神殿攻略中

 全速力で駆け、全速力で跳ねる。

 およそ人間とは思えない脚力で橋の崩れた箇所を飛び越えた宵虎の顔は涼しげで、


「にゃあああああああああ!?」


 掴まっている猫は必死だった。

 シュタッと着地した宵虎の背中から、ネロはずるずるとずり落ちて行った。


「……今のはどうだ?格好良かったか?」

「ちょっと今余裕ないから黙っててほしいにゃ……」

「……そうか」


 残念そうに呟いて、それから宵虎は神殿を見上げた。


 どうも、ナーガはほぼすべてアイシャの方に食いついて行っているらしく、宵虎達に襲い掛かってくることはなかった。


 だが、これで阻む敵がいなくなったわけでは無い。


 歌声が響く。酷く悲しげなスキュラの歌が。

 そして、その歌に踊るように、幾つもの足音が響いてきた。。

 魅せられたスキュラの観客達―甲冑を纏った兵士達が、神殿からぞろぞろと現れている。


 宵虎の相手は、この兵士達のようだ。


「にゃ~。いっぱい出てきちゃったにゃ。だんにゃ、この人達、街の人だから……」

「手心だろう?分かっている」


 そう言って、宵虎はネロを掴み上げた。


「ここは俺に任せて……」

「にゃ?……なんで持ち上げるにゃ?……嫌な予感しかしないにゃ……」

「先に行け!」

「別に投げる必要ないんじゃないかにゃあああああ!?」


 適当な神殿の窓へと投げ飛ばされながら、ネロは悲鳴と共に、文句を言った。


「……良かれと思って」


 文句を言われた宵虎は不満げである。兵士を倒すのを待つより、さっさと先に進んでもらった方が後々やりやすくなるのだ。


 そもそもこれも作戦である。


 ネロにアイシャの振りをさせて、スキュラを引きずり出す―と言うのはいわば作戦Aであり、さほど成功率が高いとは誰も思っていなかったのだ。


 と言うわけではそれが頓挫した時の為に、ちゃんと副案が用意してある。

 二手に分かれて、ネロがキルケー達街の女を開放する。

 その間、アイシャと宵虎はノリと流れに応じて色々頑張って最終的にスキュラを倒す。

 その判断を随一出来るだけの腕と経験が宵虎とアイシャにはあるのだ。


 断じて、会議の途中でめんどくさくなった訳ではない。言わば、即応性を優先したのだ。


「さて……」


 だからこそ、洗脳した兵士を前にしても、宵虎は仏教面で特に狼狽せず。


「…………どうしよう……」


 ただただ、冷静に、困り果てるのだった。

 

 *


「……はあ、死ぬかと思ったにゃ……。さっきから、敵より味方の方が怖いってどういう事なのかにゃ……」


 どうにか神殿への侵入―というか着地に成功したネロは、ただブツブツと文句を言った。

 そして、見取り図を思い出し、自分の現在位置を確かめる。


「え~っと、こっちかにゃ……」


 そんな呟きを漏らしながら、ネロは駆けだした。

 宵虎とアイシャは途中でめんどくさくなったのか曖昧な作戦会議しかしていなかったが、しかし至って普通の常識を持ち合わせているネロは、ちゃんと事前に考えておいたのだ。


 神殿の見取り図をしっかり見て、どの辺にキルケー達が捕らえられている可能性が高いか、とか。こうなったらこっちに逃げよう……とか、しっかり考えておいたのだ。


 と言うわけで、そのルートにそって、牢屋候補Aへと歩み出したネロは、覚えている通りのルートを曲がり。


「シュー……」


 その先に居た蛇と目があった。


「にゃ、にゃああああ!?見つかっちゃったにゃ!」


 即座に悲鳴を上げ、脱兎の如く逃げ出したネロ―その後を、蛇は追い掛けてくる。


(れ、冷静になるにゃ……こう言う時の為に、ちゃんと考えたにゃ……逃走ルートは……)

「ここにゃ!」


 その声と共に、ネロは神殿の中を通る水路へと入ろうとする。

 猫一匹がギリギリ通れるくらいの大きさのそこに、敵がいるはず―


「シュー……」


 ―蛇と目があった。


「にゃあああああ!?良く考えたらあたしより蛇の方がスリムにゃぁぁぁ!?」


 スキュラとかナーガとかシーピショップとか、そう言う強そうな相手ばかり考えていたネロだが、よくよく考えればこの神殿には蛇が沢山いるのである。


 必死で逃げるネロ―悲しい事に想定しておいた逃走ルートは全部水路がらみである。

 ネロは、策に溺れたのだ……。


(にゃ、にゃあああ……こうなったら……)

「今こそあたしの真の力を……」


 蛇2匹ぐらいならギリギリ勝てるんじゃないかな~と、振り向いてみたネロ。


 その先に蛇がいる。……うじゃうじゃと。いつ間にやら物凄く沢山。


「にゃあああああああああ!?増えてる!?物凄く増えてるにゃあああ!?」


 絶叫を上げながら、逃げるネロ。その後を、蛇はうじゃうじゃと追い掛けて行く―。


 やがて、ネロは曲がり角の向こうに姿を消した。

 その後を追う蛇達―だが、曲がり角の先に猫の姿は無かった。

 そこに居たのは、一人の娘である。


「あの~。私~迷っちゃったって言うか~。牢屋に戻れないから送ってほしいみたいな?」


 猫耳の娘―ネロはそう言って、しなを切った。


 最後の手段、他人の振り。宵虎は騙せたみたいだし、流石の宵虎でも蛇よりは賢いはず。と言う事は、宵虎より馬鹿なはずの蛇もきっと騙せるはずだ。

 そんな風に宵虎の事を舐め腐りながら、ネロは至極真面目に、馬鹿みたいな考えで馬鹿みたいな行動を取ったのだ。


 これでも、ネロは必死だったのである。だが、当然………。


「シャアアアアア!」

「やっぱり無理だったにゃああああああ!?あ、でも足速い!怪我の功名にゃ!」


 猫より人間の方が歩幅は広い。そんな当然の奇跡が、ネロの身を救ったのだ。

 もっとも……。


「にゃあああああ!?前からも来たにゃ!?」


 逃げきれるとは限らないが。


 *


 外が酷く騒がしい―その音に、キルケーは呟く。


「応援、には早い……彼らでしょうか」


 そうして、キルケーは自身の首に巻き付いた蛇に触れた。


 バリ―そんな音が鳴り、蛇はぐたりと力を失い、キルケーの身から滑り落ちた。

 ネロが一人で来るとは考えにくい。恐らく、アイシャと宵虎も一緒のはずだ。


 あの二人にスキュラを―そしてグラウを倒す力があるのかはキルケーにもわからない。


 ただ、キルケー始め人質が多い状況では宵虎達も動き辛いだろうし、人質を無視して行動するのなら無用に被害が増えかねない。


 どちらにせよ、キルケーも黙って捕まっている場合ではないのだ。

 行動を起こそうと、キルケーは部屋を出る。


 と、その途端。


「あ、マスター!やったにゃ!見つけたにゃ!助けに来たから助けて欲しいにゃあああ!」


 そんな声と共に、見慣れたねこ耳の少女がキルケーの元へと駆けてきた。

 ……山ほどの蛇を引き連れながら。


 キルケーはそちらに一瞥を送り、ただ冷たくこう言った。


「……うるさいです」


 そしてそれだけ言って、キルケーはネロに背を向けて歩み出してしまう。


「にゃ!?そんにゃ!?酷……ふにゃ!?」


 主人に見捨てられてしまった……その悲しさからかネロは気落ちし、その拍子に足が縺れ、転んだ。


「痛いにゃ……あにゃ!?来る!?蛇来る!?にゃあああああ!?」


 倒れこんだネロへと、蛇の大群は一斉に襲い掛かり―


 バリバリバリバリバリ。


 ―しかし、ネロの元に辿り着く寸前で、見えない何かに阻まれ、閃光と轟音にその身を焼かれる。


 キルケーの結界だ。それが、ネロと蛇の間をわけ隔てている。


「…にゃ?……助かった、のかにゃ……?」


 そんな声を漏らすネロへと、キルケーはまた一瞥を向け、言った。


「行きますよ、ネロ。皆を開放します」

「あ、……はいにゃ、マスター!」


 ネロは、すぐさま声を上げ、キルケーの後を追い掛けた。


 *


 宵虎に兵士が迫る―その一閃はシーピショップと同じ技のない、ただ振り回しているだけのモノ。


 動きは単調、近場にいれば雑に切りかかるのみ、統率された連携も無い。


「……ふむ…」


 兵士の動きを観察しながら、宵虎は易々と身をかわした。


 元々この兵士たちに技がないのか、あるいは操られているが故か、その数を除けば宵虎にとってたいした脅威ではない。

 兵士は50人程―切って捨てるは容易いが、あの町の者、恩人の家族となれば殺してしまうわけにも行かない。


 無視して素通りするか―いや、背を追われるのも面倒だ。ここでどうにか無力しておきたい。


「……加減を試すか」


 呟きと共にロングソードを抜き放った宵虎へ、手近の兵士が一閃を振るおうと剣を振り上げ―

 ―だが、その動きは宵虎からすれば

 

 宵虎はロングソードを振るう。流麗な淀みない動き―兵士の後から振り始め、だが先に振り終わるその一閃は、兵士のメットの側頭部を打ち抜いた。


 兵士に向けたのは、ロングソードの刃ではなく、その腹。

 鈍器として用いられたロングソード、衝撃が兵士の脳を揺らし、その兵士は剣を取り落とし、がくりと崩れ落ちた。


 宵虎は素早く倒れた兵士に進み寄り、しゃがみこみ、その首筋に指で触れた。

 脈はある。が、その兵士はぴくりとも動かない。

 

 どうやら上手く気絶させる事が出来たらしい―。


「……よし」


 小さく呟いた宵虎へと、また他の兵士が迫る。 

 今度は二人同時、しゃがみ込んだ宵虎へとその手の剣を振り上げ―

 ―だが、振り下ろす前に二人が共にがくりと崩れ落ちた。


 メットをへこませた二人の兵士―その合間で僅かな残心にロングソードを垂らした宵虎は、やがてその鈍器を肩に担ぎ、獰猛な笑みを口元に、まだまだ多くいる兵士達を睨みつける。


「殺す気はない。だが、あざくらいは覚悟しておけ……」


 呟いた宵虎へと、兵士はまた群がりだした。


 意思もなく、熱意もなく、技もなく。

 恐怖も躊躇いも覚えた様子もなく―

 

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