いざ、スキュラの元へ


 宙を撥ね、水面の揺らぎ、影を注視し、膨れ上がるその瞬間には既に攻撃は終えている―。


 覗かせた其の瞬間にナーガの頭は射抜かれ、倒したそれを一顧だにせず、達人は悠々と宙を跳ね続ける―。


 そうして、どのくらい経ったか。


「アハハハハハハハ!」


 空を飛び続けながら、アイシャは高々と笑った。

 襲って来るナーガは全部倒したし、空を飛んでいるのは面白いし、何より…………。


「アハハハハハハハ!着地の事考えてなかった!アハハハハハハハ!」


 もう、笑うしかないのである。


 飛ぶことばかりを考えて、どうやって地面に安全に下りるかをまるで考えていなかった―アイシャはその事に、ナーガを倒してから神殿に向かい掛けた所で漸く気付いたのだ。


 弓を放つたびに高度は上がり、速度は上がり―着地の難易度が跳ねあがって行くが、しかし今更跳ばないわけにもいかない。

 現状のまま推移して、このまま地面に落ちたらどうなるか。


「ヒューン、ドーン……ぐしゃ。アハハハハハハハ!」


 切羽詰まったアイシャは笑う。あるいは、両足が無事ならうまいこと着地出来たかもしれないが、片足では無理である。なら、海に落ちてみるか……。


「……アハハハハハハハ!無理!絶対無理!」


 海に落ちるなんて絶対無理だ。怖いし。溺れるし。

 一人で海に入るくらいならアイシャは地面に落ちる方を選ぶ。


「アハハハハハハハ…………はあ、しょうがないな……」


 神殿が近付いてくる。そこに至って漸く、アイシャは覚悟を決めた。


「……どうせ折れるなら、怪我してる方で」


 足一本犠牲にして着地しようと。


 高度が落ちる―地面が迫る。速度は落ちるどころか自由落下で寧ろ、上がって行って……。


(あれ?……これ無理じゃない?死んだ……)


 最後の瞬間、冷静にぐしゃっと潰れる自分を予測したアイシャは、涙目で瞼を閉じた。

 真っ暗闇の中、衝撃を待ったアイシャだったが…しかし、待てど暮らせどそれは訪れない。


 ただ、ポスっと何かに当たり。


「フ…揃いも揃って鍛錬がぁッ!?……ぐ…………わざわざ、俺の上に落ちるとは、どういう了見だ……」


 何やらそんな、アイシャの知らない言葉が聞こえてきただけ。


 恐る恐る目を開けてみるアイシャ。すると、アイシャはいつの間にか地面に到達していて―そして尻の下で宵虎が倒れていた。


 どうやら、寸での所で宵虎が身を滑り込ませて助けてくれたらしい―と言うのは美化されたアイシャからの視点で、実際はただただ偶然着地地点に宵虎が居ただけである。


 そしてその強靭な肉体が落下の衝撃を吸収した―と言うか、無意識に動いたアイシャの身体が衝撃の悉くを宵虎に肩代わりさせたのだ。

 だが、そんな諸々をアイシャは自覚しない。


「生きてる……。お兄さん、ありがと~っ!」


 生還した喜びから、アイシャは宵虎にギュッと抱きつく。


「ぐ、……が、……なぜ、首を締める……怒っているのか……なぜだ……」


 やがて、ガクッと宵虎は力尽きる。

 恐らく、きっと、アイシャを助けるために相当の無理をしたのだろう―と、まさかたった今自分が絞め落としたとは露とも思わないアイシャは、そんな宵虎に感謝しつつ、周囲を見回してみた。


 そこは、神殿の入口近く。辺りには、多くの甲冑の兵士が倒れていた。


「……お兄さん、殺しちゃったの?」


 僅かな不安と共にそう呟いたアイシャ。だが、その耳に、兵士達の浅い呼吸が聞こえる。

 どうやら、気絶しているだけらしい。


「み~んな、気絶させたの?……どうやって?」


 宵虎は、ただ殴っただけだ。剣の腹やら何やらで、殺さないように調整しつつ。

 洗脳された兵士達を捌きながらどうしようか考えている内に面倒になり、結局宵虎は腕力で正面から解決する事にしたのだ。


 ただ、それを知る由もないアイシャは、ただただ不思議と宵虎に尋ねる。


「ねえ、お兄さん。どうやったの?ねえ、お兄さん!」


 ポンポンと、宵虎の頭を叩きながら。


 そして、頭を叩かれたことで気が付いた宵虎は、いきなりガバッと身を起こした。


「わっ!?きゃあ、ちょっと!…一言断ってから立ってよ!」


 振り落とされそうになり、アイシャは慌てて宵虎にしがみつく。

 そうして、わーわーと喚くアイシャを肩越しに見て、宵虎は呟いた。


「……やはり、怒っているのか。なぜだ。俺が何をしたというんだ……」

「え?なに?なんて言ったの?…まあ、いっか。じゃあ、ほら。雑魚はだいたい片づけたし、ボスの所行こうよ。ほら、お兄さん早く!」


 宵虎の背中から下りる気配もなく、アイシャはまたポンポンと宵虎の頭を叩いた末に、神殿を指さした。


 言葉は通じないが、スキュラの元へ向かえ、というジェスチャーだとは宵虎も理解できた。

 と言うわけで、首をひねりながら、宵虎は神殿へと歩み出す。


「……また、叩かれた。…一体、なぜ怒っているんだ……」

「レッツゴー!」


 何やら元気よく声を上げるアイシャを背負ったままに。

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