進む者と阻むモノ


 神殿へと続く橋を、宵虎とアイシャは歩んでいた。その歩む先―神殿から歌声が響いてくる。


 ………酷く、悲しげな歌が。


「ばれた……のかな?」


 少し怯えるように、アイシャは呟いた。


「そのようだな…」


 仏教面で答えた宵虎―その視線の先に人影が現れた。

 こちらへと歩んでくる礼装の男―鱗の生えたシーピショップ。


 その姿にアイシャは怯え、おずおずと宵虎に問う。


「あの……どうする、の?どうすれば良い?」

「下がっていろ」


 宵虎の言葉に、アイシャはぶんぶんと頷き、背に隠れるように歩みを止めた。

 宵虎は剣―ロングソードを引き抜いて、歩み続ける。


 やがて、シーピショップと宵虎は同時に足を止めた。

 二人の距離はおよそ20歩分―会話するには十分な距離である。


 先に口を開いたのは宵虎だ。


「お前……俺の太刀はどうした?」


 シーピショップの手には剣がある―だがそれは、今、宵虎の手にあるものと似た、ブロードソードだ。太刀では無い。


「ああ、あれは落とした。大切にしたかったんだが…そちらの娘に腕ごと吹き飛ばされてな。探したければ探せ。そこらの海の底にあるぞ」


 矛先を向けられたアイシャはびくりと怯え、しかし何も言わない。

 口を開くのはまた宵虎だ。


「また、流れたか。仕方がない。……それで?グラウ、という名だったか。何をしに現れた?」

「それは、こちらの台詞だ。何をしに来た、異人」

「スキュラとやらを切りに」

「なら……通すわけにはいかない」


 その言葉と共に、グラウは剣を構える。もっとも、そもそも構えを知らないのだろう…それはただ、切っ先を上げているだけの構えだ。


 宵虎は、まだ構えない。だらりと剣を垂らしたまま、また語り掛ける。


「…お前、もともとは人だったそうだな。邪に呑まれたとか…」

「だからなんだ?」

「俺の太刀を持ってきてくれないか?助けてやれるぞ」


 宵虎はそう言う。挑発のつもりはまるで無く、ただ事実を語ると言った風情で。

 だが―敵対するグラウからすれば、それは挑発にしか聞こえない。馬鹿にしている―と。


「ふざけるな!」


 その声と共に、グラウは地を蹴る。技もなにもなく力任せに駆け抜け、宵虎の手前で大きく跳ねる。


「だあああああああああ!」


 気合と共に振り下ろされる刃。それは、宵虎を両断―いや、粉砕するには十分な威力を秘めていた。

 ―当たりさえすれば。


 鋭い一閃の末、鮮血が舞う。


「ぐ……」


 苦悶の表情を浮かべるのはグラウ―剣を握るその両腕が落ちていた。


 血の巻き付いた剣を手に、宵虎は横目にグラウを眺める。


「ふざけているのはそちらだろう。人の真似は止めたらどうだ」

「……フ、」


 笑みを一つ―グラウの腕から、蛇が生える。


 何匹も何匹も、湧き出る蛇は宵虎へと牙を剥く。

 しかし、その牙が宵虎の身を貫く前に、グラウは、いた。


 宵虎が蹴ったのだ。流麗な技のある動き―グラウの目で追いきれない速さで。


「ぐあ……」


 苦悶の声を上げながら吹き飛んだグラウは、そのまま海へと落下する。


「倒した……の?」


 水面の波紋を眺めながら、アイシャはそう問い掛ける。

 ……だが、


「いや。まだだ……」


 当然のようにそう答え、剣を正眼に構えた宵虎。


 ―不意にその身へと、海から何かが襲い来る。

 顔色一つ変えずそれを切って捨てる宵虎―切ったモノは、また蛇だ。


 水柱が上がる―海から、何かが飛び出てくる。


 礼装を纏う、人だったモノ―両腕の傷から夥しい数の蛇を生やし、その体積を膨れ上がらせながら、グラウは海の上に立った。


「女王の為……彼女の望みの為……ここで死ね、異人!」


 グラウのその一声と共に、両腕の蛇が一挙に宵虎へと襲い来る。

 雨雲のように黒ずんだ蛇の塊―


 宵虎は退かず、その猛攻を正面から受けて立った。

 剣が翻る―そのたびに蛇が頭を失っていく。


 傍から見れば、宵虎は防戦一方だ。だが、顔色を変えるのはグラウの方―。

 ただの一噛みすらも宵虎に当たらないのだ。当たる前に、悉く切って捨てられてしまう。


「そんなに、女王が大事か」


 切り続けながら、宵虎はそう問い掛ける。


「女王…スキャラとやらも、もともと別物だったとか。邪に呑まれたと聞いたが……」

「だから、どうした!」

「太刀を拾ってきてくれないか?まとめて、助けてやれるぞ。……お前達次第だがな」

「どこまでも……」


 そのグラウの声の後、迫る蛇が一様に引いて行く。

 だが、グラウが諦めたというわけでは無い―影が宵虎の身に落ちる。


 夥しい数の蛇が一概に巻き付きあい、天へ天へと昇っていく。

 それは、酷く巨大な腕だ。天へと突き上げられた巨木とも見紛う蛇の柱。


「……嘲るな!」


 グラウの咆哮と共に、その巨腕は振り下ろされる。宵虎の身を橋ごと粉砕しようと―。


 だが、宵虎はやはり退かない。……いや、退く必要がないのだ。

 剣が閃く―重いはずのそれは軽々と舞い、


「…本気なんだが」


 呟く宵虎の頭上で、巨腕は真っ二つに切り裂かれる―。


 解け、散っていく蛇の群れ―不意に宵虎は、その内の一匹を掴んだ。

 それは未だグラウにつながったままの蛇―宵虎は軽々と、その蛇を引く。


「……なに!?」


 いまだ巨腕を切り裂かれた驚愕から覚めないままのグラウは、ろくに抵抗できないまま、一挙に宵虎へと引き寄せられ―。


 ぐしゃり。グラウの上半身が橋の上に落ちた。

 下半身は海へと落ちる―分断されたのだ。引き寄せ際に宵虎が振るった一閃によって。


「……貴様…」


 怨嗟の声と共に睨みあげるグラウの視線に動じる気配もなく、ただ宵虎はグラウに語り掛ける。


「三度目だが…これが最後だ。どうだ?太刀を拾ってきてはくれないか?」

「……わかった」


 グラウは、そう呟いた。

 その言葉に宵虎が気を抜いたその瞬間、グラウの身体が飛び散る。


 グラウの体中から蛇が生えたのだ―もはや頭があるだけでまるで人の形を成していないグラウは、全身の蛇で、宵虎の身体をまきとっていく。


「む……」


 そう呟いた宵虎の腕を、足を、首を、蛇が絡め、動きを封じて行く―。

 そんな宵虎を前に、グラウは余裕の笑みを浮かべた。


「あれは、俺にとっても大事なものだ。俺が賜った…。拾うとしよう……お前を殺してから」

「そうか。……わかった」


 そう呟いて、それから宵虎は憐れむようにグラウを眺める。


「一つ、忠告だ。恐らくだが、は俺ほど甘くないぞ」

「何を―」


 言い掛けたグラウの言葉が散る。

 喉がはじけたからだ。

 いや、喉だけでは無い。その身体中の蛇―宵虎の身を縛るそれが悉く四散していく。


(―馬鹿な…)

 グラウにも見た事のある攻撃だ。不可視の矢―だが、その使い手は宵虎の背後で静観していたはず―。


 と、視線を感じたのか、アイシャはてへっと笑い、その頭にぴこっと猫耳が生える。


「ごめんなさい。偽物だにゃ~」

「く……、」


 単純な手にかかったと歯噛みするグラウ―その身が不意に浮き上がった。

 宵虎に蹴り上げられたのだ。


 宙に浮き、落下を始めるグラウ―その視界に、剣を構える宵虎が見えた。


「……燃えろバーン

 宵虎は呟く―途端、その剣に炎が上がる。


 紋章魔術―紋章と言霊で奇跡を起こす術。

 言霊は燃えろバーン。紋章は、剣に直接彫り込んだもの。アイシャがやったのだ。最初にナーガを焼いたあの魔術を、剣でも使えるように彫り込んだのである。

 宵虎はただ、それを振るうだけ。


「せめて安らかに……次の輪廻で添い遂げろ」


 その呟きと共に、燃える剣はグラウの胸を引き裂いた。


「ぐああああああああああ!?」


 切り裂かれ、燃え上がるグラウ―絶叫が轟く。


 いくら裂かれようと、あるいはえぐられようとも立ちどころにその傷が癒えるグラウだが―しかし、炎は天敵だった。


「あ、ああ…治らない…ああああああ!」


 悲鳴を上げながら、グラウは橋を転がり―やがて海へと落下する。

 炎は消えたか。だが、傷は癒えないだろう。


 逃げのびていったグラウを眺めた末、宵虎はアイシャ―ネロへと振り向き、こう言った。


「……どうだ?格好良かったか?」


 その言葉に、ネロは肩を落とした。


「にゃあああ。……それ、言わなきゃカッコ良かったにゃ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます