ネロと合流

 キャッキャと声を上げながら、子供は重い太刀をものともせずに駆け回る――。

 その後を、宵虎は鬼の形相で追いかけまわしていた。


「おのれ小娘………」


 長老の家で朝食を頂いてすぐ、昨日の様にヒルデは宵虎をからかいだし、やがてこの鬼ごっこが始まった。


 地の利の差はもうなく、今日こそはすぐにでも太刀を取り返せるだろう――そんな予想は甘い考え。

 追えど追えどやはり捕らえきれず、結局宵虎は唸り声を上げ集落の人々に微笑ましく眺められ続けながら、ヒルデを追い続けていた。


 と、そんな所で、不意にヒルデはピタリと動きを止めた。

 疲れたのか、飽きが来たのか。どちらであれど……。


「油断したな小娘!」


 声を上げながら、宵虎はヒルデへと跳びかかっていった。

 けれど、ヒルデは動揺した素振りも見せず、ひらりと身をかわす。


「……なぜ、取れん……」


 唸るような声と共に肩を落とした宵虎へと、ヒルデは振り返り、彼方を指差しながら言った。


「タチオカ。あれ、なんだろ?」

「む?」


 ヒルデが何を言っているかは未だにわからない。

 とにもかくにも、ヒルデの指差す先に宵虎は視線を向けてみた。


 集落の入口あたりだろうか?

 そこに、何やら人垣が出来ている。宵虎がやって来た時と同じような状況だろうか。


「どうしたのかな……」


 そう呟いて、ヒルデはその人垣へと歩み出した。


 *


 人垣からは、噂話の様な声が漏れている……。


「そこそこ可愛い女の子が倒れてると思ったら、今度は喋る猫になってな」


 その場へと辿り着いたヒルデは、人垣の向こうを覗こうと、ピョンピョンと飛び跳ねていた。

 その真横に憮然と立った宵虎の耳に、どうにも覚えのある騒がしい声が聞こえて来る。


「そこそこってどういう事かにゃ!?そこそこ……なのかもしれないけど、言わない優しさってあると思うにゃ!」

「このうるささは………」


 その声と共に、人垣の中心に視線を向けた宵虎。

 そこには、見覚えのある黒猫がいた。


 ……なぜだか縛られた黒猫が。


 と、その黒猫は宵虎に気付いたらしく、涙ながらに声を上げる。


「あ、だんにゃ!」

「ネロか?」

「だんにゃ~聞いてほしいにゃ~。アイシャがもうほんと当然の様にあたしを虐げて~ブクブクってなって~命からがら岸でビターンってしてたら気付くと周りに朝日と共にヒッポグリフ軍団!?どうにか逃げ出そうとあたしはとっさに~」

「アイシャはどうした?」

「……ほんと、ちょっとは人の話聞いてほしいにゃ。だから、はぐれちゃったにゃ~。だんにゃこそヒッポグリフ軍団で何してるのかにゃ?ていうか、その前に助けてほしいんだけどにゃ?」

「俺は太刀を取り返そうと……」


 言い掛けた宵虎は、しかしそこで背中に衝撃を受けた。


 ヒルデがぶつかって来たのである。……と言うよりは、飛び乗って来た、か。

 どう頑張っても人垣の向こうを覗けなかったヒルデは、宵虎によじ登り、人垣の向こうを見通し……縛られている黒猫を発見した。


「ネコだ。にゃ~」

「にゃ~、じゃなくて、助けてほしいんだけどにゃ~。ていうか、そちらさんは?」

「……喋った?喋った!タチオカ、ネコ、喋った!」


 驚きのまま、ヒルデは宵虎の頭をポンポン叩きながら訴える。


「痛い……。俺は、なぜ叩かれているんだ……」

「叩きやすい位置に頭があるからじゃないかにゃ?ていうか~、だから~、助けて貰いたいんだけどにゃ~。いい加減」


 そんなネロの文句を置いて、ヒルデは宵虎に尋ねる。


「タチオカ。このネコ、知り合い?」

「なんだ?……ネロ。この娘は何を言っている。なぜ叩く」

「叩きやすい顔してるからじゃないかにゃ~。えっと、そちらの娘さんは、知り合いかって聞いてるにゃ。そうです、知り合いですにゃ~」

「…………叩きやすい、顔?」

「そこ真に受けないで欲しいにゃ~」


 宵虎とネロはそう、どうでも良いやりとりをし……その様子に、ヒルデは首を傾げた。


「ネコと、喋ってる?タチオカ、ネコと喋れる?人とは喋れないのに?なんで?」


 そう言いながら、ヒルデはまた宵虎の頭をポンポンと叩いた。


「痛い。……ネロ。この娘は、何を怒っているんだ?」

「怒ってるんじゃなくて舐めてるんだにゃ~。ていうか~、」


 そこで一旦言葉を切って、それからネロはくわっと言った。


「いい加減助けるにゃ!」


 *


「なるほどにゃ~。要するに、ドジった先でまた女の子に舐められて、言い訳できないレベルで情けない感じになってるんだにゃ~。ほんと、だんにゃはダメダメだにゃ~」

「駄目駄目ではない。……この国がおかしい。なぜか悉く娘が達人なだけだ」

「どか言って~、どうせお国でも一々女の子に舐められてからかわれまくってたんじゃないのかにゃ」

「フ……。そんな昔の事は覚えていない」

「あ、マジなのかにゃ……」


 そんな風に、ネコと大男が向かい合って会話していた。

 場所は長老の家、その隅っこである。


 その様子をどこかぼんやりと眺めた末に、ヒルデは長老に尋ねた。


「タチオカ、なんでネコとは喋れる?」

「ふむ……あの猫、使い魔か何かかのう。魔物じゃ。人語を解す魔物であれ、人語を聞き人語を口にしておる訳ではない」

「意味わかんない」

「ま、ようやっと通訳が出来たと言う話じゃ」

「通訳……」


 呟いて向けた視線の先。

 宵虎とネロはまだ話をしていた。


「それで、ネロ。アイシャはどうした?」

「だから~、さっきはぐれたって言ったにゃ~。ヒッポグリフに襲われて~」

「ひっぽぐりふ?」

「なんか~、ここの人と同じような服着てる奴にゃ。誰だか知らないけどにゃ。なんか襲われてあたしは川に落ちてにゃ~。その後、アイシャがどうしたかは知らないにゃ」

「ひっぽぐりふ、か。まあ、アイシャがそうやすやすとやられる訳もないか…」

「多分そうだにゃ~。今頃、この集落に向かってるか、もしくはキャンプに戻ったか、のどっちかじゃないかにゃ?」

「きゃんぷ?」

「もう~、進まないから後で教えて上げるにゃ。とにかく、あたしもだんにゃも流されてここに来たって事は、道は一本道だし~、キャンプに戻ればどっかで会うんじゃないかにゃ?あ、でも、その前に剣を返して貰わないとだにゃ。あれないとだんにゃ本当一個も良い所ないからにゃ~」

「……一つぐらいはあるはずだ」


 唸るように呟いた宵虎を置いて、ネロはヒルデへと歩み寄った。


 そして、じっと見下ろしてくるヒルデの前に座り込み、ネロは言う。


「というわけでにゃ、お嬢さん。その剣、だんにゃの大事なものでにゃ。返して欲しいにゃ」


 ヒルデは、そう言った黒猫と、未だ抱えたままの太刀を交互に眺め、首を横に振った。


「ヤダ」

「にゃ?気に入っちゃった感じかにゃ?」


 そう首を傾げたネロを前に、ヒルデは様子を伺うように宵虎に視線を向けた後に、言う。


「返したら、グリフォンやっつける。グリフォン悪くないのに」

「にゃ?グリフォン?あ~、だんにゃ!なんか、グリフォンと戦わないなら返してくれるっぽいにゃ!まだ味気になるかにゃ?」


 声を投げたネロに、宵虎は唸るように答えた。


「いや。喰う気は失せた。切る気もない」

「やっつけないらしいにゃ。だんにゃは完全に騙される専門だから本当にグリフォンには何にもしないと思うにゃ。だから~、返して上げてほしいんだけどにゃ~」


 ヒルデは、そう言ったネロと宵虎を交互に見た。

 けれど、まだ太刀を返そうとはしない。


「あの~、お嬢さん?聞いてるのかにゃ?」

「……これ、返したら、タチオカどっか行っちゃう?」

「タチオカ?ああ、だんにゃ、また呼ばれ方増えたのかにゃ。まあ、そうだにゃ。長居はしないと思うにゃ、多分」


 そう言ったネロを……そして宵虎の様子を、ヒルデは伺った。

 宵虎は特に何も言ってはいない。行かないと、否定していない。


「……じゃあ、返さない」


 どこか意固地に、ヒルデは呟いた。


「返さないって……そう言われると困っちゃうんだけどにゃ~」

「ヤダ。返さない!」


 ヒルデはそう言い放つと、太刀を握りしめたままに、家の外へと駆け出して行った。


「あ、逃げちゃったにゃ…。そんなにあの剣気に入ったのかにゃ?」


 呑気に、そんな事を呟いたネロに、声を掛けてきたのは長老だ。


「気に入ったのは別だろうのう」

「にゃ?」

「カカ、聞く耳があるのは良いのう。……あれは、母を知らん。父は、あれだけを置いて旅に出た。残されたヒルデは、寂しい盛りでの」

「あ~。こっちを気に入っちゃったのかにゃ~」


 そんな呟きと共に、ネロは宵虎に視線を向けた。


「……なんだ、ネロ?」

「にゃ~。だんにゃは、無駄に年下キラーだにゃ」

「きらー?」

「後で教えて上げるにゃ~。ていうか、だんにゃ、あの子両親いないらしいにゃ」

「……だろうな」


 宵虎はそう頷いた。


 見ていればわかる事だ。ヒルデの周囲に、親らしき影は無かった。長老が世話をしているらしく、暮してるのだろうこの家にも、知らない人間の気配は無かった。


「知ってたのかにゃ?……にゃ~、わかってて遊んで上げてた感じかにゃ?」

「フ……遊ばれていただけだ」

「カッコ付けて言う事じゃないにゃ~。とにかく、どうするにゃ、だんにゃ。あの感じだと、よほどじゃ無いと返してくれないにゃ」

「腕づくで取り返す」


 迷いなく言い切った宵虎に、ネロは首を傾げた。


「にゃ?……だんにゃ、たまに結構冷たいにゃ」

「いや、取り返さねばならない。もはや遊びではない。矜持の問題だ。あんな子供に遊ばれたまま、おめおめ引き下がるなど……」


 何やら闘志を燃やしている様子の宵虎に白い眼を向け、それからネロは長老に問い掛けた。


「もしかして……だんにゃ、力づくですら取り返せてない感じかにゃ?」

「そうだの。まあ、本気でやっているのかどうかは知らんが……永遠鬼ごっこをしておるわい」


 その言葉にネロは呆れの視線を宵虎に向けた。


「だんにゃ、年下キラーの割に女の子に弱すぎるにゃ……。ていうか、それだといよいよどうするにゃ?アイシャに頼んで取り返して貰うのかにゃ?」

「それは最後の手段だ」

「……最終的には頼る気満々なんだにゃ」


 完全に呆れ切り、ネロは溜息をついた。それから言う。


「じゃあ、どうするにゃ?アイシャが来るまであの子に遊ばれとくかにゃ?」


 その言葉に、宵虎は暫し思案した。


 確かに、ここでヒルデに挑み続けるのも良いだろう。が、それで太刀を取り返せる気もしない。


 アイシャはヒッポグリフとやらと戦っていたらしい。あの達人に限って滅多な事はおこらないだろうが…………居場所が知れているのであれば、先に合流するのも手かもしれない。


「アイシャは、きゃんぷとやらに居るのか?」

「多分にゃ。まあ、キャンプの方に行ったらどっかでかち合うと思うにゃ」

「ならば、そのキャンプとやらに向かうか」

「にゃ?剣はどうするにゃ?」

「太刀は後で取り返しに戻る」


 そう言って、宵虎は立ち上がった。


 向かうといったからにはすぐにでも出発するのだろう。そう思ったネロは、宵虎の背中をよじ登り、それから尋ねる。


「あの子はどうするにゃ?ほっとくのかにゃ?」


 と、その問いに宵虎が答える前に、口を開いたのは長老だ。


「発つのか、武人。いくらでも長居していようとこちらは構わんのだがのう。ヒルデも喜ぶ」


 その言葉を、ネロはそのまま宵虎に伝えた。

 そして、宵虎は同じように、ネロを介して長老に返事を投げた。


「俺はあれの父ではない。悪いが、先に他になつかれてもいる。ここに根を下ろす気はない。太刀は一時預けておく。次は取り返してみせると、あの小娘に伝えろ。………だそうだにゃ~」


 そうネロが言い終わると同時に、宵虎は歩み出した。

 その背中を眺め、だが止める事はせず、長老は呟いた。


「そうか。……寂しがるだろうのう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます