行く。


「また、再生する奴…………めんどくさい」


 憎々し気に呟いたアイシャに、オーランドは飄々と言葉を投げて来た。


「同意するよ、アイシャ。面倒だろう?だから取引をした。俺が知りたいのは、その先だ、アイシャ。こいつは、一体どうやったら死ぬと思う?」


 どこかあざける様な声――直後の振動がそれを掻き消した。


 咆哮だ。余りにも重く響くその声は揺れ以外の何物でもない。

 傷を癒し切ったガーゴイル――その目が、獰猛に、怨嗟に狂うように、アイシャを、オーランドを捉えていた―。



 *



 不意に、地鳴りの様な音と振動が響き、天井からカラカラと石が降って来る――。


 煩わしそうに翼を広げ、グリフォンはその石を吹き飛ばした。

 その様子をぼんやり見上げ、ヒルデは首を傾げた。


「なんだろ?」


 この揺れは前にも一回あった事だ。洞窟のどこかから響いて来る振動。


 ピィと不安げに、グリフォンの子供が声を上げる。その小さな身体を抱き上げ、ヒルデはグリフォンの親へと寄り掛かった。


 宵虎の落し物―太刀もまだ持ったままだ。

 返したら、出て行ってしまうらしい。それが嫌で家を飛び出して、寂しい気分のままヒルデが行く場所は、このグリフォンの住処しかなかった。


 僅かな揺れはまだ響いてくる―、けれど、グリフォンの子供はもう気にしなくなったらしく、無邪気にヒルデへとじゃれついて来た。


 寂しい気分を慰めるように、ヒルデはその頭をポンポンと、叩く調子で撫でる。けれど、その顔は尚も寂し気。


 無邪気に遊びたがる子供を、寂しい子供を、グリフォンの大きく柔らかな翼が、抱き寄せるように包み込んでいた……。

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