6章
朝日と旋律
神殿の一室。蛇毒を作るための部屋として、キルケーにあてがわれたその場所に、朝の日差しが入り込んでくる。
「……ん、……」
目覚めたキルケーは寝ぼけ眼に部屋の中を見回した。
乱雑に置かれた材料と、鍋が一つ。昨日のままの部屋だ。
材料を取りに行ったのは昨日のこと。その後、この部屋に押し込まれ、蛇毒を作るように言われ……だからキルケーは適当に調合したのだ。
それは、何の効果もない、ただ濁っただけの液体である。蛇毒など当然作れないし、よしんば出来るとしても作る気はない。ただのアリバイ、時間稼ぎだ。
昨日、あの家にネロだけがいたのか、あるいは他の二人もいたのかはわからない。
ただ、人質を取られた以上、キルケーは頼るしかないのだ。
「蛇毒は出来たか?」
不意に、グラウの声が響く。いつの間に入って来たのか―鱗の生えた男が部屋の隅に立っていた。僅かに驚きながら、思わず身だしなみを整えて……そんな自分に落胆しつつ、キルケーは答えた。
「……一朝一夕で出来るはずがないでしょう」
「作る気もないんだろう?」
キルケーの腹のうちは読めている……そう言いたげに、グラウは笑う。
「努力はします。ですが、出来るかどうかは保証しかねます。……蛇毒は、私が作ったものではありませんので。貴方は、知っているはずでしょう?彼女だって……」
そう。かつて人魚だった彼女も、わかっているはずだ。キルケーに蛇毒を作ることなど出来ないと。
それでも、命令した。人と人魚だった頃も、あるいは怪物になった今も…二人の頼る先はキルケーだけなのかもしれない。
「国が欲しいと言うのは本気ですか?私にはとても……」
「女王の望みだ。俺はそれを叶えるだけだ。どうあっても、蛇毒は作ってもらう。……そして、皆怪物に」
頑なに、グラウは言った。
誰も彼も、自責にがんじがらめだ。あるいは、スキュラでさえも……。
不意に、グラウは彼方を見た。橋のある方向だろうか。そして、キルケーに問う。
「……応援を呼んだか?」
「私は何も知りません」
「…フ、」
キルケーの言葉を信じたのかどうか…ただ、グラウは笑みを残して、部屋を後にする。
不意に、歌が響いた。
かつて、ローレライだった者の歌。今や、怪物となってしまったモノの歌。
―酷く、悲しげな旋律が。
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