灰燼、瓦礫の末に
灰となって崩れ往くヒュドラを背に、宵虎は歩んで来る。
その場にしゃがみ込んだアイシャは、そんな宵虎に声を掛けようと口を開き掛けたが―
「だんにゃ!どうしちゃったにゃ!なんか、普通にカッコ良かったにゃ!……本当にだんにゃなのかにゃ?」
―ネロが先に駆けて行ってしまった為に、タイミングを失った。
ネロの言葉に、宵虎は何やら笑っている。
「フ……もっと言え」
「あ、だんにゃだったにゃ。残念なくらいだんにゃだったにゃ……」
呆れた様子で呟いたネロに、一体、何を言ったのか気になりつつ、アイシャは笑う。
と、そこでキルケーは宵虎に尋ねた。
「……殺したのですか?」
どうも、吹っ切ったような事を言っていながらも、キルケーは気が気でないらしい。
そんなキルケーに宵虎は首を傾げ、それからネロに通訳されて、一つ頷いた。
「いや……。心まで焼かれるかは、あいつら次第だ」
「にゃ?それ、どういう意味かにゃ?」
宵虎が何を言ったのか、アイシャにはやはりわからない。……ただ、
「ああいう事なんじゃないの?」
アイシャには見えていた。灰となるヒュドラの中心辺り―そこに、二つの人影が倒れている姿が。
アイシャに指さされ、それを知った途端、キルケーは駆け出していく。
「あ、待つにゃマスター!」
キルケーを追って、ネロもまた駆け出していく。
その姿を見送った末に、宵虎はアイシャの元へと歩んで来る。
仏教面の宵虎。その姿を見上げ、アイシャはちょっと、何を言おうか考えて―結局、どうでも良い言葉を選んだ。
「私、頑張ったでしょ?」
「格好良かったか?」
お互いにお互いが、何を言っているのかわからない。
だがそれは、言葉が通じないからと言うわけでは無く、ただ、お互いがまったく同じタイミングで口を開いた為に、お互いの声を掻き消しあってしまったからだ。
二人、目を合わせ、タイミングを測る。言葉を届ける為の、酷く無駄な機先の制しあい―。
「……褒めても良いんだよ?」
「……格好良かっただろう?」
結局、二人が口を開いたのはまた同時。
やがて、二人は馬鹿らしくなって、笑みを溢した。
「まあ、いっか…」
「どうせ、何を言っているかわからんしな……」
そうして、二人笑った末に、やがてアイシャは言った。
「私、疲れちゃった。お兄さん。……おんぶして?」
そう言って、アイシャはどこか子供がねだるような風情で、両腕を広げて見せるのだった。
*
人魚と、人が、抱擁を―そして、言葉を交わしている。
物陰からその様子を眺めたキルケーは、やがてその場に背を向けた。
どんな言葉を交わしているにせよ―きっと、キルケーが聞いて幸福な台詞ではないだろうから。
「マスター。声、掛けないのかにゃ?」
不思議そうに、ネロは首を傾げる。
そんなネロへと、少し弱った微笑みを返し、キルケーは言った。
「ええ。…また、余計なことを言ってしまいそうなので……」
そうして、キルケーは顔を上げる。その顔は、弱っていて……だが同時に、少しすっきりしたとでも言いたげだった。
「振り向かない男の事は忘れましょう…」
そう言って、キルケーは歩み出す。
「まあ、マスターがそれで良いなら……」
ネロはキルケーの後に続いて、宵虎達の元へと歩んでいく。
と、キルケーが突然立ち止まった為に、ネロはその足に顔をぶつけてしまった。
「にゃ、……突然止まらないで欲しいにゃ。どうしたのかにゃ……マスター?」
見上げたキルケーは、何やら苛立たし気な表情を浮かべている。
その視線の先には、宵虎とアイシャの姿があった。
何やら、宵虎がアイシャを肩に担いでいて、アイシャは『そう言う事じゃな~い!おんぶしてよ~!』と、じたばた喚いている。
「……イチャイチャしくさって…………あてつけですか」
暗い声、暗い表情……怒りに震える様子のキルケーを、ネロは怯えながら見上げた。
「ま、マスター?」
「ネロ。……私は決めました」
そう言って、キルケーはネロを見下ろす。その顔には笑顔が張り付いている―何やら、妙に凄みのある笑顔が。
「な、なにかにゃ?」
「……やけ酒にしましょう」
「お付き合いするにゃ……」
ネロは深く溜息を吐く。どうにも、今日はまだまだ、疲れそうだと……。
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