魔女の家

 一軒の家の前に立った宵虎。その腰には、ロングソードが差してある。


「ここ?……ていうか、こないだの地下じゃないの?」


 宵虎の背には、アイシャが乗っている。足を怪我して歩けないため、宵虎が背負って運んでいるのだ。


「あれは、実験場兼避難所だにゃ~」


 宵虎の頭には、ネロが乗っている。この猫に至ってはなぜ乗っているのか宵虎にはわからない。恐らくただ横着しているだけだろう。


 脇差し+ロングソード+アイシャ+ネロ……そんな装備の宵虎は、呟いた。


「…重いッ!?…嘘だ。重くない」


 頭に爪を立てられ、耳を引っ張られ、なぜアイシャにまで伝わっているのかと疑問に思いながら、呪われた女難装備の宵虎は家へと歩み寄っていく。


「あ、ちょっと待つにゃ、だんにゃ」


 と、不意にネロはそう言うと、宵虎の頭から飛び降り、一足早く家へと進んで行く。


 そして、何事かと見守る宵虎達の前で、ネロは家へと言った。


「ただいま~」


 だが当然、家が返事をするはずも無い。

 ただ、かちりと音が鳴って、どうにもひとりでに鍵が開いただけ。


「ねえ、猫ちゃん。なに、今の?」

「結界があるんだにゃ。マスターかあたしじゃないと開けれないにゃ。無理に開けると、バリバリ~ってするにゃ」


 覚えのある表現に宵虎は顔を顰めた。


 そうして、一行は家の中へと入っていく。家の中は…一言で言うと異様だった。見慣れないものばかりがそこらに積み上げられていて、あまり整理されている様子がない。


「なんて言うか……ザ・魔女の家ね……」


 思わずそう呟いたアイシャに、ネロは言った。


「それマスターに言っちゃダメだにゃ、怒るから。少なくともあたしがいる時は…って、あ!触っちゃダメにゃ、だんにゃ!ヤバめな奴もあるにゃ。バリバリじゃすまないにゃ」


 物珍しいと触ろうとしていた宵虎は、その言葉にピクリと動きを止める。


「バリバリで、すまない?」

「バラバラとかかな?」

「なんで一々えぐい発想するのかにゃ…。えっと、書庫はこっちにゃ」


 そう言いながら、ネロは先導して家の奥へと進んで行く。

 その後を、宵虎は恐る恐る歩んでいった。


 やがて、ネロは一つの戸を開ける―その先にあったのは本の山だ。方々の壁に立てかけられた棚は空っぽ。だが、本がないと言う訳では無く―むしろそれは入りきらない程あった。


 山と、平積みされているのだ。どうもキルケーは、この量の本を棚に入れることを諦めていたらしい。


「多分、伝承はこのどっかにあるにゃ」


 平然とネロはそう言うが……この中から目当ての本を探すのにどれだけの労力がいるか。

 アイシャは思いっきり顔をしかめた。


「え~この平積みの山から探すの?……めんどくさ。整理しといてよキルケー…」

「今更それ言うのかにゃ?」


 そう呆れたネロを横目に、宵虎は本に手を伸ばしてみて、その中途で思い留まり、尋ねる。


「……触って良いのか?」

「ここにあるのは平気にゃ。あ、でも、下手なとこ触ると……」

「む?……ぬお!?」

「え?…きゃ、ちょっと!?痛い!?」


 どどどどどん……倒れこむ本の濁流にのまれ、宵虎とアイシャは悲鳴を上げた。


「……崩れるにゃ」

「先に言ってよ!」


 頭を抑えながら訴えるアイシャ。だが、宵虎の方は気にした様子も無く、手近な本を手に取ってパラパラめくっていた。

 宵虎はやがてパン、と本を閉じると、特に意味もなく満足げにこう言った。


「うむ。なるほど……まるで読めんな」

「だろうにゃ。だんにゃには最初から期待してないにゃ。あ、アイシャはそっちの山を探してほしいにゃ~」


 ネロはそう言いながら、本の山に突っ込んでいく。

 アイシャは、へきへきしながら本の山を眺め、やがてこう言った。


「え~。あ!……実は私、字読めないんだよね~」

「見え透いた嘘は止めるにゃ。だいたい、伝承って言いだしたのはアイシャにゃ。やる気出すにゃ」

「え~。しょうがないな。じゃあ、お兄さん。その本取って。それ、それ」

「む?……これが欲しいのか?」


 アイシャが本を指さす。どうも欲しがっているらしいと、それを拾い上げようとした宵虎は、しかしそこでぴたりと動きを止めた。そして、家の外へと視線を向ける。


「どうしたの、お兄さん?何?」

「あのますたーとか言う娘…。近づいてくるぞ。なにやら化生もな」

「マスターが、来るのかにゃ?逃げたのかにゃ……ていうか、なんでわかるにゃ」

「気配がする」

「あ、そうでしたにゃ。まあ、マスターが来たら楽で良いにゃ」


 ネロは暢気にそんな事を言っていたが、アイシャはそこまで甘い見通しは立てられない。


「……キルケーが?……一応、隠れた方が良いと思うな~」


 逃げた、ならば良いが…逃がされている、あるいは協力している可能性もある。


「そうかにゃ?じゃあ、だんにゃ。奥に隠れるにゃ。こっちにゃ~」


 そう言って、ネロは奥へと進む。


「む?……隠れるのか?」


 アイシャを背負ったまま、宵虎はその後をついて行った。


 *


「ただいま……」


 未だ首に蛇が巻き付いたままのキルケーは、我が家を前にそう呟く。

 だが、待てど暮らせどその鍵が開くことはない。


(……結界が解けている。……ネロが開けた?何故……)


「フ、……」


 どこかあざけるような笑みに、キルケーはムッとしてそちらを見た。


 そこに居るのはシーピショップ―グラウだ。監視としてついて来たのだが……どうも、家へと語りかけるキルケーを笑っているらしい。


「…………何か?」

「いや。気にするな」

「一応、言っておきますが。結界を解いただけです」

「……ああ。そんなものもあったな」


 呟いたグラウをチラリと見て、それからキルケーは家の戸を開ける。

 中は散らかっている……いつも通りに。


(……ネロが帰っているとして……書庫、ですか)


「相変わらず散らかっているな。掃除くらいしたらどうだ」

「どこに何があるか覚えていれば困る事はありません。余計な物に触れないよう」

「お前としては、俺が呪われた方が良いんじゃないのか?」

「……余計な事で、スキュラに恨まれたくはないので」


 言いながら、キルケーは家の奥―書庫へと進んで行く。

 と、そんなキルケーにグラウは尋ねた。


「蛇毒……作れるのか?」

「貴方はどう思いますか?私に作れると?……私が、彼女に……貴方に毒を盛ったと?」


 グラウは何も答えなかった。キルケーもまた何も言わず、書庫に踏み入る。


 書庫の中は、酷く散らかっていた。キルケーの記憶よりも更に、散らかっている。


(やはり、書庫に。……何か、資料が欲しいと?)


「本棚が意味をなしていないな」

「誰かとの口約束は、反故にされたままなので」

「……なんの話だったかな……」


 とぼけるグラウへと振り向く事なく、キルケーは書庫に手を伸ばす。


(この状況で、欲しがりそうな資料は……)


「……こちらへ」


 キルケーは呟く……その途端、崩れた本の中から、何冊かが不意に浮き上がった。

 そして、キルケーの元へとひとりでに飛んでくる。


 けれど、その中途でそのほとんどは落ち、最後にキルケーの手に辿り着いたのは一冊。


 分厚い、手書きの本。キルケー自身の研究資料だ。


 キルケーはその本をめくり、目当てのページに目を通してから、グラウへと振り返る。

 鱗に覆われたグラウ……口約束は、永遠に反故にされたままだろう。


「私一人では、材料を運びきれません。……手伝って頂けますか?」


 *


「行ったかにゃ?」


 と、呟いたネロの下。


「行ったんじゃない?」


 と、適当に言ったアイシャを背負って。


「うむ。去って行くな」


 宵虎は頷き、物陰から出た。


「……何しに来たのかにゃ、マスター。グラウも居たけど……」

「ぐらう?なんだそれは?」

「グラウは、シーピショップの名前にゃ。人間だった頃のにゃ」

「……そうか」

「ふ~ん。まあ、おしゃれに蛇巻いてたし、なんか脅されてるんじゃない?生きてて良かったね、猫ちゃん」

「そうだにゃ~。さて、じゃあこれから楽しい資料探しにゃ~。……はあ、」


 本の山を前に、ネロは溜息をつく。

 だが、それをする前に、アイシャには一つ確認しておきたい事があった。


「あ、それだけどさ。今、キルケーが落とした本ってどれ?」


 最終的にキルケーが持って行った本は一つ。だが、浮かんでいたのは一つでは無かったはずだ。結界があった以上、開けた事はキルケーにもわかっただろう。なら、気を利かせてくれているかもしれないと思ったのだ。


 あちらとしても、頼りはもう使い魔くらいしかいないだろうし。


「………口約束、か……」


 そんな事を呟いたアイシャに、ネロは首を傾げながら、さっき落ちた本を集めて行く。

 と……。


「にゃ?…あ、これにゃ!神殿の伝承だにゃ!マスター、あたし達に気付いてたのかにゃ?」

「うん。まあ、少なくとも敵に回った訳じゃないんでしょ。お兄さんそれ取って。それ」


 アイシャが指さした本を、宵虎は手に取った。

 だが、それはアイシャが欲しい本のすぐ横のものだ。


「あ~。そっちじゃなくて、その隣の……」


 受け取りながらもそう言ったアイシャだったが、しかしそれに軽く目を通した途端、その顔色が変わる。


「これ、神殿の見取り図?やるじゃん、キルケー。ほら、お兄さん。そっちの本も取って」


 指さされるまま、宵虎は本をアイシャに渡していく。

「こっちは………辞書?倭の国の?……ふ~ん。そんな物まで持ってるんだ」

「マスターは割となんでも興味持つんだけど、だいたい触りだけかじってわかった気になるにゃ。辞書とか何か国語あるのかわかんないけど、結局喋れるの一つだけだしにゃ」

「いるよね~そういう人。あ、お兄さんそれも取って。ていうか、それが一番大事」

「……これか?」


 そうして、宵虎が最後に取ったのが、伝承の本だ。

 その表紙の絵に、宵虎は首を傾げる。


「……やまたのおろち?この国にも居るのか……」

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